ゆきかき。
昼過ぎまで降っていた雪が、辺りを白一色の世界に染めていた。
家の近くに来たとき、僕が歩く音とは別に、かき氷にスプーンストローを刺すときのような音が聞こえた。
「なにやってんの?」
「見てわかんないかな、雪かきだよ」
「いや、そーじゃなくってさ、なんで雪かきやってんのか、って」
詩奈は、ジャージにダウンジャケット姿。
「暗くなったら足元危ないだろ。パパ帰ってくるときとかさ。
それに、ほっといたら明日凍るし」
「凍ってても、大丈夫だもんねー」
「なんでよ。お、その靴?」
「そそ。雪だからさ、スノーブーツ。今年の新色」
「なーにガキが色気づいてんだよ、スノーブーツなんてさ」
「中二にもなって、ゴム長なんか恥ずかしーだろ」
「えー、いいじゃん、長靴。カワイイし」
「かわいくねって。んじゃ、そーゆーことなら、ついでに僕んちの前もよろしくね」
「どういうことだよ。ま、いっか。一緒にやっとくよ」
「バカ、冗談に決まってんだろ」
僕は詩奈の持っていたスコップを取り上げようとする。
「あ、ダメだよ、いいよ」
「よかねーよ」
スコップを取ろうとして、詩奈の手を握ってしまう。
やわらかい手から、冷たさが伝わってくる。
「あ……」
「なんだよ、こんなに手ぇ冷たくしちゃってさ」
詩奈が手をゆるめた隙を見てスコップを奪うと、代わりに、学校指定のカバンを詩奈に渡す。
「じゃあこれ、僕んちの玄関に置いといてよ」
「あ、うん」
「それとさ、戸棚の中にココアがあるから、それいれといて」
「わかった」
詩奈とは、家も隣で幼なじみ。家族ぐるみの付き合いだ。
勝手知ったる他人の家とはよく言ったもので、どこになにがあるかは僕より知ってるかも。
詩奈がやった雪かきの跡に続いて、雪かきを始める。
これは思ったより重労働だな。
明日の筋肉痛は覚悟しておこう。
「サっ君、はい」
「わっ。あー、先輩か」
「フフッ、どんだけ集中してんだよ」
「うっせ」
「ココア、持ってきてやったぞ」
詩奈の手には、湯気の昇るマグカップが二つ。
「懐かしいね、これ」
「お、そうか?」
「小さい頃一緒に家族旅行したとき、詩奈が選んだマグだからさ」
「あー。あのときは大変だったよな、しーちゃんのカップ、じぇったいかうーって泣いて騒いでさ」
ココアの温かさが、両手と口に広がっていく。
「えー、そうだっけ?」
「忘れちゃったのかよ」
「どうだろ? でも、まだ持ってたんだ」
「別に、たまたま捨ててなかっただけだし」
なにニヤニヤしてんだよ。
「それにしても、やっぱ男子だなー。もうほとんど終わりだよ」
「まあな。あとこの端っこがラストだな」
「でもさ、そんなかっこで寒くない? せめて着替えてからのがよかったんじゃん?」
「んなことねっし。動いてたから、暑いくらいだし。
先輩こそ、よくジャージで寒くねーな。
毛糸のパンツでもはいてんのか?」
「お、よく判ったね、詩奈が毛糸のパンツはいてんの。あったけえぞ」
「え、マジかよ」
「なんだったら見せてやろっか?」
詩奈がジャージのズボンに手をかける。
「や、やめろよ、誰が見てっかわかんねーし」
「プッ、冗談だよー。あはは、サっ君、マジ、キョドってるし! こんなとこで見せるわけないっしょ、笑えるー! ぼはっ!」
僕の投げた雪玉が、詩奈の肩にヒットする。
「おー、やったなー!」
詩奈が応酬する。
僕は華麗に……避けられず、腹へ直撃した。
「へっへーん」
「よーし、覚悟しろよー!」
雪合戦なんて、いつ以来だろう。
気がつけば、二人とも息を切らせて雪まみれになっていた。
「はぁ、はぁ、ふぅ。あー、疲れた。
サっ君、もう一回、もう一回ってしつこいんだもん。
詩奈、もうぐったりだよ……」
「まだまだ、次はどでかい一発をお見舞いしてやっかんな……」
僕は雪玉を握ると、雪の上を転がし始めた。
「サっ君、タフだなー」
「まだ、こんなもんじゃねーから」
僕は、さらに雪玉を大きくする。
「で、そんなに大きくして、投げられんの?」
調子に乗りすぎた。
雪玉は、ひざの高さくらいの大きさになっていた。
「えっと、これは、雪だるまだよ、雪だるま」
「なんだよー、いつのまに雪合戦終わってんだよ」
文句を言いながら、詩奈も雪玉を作り始める。
「ふー、できた」
「詩奈のも完成ー」
僕が作った大きいやつと、詩奈が作った小さいやつ。
二つの雪だるまが、隣り合って立っていた。
「すっかり暗くなっちゃったなー。やり残した雪かき終わらしちゃうから、先輩は家に入ってなよ」
「えー、いいよ、悪いから」
「汗かいてんだから、見てたら寒くなっちまうだろ。
女の子は、身体冷やしちゃダメだって、母ちゃんが言ってたぞ」
「ハハッ、詩奈は毛糸のパンツはいてっから大丈夫って……くちゅん!」
「ほらー、そんなネタどーでもいーから、とっとと帰れよ。風邪でもひかれたらこっちがめーわくなんだって」
「うん、わかった。ありがとね、サっ君。
マグ、洗ったら持ってくよ」
「はいはい、早く帰って風呂でも入んな」
僕は詩奈が家に入るのを確認して、残りの雪かきに手を付けた。
それから間もなく、二軒の前の雪かきが終わった。
翌朝。筋肉痛で辛い。
「智詞、忘れ物ないわねー?」
「ねーよ、母ちゃん。行ってくんね」
「下、凍ってるところあるかもしれないから、気を付けるんだよ」
「わぁってるって」
昨日、雪かきしたところは、凍っていない。筋肉痛になった甲斐があったな。
「サっ君、おはよ!」
「あー、先輩、オハヨウゴザイマス」
「なんだよそれー。ほら、急がないと電車行っちゃうよ!」
雪かきした道を、詩奈が走っていく。
庭を見ると、昨日作った雪だるまが二つ。
小さい方が、大きい方に、寄りかかるようにしてくっついていた。
※アイディアを下さった、みつながめいさんと、いろはさんに捧げます。