感情
雪がちらついてきた。元旦に見た、近所の神社でやっていた焚き火で、たなびく煙から逃げるように舞っていた灰にそっくりだ。ただ、雪は灰と違って、上へは上らず、下へと落ちて、知らない間に消えてしまう。なんとも儚い存在ではあるが、わたしの住んでいるところのように、滅多に雪が降らない土地では、特に小さな子ども達に重宝されている、とても価値の高い存在だ。それに比べてわたしは、バレー部の中ではただの灰塵のような気がする。
わたしは部屋の窓にへばりついて、ガラスの曇りを拭いながら外を眺める。何度か、雪が窓に落ちて、そのままじわりと溶けて水になることもあった。その溶けた雪が、ガラスを伝って窓枠に溜まる。
せっかくの休日だというのに、また明日から放課後は部活動に出なければいけないと考えると憂鬱になってしまう。ずっと胃が重たくて、本当に鉛玉が中で転がっているような気がして仕方がない。出てくるのはため息ばかりで、あまりの世の中の不条理さにわけもわからず叫びだしたくなる瞬間さえある。学校が嫌いなら燃やしてしまえばいい。部活が嫌いなら潰してしまえばいい。そう考えてはみるものの、気は楽な方向には向かず、最終的にはそもそも自分が消えてしまえば一番いいのだという考えにたどり着いてしまう。感情なんてものがわたしの中からなくなってしまうのも、またそれはそれでありかもしれないなどとも思う。
ぼうっと、何を見るわけでもなく窓の外の景色をまた眺める。いつもと変わらない町並みの中に、雪だけが少しだけ不恰好にぱらついている。雪が降るほど冷え込んでいるというのに、近所に住む保育園の年長さんくらいの子どもたちが、家の周りで楽しそうにはしゃいでいるのが見えた。母親に無理やり着込まされたのだろう、元の体の細さに比例していないくらい厚着をしている。
子どもたちは、自分の意見を押し付けあうようにぎゃいぎゃいと言い合い、けれど結局はリーダー格のような女の子が何か意見を言って、みんなそれに納得したように遊びを始めた。あれくらいの年の子は、本当に幸せだと思う。お互い他人を評価し合うこともなく、皆が皆同じであると認識し、そして誰かひとりが少し間違ったことを言っても、引くことなど一切せず、何かしら直球で言葉を返す。喧嘩をしてもすぐに仲直りして、何のわだかまりもなく、また仲良く一緒に遊ぶ。しかしそれは、プライドや周りの目を気にし始めたころから次第にできなくなっていってしまう。相手に対する偏見や差別が、たったひとつの言動すら許せなくなってしまうのだ。きっと、わたしもそのひとりであり、そうやって差別されているひとりでもあるのだろうと思うと、悲しくなった。
窓のほんの少しの隙間から入ってくる風に、鼻が赤くなっていくのが、鼻先の冷たい感覚でわかった。わたしはようやく窓から顔を離すと、そのまま座り込んでいたベッドに仰向けに倒れた。しんとした、温度の冷えとはまた違う、冷たい空気が流れているのがわかる。天井までの距離は遠くて、腕を伸ばしてみても到底届きそうにない。真っ白な天井は、明りをひとつも点けていないせいか薄暗く、若干灰色にも見える。寝返りをうって、昨晩枕元に充電器を差し込んだまま置いておいた携帯電話を手に取る。着信は一件もない。もちろん、メールもだ。てらてらと光る液晶画面の眩さが、ぐっと目の奥を痛いくらい刺激した。四時五十六分と表示された画面を見て、一日ももうそろそろ終わりだな、と頭をもたげて長嘆する。やはり時間は悪意を持って、この柔和な空間をすぐに流してしまうのだ。
「春美」
こんこん、とドアのノックの音と同時に、母さんの声が聞こえてきた。
別に怪しいことをしていたというわけでもないのに、わたしは慌ててベッドから飛び上がると、姿勢を正して、ドア越しに「なに」と問いかける。声がいつもの調子かあとから確かめて、別に大丈夫だな、と確認を終えると、ばれないようにほっと息をつく。なんとなく、あれほど頑張っていた部活に、ここのところずっと嫌気が差しているということが、母親に対して後ろめたい気がして仕方ないのだ。
「もうそろそろ夕飯の支度するから、春も手伝って」
「はいはあい」
わたしは適当な返事をすると、携帯電話を閉じて、再び枕元に戻す。耳を澄ますと、母さんが階段を下りていく音が聞こえた。部屋を出る前にもう一度窓の方に寄って、今頃子どもたちはどうしているのだろうと外を覗き見る。すると、もう家路につく時間になったのだろう、子どもたちは遊ぶのをやめて、手を振りながらそれぞれの家への道を歩いているところだった。ふと、女の子のかたまりがあるなと思ってそちらに目をやると、家が余程近いのか、三人の小さな女の子が手袋もはめずに、仲良く手をつないで歩いていた。
---プラットホームの先で 2 (了)