ベストセラー作家
9巻の発売から三日過ぎた。
あれ以来、ずっとうなだれている。
俺はふざけすぎたんだ。調子に乗りすぎたんだ。
塞ぎ込んでいる中、出版社の担当からメールが飛んできた。
見たくは無いが…… 見なければいけないだろう。
俺はメールを開いた。
『お疲れ様です。8巻と9巻の売れ行き、好調ですよ。
中でも9巻の売り上げはすごいです。輪転機が追いつかないほどです。
引き続き10巻の執筆もよろしくお願いします』
……よくもまあ、心にも無い事を書けるものだ。
俺はありったけの皮肉を込めたメールを送った。
『ところで読者の反応はどうですか? クレームとか大丈夫ですか?』
しばらくすると、そのメールの返事が返ってきた。
『読者の反応はまずまずですね。クレームはまだ来ていません』
あくまで、俺を売れっ子作家として扱うらしい。
あの文を見て読者がそんな反応を示すハズはないだろう。
おれは『小説屋になろう』のページを久しぶりに開いた。
そこには読者の嘘いつわりのない反応が見られるはず。
感想ページを開くと、炎上し、罵倒が書き連ねられている。
と、思っていたのだが、いつもの通り。
『すごいです』『かっこいいです』『まさかの展開です』
といった、メッセージが新たに書き込まれていた。
これはいったい……
もしかしたら、女神様と出会ったのは事実だったのか?
俺は何かチート能力を持っているのか?
そして何か能力を発揮していたのか?
なんだこの効果は、具体的にはどのような効果なんだ?
俺は女神様とのやり取りを思い出す。
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「女神様、『ベストセラー作家』になれるようなチートっぽい能力はできますか?」
「ええと、その能力とは『売れっ子作家』になれる。『作品の書籍が次々に売れる』と認識しても良いですかね?」
「そうですね、そのとおりです」
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『作品の書籍が次々に売れる』
……もしかして、なにか文字を書いて作品として発表すりゃあ、なんでも売れるのか?
そしてクレームが来ないという事は、誰も読んでいないという事なのか?
「馬鹿な、そんなハズは…… 本は売れているんだぞ!!」
俺は掲示板のメッセージを読み返してみる。
『すごいです』『かっこいいです』『まさかの展開です』
みんなが俺の作品を褒めてくれている、褒めてくれているのだが、こういった感想欄では普通は書き込まれる、主人公の名前、ヒロインの名前、サブキャラの名前、舞台の名前、頭を捻って付けたさまざまな名前が出てこない。
1000件以上あるメッセージを全て読み返しても、一つも出てこない。
「ばかな、ばかな……」
もう一度、もう一度、チェックしてみよう。
今度はホーム画面から感想を確かめようとする。
すると、あらたに運営からメッセージが届いていた。
『部分別のアクセス表示に関して、異常はありませんでした。
データをチェックしましたが間違いはありません』
と、メッセージが届いた。
俺はそのメッセージに促されるように、部分別のアクセス数を、すべての日付を舐めるように調べていく。
『データなし』『データなし』『第1話2人』『データなし』『データなし』……
すべてのデータに目を通す。その結果、俺の作品は全く読まれていなかった。
読者はもちろん、文章をチェックすべき出版社の担当さえ、まったく読んでいないようだ。
例の9巻は売れているが、中身はおそらく誰にも読まれていないのだろう。だからクレームが来ない。
「読まれていないのか…… 329話書いた俺の作品は、全く、全く……」
自分の発揮されていたチート能力に、ただただ愕然とし、肩を落とすしかなかった。
俺の名は習志野 誠司。
ベストセラー作家だ。
小説屋としての評価は高く、問題の9巻はまだ売れ続けている。
新たな作品を書けば、またたく間にヒット作品になるだろう。
だがあれ以来、俺は小説を書いていない。