ひっこし。
春は引っ越しのシーズンですね。
思いついた勢い任せですが、お楽しみいただけたら嬉しいです。
「なあ智詞、聞いたか?」
クラスメイトの鷹橋が血相を変えて近寄ってきた。
「詩奈先輩が引っ越しの話をしていてさ、どうやらお父さんの仕事の都合らしいんだけど、転校することになるとかって言っててさ」
一瞬、自分の耳を疑った。
「なっ、バカゆーなよ、んな話あっかよ」
「三年の教室の前で詩奈先輩本人が言っていたのを聴いたんだよ、間違いねえって」
詩奈が、引っ越す?
聞いていないぞ、そんな話。
「なんだ、智詞なら知ってるかと思ったんだけど、もしかして、言わない方がよかったか?」
「いや、だいじょーぶだ」
「そか。あんま気ぃ落とすなよな」
返事も適当に、僕はその場を離れた。
ふらふらと校舎の中を彷徨う。
気がつけば、詩奈の姿を追っていたのかもしれない。
「こういう時に限って、先輩見当たらないんだよなあ……」
独り呟いて校門を出ようとしたところに、聞き慣れた声。
「サっ君、今帰り?」
「先輩! あ、ああ。うん」
「そっかそっか。んじゃさ、ちょっとショッピングモールまで付き合ってよ」
「え、なんでだよ。それよか聞きたいことがあんだけど」
「なんだよ? いいぜ~、お姉さんが質問に答えてあげよう」
どっから来るんだ、この上から態度のキャラは。
「あ、あのさ、今度引っ越しの……」
詩奈の顔が、一瞬曇る。
「あー、それでね、何かと物入りだろ? ちょっとカバンとか収納見てこようかと思ってさ」
「え、ああ」
「んで、買い物がてら、要る物ないかな~って、ね」
勢いに押しきられる形で、詩奈に導かれるままショッピングモールへと向かった。
何件か店を回る。
「やっぱさあ、可愛さよりも大きさだと思うわけよ」
「機能美的な?」
「お、判っとるね少年」
「なんだよそれ」
軽い笑いが中途半端に引きつる。
詩奈は大きめのスポーツバッグを手に取ると、肩に掛けたり、たすき掛けにしたりして大きさを確認していた。
「あ、あのさ」
「なんだよ」
少し言葉に詰まる。
「聞いてなかったんだけど。引っ越し」
少しの沈黙。
「そっかあ。あの時サっ君上の空だったからなあ。聞いてないのも無理ないか」
「え、そうなん?」
どういうことだ? 詩奈から聞いていた?
思い出せ、いつのことだ?
「でもさ、やっぱ淋しいって思う?」
「そりゃそうだろ、何言ってんだよ!」
思ったより声が大きかったかもしれない。
辺りの買い物客が、こちらに振り向いた。
「ちょっ、サっ君」
「あ、ごめ……」
「ふぅ、まあいいけどさ。詩奈も淋しいし。やっぱり離れ離れになるって、ね」
そうか。詩奈もそういう気持ちがあったのか。
だったらもっと、前から話をしてくれたら。
僕もそれを聞き流したりしていなかったら。
握ったこぶしが、痛い。
「そっかあ、サっ君も淋しいって思ってくれたか」
「あ、当たり前だろ。ずっと一緒にいたんだ。淋しいわけ、ないじゃないか……」
あれ、おかしいな。
なぜか視界がぼやけた気がする。
「え、ずっとって、サっ君そんなに前からパピ子のこと知ってたっけ?」
「へ?」
「パピ子って詩奈が中学入ってからの友達だから、サっ君ともここ一年くらいの知り合いかと思ってたけど。
ははあん、もしかして、サっ君パピ子のことが……」
なんだ? パピ子?
パピ子は詩奈のクラスメイトの奴のあだ名だったな。
何度かお茶とか買い物とかで一緒だったこともあったっけ。
「ほうほう、サっ君も隅に置けないねぇ。パピ子のことが気になっていたなんて。そうだよねぇ、パピ子って詩奈が見ても可愛いって感じだもんね」
そういうことか!
「いや、ちげーし! そんなんじゃねっし!」
「まぁまぁ、そう慌てなさんなって。しっしっし、いいねぇ、青春だねぇ」
思い出した!
確かに詩奈は、少し前にクラスメイトのパピ子が引っ越すということを、何かの話の流れで言っていた。
知り合いではあったけど、あまり気にも留めていない女子のことだったから、まったくのノーガードだったし、今思い出したこと自体が奇跡みたいなものだ。
「なんだい、そういうことならお姉さんが間を取り持ってあげたのにねぇ、残念だねぇ」
詩奈がニヤニヤとこっちを見ている。
「んだよ、てっきり先輩が引っ越すのかって思って、びっくりしただけだよ」
詩奈の顔が一瞬固まった。
「ねえ、サっ君」
僕は返事をしない。
「詩奈が引っ越すって言ったらさ、淋しがってくれるかな」
僕は先に店を出ると、足早にショッピングモールから出て行く。
安心した気持ちがあったのか、自分の記憶力に怒りを覚えたのか、もどかしさに憤りを感じたのか。
僕は空を見上げてまばたきをした。
「ねえサっ君」
「うっせ」
確かに鷹橋は、詩奈が引越しの話をしていたと言っていた。
「サっ君てば」
「うっせ」
詩奈が引っ越すとは言っていなかったな。
ひとまず明日は鷹橋に、詩奈仕込みのヘッドロックをお見舞いしてやることにした。
思いついたら投稿する、しょこらてぃえ。のスタイルですが、今後もこの二人にお付き合い願います。