30 二つの選択肢
「……何と、何と引き換えに魔法を使ったの?」
以前ガレンは言っていた。魔法は流れに手を加えるだけのものであると。時間を巻き戻すだなんて、その流れに逆らうも同然だ。だったら、何かしらの代償があったはず。
「大したものではありません」
「嘘。絶対に大きな代償でしょう!」
ガレンは馬鹿だ。時間を巻き戻すために、代償なんて支払う必要なかった。あのとき、貴方だけは、私を信じていると、そういってくれさえすれば、それでよかったのに。
「美香、貴方をアストリアに連れ戻し、『聖女』が現れる前に、戦争を終わらせれば、貴方を聖女にできると思いました。そして、今度こそ地位と生活を保証できるこの国で貴方を幸せにしたかった」
ガレンは泣きそうな顔をした。
「ですが、私は──、もう貴方を失いたくありません。地位も生活も保証できませんが、美香、私と共に隣国へ逃げてくれませんか?」
「……ガレン」
ガレンの願いに困惑する。それはまるでプロポーズのようだった。以前の私なら舞い上がって頷いただろう。でも、今の私は、ただガレンのことが好きだっただけの私じゃない。ガレンに対する思いは、複雑だ。
「返事は今すぐでなくて構いません。だから、考えてもらえませんか?」
■ □ ■
「……はぁ」
ベッドに潜り込んで考える。今日は色々と情報が多すぎた。私は、本当に巫女として召喚されたこと。そして、私が処刑されることは決まっていたこと。時間を巻き戻したのは、ガレンだったこと。ガレンに一緒に逃げてほしいと言われたこと。
「どうしよう」
どうするのが、正解なんだろう。それに、 結局、ガレンの払った代償はわからないままだった。
「ため息をついて、どうした、巫女殿」
「!?」
突然、天井から声がして驚く。そして、その声は、私の聞き覚えのある声だった。
小声で天井に尋ねる。
「……ユーリン?」
そう聞くと、音もなく天井から降りてきたのはやはり、ユーリンだった。
「夜更けに、女性の部屋を訪ねるのはマナー違反だが、今は緊急事態のため勘弁してもらいたい」
そういって、ユーリンはおどけて見せた。
「助けに来て、くれたの?」
「はい。兄上からは、もし、巫女殿が人間の国で幸せそうなら、そのまま帰ってこいと言われたが、巫女殿は浮かない顔だ」
ユーリンは手を差し出した。
「巫女殿が、この手を取るのならば、貴方をクリスタリアに再び迎えることができる」
ユーリンの手をとり、クリスタリアに戻ることは、とても簡単なことだ。クリスタリアには私を傷つけるものはない。私が何も考えずに、幸せになれる方法だと思う。でも、果たしてそれでいいんだろうか?
「ごめんなさい、ユーリン。返事は少しだけ待ってもらってもいいですか?」
自分が後で後悔しない道を選びたい。
「……わかりました。ですが、俺の存在を人間側に気づかれるのも時間の問題です。あまり、長くは持ちませんよ」
そう言うと、ユーリンは闇に消えた。
ユーリンの手をとり、クリスタリアに戻るか。ガレンの手をとり、隣国へ逃げるか。──それとも。
どうしよう。




