おみやげ。
「サっ君、連休で行ったおみやげやるよ」
「え、なになにー? どこいったのー?」
「山の方の温泉だぜ、いいだろ」
「いーなー、しーちゃん。あれでしょ、あれ。えっと」
「なになに」
「しなびた温泉!」
「わははっ、サっ君、それを言うならひなびた温泉だろー。
ま、確かにしなびたじーさんばーさんしかいなかったけどさ」
「えー、そう言ったよ、言った!」
「あーはいはい。んでさ、やっぱ温泉がよくてさー。露天風呂なんて、身も心も洗われる感じでさ」
「え、身体は洗うけど、心も洗うの?」
「心を綺麗にすんだろ?」
「いーなー、ボクも心キレイにしたいー」
「ははっ、サっ君は心がぴゅあぴゅあだからいいんだって」
「じゃあしーちゃんは心が汚れてるの?」
「ふっふーん、詩奈はお姉さんだからな、大人はそういうもんだって。
あー、温泉のお湯も気持ちよかったなあ」
「あれでしよ、源泉垂れ流し!」
「ぷっ、はははっ! サっ君、惜しい!
源泉掛け流しな。垂れ流しって言うと、なんか汚らしいじゃん」
「ぶぅ、合ってるよ、ボクそう言ったもん!」
「ふふふっ、そうだね、うん。じゃあ、今度高学年になるお姉さんから、まだぴゅあぴゅあでおこちゃまのままのサっ君にお土産をやろう」
「えー、ほんと? やったー! あれ、なにこのボールペン。
バスタオルを巻いた女の人の絵が描いてあるよ」
「そうだねえ。まあ、ちょっと握ってみてよ」
「うん、判った……あ!」
「お、どうした。顔が真っ赤だぞ」
「だって、この女の人、バスタオル、無い!」
「きゃーっはっはっは! サっ君、エッチだねえ!
これはエッチな人が持つと、裸になっちゃう絵なんだよ」
「えーっ! ボク、エッチじゃないよ!」
「それならムッツリスケベってことなんじゃないのー?」
「違うもん! ボクスケベなこと考えてないもん!」
「なっちょっ、サっ君、そんなに抱きついたら、く、苦しいよ……」
「ほら、ボクがぎゅーってしても、しーちゃんの服、なくなんないもん! 透けたりしないもん!」
「判った、判ったってば。サっ君はエッチじゃないよ、うん。ね? よしよし」
「なーんてことがあったよね。懐かしいなあ。サっ君覚えてる?」
「んな昔のこと覚えてねっし。だいたいいつだよ。そんな僕がガキみたいなこと……」
「詩奈が小四の時だったから、サっ君小三の頃じゃん?」
詩奈が僕の家に来て、先日の連休中に温泉旅行した時の土産を母さんに渡すと、当たり前のように僕の部屋でくつろぎ始めた。
「なに勝手にのんびりしてんだよ。一応ここ、男子の部屋なんだぞ」
そこへ、紅茶とお菓子を持った母さんが入ってくる。
「まあいいじゃないの。詩奈ちゃん、いつもありがとうね。紅茶淹れたからゆっくりして行って」
僕の文句に間髪入れず母さんが余計な言葉を残して出て行った。
「お母さんもああ言ってくれてるんだしさ。でも、なんだか久しぶりだなあ、サっ君の部屋。
なんか昔より綺麗になった?」
「んなんしらねーし。てか、あんまジロジロ見んなよ。茶ー飲んだらとっとと帰れ」
「んじゃ、早速サっ君へのお土産のカップを使おうぜ。一応洗ってきたからさ」
そう言うと、浴衣を着て窓辺に座る女性のイラストが描かれたマグカップを取り出した。
「お、サンキュー。って、これ……」
案の定、熱い紅茶を注ぐと浴衣が消えて裸の女性の姿になった。
「エッチなサっ君にお似合いのマグカップだろー」
「またこのパターンか……」
くすくす笑う詩奈に、わざとらしく呆れたため息を見せる。
「お、これって」
詩奈が机の上のペン立てを見ると、さっきの話にあったバスタオルを巻いている女の人のボールペンを手に取ろうとする。
「勝手にな、ちょっ、やめろよ」
慌ててそれを阻止しようとしたものの、勢い余ってタックルみたいになってしまった。
「きゃっ」
詩奈が小さい悲鳴をあげて、ベッドに倒れこむ。
派手な音を立てて、床の上にペンたちが転がり落ちた。
ベッドで仰向けになった詩奈の上に、僕がうつ伏せで覆いかぶさる。
詩奈があのボールペンを持ったまま手を上にあげて、僕がその手を押さえる形。
身体と身体が密着する。
詩奈の顔が、近い。
さっき飲んだ紅茶の甘い香りがした。
「サ、サっ君……」
詩奈の唇が小さく動く。
その動きに、どきりとする。
詩奈の頬がほんのり赤くなる。
「ちょっと苦しいよ」
ほとんど僕の全体重を受け止めるような位置。
ベッドの上とはいえ、昔と違って詩奈より身長も体重も上の僕のが乗っかるような感じだ。苦しくないわけがない。
「わ、えっと、わりい」
一瞬で我に返った僕は、慌てて起き上がろうとする。
開いた詩奈の足の間にはさまっていた僕の左足を、ゆっくりと離す。
急いで詩奈はキュロットの足を閉じた。
「ふう、サっ君もなかなか強引になったねえ」
一息つくと、詩奈はたいして乱れてもいない服を直す仕草をする。
「先輩が余計なことをすっからだよ」
詩奈からもぎ取るようにして奪い返したボールペンを後ろ手に隠す。
「それ、あの時のボールペンだろ?」
「し、しらねーし」
「そうなんだろ、見せろよ〜」
「やなこった、見せっかよ」
ボールペンは、バスタオルの女の人の絵そのものが擦り切れて見えなくなっていた。
何度も何度も芯を交換して使い込んでいたなんてのがバレたら恥ずかしいじゃねーか。
温泉街のよくあるお土産。
秘宝館とか行ってなければいいけど(^_^;)