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聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる  作者: 中編程度
二度目の召喚
48/76

48 安らぎ

呻きながら、ベッドの上で転がる。

 ガレンって、第5王子なのに、私のような一般人と結婚しても大丈夫なのだろうか。この世界のマナーと教養は一度目の生で習ったが、それはあくまである程度であり、第5王子の妻になれるほどのものではないだろう。


 それに、私は今現在とても不細工な顔だし。教養もなく、愛嬌もない、私が王族の一員に迎えられるとは思えない。


 その辺りのことは、どうするつもりだろうか。


 というか、誰かに告白されたのも、プロポーズされたのも初めてだった。

 しかも、相手は以前恋をしていたガレンだ。


 ──愛しています


 ガレンの真っ直ぐな瞳と言葉が、蘇る。


 私はまだ、誰かと付き合ったこともない。それなのに、結婚だなんて。自分のことなのに、どこか現実感がない。


 心を落ち着けようと、月下氷人の香りをかぐ。あんなに悩んで、眠れなかったというのに、優しくて甘い香りをかぐと、眠気はすぐにやってきた。


 「巫女、あのあと眠れたようだな。顔色がいい」

「はい。陛下から賜った月下氷人のおかげで眠れました」

以前のように、魔王に仕事が欲しいとお願いし、書類整理を行っていて、今はその休憩時間だ。

「それなら良かった」


 魔王がゆっくりと微笑んだ。

「夢は神に近づく。くれぐれも眠るときは、月下氷人を離さないようにな」

「はい」



 仕事を終えて、客室に戻る。

 その途中で、ガレンと出会った。動揺する私とは反対に、ガレンは全く変わった様子がない。


 「今宵も月が綺麗ですね」

「!? そ、そうだね」

ガレンは意味を知らず何でもない挨拶のはずなのに、狼狽えてしまう。目を逸らしながら、頷くとガレンは笑いだした。


 「……ガレン?」

どうしたんだろう。

「いえ、美香があまりにも可愛いものですから」

か、可愛い!? 普段そのような言葉を言われなれていない私は、簡単に真っ赤になってしまう。


 「私のこと、意識してくださっているのでしょう? それがとても嬉しい」

そもそもプロポーズされて、意識しないほうが無理だと思う。会うとどうやったって、プロポーズの言葉がちらついてしまう。

「昨日も言いましたが、返事はゆっくりで構いません。それだけ、美香が私のことを考えてくださるということですから」


 そう言って微笑むと、ガレンは去っていった。部屋に戻ると、ベッドに横になりごろごろ転がる。


 「……うわあ」

甘い。甘すぎる。これが王子の本気なのか。あまり甘い言葉に耐性がないので、破壊力がすごい。


 でも、と思う。ガレンは、私が好きだといった。ガレンのことは恨んでないし、時間を巻き戻してくれたこと、感謝してる。でも、だったら、なんで。

 あのときに、傍にいてくれなかったの。王命で、聖女の護衛を命じられたとしてもガレンだけは、私の傍にいてほしかった。


 なんて。


 「過ぎたことをいっても、仕方ないか」

わかってる。もう、どうしようもないこと。


 ため息をつきながら、目を閉じた。


 ■ □ ■


 

 目を開けると、そこは処刑台の上だった。


 「!?」


 腕には拘束具がつけられ、服もみすぼらしいものに変わっていた。


 「聖女を騙った罪は重く、情状酌量の余地はない」

──横を見ると、処刑人が高らかに罪状を読み上げる。

「どうして……」

時間が巻き戻って、私は二度目の生を得たはずじゃないのか。それとも、あれは夢だったというのか。


 聴衆の一人が殺せ! と言った。一人が殺せと言ったのを皮切りに、次々と殺せと声がした。


 「よって──死罪とする」


 待って。なんで。どうして。ガレン、助けて。


 聴衆の中にガレンを探すと、聖女と目があった。ガレンは、聖女を庇うように前に出ると、私を睨み付けた。


 

 「最後に、何か言い残すことはあるか」


 ガレン、どうして。そう言いたいのに、声が出ない。まるで、私の体じゃないようだ。


 「ないか。ならばよし」

ギロチンの刃が落とされ──



 「はっ、はぁ、はぁ」

がばり、と身体を起こす。私の首は繋がったままだ。周りを見ると、見慣れた魔王城の客室のベッドの上だった。そのことに、やはりあちらが夢だったのか、と安堵する。

 


 窓を見ると、雨が降っていた。

「記憶の雨、か……」

月下氷人の力よりも記憶の雨の力のほうが強いのかもしれない。


 それにしても、処刑されるときの夢を見るなんて。ガレンのことをまだ、どうしてって思っていたり、こんな夢をみたり、吹っ切れたつもりだったのに、全く吹っ切れていない自分にがっかりする。


 何だかこのまま部屋で一人でいたくなくて、客室をでる。



 ──記憶の雨だったら、魔王が歌を歌っていないだろうか。



 無性に、すごく自分勝手だとわかっているけれど、魔王の子守唄が聞きたかった。


 廊下に出て、しばらく歩いていると、聞きなれた歌声が聞こえた。歌声が止まないうちに、慌てて歌声が聞こえる方へ走る。


 「……巫女?」

私に気づいた魔王が振り返る。

「顔色が悪い。月下氷人が効かなかったか?」

魔王が、心配そうに頬に触れる。その暖かさに、ああやっぱりここが現実だ、と認識した。


「どうした? 涙が出ている」

「え……?」

気づけば、涙がぽろぽろと零れていた。慌てて、ごしごしと目を擦るのに、なかなか涙が止まってくれない。魔王は、また擦ろうとする、私の手を止めた。


 代わりに、私は魔王に抱き締められた。背の高い魔王に抱き締められると、私はすっぽりと魔王のマントで覆い隠されてしまう。

「へ、へいか、」

驚く私を気にせず、魔王は片手で私の頭を撫でる。


 「何か、辛いことがあったのだろう。大丈夫だ。ここに、貴方を傷つけるものはない。何か、私にできることはあるか?」


 「……歌を、歌っていただけませんか」

貴方の歌が聞きたい。

「それが貴方の望みなら」

そういって、魔王はずっと頭を撫でながら、子守唄を歌ってくれた。


 魔王に撫でられながら、子守唄を歌ってもらうと、段々と落ち着いてきた。

「ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」

「貴方が迷惑なはずないだろう。だが、涙が止まってよかった。貴方の笑顔は、私の心臓に悪いが、貴方が涙にくれるよりずっといい」

そういって、魔王は微笑んだ。

 「ありがとう、ございます。……私はいつも陛下に助けて頂いてばかりですね」

 魔王の前では、恥ずかしいところばかり見せてしまっている。もっと、強くならないと。

「私も陛下の力になりたいのに」

私が下を向くと、魔王は一つ提案した。

「それならば、巫女、私の願いを聞いてもらえないだろうか?」

「もちろんです」

魔王の願いとは、何だろう。


 「私を、名で呼んでくれないか。貴方は、ガレンやユーリンのことは名で呼ぶだろう。……私は貴方の友なのに、名で呼ばれないのは少し寂しい」

「よろしいのですか?」

魔王はこの国の最高権力者なのに、そんなことを許していいのだろうか。


 「私がそうして欲しいんだ」

「わかりました。……オドウェル様」

「ありがとう、ミカ」


 ずっと、陛下と呼んでいたから、魔王の名前を呼ぶのは少し、恥ずかしい。けれど、不思議と、舌に馴染んだ。


 「もう、夜も遅い。ミカ、今度こそよい夢を」

「ありがとうございます。オドウェル様もよい夢を」


 魔王に別れを告げて、部屋に戻る。魔王に抱き締められていたから、身体中から、月下氷人の香りがする。


 雨はもう、止んでいた。

 今度はもう、夢も見ないほど、深く眠りについた。

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