48 安らぎ
呻きながら、ベッドの上で転がる。
ガレンって、第5王子なのに、私のような一般人と結婚しても大丈夫なのだろうか。この世界のマナーと教養は一度目の生で習ったが、それはあくまである程度であり、第5王子の妻になれるほどのものではないだろう。
それに、私は今現在とても不細工な顔だし。教養もなく、愛嬌もない、私が王族の一員に迎えられるとは思えない。
その辺りのことは、どうするつもりだろうか。
というか、誰かに告白されたのも、プロポーズされたのも初めてだった。
しかも、相手は以前恋をしていたガレンだ。
──愛しています
ガレンの真っ直ぐな瞳と言葉が、蘇る。
私はまだ、誰かと付き合ったこともない。それなのに、結婚だなんて。自分のことなのに、どこか現実感がない。
心を落ち着けようと、月下氷人の香りをかぐ。あんなに悩んで、眠れなかったというのに、優しくて甘い香りをかぐと、眠気はすぐにやってきた。
「巫女、あのあと眠れたようだな。顔色がいい」
「はい。陛下から賜った月下氷人のおかげで眠れました」
以前のように、魔王に仕事が欲しいとお願いし、書類整理を行っていて、今はその休憩時間だ。
「それなら良かった」
魔王がゆっくりと微笑んだ。
「夢は神に近づく。くれぐれも眠るときは、月下氷人を離さないようにな」
「はい」
仕事を終えて、客室に戻る。
その途中で、ガレンと出会った。動揺する私とは反対に、ガレンは全く変わった様子がない。
「今宵も月が綺麗ですね」
「!? そ、そうだね」
ガレンは意味を知らず何でもない挨拶のはずなのに、狼狽えてしまう。目を逸らしながら、頷くとガレンは笑いだした。
「……ガレン?」
どうしたんだろう。
「いえ、美香があまりにも可愛いものですから」
か、可愛い!? 普段そのような言葉を言われなれていない私は、簡単に真っ赤になってしまう。
「私のこと、意識してくださっているのでしょう? それがとても嬉しい」
そもそもプロポーズされて、意識しないほうが無理だと思う。会うとどうやったって、プロポーズの言葉がちらついてしまう。
「昨日も言いましたが、返事はゆっくりで構いません。それだけ、美香が私のことを考えてくださるということですから」
そう言って微笑むと、ガレンは去っていった。部屋に戻ると、ベッドに横になりごろごろ転がる。
「……うわあ」
甘い。甘すぎる。これが王子の本気なのか。あまり甘い言葉に耐性がないので、破壊力がすごい。
でも、と思う。ガレンは、私が好きだといった。ガレンのことは恨んでないし、時間を巻き戻してくれたこと、感謝してる。でも、だったら、なんで。
あのときに、傍にいてくれなかったの。王命で、聖女の護衛を命じられたとしてもガレンだけは、私の傍にいてほしかった。
なんて。
「過ぎたことをいっても、仕方ないか」
わかってる。もう、どうしようもないこと。
ため息をつきながら、目を閉じた。
■ □ ■
目を開けると、そこは処刑台の上だった。
「!?」
腕には拘束具がつけられ、服もみすぼらしいものに変わっていた。
「聖女を騙った罪は重く、情状酌量の余地はない」
──横を見ると、処刑人が高らかに罪状を読み上げる。
「どうして……」
時間が巻き戻って、私は二度目の生を得たはずじゃないのか。それとも、あれは夢だったというのか。
聴衆の一人が殺せ! と言った。一人が殺せと言ったのを皮切りに、次々と殺せと声がした。
「よって──死罪とする」
待って。なんで。どうして。ガレン、助けて。
聴衆の中にガレンを探すと、聖女と目があった。ガレンは、聖女を庇うように前に出ると、私を睨み付けた。
「最後に、何か言い残すことはあるか」
ガレン、どうして。そう言いたいのに、声が出ない。まるで、私の体じゃないようだ。
「ないか。ならばよし」
ギロチンの刃が落とされ──
「はっ、はぁ、はぁ」
がばり、と身体を起こす。私の首は繋がったままだ。周りを見ると、見慣れた魔王城の客室のベッドの上だった。そのことに、やはりあちらが夢だったのか、と安堵する。
窓を見ると、雨が降っていた。
「記憶の雨、か……」
月下氷人の力よりも記憶の雨の力のほうが強いのかもしれない。
それにしても、処刑されるときの夢を見るなんて。ガレンのことをまだ、どうしてって思っていたり、こんな夢をみたり、吹っ切れたつもりだったのに、全く吹っ切れていない自分にがっかりする。
何だかこのまま部屋で一人でいたくなくて、客室をでる。
──記憶の雨だったら、魔王が歌を歌っていないだろうか。
無性に、すごく自分勝手だとわかっているけれど、魔王の子守唄が聞きたかった。
廊下に出て、しばらく歩いていると、聞きなれた歌声が聞こえた。歌声が止まないうちに、慌てて歌声が聞こえる方へ走る。
「……巫女?」
私に気づいた魔王が振り返る。
「顔色が悪い。月下氷人が効かなかったか?」
魔王が、心配そうに頬に触れる。その暖かさに、ああやっぱりここが現実だ、と認識した。
「どうした? 涙が出ている」
「え……?」
気づけば、涙がぽろぽろと零れていた。慌てて、ごしごしと目を擦るのに、なかなか涙が止まってくれない。魔王は、また擦ろうとする、私の手を止めた。
代わりに、私は魔王に抱き締められた。背の高い魔王に抱き締められると、私はすっぽりと魔王のマントで覆い隠されてしまう。
「へ、へいか、」
驚く私を気にせず、魔王は片手で私の頭を撫でる。
「何か、辛いことがあったのだろう。大丈夫だ。ここに、貴方を傷つけるものはない。何か、私にできることはあるか?」
「……歌を、歌っていただけませんか」
貴方の歌が聞きたい。
「それが貴方の望みなら」
そういって、魔王はずっと頭を撫でながら、子守唄を歌ってくれた。
魔王に撫でられながら、子守唄を歌ってもらうと、段々と落ち着いてきた。
「ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」
「貴方が迷惑なはずないだろう。だが、涙が止まってよかった。貴方の笑顔は、私の心臓に悪いが、貴方が涙にくれるよりずっといい」
そういって、魔王は微笑んだ。
「ありがとう、ございます。……私はいつも陛下に助けて頂いてばかりですね」
魔王の前では、恥ずかしいところばかり見せてしまっている。もっと、強くならないと。
「私も陛下の力になりたいのに」
私が下を向くと、魔王は一つ提案した。
「それならば、巫女、私の願いを聞いてもらえないだろうか?」
「もちろんです」
魔王の願いとは、何だろう。
「私を、名で呼んでくれないか。貴方は、ガレンやユーリンのことは名で呼ぶだろう。……私は貴方の友なのに、名で呼ばれないのは少し寂しい」
「よろしいのですか?」
魔王はこの国の最高権力者なのに、そんなことを許していいのだろうか。
「私がそうして欲しいんだ」
「わかりました。……オドウェル様」
「ありがとう、ミカ」
ずっと、陛下と呼んでいたから、魔王の名前を呼ぶのは少し、恥ずかしい。けれど、不思議と、舌に馴染んだ。
「もう、夜も遅い。ミカ、今度こそよい夢を」
「ありがとうございます。オドウェル様もよい夢を」
魔王に別れを告げて、部屋に戻る。魔王に抱き締められていたから、身体中から、月下氷人の香りがする。
雨はもう、止んでいた。
今度はもう、夢も見ないほど、深く眠りについた。




