しけんべんきょう。
「そういやさ、駅前に洋食屋さんができたんだって」
「へー。そういうとこいかねっし。よくわかんねーや」
「ケーキバイキングがすごい種類あるんだって! もう何人か、クラスの子たちも行ってるんだってよ。いーなー」
放課後。
案の定、僕は詩奈につかまって、一緒に帰る。
「行けばいーじゃん」
「サっ君、一緒に行く? オムライスも、ふわとろ卵でおいしーんだって」
「なんでオムライスかよ。ガキじゃあるめーし」
「今度の試験終わったらさ、パーッと行ったらいいっしょ?」
「いや、いかねって」
定期試験が近い。
何を隠そう、試験勉強は苦手だ。
「サっ君、勉強はかどってる?」
「んなわけねーじゃん。もう、ノートねっし」
「そんなに書いてんの? すごいじゃん」
「ちげーよ、破って紙飛行機にして遊んでたら、足んなくなったんだよ」
「プッ、ばっかじゃん、小学生じゃあるまいし」
「うっせ、だから買いに来たんじゃん」
スーパーに立ち寄り、文房具売り場で、ノートを買う。
レジで会計を済ませると、入り口にあるガチャのコーナーがある。
「なにこれ、お札消しゴム?」
僕はなにげなしに足を止めた。
「へー、サっ君、学業成就とかあるよ、これ」
詩奈が硬貨を入れて、レバーを回した。
「なにいきなりやってんだよ」
軽い音がして、カプセルが落ちてくる。
「お、見て見て! 学業成就、だってさ!」
中の消しゴムを見せる。
お札のイラストは、消しゴムのカバーにプリントされていた。
お子様向けのギャグアイテムだ。
「ったく、こういうところがガキなんだよなー、先輩のくせに」
「なんだよ、いーじゃん。サっ君もやってみたら? 金運上昇とかもあるってさ」
「えー、いいよ、やんないって」
「そういうなって、1回やってみ」
僕はしぶしぶガチャをやる。
カプセルが落ちてきて、受け皿に転がる。
「なになに、ププッ!」
「んだよ、勝手に見んなよ!」
僕の消しゴムを勝手に取った詩奈に文句を言う。
「だって、ほれ」
詩奈が見せたお札は、安産祈願と書いてあった。
「な、どーすんだ、これ!」
詩奈から消しゴムを取り返すと、裏表見てみるが、どこをどう見ても安産祈願のお札だった。
「わー、いいじゃん! 結婚したら奥さんにあげなよ! きゃはー、ウケるー!」
「うっせ、大人になるまでこんなの持ってたら、逆にキモいわ。
それに、男が持ってても意味ねーだろ」
僕は安産祈願の消しゴムを、ゴミ箱に捨てようとする。
「わ、ちょ、待ってよ。使えんのに捨てんなんて、もったいないだろ!」
有無を言わさず、僕の手から消しゴムをひったくる。
「しょーがない、詩奈が使ってやるから感謝しろよ」
「じゃあ、そっちのやつくれよ。学業成就の」
「なんでよ、いらないってのを拾っただけだもんねー。交換じゃありませーん。
廃品利用だからカンケーないもんねー」
「しゃーねーな。安産祈願は、先輩にくれてやるわ。安産型だから、お札はいらないだろーけどな」
「なんだとー! 誰の尻がデカいって!?」
「んなこと言ってねっし!」
くだらない会話をしながら、夕暮れの中を歩く。
「じゃあさ、今度の試験、勝負しない?」
「突然だな。先輩なんだから、学年ちげーし、意味なくね?」
「いいのいいの。5教科の合計点で、どっちが多いか勝負だよ」
「えー、めんどくせ。なんのメリットあんだよー」
重ねて言うが、僕は試験勉強が苦手だ。
授業に出ていれば、そこそこ点は取れる。解っていることを復習するのが面倒なのだ。
「勝った方には、何かおごるってのは?」
「なんだよ、賭けんのかよ」
「そっちのが張り合いあるっしょ」
「お、言ったなー? したら、思いっきり贅沢なやつでもいーよな」
「ほほう、サっ君、自信ありげだな。ようし、詩奈負けないから、どんな贅沢でも、中学生の財布レベルなら叶えてやるぜ」
「微妙なライン引くなよ」
「ふっふっふ、サっ君こそ、せいぜい小遣い残しておくんだね」
詩奈のことだ。駅前の洋食屋のケーキバイキングとか言ってくるんじゃないだろうか。
「だったらさ、食いたい物を書いて、このカプセルに入れようぜ。
試験が終わるまで、封印してさ」
「なるほど、いいよー。じゃあ、何をごちそうになろっかなー」
「へっ、させねって」
僕たちは、それぞれの希望を書いて、さっきガチャをやったカプセルに入れる。
スーパーの袋詰めテーブルにある、セロファンテープでぐるぐる巻きに封をして、その上から油性ペンで印を付ける。
「よし、これでオッケー。先輩、持っててよ」
「いいぜー、サっ君、覚悟しろよー」
定期試験が過ぎ、答案用紙が戻ってきた。
まぁ、そこそこの出来だ。
勝負がかかっていたから、苦手だったけど試験勉強もしたし、その成果が出ていた気もする。
詩奈のおかげ、かな。癪だけど。
「お、サっ君、どうだったよ」
「あ、先輩。先輩も結果戻ってきたの?」
「まあな。で、サっ君は?」
なんだ、調子良さそうじゃん。
「ま、戻ってきたよ」
「おー。じゃあ、何点取ったか、見てみよっか」
僕たちは、互いの用紙を見せ合う。
詩奈は、目を見開いたり、眉を寄せたり、にやにやしたり、ころころと表情が変わる。
「あーっ!」
「んだよ、びっくりさせんな!」
「だってぇ。合計、サっ君の方が2点多い……」
「お、まじか! おー、ほんとだ、よーし、やったぜ!」
ギリギリだったけど、勝ちは勝ちだ。
「ふふん、あのお札、役に立たなかったなー」
「なにそのドヤ顔、ムカつくー。はぁ、しょうがないなー」
詩奈がカバンからカプセルを取り出す。
「よし、詩奈も覚悟を決めた。約束だかんね、これ、おごってやるよ」
封印のテープをはがすと、カプセルを開ける。
「ん? サっ君、これ、なに?」
「そのまんまじゃんよ」
僕はメモに、こう書いていた。
詩奈の作ったオムライス。
「だって、すっごい贅沢なのって言ってたからさ。
詩奈、オムライスなんて作ったことないし、絶対うまくないよ!」
「んなことねーよ」
僕はメモを奪い取ると、くしゃくしゃにしてポケットに入れる。
だって、詩奈が初めて作るオムライスは、誰にも渡せない、僕だけの贅沢だから。