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公爵令嬢



その花言葉は、『初恋』

それから、『恋の芽生え』




*****************************



「季節の移ろいは、早いものですね…」

婚約破棄を告げられて、もう一年。

姿を見かけなくなって、半年。


最初は耐え難いと、思っていたけれど。

いつの間にか、その姿を探さなくなった。

いつの間にか、その人のことを考えずに過ごす日々が増えた。

いつの間にか、無理をしなくても微笑むことができるようになった。


「女はしたたかな生き物なのですって、お姉様」

意味深に微笑む、義理の妹になるはずだった少女。

この一年でずいぶん背が伸びて、しなやかな体つきはそのままに、涼しげな雰囲気の女性へと成長した。

「ーーそう、なの、でしょうね…」

いつもの中庭。

いつものお茶会。

「もうすぐ、殿下のデビュタントですわね」

気づけばまた春が巡ろうとしている。

「えぇ、去年の春の宴以降、色んなことがありましたもの。

私のデビュタントを少しでも華やかに執り行って、一区切りしたい方々が大勢いらっしゃるのでしょうね」

誰が、とも、なぜ、とも聞かず、殿下の言葉を少し咎めるように軽く見遣る。

「まぁ、お姉様、怖いわ、そんなお顔なさらないでちょうだい?」

「怖いだなんて…、からかわないでくださいな、殿下」

「まぁあ、たとえ2つ違いとはいえ、たいせつなたーいせつなお姉様をからかってなんかおりませんわ」

ねぇ?と笑みを浮かべたまま、はぐらかされる。

最近こういう皮肉な物言いをすることが増えた殿下もまた、この一年のあれこれに何かしら思うところがあるのだろうか。


「…なのだけれど、よろしいかしら?お姉様」

過ぎたことを振り返り、ぼんやりと思考の海に沈んでいた私を、殿下の声が引き戻す。

「…ぁ、ごめんなさい、少しぼんやりしておりました。もう一度、おっしゃってくださいませ」

「しばらく、お招きできそうにありませんの。デビュタントの準備や…色々で」

「そんな…殿下のお邪魔になっては申し訳が立ちませんもの。私のことなど気になさらないでくださいませ。

…こう見えても、私、殿下のデビュタントの日を、とても楽しみにしておりますのよ。私にとっても殿下は大切な方ですもの」

そう言われるとは思っていなかったのだろうか、切れ長の目をパチパチと瞬かせ、少し間があって、眦を朱に染めて見返される。

「…お姉様、ズルい…」

「え…?」

「いーえっ、なんでもありません!

………どうか、楽しみにしていてくださいませね」

甘えるように、恐る恐る、と言った感じでこちらの顔を覗き込んでくる、いつの間にか身長を追い越されて、少し目線が高くなった少女の、けれどまだまだ妹らしい素振りが憎めなくて、つい頰が綻んでしまう。

と、ふいに対面から身を乗り出され、きゅっ、と片手を握り込まれる。

こちらを見つめる、どこか熱のある視線。

「お姉様、ありがとう。

約束を、守ってくださって」

その、真摯な眼差し。

約束、とは、きっと彼女のデビュタントまでは「お姉様」のままでいてほしいと、そのことだろう。

あの時は咄嗟に頷いてしまったが、そもそも私の一存でどうにかできるものではないことも分かっていた。

それが今日まで結局新しい婚約を結ばずにいられたのは、僥倖と言う他ない。

「そんな…」

「いいのです、過程はどうあれ、結果としてお姉様がお姉様のままでいてくださったこと。私、本当に感謝しているのです」

いつにない顔で、搦めとるような視線で囁かれるものだから、なぜだか顔が熱くなる。

女性同士なのに…わかってはいるものの、なぜだか、急に、手を握られていることが恥ずかしくなって、そわそわしてしまう。

重ねられた手を愛おしむように、触れられた指先が、手の甲が、熱くて。

ゆっくりと指先を辿るような、確かめるようなふれあい。

「で、殿下…っ」

ようやく出せた声が、けれど上擦って、しまって。

…そんな私の様子にクスリと笑い、

「お姉様…熱でもあるのではなくて?」

先ほどまでの熱など感じさせないような無邪気さで、するりと、その手が離れていく。

「………っ!

からかいが、すぎます……!」

その涼やかに成長した美貌で、侍女やメイドたちの多くに隠れファンがいるという噂はどうやら本当らしいと、軽く頭を振りながら嘆息する。

「だって、お姉様、可愛らしいのですもの。しょうがありませんわ」

柔らかな金の髪。涼やかな目元。

その、眼差しだけが、似ても似つかない。

ーーー誰に?

一瞬、浮かびそうになった面影が、けれどもはや思い出せないことに気づいたのは、いつだったか。

「ではね、お姉様。当日お会いしましょうね」

背丈だけでなく、口ではとうに勝てなくなってしまった相手に今日も煙に巻かれ、中庭を辞した。



*****************************


渇いて、熱を孕んだ視線。


思い出すのは、なぜだかあの日の紫。






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