38 帰還
「女神カスアンは、聖女を返せと! さもなくば、魔物をすべて滅ぼすとのことです」
「どちらにせよ、聖女が出てきた時点で、我らを滅ぼすつもりだろう。……そろそろ神の時代は終わりを告げるべきだ。戦う相手に神が加わっただけのこと」
魔王はそういって、歯牙にもかけず代わりに、私に向き直った。
「聖女を捕縛してくれたこと、感謝している。けれど、これ以上、我々のことに貴方を巻き込めない。もう、元の世界へ帰りなさい」
「でもっ、陛下、」
まだ私にも何かできることがあるかもしれない。
「……ミカ」
嫌だと首を降る私に、魔王は困った顔をした。
「貴方が、ここに残ることを望むのなら、私はとても嬉しい。けれど、貴方を待つ人がいるのだろう」
そういわれてはっとする。お父さん、お母さんは、今頃どうしてるかな。理由も告げずにいなくなった、私をずっと探して。
「……わかり、ました」
一度目は、この世界に来てつらいことばかりだったり。けれど、二度目の世は、大切な人がたくさんできた。だから、この世界も私にとって、大切になった。それは、とても、幸せなことだろう。
私が、頷くと魔王はゆっくりと微笑んだ。
「貴方がどこにいても、私の友であることに変わりはない」
「……はい」
■ □ ■
数日後。私は、元の世界へと戻ることになった。
ユーリンや、魔王、サーラが私を見送ってくれることになった。
そもそも巫女の願いを叶えられるのは一度だけかもしれないから、成功するとは限らないのだが、とりあえず、願ってみることにした。
願っていたところで、誰かが、勢いよく部屋に入ってきた。
「美香!」
「……ガレン」
「元の世界へ帰れるならば、それが貴方の幸せとわかっています。……けれど、いかないでください、私は、まだ、貴方に伝えきれていないことがたくさんある」
ガレンは今にも泣きそうだった。そうだ、私はガレンが時を戻すために払った代償を知らない。このまま帰っても、本当にいいのだろうか?
私のなかに迷いが生じたけれど、それよりも、願いが聞き届けられる方が早かったらしい。
──体から光が溢れ、その眩しさに目を閉じ、再び目を開けたとき、私は魔王城の客室ではなく、通学路に立っていた。
その後の私がどうなったかというと、平穏な日々を過ごしていた。
通学路で行方不明になった私は、さぞ世間を騒がせているかと思ったが、そんなことはなかった。こちらの世界は全く時間が進んでいなかったのだ。私が家に帰ると、お母さんは、
「今日はハンバーグよ」
なんていって笑っていて、拍子抜けした。梓ちゃんと待ち合わせの場所にいっても、遅い、なんて言われることもなく、普通に遊んだ。
あの世界で、一年以上、巻き戻ってからは半年過ごしたのに変な感じだ。何だか、釈然としない思いを抱えながら、でも、いつかはそれも思い出になるのだろうと思っていた矢先、それは、訪れた。
いつものように学校へ行き、梓ちゃんと下校した別れ道。
見覚えのある魔方陣が、私の足元に現れた。
「えっ……?」
何で、これが……と、思う間もなく、光が溢れた。
目を開けると、そこは、城の中──ではなかった。以前のように、私を取り囲み、召喚が成功したと喜ぶ大人たちもいない。
それどころか、誰もいなかった。
辺りを見渡しても、そこにあるのは木だけだ。
「森……?」
何かの誤作動だろうか?
とりあえず、元の世界へと願ってみるが、全く効果が見られない。それに、そもそも以前のように、巫女の力のようなものを私自身から感じられなかった。
「……どう、しよう」




