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王女


多くのものに囲まれて、それでも満たされないと不満顔。

そんなのは、嫌だった。



*****************************



「ノブレス・オブリージュ、でございますよ、殿下」

わたしの顔の横に?が浮かんでいるのが見えたのだろう、さよう、としたり顔で言葉を続ける教師。

「王女殿下を始め王族、貴族の方々は高い教養と豊かな財産をお持ちです。しかし、持てるものは持たざるものに対して負う責任がある…『高貴なるものの義務』と、簡単に言えばそういうことですな。殿下が普段口にしているもの、今お召しのドレス、日に三度の食事、入浴…いずれも庶民では一生かかっても手にすることのできないものです。その代わりに…というわけでもございませぬが、殿下はその待遇に見合う対価を国民に与える義務があるのですよ。何も別に、金品で補う必要はございませぬ。教育、あるいは福祉、様々な方法で民へ還元していけばよいのです…、そう、たとえば結婚もそのひとつ、と言えなくもないですな」

「結婚も?」

「そうです。殿下はまだお若い、結婚、などと言われてもすぐには分からぬやもしれませんが…殿下がどこのどなたと結婚なさるのか、それによって我が国の益が変わってくる…そういうことも、ございますな」

今日の授業はいわゆる基礎教養。王族としての心構え、を教わることになっている。

王族ではない方に王族としての心構えを教わるなんて不思議じゃないかしら、とお兄様に以前こぼしたら、そのほうが見えてくるものも多いのだよ、なんてよく分からないことを言われたのは記憶に新しい。

「なんだか、大変なのね、私たち」

「ほっほっ、まぁ、そういう見方もございますなぁ」

「でもね、先生。民が何を求めているのかなんて、それこそ神様でもないのに分かるはずないのじゃありません?だって、これが私にとっての当たり前だから、そうじゃない、なんて言われても、分からないわ」

たいていのものは望めば手に入る。

望んでも手に入らないものの方が少ないのだから。

「確かに…さようでございますな」

先生は目を細めると、少し思案する表情になった。

「まぁ、百聞は一見にしかず、と申しますからな…、実際に市井を覗いてみるのが一番ではありますな」

「しせい?街へ出かけるということ?」

「さよう。殿下が長じれば、そう言った機会も徐々に増えて参りましょう。…なに、今すぐに何か大きな成果を上げる必要はないのですよ。殿下の一生をかけて、何ができるのか、どうすれば民が喜ぶのか、ゆっくり考えていかれればよろしいのです」

「そう、なのね…」

ノブレス・オブリージュ、難しいわ…と聞こえないほどの声でひとりごちた。



*****************************



今にして思えば、あれはひとつのきっかけだったのだろうと思う。

当時の私は王族として何ができるのか、何もできずにこのまま一生を終えるのか、言ってしまえば劣等感に苛まれて、不安と戦う日々であったから。

教師にとっては恐らく、あくまでもひとつの例えとしてノブレス・オブリージュなどとという言葉を持ち出したに過ぎないのだろう。

それでも、私にとっての当たり前が当たり前ではないということ、自分の境遇は特別なのだ、だから持てるものと引き換えに、と言われたこと、自分が持てるものであると言われたことが衝撃だった。もちろん、そういった気づきを与えることまで狙って話していたのだろうとは思う。

唯一教師にとっての誤算があるとすれば、私は皆が思うほどには「王女殿下」の枠にはおさまりきらなかったことだろうか。

その話を聞いて、すぐさま教師の教えを実践したのだ。すなわち、お忍びでの城下散策を。


そして、

ーーー目に移る世界は全てが新鮮で、刺激的で、かつてない充足感を与えてくれた。

こころに空いた穴のようなものが、少し埋まる気がした。

直接言葉を交わす機会はなくとも、行き交う人々の、その顔の、その瞳の、その声のなんと「生」に溢れていることか。なんと偽りの少ないことか。


だから、気づいてしまった。

父王の、どこか空虚な瞳に。

兄王子の、父によく似た眼差しに。

もしかしたら城下に行く前の自分も、こんな目をしていたのかもしれない。


恵まれていてなお、満たされないと。

一体何が父を、兄を、そうさせるのか。

……答えはすぐに分かった。

王家の秘密。

父は母を大事にはしていても、愛することはできなかったのだろう。

愛が何か、自分にも分からないけれど。

兄も、きっとそうなのだろう。

婚約者が兄を見つめる眼差しと、兄が婚約者に向けるそれは、何かが違うのは幼心にも分かった。


言葉少なでいるよう、親愛の域を出ぬよう、執着せぬよう。

そう教え込まれて育つのだ。

もちろん、王妃が菫色の娘である限り、王のそば近くに王妃がいる限り、異能は抑えられる。

王妃であれば、たとえ自身に王の力が向けられたとしても、変質にまでは至らない。

けれど、そうして成された婚姻に、果たして熱情を持てようか。

国のために、民のために、狂おしいほど、感情の箍が外れるほどの想いなど、ないほうがいいのだと。

そのようにして、生きていくのだと。





そんなはずない。

民の誰もが自らの心に正直に生きているであろうに。

王と王子だけが心を殺し、生きるだなんて。



*****************************


世界はこんなに美しくて、なのに私たちだけが囚われている?

そんなはずはないと、証明してみせましょう。


あなたのこころも、


…わたしの、こころも。




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