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第二王子


咲き誇るライラック。

それは実らぬ恋だった。

ならばせめて、幸せに笑っていてほしかった。





*****************************


煌びやかなシャンデリアの揺らめき、色とりどりのドレスの裾。

花の匂いがそこかしこに溢れる宴。

扉の隙間から垣間見える、まばゆいほどの、ようやく迎えた春の夜。

いつもと同じのようで、それでもどこか違って見えるのは、今日の装いのせいだろうか。

腰まであった髪を断ち、胸の詰め物を取り去って。

そうして、用意されたものに袖を通し己の姿を鏡に映せば、かつての誰かに似た風貌の『男』がそこにいた。




“覚悟は、できているのか?”

数ヶ月前、父と交わした言葉が脳裏をよぎる。

“私から言い出したことです。覚悟など、とうの昔に”

何年もかけて培った、令嬢らしい仕草で艶やかに微笑んでみせれば、言葉に詰まったのか渋面で見据えられた。

「お父様が一体何をそんなにご心配なさっているのか…。

もちろん、お兄様のことがあったばかりですもの、わからぬわけではございません。ただ、今の状況を鑑みて、私は、私に課された義務を果たすべきだと、そう思っているのにすぎません」

覚悟を笑顔で塗り固めて気丈に振る舞う娘ーーー。

そう、見せることができただろうか。

いや、たとえ浅慮を見抜かれていたとしても、否と言われるはずがなかった。

もはや他に王子はいないのだから。



扉向こうの空気が変わる気配がした。

華やかな音楽がやや落ち着いた曲調のものとなり、人々のざわめきが遠巻きになる。

側に目を遣れば、鷹揚に頷き返す父親と目が合った。

軽く目礼を返し、深呼吸をひとつ。


…緊張しているのか、私も。


父を尊敬している。

兄を敬愛している。

この国を好きだと思う。

はっきり言葉にしたことはないけれど。

だから、自分が好きな人たちに、笑っていてほしかった。

世界はこんなに輝いているのだと、自分たちだけが囚われて生きるだなんて馬鹿みたいじゃないかと。

幸せだと笑ってほしかった。

幸せだと微笑むその隣で、彼女も幸せそうに微笑んでくれるのなら、それで自分はきっと満足できたのに。



風を吹き込みたくて、自分の侍女は元平民出身の者で固めていた。

父に、兄に、王宮の空気に染まりきらないよう、意図して作り上げた空間。

それが、裏目に出るなんて。

兄を苦しませたかったわけではない。

とばっちりをくらった侍女にも、償おうにも償いきれない。

ましてや、彼女の泣き顔なんて。




扉の向こうから、入場を告げる声が、聞こえる。




*****************************



何を伝えよう。

何から伝えよう。

貴女は驚くだろうか。

それともまた、困らせてしまうだろうか。

あるいはいつもの他愛のない冗談の続きだと、笑われるだろうか。



信じられない、と言わんばかりに見開かれた、その、菫色に手を差し出した。






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