好き ① side裕(ひろむ)
楽しんでいただければ幸いです。
どうでもいいことですが、攻めの名前の佳澄の発音は、安住アナと同じ頭にアクセントが来ます。
どうぞ脳内で変換発音してやって下さいませ。
「なあ」
「………」
こっち、向けよ。
頼むから。
「なあってば!」
「………」
なんだよ。
無視すんなよ。
俺よりゲームの方が大事なのかよ。
「なあ! 聞いてんのかよ!」
「うっせえな…今いいとこなんだよ、邪魔すんなバカ」
うっせえとかなんだよ。
邪魔とかいうんじゃねえよ、バカ。
「なあ、佳澄、俺のこと好き?」
「ああ?! ちょ、おい触んな、裕!! ………あ」
「あ」
どうしても俺の方に向かせたくて、佳澄の無理やり腕を引っ張ったから…。
当然の結果だけど、画面にはドカーンと豪快な爆発音と共にゲームオーバーの文字。
「裕…」
「っ…」
画面の中の車が大破してるのを見ると、佳澄は溜息を吐きながらじろりと俺を睨んで、持っていたコントローラーをその辺に投げ捨てた。
「…やめやめ。お前が後ろでぎゃーぎゃー騒ぐから負けちったじゃねえか」
「なんだよ、ただのゲームじゃん…」
そんな怒る事ないじゃん。
てか、ちょっとひどくね。
そりゃ、俺だってちょっとは悪いかなって思ったけど、それにしたってその態度はないだろ?
「大体なんなんだよ、いきなりくっだらねえこと言いやがって」
「…くだらなくなんか、ない」
俺はいつも不安で、でも佳澄は何とも思ってなくて、そんなの不公平じゃないか。
言えばきっと怒るか呆れるか、無視されるか笑われるか。
どれを想像してもありえるし、どっちにしろ俺が傷つくだけなのはわかってるのに。
でも心のどこかで俺は期待しちゃってたんだ。
期待するから、俺は何度も傷ついてきたのに、また期待しちゃうんだ。
「ああ?」
「いつも思ってたんだよ。佳澄は、俺のこと好きじゃないんじゃないかって」
「………」
うわ。
やっぱり言わなきゃよかった。
なんだよ、すげえこええよ…。
ものすごい機嫌の悪い時の顔だ。
眉間に皺が寄りまくってるし、長めの髪をわしわしと掻き毟るその仕草。
咥えた煙草に火を点けるその動作にも苛立ちが見て取れる。
運の悪い事にそのライターにはガスがもう残ってないらしい。
カチカチと何度も点火する音が響くけど、その先には炎が点く事は無かった。
佳澄は立ち上がってそれをガンとわざと大きな音を立てるようにゴミ箱に放り投げると、新しいライターを上着のポケットから取り出して火を点けた。
でも再び座る事は無く、壁に寄りかかり俺をただ無言で見下ろしているだけ。
部屋には彼の紫煙を吐く音と時計の針の音。
たまに通り過ぎる車のエンジンが聞こえる。
…答える気は無いって事かよ。
「どうなんだよ、佳澄…」
「裕がそう思ってんならそうなんじゃねえの」
何でそんなこと言うんだよ。
何でそんな投げやりに言うんだよ。
そんな答えが聞きたかったんじゃねえよ、俺は。
つか、どんだけ俺をへこませる天才なんだよ、お前は。
「…どういう意味だよ」
「そういうことだろ。てか言わせて満足すんのか?」
「え」
「言わせた感満載でお前は満足するのかって聞いてんだよ」
こうでもしないと言ってくんないじゃん。
てか、こうまでしても言ってくんないじゃん。
俺ばっかお前のこと好きで、バカみたいじゃん…。
「だって…」
その先に続く言葉が見つからない。
例え言ったとしても、言葉にならないかもしれない。
今、俺、すげえ泣きそうだし…。
てかすげえめんどくさそうな空気出されてるのわかってるし。
言わなきゃよかったとかもういろんな事考えてるようで考えられない。
やっぱり俺、捨てられるのかなあ…。
って思っていたら、数歩先にあった灰皿に短くなった煙草を押し付け、それまでGパン一枚だった身に服を着け始めた。
何してんだろうって俺は呆気に取られて眺めていたんだと思う。
そんな俺を一瞥すると彼は言ったんだ。
「ったく…。お前がイライラさせること言うから腹減ってきたじゃねえか。おら、飯食いに行くぞ。とっとと服着ろ」
「えっ…」
め、めし?
好きだの何だのって話はどこへ?
何で飯?
「お前も腹が減ってっから余計なこと考えんだよ」
「えっ…あっ…」
狼狽する俺を他所に、さっきその辺に脱ぎ散らかしてあった俺の服を投げて寄越してきた。
腹が減ってるから、余計なことを、か…。
頭に投げて寄こした靴下の片方が乗った気がするけど、もう何かどうでもいい。
佳澄にとっては余計な事なんだ。
なんかもう、どうでもよくなってきた。
やっぱ俺のこと好きじゃないんだって思ったら、涙も出てこなかった。
「どこにすっかな。こんな時間だしファミレスか牛丼だな」
「……」
「おい、靴下乗ってんぞ」
佳澄が乗せたんじゃねえか…。
不思議だと思う。
意外にも冷静だった自分に俺が驚いている。
佳澄との別れをあんなにも恐れていたのに、その危機がいざ目の前にあると不思議とあがく気にもなれなかった。
黙って頭の上の靴下を掴みのろのろと服を着ている最中、視界に佳澄がもう一本煙草に火を点ける姿が映る。
あまり吸い過ぎないでって喉まで出かかったけど、寸でのところで何とか飲み込んだ。
最後の最後まで鬱陶しがられるのは嫌だ。
ああ最後ってそういえば、もう味噌がなかったなあ。
夕べ作った時もギリギリ足りるか足りないかってとこだったんだ。
買い足さなきゃって思っていたのに、でも別れるなら買うのを忘れてちょうど良かったのかな。
だって佳澄は全然料理しないからきっと無駄になるし、俺のことも思い出してまたイライラするのかもしれない。
っていうか味噌って…今全然関係ないのに、何でこんな時にこんなことを思い出すんだろう。
俺って自分で思ってたより佳澄のこと好きじゃなかったのかな。
それなのに佳澄に好きって言って欲しいだなんて、俺はそんなにも欲深いだけなのかな。
それならどうして、今こんなに胸が痛むんだろう。
そんなことを考えていたはずなのに、明日の朝飯の支度の心配するなんてとも思ったけども。
だってさ、佳澄は味噌汁ないと怒るんだぞ?
白米は勿論だけどパンにも味噌汁の男なんだぞ?
それで最初一緒に暮らし始めた頃は、随分もめたんだっけなあ。
パンに味噌汁とかありえないとか、日本人なのに味噌汁がなくても平気とかありえないとか、くっだらねえ…。
そんなことを考えながら漸く着替え終えた俺は視線で佳澄を探す。
とっくに煙草を吸い終えた佳澄は既に玄関で靴を履いていて、俺が出るのを待っていたらしい。
どこで別れ話を切り出されるんだろう。
これも家から追い出すのが目的で、扉を閉めたらもうその時が来るのかな。
「鍵は?」
「ある。ポケットの中」
それを聞き出すことも、外に出たくないと訴える事もできないまま、俺は促されるまま部屋の外に出され玄関の鍵をかけた。
もうこの部屋に戻ってこれないんだな、と漠然と頭の片隅で思う。
この鍵も、返さなきゃいけないのか。
一緒に住むか?って訊かれた時、どんなに俺が驚いてどんなに幸せだったか、佳澄は知らないだろう。
まさか佳澄のほうから言ってくれるとは思いもしなかったから、本当に現実なんだろうかって疑っちゃったし。
確かに俺らは会える時間が少なくて、一緒に暮らせればどんなにいいかって思ってたけど、佳澄もそう思ってくれてたなんて知らなかったから。
俺はあの時びっくりしすぎて、嬉しすぎて涙が止まらなくて、頷いて答えるのが精一杯だったんだ。
なかなか泣き止まない俺の背を優しく撫でてくれた佳澄の手を、俺はずっと忘れないだろう。
もうよくわかんないよ、佳澄。
俺、別れたくないのに、でも、どうしていいかわかんないんだよ…。
「かけたか?」
「…うん」
喉から絞り出された声は自分でもびっくりするくらい掠れてて。
泣いてると思われたらまた、鬱陶しいと思われる。
佳澄のそんな顔を見るのが怖くて、俺はずっと俯いたままだった。
「んじゃ行くか」
だけど別に特に気に留めた風もなく。
ほっとしたのかがっかりしたのか、何とも言えない気分にさせられる。
俺のそんな些細な態度に気付く訳ないんだなと、勝手に何かを期待して勝手に何かを諦めた刹那。
「っ…!」
心臓が飛び出すかと思った。
俺の、ひゅっと息を呑む音だけが響いたけど。
こんなに驚いていても俺の心臓はまだ体内にあるらしかった。
うるさいくらいに頭にまで響く鼓動が、俺の頭を混乱させる。
こんなになるなんて、俺の体はどうしちゃったんだろう。
体はこんなに反応してるのに、俺の頭がそれを認めたくないのかそれとも、認めたら夢が覚めるとでも思ってるんだろうか。
「何食いたい?」
「………」
「米もいいけどラーメンでもいいよなあ」
「………」
「おい何とか言えよ…って……」
だって。
言える訳ないじゃないか。
「行くか」って言ったとき、あまりにも自然に俺の手を取るから。
俺が言ったって何だかんだと理由をつけて、いつも嫌がって絶対繋いでなんかくれなかったくせに。
そうやって俯いた俺の顔を覗き込んでる今だって、繋いだままとかありえない事するから。
さっきまで俺のことなんかずっと関心ないって態度だったのに、どうしてこんなことになってるのさ?
「何で泣いてんだよ…」
泣くに決まってんじゃん。
なんでわかんないんだよ。
つか、わかっててやってるくせに。
めんどくさそうに言うのはいつも通りなのに、声だけ何でそんなに優しいなんて、ずるい。
それに、なんだよこれ。
一瞬手を離されたと思ったら、まさかの恋人繋ぎだよ。
誰だよ、これ。
ホントに佳澄なのかよ。
「あー…、お前部屋で待ってろ。俺がなんか買ってくっから。そんな顔じゃ店にも入れねえしな…」
佳澄がそんな顔にしたんじゃねえか。
お前のせいだろ。
っていうか、置いていくなよ。
俺、さっきから、どうしたらいいかわかんないんだよ。
今この手を離されたら、俺はどうすればいいんだよ?
「んじゃ行ってくっから」
そう言って繋いでいた手を離して、俺の髪をくしゃっと撫でた。
これは、佳澄の顔をした別人なんだろうか。
とすると、いつから摩り替わっていたんだろう。
えっていうか、この佳澄とさっきHした佳澄は別人?
まてまて、俺浮気したの?
いやまて、させられたのか?
ええ?浮気させられるって日本語あった?
ありえないことが起きすぎて、もはや俺の脳みそは飽和状態。
なんかいろんな言葉が頭の中をぐるぐる回ってて、何か言わなくちゃって思ったんだけど。
「え、何? 何か欲しいもんあんのか?」
混乱してても俺は佳澄を離すまい、と必死だったらしい。
行きかけた彼の服の裾を俺が無意識に握ってて、くん、と引きつれた違和感に、不思議そうに俺を覗き込んでいる。
欲しいものなんて決まってんじゃん。
言ったって与えてくれなかったくせに、今それを俺にきくなんてお前どんだけどSなんだよ。
俺のことなんか好きじゃなかったんじゃないのかよ。
期待してまた俺は傷つかなきゃいけないのか?
責めるような言葉しか頭に浮かばない。
だけどそれが俺の口から紡がれることはなく、流れていく涙と共にしゃくりあげる俺の声が漏れるだけ。
でも。
何か言わなくちゃ。
意を決して肺に空気を送り込み、佳澄に一言だけでもこの訳のわからない気持ちを言ってやりたかったのに、俺の口から出た言葉はそうじゃなかったんだ。
「………好き…」
涙声で、さっきよりも更に酷く掠れていて。
周りに誰も居ない深夜だから、辛うじて聞き取れるかどうかって位だったけど。
バカだよね、ホント。
どんなに酷い男だとしても、どうしたって好きって言ってくれなくても、気紛れのように優しくするこの男が、どうにもならないほど俺は好きらしい。
少しの間を置いて彼は、俺の頭を抱き寄せて額をこつんと合わせた。
思ったより近すぎた距離に涙で滲んだ視界はふわふわして、でも俺の泣き腫らしたこんな顔は見られたくないのに、それでも佳澄の目を見逃したくなくて。
かち合った佳澄の視線には、照れと少しの怒りが混じったような、変な感じがしたけど。
それも佳澄らしいな、と見蕩れていたんだ。
「…知ってる」
溜息混じりに答えたその声音は、俺の知っている大好きなそれで。
こういうときですら素直に「好き」って言わないけどさ。
やっぱり俺の方が絶対何倍も好きだとも思うけどさ。
でも好きだから、許しちゃうんだよな。
好きだから、たったこれだけで、佳澄は一瞬で俺を幸せにするんだ。
ずるい、と思うけど、きっと俺は永遠に佳澄には敵わない気がするけど。
まあ、今日はこの辺にしといてやるよ。
おまけ:
「おい、味噌汁は?」
「ないよ」
「はあ? 味噌汁がないと一日が始まらないだろ!」
「俺は味噌汁なくても一日は滞りなく始まるよ」
「おい、今から作れ」
「無理。味噌がないんだもん」
「味噌が…ない…だと?!」
「そ。昨日買わなくちゃって思ってたんだけど、すっかり忘れちゃった」
「なんでお前はそんな大事な事忘れるんだよ! ありえねえだろ…」
「朝っぱらからうっさいなあ。いいじゃん別になくたってさ」
「よくねえだろ!」
「いいじゃん、そのくらいで俺のこと嫌いになったりしないだろ?」
「…はあ?」
「俺は佳澄が一生好きって言ってくれなくても、嫌いにならないけど?」
「何言ってんだ、お前?」
「大体昨夜は俺、誰かさんに泣かされてそれどころじゃなかったしさあ?」
「昨夜…って、あれはお前が勝手に…!」
「ほら、早く食べないと遅刻すんだろ。味噌がないんだから今は我慢しろよ」
「…ったく」
「俺のこと好きって言ったら、作ってやるよ」
「…あ?!」
「まあ無理だろうけどね」
「調子に乗んな!!」
「じゃあずっと味噌汁抜きだな」
「ほう…そういう気なら好きにしろよ」
「え?」
「お前がそういうつもりなら俺は二度とここに帰ってこねえからな」
「えちょ、なんでそうなるんだよ!」
「 知るか、てめえで考えろ!」
ええー?
なんでこうなるの?
俺が悪いの?(´;д;`)
お読みいただきありがとうございます┌(<:)
よろしければ佳澄視点もご覧下さいませ。