表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/18

すけーと。

「んじゃ、またなー」

「おーう」


 クラスメイトと別れて駅へ向かう。


「お、先輩じゃん」

「あー、サっ君。今帰り?」

「まーな」

「クラスの子と帰んないの?」

「しゃーねーよ。家違う方向だし」

「そっか」


「なぁ、先輩」

「なんだよ、改まって。気持ち悪いな」

「うっせ。あのさ、ちょっと聞いていいか?」


 確かに、改まって聞くと、少し恥ずかしいというか、話しにくいな。


「なんだよ。悩み事なら、詩奈しいなお姉さんが聴いてあげよう」

「微妙にムカつくな。まぁいいや。あのさ、来週、クラスの奴らとスケート行くんだけど」


 ちょっと言葉に詰まる。


「先輩って、スケートできた?」

「あ、うん。滑れるよ」


 即答かよ。


「サっ君、滑れたっけ?」


 いや、滑れません。


「ねぇねぇ、滑れるの? ねぇ?」

「わ、笑うなよ……?」

「うんうん、笑わないから」


「あのさ……。滑れるんなら、教えてくんない? スケート……」


 恥ずかしい! これは恥ずかしいぞ! でもよく言った!


「ぷっ……」

「あっ! 笑ったな! 今笑ったろ! いーよ、もーいーよ! 先輩なんかに相談しようとした僕が間違ってた!」


「わははは、ごめんごめん、ほんとにごめんって」


 謝るにしても、笑いながら涙を流していう言葉かよ。


「解った解った。詩奈がおしえてやっからさ。来週なんだろ?

 じゃあ、次の日曜、時間空けとけよな。特訓してやっから」


 ちょっとアレだけど、持つべきものは、幼なじみってやつかな。



 日曜日。

 天気は晴れ。気温は低い。放射冷却とかいうやつだ。理科の授業で聞いた気がする。


「寒いね、サっ君」

「そりゃあ氷が張るくらいだからな」


「今日は詩奈がビシッと鍛えてやるからさ」

「お、おう。お手柔らかに頼むぜ」

「ふっふっふー」


 笑う詩奈の目つきが怖い。



 スケートリンクで靴を借りる。


「よくこんな刃で氷を滑ろうとか考えたよな。普通に歩けっつーの」

「でもさ、スケートの方が、氷の上なら速いっしょ?」

「ったって、広いところの氷なんて、湖くらいしかないじゃん。地域限定過ぎんだろ」


「なぁ、サっ君、手袋は持ってるよね?」

「ん? あるよ。手袋しないと、リンクに入れないんだろ?」

「まあね、ここはそうだよね」

「危ないからな」

「靴のエッジが当たるとね。それと、マフラーはある?」


「んー、マフラーは持ってきてないな。だいじょぶっしょ」

「ダメだろー。今日は特に寒いからさ」

「だいたい持ってきてねっし」


「風邪ひかれても困るし、詩奈マフラーもう一本持ってきたからさ、貸したげるよ」

「お、そか? んじゃ頼むわ」

「ちょっと待ってろよ」


 詩奈がカバンからマフラーを一本取り出す。


「おわっ、なんだそのドピンクの!」

「えー、マフラーに決まってんじゃん。かわいいっしょ」


 いやいや、ないから。ピンク地の花柄とか、ありえないって。


「いいよ、どうせ貸してくれんなら、先輩が今してるその青いの貸してよ」

「お、こっちにする? いいよ、モフモフして、気持ちいいぜ~」


 そう言うと、詩奈が自分の巻いていたマフラーを僕に手渡す。

 青いマフラーを首に巻くと、ほのかにあたたかくて、ミントみたいないい香りがする。


「そ、そういやあ、靴って言ってもさ、足首まであるなんて、ブーツみたいじゃね」


 照れ隠しに、僕は文句を言いながらも、スケート靴を履く。


「足首までしっかり結んでおかないと、ちゃんと滑れなかったり、捻挫ねんざしたりするからね」

「へー、そうなんだ」


 生返事をしつつ立ち上がると、少しぐらぐらした。

 この靴、歩きにくいな。


「もう、サっ君、適当すぎ!」


 いきなり詩奈が屈みこむと、僕の靴紐を結び直し始める。


「ちょ、先輩、なにやってん……」

「いいから、座ってな」


 僕は、もう一度ベンチに座りなおす。


 僕の顔のすぐそばに、詩奈の頭がある。

 首筋にかかるサイドテールの髪。それが、僕のひざにかかった。


 髪から、マフラーのものとはまた違う、石鹸せっけんの香りが漂ってくる。



「いででで! 痛いって!」

「はい、これでいいよ」


「いってー、こんなに締め付けんのかよ」

「あったりまえだろ、それとも怪我でもしたいわけ?」

「いや、そうじゃないけどさ」


「じゃあ文句言わない」

「う、おう……」


 僕は赤くなった顔を見られないように、リンクに向かって歩き出す。



「じゃあ、始めよっか」


 リンクに立つと、ほんとにこれ、滑るんだな。


「せ、先輩、僕は初心者なんだからな! コケても笑うなよな!」

「えっらそうな初心者だな。転んだら盛大に笑ってやるから、覚悟しなよ」

「オニ~!」


「まぁ、心配だったら、手すりを磨いていたらいいよ。キレイに、ピッカピカにな」

「く、くそっ」

「じゃなかったら、ここまで来てみなよ。ほれほれ」


 詩奈が僕を煽る。くそう、その挑発に乗ってやる。


「おっと、ほっ、おわわわ!」


 そして無様にも尻餅をついてしまう。


「ったく、しょうがないな。ほら」


 詩奈が僕の腕をつかんで、持ち上げる。


「お、わわっ、ちょ、先輩! 手、手、離さないで……! おわっ」

「はいはい。ちゃんと持ってるから、ゆっくり来なよね」


 カモシカのような足とかいう表現があるけど、今の僕は、生まれたばかりの小鹿のような、プルプルと震える足だった。

 詩奈に手を引いてもらって、及び腰でプルプル震える姿なんて、クラスの奴には見せられない。


 なんて羞恥プレイだ。


「もちょっと、ゆっくり、ゆっく……おわぁっ!」


 重心が傾いて、つんのめってしまった僕は、そのまま前に倒れそうになる。

 必死に立て直そうとして、僕の手が宙を舞う。


「うわっ」

「きゃぁっ」


 とっさに手に触れた物をつかんだけれど、そのまま僕は倒れてしまった。


「ん?」


 でも、思った程、痛くない。

 というより、氷の感触って、こんなに柔らかかったっけか。


「サっ君……」


 倒れそうになって、閉じてしまった目を、ゆっくり開けると、目の前にはドピンクのマフラーと、ダウンジャケット。


「しょうがないなあ。あんまり自信ないんだから、そんなに見るなよな……」

「おわわっ!」


 僕は、うずめていた詩奈の胸から顔をそらす。

 立ち上がろうとして、思いっきり滑って、腰から転んだ。



 回数も忘れるくらい、何度も転んで、時には詩奈を巻き込んで倒れて、それでも、ハの字に立ったり、重心を傾けて滑ったりして、日が傾くころには、それなりに自分でも滑れるようになっていた。


「おお、流石はサっ君だな。初日でここまでできるなんて、やっぱりコーチの腕がいいんだな」

「そ、そうだね、はぁ、確かに、ここまで滑れるように、なるなんて、ぜぇ、思ってなかった、から。

 でも、膝とか足とか、ぶつけたところがアザになってるんじゃないかな」

「しょうがないよな。これも勲章だと思って、帰ったらシップ貼っときなよ」



 僕たちは、リンクから上がると、スケート靴を脱いで、自分の靴に履き替える。


「ちょっとそこの屋台、食べてく?」

「言われてみれば、腹減ったなー」

「ここの小ジャガ串、うまいぞ~」


 詩奈が教えてくれた屋台には、小さなジャガイモを二つ、串に刺して蒸かした物が売っていた。


 屋台のおっさんが、詩奈に話しかける。


「あ、お嬢ちゃん、今日は彼氏くんと一緒かい?」

「また~、おじさんてば、そう見える?」

「見える見える、お嬢ちゃんかわいいから。彼氏くんがうらやましいなあ」


 なんだか僕そっちのけで話が盛り上がっているらしい。



「ごめんごめん、お待たせ」

「あれ、一本?」

「うん、そうだよ。もう夕方になっちゃったから、夕飯にひびいちゃうだろ」


 詩奈が、串に刺さったジャガイモを、一つ甘噛みして串から引き抜くと、もう一つを僕に渡した。

 ジャガイモから温かそうな湯気が立ち上って、口の中でよだれが出る。


「んじゃ、もらうわ」

「おう」


 僕が串に刺さったジャガイモをかじると、口の中でほろほろと崩れていって、染み込んだバターの香りが鼻から抜ける。


「ほふほふ……」

「あったかいな。詩奈、この小ジャガ、好きなんだよね~」

「ん、うまいね」

「だろ~? 寒い時には、めっちゃうまいよな~」



 夕暮れ時、帰りの電車に乗るため、駅へ向かう。

 僕たちの影が、長くなっていた。


「今日一日で、結構滑れるようになったじゃん」

「まーな。元々運動神経いーし」

「じゃあ、クラスの子と一緒でも、滑れたんじゃないの?」


「そーかもしんないけど、やっぱ最初っから滑れた方がいーじゃん」

「そっかぁ? みんな一緒に転んだらいいだろ」


「やだよそんなの。カッコ悪いし」

「えー。だったら詩奈には転んだの見られても、カッコ悪くないのかよ」


「カッコ悪いと思う、けど」

「けど?」

「……先輩だったら、見られても、いいかな」

「なんだよそれ」


「なあ、先輩」

「ん?」

「去年までスケートできなかったよな、確か」

「あれー、そうだっけ?」


 確か、詩奈はスケートができなかった。


 僕がスケートの話をした次の日、詩奈が足にテープを巻いていた。

 その次の日は、スカートじゃなくて、ジャージで通学していた。


 マフラーからする、ミントみたいな匂い。シップの匂いに似ている。


 そういえば、さっき屋台のおっさんが、今日は、って言っていた。



 あ。


 もしかして、僕がスケート行くって言ったから……。


 あの日から、詩奈とは一緒に帰っていない。



「うーん、今日は一緒に滑れて、楽しかったぞ。お?」

「先輩、今日は本当に……」

「どうした、なんだよ、急に立ち止まってさ」


「ありがとうございましたあっ」


 深々と頭を下げる。

 僕の、精一杯の気持ちだった。


「ちょっ、おい、やめろよ、人が見てんだからさ……。頭、上げてよ、ねぇ……、サっ君」


 それでも僕は動かない。



 ため息が聞こえ、まだ下げていた僕の頭に、柔らかいものが当たる。

 包み込むようにして、僕の頭に詩奈の手が置かれた。


「ずるいよ、サっ君。そういうところ、カッコいいんだからさ」


 詩奈の小さな手のひらが、僕の頭を撫でる。


「滑れるようになるまで、よく頑張りました」



 バカ言え。

 本当に頑張って、本当にカッコいい奴を、僕は……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ