58 教育係
魔王のプロポーズに返事をした翌日。
ガレンの執務室へ向かう。魔王と結婚することになったことを、ガレンには自分の口で伝えなければ、と思った。しかし、ガレンは私の顔を見るなり、
「聞きました。貴方が、魔王と結婚するのだと」
と言ってきた。
「……知ってたの?」
「はい。アストリアも関わることですから」
そうか。本来なら魔王の花嫁は、アストリアの女性の中から選ばれることになっていた。それなのに、アストリア人ではない私が、魔王と結婚することは、許されるのだろうか。
「巫女は、『魔王の運命』ですから、アストリアとしても認めざるを得ません」
そういって、ガレンは切なげに微笑んだ。
「……もし、時を戻す前に共に隣国へ逃げてほしい、とそう言ったなら。美香は頷いてくれましたか?」
「それは、」
もしも、処刑される前にガレンがそう言ってくれたなら。私は、喜んでガレンの手をとっただろう。けれど、そうはならなかった。
「いえ、仮定の話をするのはやめましょう。美香は、魔王のことが好きですか?」
「──うん」
元の世界に二度と戻れなくなっても構わない。傍にいたいと、思うほどには好きだ。強く頷く。
「ですが、私は諦めません」
「……へっ?」
あまりにも、爽やかな顔で言い切るものだから、思わず間抜けな声が出てしまった。この前、私が結婚するなら、諦めるっていっていたような気がするんだけれども。私が戸惑いがちに、ガレンを見つめると、ガレンは笑った。
「今は、まだ貴方は既婚者じゃない。美香と魔王が結婚するまでに、必ず、振り向かせます」
確かに、私はまだ結婚していない。通常、魔王の結婚は婚約期間が一年設けられるらしいのだ。いや、でも、だからって。
「だから、美香。お覚悟を」
■ □ ■
ちゃんとガレンとのことにけじめをつけようと思っていたのに、まさかあんな言葉が返ってくるとは思わなかった。
そんなことを考えながら、自室へ戻る。
と──
「!?」
目を擦るが、見間違えではないらしい。
私の自室に本の山ができていた。おかしい。ガレンに会いに行くまではなかったのに。入り口で呆然と立っていると、見知らぬ女性が、本の山から現れた。
「ごきげんよう。貴方が、ミカ様?」
「はい、そうですが……」
「わたくし、今日から貴方の教育係を務めます、サリーと申します」
教育係……。そうか、魔王と結婚するにあたって、私はクリスタリアのしきたりなどに詳しくないから、教育係をつけて貰うようにユーリンにお願いしたのだった。
でも、ユーリンから聞いた雰囲気とは、ずいぶん違う。確か年配の方だったはずだが、目の前の彼女は私とそう変わらない年齢に見えた。少なくとも、まだ20代前半だと思う。私が疑問に思っていると、ユーリンがやってきた。
「巫女殿、アリー女史は腰痛でこられないそうなので、代わりの者を手配──」
「その必要はありませんわ、ユーリン様。わたくしが、代わりを務めます」
「サリー嬢!?」
ユーリンは、彼女を見ると、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「何故、貴方が……」
「アリー女史ができない以上、わたくし以外に、陛下の后になられる方の教育係が務まる方がいますか?」
「それは、そう、かもしれませんが……、まずは巫女殿の意思を確認しないことには」
「ミカ様は、私ではご不満ですか?」
何だかよくわからないが、ユーリンの目は、不満だと言え、といっている。しかし、私は誰であれ指導してもらえるのならそれでいい。なので首を降ると、ユーリンは大きなため息をついた。
「……わかりました。では、サリー嬢。巫女殿のことを頼みます」
そういって、ユーリンは去っていった。 何か、ユーリンはサリー嬢と因縁でもあったのだろうか。疑問に思っているうちに、サリー嬢は恭しく礼をした。
「では、改めまして。サリーと申します。よろしくお願いいたします」
──天使のような笑みだった。




