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ポッキーゲーム

作者: o-k

 ポッキーゲームが気に入らない。何故、好きでもない奴と唇を重ね合わせなければならないのかが分からない。それを、楽しんでみている連中も馬鹿だと思う。

 僕は今、カラオケルームのソファーに座り、それを見ている。まさに馬鹿な連中だった。男と女がポッキーの両端を咥え合い、齧り進めるだけの単純なゲーム。攻める男、恥じる女。恥じるくらいなら、やらなければいいじゃないかと思うが、そう言うときっと「ノリが悪い」になるのだろう。それにしても、こうやって見てる僕は一体、どんな表情をするのが適切なのだろうか? 例えば、ゲヘヘとスケベェな顔か、やれ! 行け! と野次を飛ばすか、さて、どちらにする方がノリがいいになるのだろうか? そうこう考えていると、男と女の距離はわずか一センチとなっている。するとそこに金髪女が、え~い、と言って男の背中を押した。男はうわっとバランスを崩し、上手いことに女の唇と男の唇が重なった。女は、もぉ、何すんのよお、と赤面し、頬を膨らませた。その顔が全く嫌そうではない。僕は、不思議と思って隣に座る榎木に説明を求めた。榎木は、

「やらせだよ」

と、フライドポテトを頬張った。僕は怒りが込み上げた。やってらんねぇよ、椅子に凭れ掛かかり、不貞腐れた。唯でさえ街を歩けばクリスマスソングを無差別的に聞かされる季節だ。気が滅入って仕方ない。と、スマホを手に取った。時刻は八時を過ぎていた。ここに来て二時間になる。正直言うと、帰りたい。帰って、こたつに入って今日発売の漫画を読みたい。思っていると、金髪女がマイクを持って、僕の隣に座った。女は、紺のハイソックに膝丈のスカート、化粧は薄く、清楚に見えなくもない。だが、何せ髪が金髪なんだから、どうしたって田舎のヤンキーに見えてしまう。勿体ないなとじろじろ顔を見ていたら、

「あんたらさ、何で来たの?」

と、僕にマイクを向けた。

 僕が何故こんな狭い箱の中に閉じ込められているかと言うと、さっき、ポッキーゲームをしていた米林に無理矢理連れて来させられたのだ。米林は僕が所属するサッカー部のキャプテンで、三年が引退した今、二年の中で一番権力を持っている。権力者は大抵、女癖が悪いと僕は思う。何故なら米林がそうだからだ。米林が誘う合コンへは行くな、等と高校で密かに噂が立っていた。それでも付いて来てしまったのは、僕の弱さ故だと思う。

 僕は金髪女が持つマイクに口を近づけ、

「なんとなく」

と、答えた。

「ふ~ん、そう」

と金髪女がマイクを机に置いた。マイクはコロコロ机を転がって、米林と女の前で止まった。米林は女のカーディガンの下に手を突っ込んで、胸をわさわさ揉んでいる。女は、ダメだってば、と言いながらそれを容易く許している。

 興醒めだ。僕はいよいよ帰ろうと榎木に小声で「帰るわ」と立ち上がると、金髪女が大声で「え、帰んの!?」と言うから米林がそれに気が付いてしまった。

「帰るとか許さねぇぞ」

睨まれた。こうなると僕は蛇に睨まれた蛙の如く大人しくなり、適当な洋楽を予約して、鼻歌でその場をやり過ごした。それが可笑しかったのか、横で金髪女は大口を開けてゲラゲラ笑っている。米林も機嫌を取り直したみたいで僕はほっと胸を撫で下ろした。

「あんた、名前は?」

金髪女が聞いてきた。

「俺?」

「今、目が合ってんでしょ」

「一之瀬涼太」

榎木が変わりに言った。

「何でお前が答えんだよ」

「いいじゃんか」

そう言って榎木はフライドポテトをまた食べた。

「私、さくらね」

「へえ、和風じゃん」

また適当な事を僕が言うと、「洋風な名前って何よ?」と突っ込まれてしまった。面倒だ。

「――リリとか?」

「何それ、リリィ・フランキーみたい」

とさくらが笑う。僕は何がそんなに面白いんだと顔を覗いていると、

「エロいな」

榎木が言った。

「いや、エロくないから」

とさくらは榎木を睨んだ。

「金髪の女は皆エロいよ。アメリカ人見てみろよ」

「ね、何言ってんのこいつ?」

 僕に聞かれても榎木は変な奴だから、としか言いようがない。高校でも榎木は少し浮いている。何せ、授業中に手を挙げたと思えば関係のない下ネタばかり言っている。クラスの女子からは「今度、下ネタ言ったら殺す」と殺害予告までされたらしい。それでよせばいいのに、次の日もまた下品極まりない下ネタを言った。僕でさえ、その時は顔を顰めた。それからというもの、まともに目も合わせて貰えないらしい。

 だからだろう、榎木は久しぶりの女子に興奮気味で身を乗り出し、さっきからさくらに「ね、何で金髪? 深い意味とかあんの?」としつこく聞いている。さくらは、「別にないよ。みんなと同じが嫌なだけ」と自分の髪を撫でた。

「じゃあさ、じゃあさ、SとMだったらどっち?」

「はあ? あんたに関係ないでしょ」

「えぇ、いいじゃんよ。ケチ」

「――榎木」

悪い予感がした僕は、透かさず止めに入った。

「んだよ、一之瀬も知りたいんだろ? ほんとは」

にたにた笑う。僕はイラッと来て、

「お前さ、そうゆんだから女子に嫌われてんだろ。いい加減分かれよ」

遂に言ってやったと思った。でも榎木は、ん~と考えてから、

「別にいいよ。なんとも思ってない女子に嫌われても」

平然と言った。

「呆れるな」

「呆れろよ、な、さくらちゃん」

「キモイ……」

榎木はさくらに「キモイ」と言われて嬉しそうだった。

「ま、でも、ちっとは分かるよ。そこの変態が言う事も」

言って、さくらは慣れた手つきで曲を入れ始めた。

「分かんねぇよ……」

僕は床に向かって呟いた。

 もしかしたら、変態であることも、金髪であることも、こいつらにとっては、揺ぎ無い自分の絶対的な一部なのかもしれないとふと考えた。考え出したら、何も無い自分に気づかされ、涙が溢れ出しそうになった。僕は奥歯を噛み締めて、ぐっと堪えた。

 するとイントロが流れて、さくらが歌い始めた。知らない曲だった。後で聞いたら、インディーズの誰それと言う人がネットで呼びかけて集めた個性派バンドらしい。さくらはサビに入る前に大きく息を吸って、叫んだ。

「ポッキィゲェェェェム!」

キーンとマイクがハウリングを起こした。僕は耳を塞いだ。さくらは構わず叫んでいる。

「ポッキィゲェェェム!」

今度は榎木が叫んだ。何だって、こいつらはこんなにも自由なんだ。ただの金髪と変態の癖に……。

 曲が終わると同時に、僕は立ち上がり米林を睨み付けた。

「米林! 俺は帰る! 帰るぞ!」

部屋から飛び出した。すると、榎木とさくらが後から追い掛けて来た。榎木は「エロ本買ったら貸せよ」と僕に纏わりついてくる。さくらは、「今度桜色に髪染めようと思うんだけど、どう思う?」等とどうでもいい事を聞いてくる。僕は僕で、本屋へと向かい歩き始めている。もちろん、読みたい漫画を買うためだ。





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