せいくらべ。(挿し絵)
「サっ君」
帰り道、僕を呼ぶ声がした。
詩奈だ。僕の幼なじみで、一学年上の中三。
少し小柄で、子供っぽい感じ。
髪を最近伸ばし始めて、サイドテールになんかしてる。
「サっ君!」
僕はあえて詩奈の声を無視する。
「こら、智詞!」
「なんだよ、先輩!」
たまらず振り向いた僕の顔に、詩奈のカバンがヒットする。
「ってぇ~。なにすんだよ、この乱暴女!」
ったく、鼻が痛い。奥がジンジンする。
「無視すんなよ。一緒に帰ろうぜ」
「や、やだよ、誰かに見られたら」
「いいじゃんいいじゃん、どうせ帰り道一緒だろ~、お隣さんなんだしさ、仲良くしようよ、ね?」
かわいいアピールをしながら、カバンをブンブン振り回して、僕の隣を歩く。
「中学入ってからさ、サっ君って、よそよそしくなってない?
詩奈のこと、先輩とか呼ぶしさー」
「そんなことないよ。フツーだよ、フツー」
「ふーん」
にやにやしながら僕の顔を見上げる。
「この一年でさ、サっ君すごい背が伸びたよね。今何センチよ?」
「え、この間の身体測定で、168だったけど」
「えー、168! 詩奈より15センチも高いじゃん!
なに食ったらそこまでデカくなんのよ。
おまえは竹かよ、にょきにょき伸びてさ。人間じゃないよ。
ずるい! 少しよこせ!」
「あげられる訳ないじゃん、悔しかったら牛乳飲めよ、牛乳」
「えー、詩奈が牛乳苦手なの、サっ君知ってんじゃーん」
「だからちっちゃいんだよ、いろんな意味で」
「いーんだよ!
身長もおっぱいも、これからデカくなってやるんだから、見てろよな!」
「声でかいし! それに、そんなことまで言ってないだろ」
「なんだよ、前は詩奈よりちっちゃくてさ、しーちゃん、しーちゃんって泣いてついてきたくせにー。ぷぅー」
詩奈がカエルみたいなほっぺたをしていたから、つい吹き出しそうになった。
駅に着いた。
改札階へ昇るエスカレーターに乗ろうとすると、詩奈が急に前へ出てきて、先にエスカレーターへ乗った。
続いて僕は一段空けて、エスカレーターに乗る。
「へっへーん」
詩奈が半身になって振り向き、ドヤ顔で僕を見る。
「なに?」
「ほらぁ、詩奈の方が、背が高いもんね~」
「エスカレーター二段差なんだから、あたりまえだろ」
「でもでも、詩奈の方が、おっきい! ほらっ、ほらぁ」
「ほいっと。
一段上っただけで、僕の方が少しおっきいでーす。僕の勝ちー」
「あっ、ずるーい! 上るの禁止!」
むくれる詩奈のサイドテールが僕の顔を撫でる。
エスカレーターの上の詩奈が近い。
僕たちの吐息が、ひとつに混ざり合うくらい。
思わず手すりをつかむと、詩奈の手がそこにあった。
『あっ』
僕たちの声が一緒に出て、そして無言になる。
詩奈がだんだん低くなっていって、また15センチ差になった。