突然の死 九月一五日
「潜望鏡あげました」
報告を聞いた俺は中央に置かれた円筒形の物体、その接眼部に顔を押し付けた。深度四〇メートルの海中から頭上に広がる、灰色の水面と青々とした空に彩られた世界がレンズの向こうに見て取れる。左右のグリップを握り、力を入れて体ごと潜望鏡を右へ回転させた。
一時方向、四海里に目標を確認。
波間の向こうに『それ』を見つけると、俺は周囲の部下たちに向けて言った。薄暗い艦内で静かに、だが同時に興奮ぎみのささやき声が聞こえる。すぐさまベテラン下士官がそれをたしなめ、俺はそのさまを耳に入れながら報告を続けた。
おそらく二万トン級の船体に全通式の飛行甲板。左舷中央には外側へ傾斜した煙突、およびそれと一体化した艦橋構造物が見える。間違いなく空母――『連合王国』海軍の航空母艦だ。
「やりましたね、艦長」
話しかけてきたのは先任士官であった。艦内では一番の古株で、艦長となってまだ日の浅い俺をサポートしてくれる大先輩だ。
まったくだ。まさか哨戒中に、こんな大物に出くわすとは思わなかったよ。
俺はそう答えると、再び力をこめて潜望鏡をまわした。はやる心を押さえつけ、ゆっくりと周囲の状況をチェックする。
いいぞ。確認できた護衛は全部で三隻、いずれもこちらに気づいていない。
「では?」
ああ、やるぞ。魚雷戦用意、敵空母を攻撃する。
既に部下たちは配置についているため、作業はすぐに開始された。俺は目標の位置や針路、速力といったデータを知らせ、水雷長を兼任している先任士官がそれを参考に魚雷の調整を指示していく。
「艦長、諸元入力完了。いつでもいけます」
……よし、発射管へ注水開始。
これが終われば、あとは魚雷発射管をひらくだけですべての準備が完了する。もう数分もせずに、俺は敵空母撃沈という大戦果を挙げることができるだろう。まわりの部下たちも、獲物を前にした狩人のように目を光らせている。
だが、その夢が叶うことはなかった。
「左舷後方にスクリュー音!」
半ば絶叫するような声が響くと、俺はすかさず潜望鏡を回転させた。空母に比べてはるかに小さい、一隻のフネがこちらに向けて走ってくるのが見える。護衛の駆逐艦が、我々の存在に気付いたのだ。
作業中止! 潜望鏡おろせ、モーター出力最大、急速潜航!
それまでの自信と期待にあふれた空気は一変した。狩られる側となった部下たちが、必死の形相で命令を実行する。艦は前方に大きく身を傾けながら、生き残るべく海底めざして突き進んでいった。
『帝国』海軍所属の潜水艦、〈U‐九六一〉は逃走を図るも、王国海軍艦艇の執拗な攻撃によって撃沈された。艦長以下、約四〇名の乗組員は全員戦死する。定時連絡がないことから上層部はその末路を察し、行方不明艦の長いリストに同艦の名前を新たに付け加えた。
物語が始まるのは、それから半月後のことである。