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第二話

 集落は木製の柵により囲まれていたため、門を通らずして中に入るのは不可能でないまでも困難である。国交の関係上、面倒なことにはなるだろうが、このままナリサーワへ引き返すよりは明らかに安全であるし、特に後ろめたいことがあるわけでもないので二人は門へ向かい、そこで門番と交渉することにした。

 門番はサキュー人に特徴的なテング的鼻の高さ、雪のような白い肌をした恰幅のよい中年の男であった。酒を飲んでいたらしく随分と陽気である。

「ああ、何? ナリサーワから来たって?」

「ええ」

「それにしては荷物が少ないね」

そういうと、少し怪訝そうな顔をして彼らの荷物と傷だらけのアテラザワと高級そうなウマウマを一瞥した。前述した通り、非公式な貿易はサキューとナリサーワの二国間で市民レベルにより勝手に行われており(都市伝説としてだが、自国内だけでの消費に限界を感じたザイバツが国家の目を盗んでリュウザンなどの国境の町に物資を流しているという説もないでもない)、ナリサーワ人がここにくること自体はそう珍しくないのであろう。

「我々はナリサーワ国家のベニマル機関つまりは世界の起源を調べる公務員の研究者なのですが、国の方でよからぬ動きがありこうして追われてここまでたどり着いたのです」

ザオーが説明すると一瞬面倒そうな顔をしたが、とりあえずナリサーワでの立場を証明する書類を提出することで集落の中には入れてもらえることとなった。国境の集落では法が緩いらしい。上役に連絡をとってから門番は

「入ることには問題ない。ただし、非公式な貿易と違って、亡命では連合政府の方に意見を求める必要がある。ただ、我々の国は連合国であり、この集落にもある程度の自治権がある。したがって、二人は私の預かりとなり、しばらくは集落内で暮らしてもらうこととなった。勝手に集落を出ることは許されない。といって、行く宛てもなかろう」

と言うと仕事を別の者に任せて彼ら二人を先導し集落の中に入れてくれた。知り合いのニンジャ学者を頼っていくことはすぐにはできなさそうである。

 集落の道路は石を敷き詰めてあり、ところどころに開いた隙間から大きな木が生え、その根が石畳を歪ませている。ザオーは「ナリサーワは木の文化であり、サキューは石の文化である」という大学時代に読んだ文献の一節を思い出した。雪を流すためであろうか、細い道も含めて、道の左右には水路がある。

 黄昏時であったので、彼ら三人の通る目抜き通りの両脇の商店には夕食の材料を買いに来た女たちが行き交い結構な活気である。店と店の間の細い路地で子供たちが何やら叫びながら走って遊んでいた。

「この集落の名前は何というのでしょう?」

「サクラダーだ。サクラダーはサキュー横断鉄道の起始する場として知られている。ちなみに私の名前はシマチクだ」

 自己紹介を済まし、その他サクラダーに関する質問を二人が酒飲み門番シマチクにぶつけていると、彼は一軒の家の前に立ち止まった。

「私の家だ」

「てっきり拘置所か何かに入れられるのだと思っていたけれど、あなたの家に居候することになるのか。何だか悪いね」

とアテラザワは軽い調子で言った。

「これも仕事のうちだよ。こういうことがあるから、我々門番の家系は代々大きな家を与えられるんだ。だからといって高給取りというわけではないのだが。家の中も質素でな。景気のいい家庭はホームシアターが完備されているんだ。VRの普及した現代ではとうに忘れ去られた旧時代の因習だがな。それでもやっぱり電子的に脳に送られてくる信号よりも、元データがデジタルでも空気を伝わってくるよりアナログな情報の方が深い感動がある。なんだかそんな感じはするね。いや、欲しいってわけじゃないんだ、ただ、まあね」

そう言うと彼はニカッと笑って彼ら二人を家に招き入れた。

 食事はシマチク家の家族と同じ部屋で食べることになっているようだった。そこで彼の家族を紹介された。妻と娘が一人ずつ。娘は彼の家系で何代かに一度生まれるらしいアルビノであった。彼女は目が悪いといっていたが慣れた家のせいなのか、あるいはそれほど目が悪くないのか、食事を共にしていてもそのことには言われるまで気が付かなかった。ニンジャ神話によればニンジャのある傍系の家系ではアルビノが生まれやすいらしく、それはカミの怒りを買ったからだといわれているがそれが一体何を指し示すのかは専門家である彼らにも分からない。

 夕飯はポップコーンとハンバーガーであり、食中の飲物としてコーケという滋養強壮剤を供された。ここサキューではこれがもてなしの食事である。食べ終わるとバルボンと呼ばれるトウモロコシから作った蒸留酒が出されたが、彼らにとってこれはなじみのない味であり、はじめのうちはまるでゴムがプラスチックのような香りとスモーキーさが鼻についたが、杯をかさねるうちに病みつきになっていった。

 酔いの程よく回ったアテラザワは大切にしていた弦楽器を持ってきていたようでそれを奏でながら、即興で己が悲運を歌いはじめた。異国の旋律に惹かれてか、家族の者以外に近所の人たちもいくらか部屋に集まり始め、小一時間もたったであろうか、アテラザワの回りには十数人が集り曲の終わりに喝采を送った。簡単な挨拶や自己紹介を彼ら二人が済ませると、集まり来た近所の客人や家主であるシマチクも酔いにまかせて故郷の歌を歌い始めた。久しぶりに身の安全が保障され、温かい食事と酒とが与えられた彼らは、宴の終わった記憶もなく、気が付くと与えられた部屋のベッドで横になり布団にくるまって寝ている自分たちを発見するといった具合であった。

 部屋には採光用の小さな窓がある程度である。冬の寒さ対策であろうか、窓は昨日の宴会をした部屋にも小さなものが一つのみであった。部屋の中の暖炉には赤々と炭が燃えていた。

「冷たい石造りの四角い何もない部屋に逃げられぬように閉じ込めておかれるものだと思ったが。それでもリュウザンに残って命を狙われるりはマシだがな。彼ら存外気さくな連中だし、ここは居心地が良い。追われている身であることなどつい忘れてしまいそうになる」

とザオーが言うと、アテラザワは二日酔いなのか額に皺をよせながら返事をした。

「ああ。ただ、ここでじっとしていても仕方がない。異国の散歩でもしましょうや。昨日の宴にいた連中の一人がここの近くで飯屋をやっているそうだ。聞けばナリサーワの通貨でも食べさせてくれるという」

「まだ先行きに不安がないでもないが……。まあ、よかろう。ひとつ行ってみるかね」

「自分から誘っておいてなんだが、水を飲んで頭痛が消えてからでいいかな」

「ああ、もちろん」

 数十分後、コーヒーとスクランブルエッグとベーコンの朝食を食べた彼らは借り物の異国の服を身にまとい、門番の長女ツヤヒメを見張りということで行動を共にすることを条件にサクラダーを散策していた。彼女は初めてナリサーワ人とまともに会話をするというので幾らか緊張していたようだったが、ザオーやアテラザワがサクラダーの町に関する質問をすると快く答えてくれたし、自分の町を異国の人に紹介するのが楽しいようであった。

「小さい町だが、活気がある」

ザオーはカウボーイ・ハット―ツヤヒメ曰くそう言うらしい―をかぶった幼い少年たちが、木で作ったテッポーを撃ち合いながら空き地で遊んでいるのを見て言うと

「ええ。ここはナリサーワとサキューとの非公式の物流を中継することで利益をあげて豊かな町となったのですわ。互いが交流することで太い金銭や物や情報の流れができ、それが我々を豊かにするということを我々は古くから経験として知っているのです。早く正式な国交が結ばれるといいわ。そうしたら私たちはもっと大っぴらに商いをすることができるもの。そしてそれは双方の利益に違いないんだもの。我々、特に私たちの国サキューは連合国であり、各小国の代表者が議会で話合って物事を決めますわ。けれど、その代表者の選出方法は小国ごとで、多くの小国は世襲の領主が代表者になりますの。しかも有力な議員は大抵が世襲です。そのため、民の意見を反映することができないのです。サクラダーはその自治権によって勝手に―とは言っても表向きは隠していますのよ、誰もが知っているだけで―貿易しているので連合政府の中では鼻つまみ者ですのよ。我々は自由と正義の国ですから」

 ナリサーワ人である彼ら二人はサキューの政治体制に無知であったから、そして助けを求めているサキューの連合政府の仕組みを知っておくことは自身の生命にかかわることであるから、静かに聞いていた。

「あら、ごめんなさい。私、熱くなってしまって。」

「いや、いいんですよ。」

とザオーは考え込みながら言うと、

「そうそう、全然構わないし、楽しい演説だったよ。ところでこのあたりには、何か娯楽施設はないのかい? 自分の身のこれからを考えているとどうにも不安になるし、何かしら気晴らしになるものがあると嬉しいんだが」

とアテラザワが言った。

「ええと、映画館くらいかしら。この町ではハリブッシュ映画がとても人気なのよ。コーケとポップコーンを食べながら見るのが暇な時間のつぶし方だわ。爽快なニンジャアクションに定評があるから、あなた方もきっと楽しめると思うわ。私もご一緒します。目が悪いといっても、映画を楽しむのに不便を感じたことはないのよ」

 ザオーとアテラザワは映画とは何ぞやと思ったが、ニンジャアクションという甘美な響きには抗いがたく目を輝かせながら彼女のあとについて映画館へ向かった。

 ハリブッシュの映画を見る前に彼女は厠へ行ってしまったので二人は見慣れぬ大きな石造りの建物の中で好奇心半分緊張半分で手持無沙汰にしていた。

「彼女、ひょっとしたら何か危ない反社会的な組織にでも属しているのではないかな」

とザオーが小声でアテラザワに聞くと

「まあ、我々の気にすることでもなかろう」

と言った。

「それよりも心配なのは我々のこれからだ。ここの人々は親ナリサーワ派が多いようだから、悪いことにはならないだろう。ただ、連合政府は一枚岩ではないらしいし、とするなら我々の亡命の件もどのようになるか。」

「最悪の事態でも強制送還だろう、しかし一枚岩ではないということは、議論に時間がかかることを意味する。とするなら、そのころにはサムライソードの騒動も一段落していると思うんだ。一段落してないなら、ううむ」

「まあ、その時はその時だろう。それまで美味い飯でも食べながら、気長に待つしかあるまいて」

とアテラザワはいつも通り楽観的というか投げやりな調子であった。

 そうこう話しているうちにツヤヒメはてってと走ってこちらへ戻ってきた。

「お待たせしましたわ。さて、『ニンジャフォーエバー』のチケットを買ってきたのでこれを見ましょう。きっと気に入ると思うわ」

 約二時間の壮大な物語を鑑賞した彼らはどこか夢見心地といった感じで、石造りの映画館を後にした。朝話していた定食屋の場所をツヤヒメに訊くと、思いのほか近くにあった。彼らはそこでと伝統料理とコーケを堪能した。

「さっきの映画の話なんだけど、ロボットの人格の入ったデータはロボット自身なのかな?」

ザオーはふと気になって聞いてみたが、アテラザワは飯うめえと答えただけだった。そのあとツヤヒメの案内により町の方々を見て回った後、家に帰ってきた。

 それから数週間経って、ツヤヒメはウマウマに乗ってみたいというので、危険であるから運転はさせられないがサクラダーの周辺を走ることになった。その際、町中の道を走ると子供が遊んでいて危ないのでサクラダーを出ることになるが、とザオーが言うと門番のシマチクは別に構わんという返事をよこした。逃げるアテもなく、親ナリサーワの町にいた方が安全だということをナリサーワ人二人は理解しているとシマチクはわかっていたからである。勿論、数週間同じ釜の飯を食べたおかげでシマチクの警戒心が少なくなっていたのもあったろうし、娘の楽しみを邪魔するのも本意ではないということもあったのだろう。

 そういう訳で、二人のナリサーワ人と一人のサキュー人の少女を乗せたウマウマは門をくぐると、サクラダーの町周辺の急峻な傾斜に作られた棚田の畦道を背後に雪煙を舞わせながら走った。彼らの走る道に併走して、ナリサーワの首都からリュウザンへ向かう際に一直線にどこまでも伸びる線路があった。噂に聞くサキュー縦断鉄道であろう、とザオーは考えた。真っ白な低い空と地平線のかなたまで続く雪原となった畑を真っ直ぐに断つ線路は絵画のようであった。

 しばらく行くと、サキューでそれなりに有名な観光地となっているらしい凍った滝に到着した。それはなかなかに壮観であった。大地が裂けたかのような数キロにわたる落差百メートル近い断崖を、滝の流れが時間を止められたかのような形で凍り付いていたのであった。滝の近くには遊歩道が整備されており、そこには平日であったが他にも幾組かの観光客が見られた。

「春の半ばになると、この氷が解けて再び滝になるわ。その時も結構迫力があるのよ。そして寒くない分今の時期よりも観光客で賑わうのよ。夏になると避暑に来た人々もここを訪れるのでかなり混雑するのよ」

そう自慢げに言うと彼女は半分以上シャッターの降りた土産物店の集まりに目をやった。

 ザオーは遠く、ここへ向かう途中に併走していた線路を走る列車に目が行った。

「あの列車はどの程度の頻度でサクラダーへやってくるの?」

「週に二回程度ね。でもおかしいわ。今日は列車のやってくる予定はないはずだもの」

「なんだか悪い予感がするね」

「ちょっと気になるわね。少し早目に帰りましょう。どうせお店もあまり開いていないですし」

彼女は少し申し訳なさそうな顔をした。

 三人は足早に滝を去りウマウマへと乗り込んだ。サクラダーへは数十分である。

「僕らに対する何らかの決定が下ったということだろうか。それにしても鉄道を丸ごと使ってやってくるというのは何とも不自然だ」

とザ・オーは落ち着かない様子で膝をカタカタ動かしている。アテラザワはあまり緊迫感がないようで

「ハリブッシュ映画の撮影だろうかね。私はあれにすっかりはまってしまったよ」

などと言った。

「映画の撮影のはずがないわ。それならサクラダーの人々は知っているはずよ」

「それはもっとも」

「アッ、あれをご覧になって!」

 山の中ほど、サクラダーの方向に黒煙が上り、空は炎の舌にチロチロと焼かれていた。

「先を急いでください。私、家族や友人が心配です」

「任せてくれ、私のウマウマは特別使用でね。こっちに来てから正式な燃料のトンコツラーメンを補給せずハンバーガーばかりだったから本来の性能が発揮できるかは分からないが」

とザオーは言った。ハンドルに付いたボタンを押した。計器の回りが赤くライトアップされた。高い機械音とともにウマウマは流線型に変形し、座席は前傾し、脚が横に倒れると本体に格納させミサイルのような形状になった。彼はアクセルを床まで踏み抜いた。強烈なGを感じながら、遥か彼方に見えた黒煙はみるみるうちに近づいてくる。ツヤヒメは青白い顔をしている。

「アッ、あれを!」

 ツヤヒメの指した先を見ると、そこには米粒サイズに見える多数の町の人々が町の中心部に集められ白い迷彩服を来た多数の軍人に無抵抗のまま火炎放射器により焼き払われていた。

「これは一体……」

 軍人たちがこちらに気づいた。何やら指示を出した。家々の屋根に配置された多脚戦車が此方に照準をあわせているようだ。そのようなことに気づいたが早いか、それらが一斉に火を噴いた。

「普通こういう場合って警告とかするんじゃないのかな、ザオー先生?」

「非公式な作戦か、あるいはサキューのどこぞの小国の私兵なのかもしれない」

「前見てください、前!」

ツヤヒメは涙目である。

 ザ・オーは神がかり的運転スキルの持ち主である。列車砲や多脚戦車からの砲弾はスーパーウマウマを掠めて背後へ落ちた。しかし自動小銃の銃弾は数も多くいかに卓越したハンドル捌きの持ち主たるザ・オーでも避けきることは不可能であった。フロントガラスは被弾し、無数のヒビと弾痕によって前がみえなくなった。

「ええい!」

愛ウマウマの悲壮な姿に泣きたいやら、怒りたいやらのザオーは脚でフロントガラスを蹴ってはずした

「ちくそう!」

「すまぬ、ドアを壊すぞ!」

アテラザワは申し訳なさげに後部座席のドアを蹴り破った。ドアの無くなった部分の上に手を掛けた。さっと身を翻してウマウマの天井に立った。彼のニンジャ靴は靴と機体の間に真空を作って彼の体をウマウマ上に辛うじてくっつけていた。借り物のメイドインサクラダーのジャケットに両手を突っ込むとそれぞれの手に十数枚の小型シュリケンを握りしめた。目にも止まらぬ速さで正確無比に頭上から落ちてくる精密誘導砲弾に投擲した。

「ニンジャは死なず」

ぼそっとアテラザワがニンジャ神話の一節をつぶやいたその瞬間、シュリケンは砲弾に直撃。轟音とともに砲弾は頭上で爆発し、近くのいくつかの砲弾も誘爆した。

「一旦退こう! 埒があかない。ニンジャの御許に召されてしまう!」

「そのつもりだ!」

ウマウマは硝煙の舞う中ドリフトしなら方向転換しその場を逃れた。

 数時間もウマウマを走らせたであろうか。すでに日没が近い。東西に連なるリュウザン山系を西へと逃げてきた。このあたりも彼らが通ってきたようなトンネルが多数あるが、案内なしに通ることは至難の業である。とにかく追手から逃れるためにトンネルの入り口に多数の銃痕のついたウマウマを停めて隠した。

「さて、これからどうするか」

最初に口を開いたのはアテラザワだった。ツヤヒメは無言で目に涙をためている。

「サクラダーを襲った奴らは何者なんだろうか? 我々を狙っていたのか? それとも単に隠密行動の目撃者を消したかったのか?」

「巨大な列車をつかって隠密行動ってことはあるまい。あの物量は戦争でもするかのようだ」

「サクラダーに敵対していた勢力はサキューには多くあります。まずサクラダー自体に敵対する勢力です。サクラダーは貿易によって栄えています、だからそれを理由にして貧しい隣国が我々の富を奪ったとて不思議はありません。彼らは自分たちが貧しいのはサクラダーが敵であるナリサーワと結託して、サキューの小国の富を巧妙なやり口で搾取しているからだと教えます」

「随分と詳しいんだな」

ザオーはふとチョウカイ局長の誰も信じるべからずの助言を思い出して、彼女に問い詰めてみようと思った。

「ええ。私が詳しいのには理由があります」

「ほう」

「というのも、私はサキューの内部でナリサーワと国交正常化を目指す政治的グループの一員だからです」

「そういえば確かにいつだったか、熱くナリサーワとサキューの国交について語ってくれたことがあったっけな」

とアテラザワが顔についた煤を落としながらぼんやりと空を見上げて言った。

「そんなこともありましたわね。そしてそのグループの本部がサクラダーの内部にあったのです。そして今月はそのグループでの集会がありました。それを狙っての他の小国あるいは連合政府全体の軍事作戦だったのかもしれません」

「ふむ。後者の説の方が納得がいくな。君の言っている情報が正しければのことだが」

「おいおい、ザオーよ。そいつは結構な言い草じゃないか。家族や友人をついさっき亡くしたかもしれない女の子に向かって」

「ああ、確かにそれもそうだな。すまなかったツヤヒメさん」

「構いません。あなた方も私も、帰る場所がないのですから、他人が信用出来なかったり、棘のある言葉を言ってしまうのも仕方のないことですわ」

「いや、本当にすまなかった。私としたことが。疲れているのかな」

「疲れもするさ」

「疲れていてもとりあえず、これから移動する場所について何らかの決定をしてしまいたい。そしてなるべくなら日の出ていない間に安全な場所へたどり着きたいんだが。この周辺にサクラダーと友好的な小国はあるかな?」

「友好的な小国ですか……。ナリサーワとの関係に関しては、サクラダーのみが単独で友好路線をとっていました。ですから……。」

とツヤヒメはしばらく考え込んでいたが、やがて何かを思いついたようだった。

「中立的な地域ならあります。他の小国と違って連合政府に議席を持たず、飽くまで政治への不干渉を続ける地域があります。イーダです。イーダは我々の宗教の聖地です」

ザ・オーとアテラザワは顔を見合わせて、そこに行くしかあるまいとの結論に達した。三十分後にはウマウマに雑草を補給し、ガタピシとイーダに向けて走りだした。ウマウマの中でツヤヒメはイーダ教について彼らに簡単に説明した。イーダ教はサキューの国教とされてはいるが敬虔な信者は多くないこと。ニンジャ神話をもとにしたニンジャ教の方が支持者が多いということ。イーダ教では肉体と精神は不可分であり、どちらも神聖視されるということ。などなど。

 イーダはサクラダーよりも遥かに高地にあり、リュウザン山系の中の最高峰ライザのほぼ山頂にあった。ウマウマではそこまで行けないために、途中のトンネルに隠し、歩いて―というより氷壁を這うようにして―登っていった。ツヤヒメは存外慣れた調子ですいすい登っていった。

 しばらくするとザ・オーは猛烈な寒さに体の抹消の感覚はほとんどなくなった。最初の数時間は寒さが刺すような痛みとして感じられたが今はそれすらない。自分の手がザイルを握りしめているのか、すでに自分は死んでいてこの真っ白な世界は死後の世界なのかもしれないと考えた。時々、上の方からツヤヒメの声が聞こえることで、まだ自分は生きているのだとわかる。どこまで続くか分からない、延々続くほとんど垂直になった氷壁を、ロープを巻き付けたシュリケンを所々に顔を出す岩場に向かって投げることで何とか上へ上へと登っていく。あたりは白一色で彼は自分の視覚がどうにかなってしまったのではないかと不安になった。朦朧とする意識の中で遠くから人の声が聞こえた。

 


「ネトリ王墓の発見は神話におけるナリサーワの起源の反証となるかもしれない」

written by Zao and Aterazawa from Benimal institute ’narisawan ninjology 2009’ p458-p463

要約

 リュウザンは平地が存在しないためもとより耕作には不向きな地であったが、ネトリの父は絶大な権力を以て民の力を結集し広大な棚田を造成した。そのためネトリの時代には人口が先代に比べて倍増していた。以前は十分であった食料の生産であったが、彼の治世においては新たに大規模な棚田を造成しないことには民を養うことは不可能となった。父の偉業を目の当たりにしていたネトリは自らも歴史に名を残さんとリュウザン一体の森林を伐採させ、耕作地をさらに広大なものにしようとした。

 国を挙げてのその大事業の最中、無茶な地形の改変により土砂崩れが発生した。その規模は相当なもので、町の半分は土に埋まり、ネトリは死んだ。ご存じのとおり、これはニンジャ神話において森の神の怒りを買ったことで町は神の軍勢に滅ぼされたとされている部分だが、考古学的調査から以上の解釈がもっとも妥当であるとされている。ネトリの右腕であったニシナリサワ・コーエンはそれを好機をクーデターを起こし、リュウザンのニンジャ王家を処刑。ニシナリサワ・コーエンは、コーエン王朝を興し、それが今のナリサーワ国になったと伝えられている。

 何とかニシナリサワ・コーエンの手を逃れたニンジャ王家のものたちは古のトンネル(彼らの時代においてもトンネルは神話時代のものであった)を死にもの狂いで通り、現在のサキュー側へ亡命。サキュー側ではまだお世辞にも国と呼べるような存在はなかった。そこに落ち延びたニンジャ一族は自身の体術や幻術により現地人に崇められ、有力な氏族と結びつき徐々に混血していった。

 現在のサキュー王国の有力者にはニンジャの一族の者が多く存在する。(彼ら自身が自分のことを純然たるサキュー人と考えているか、それともニンジャの末裔と考えているかについては氏族によるようである。その詳細はサキュー人の著作『サキュー有力氏族のアイデンティティ』に詳しい)一部のものは自分は追われたニンジャの末裔であり故郷を奪還せんとしている。

 しかし、122トンネルの発見は前述した神話の根底を揺るがすものとなるであろう。122トンネルはネトリの時代より遥か以前より長らく王墓として用いられてきたトンネルである。(引用者注:大地に開けられたトンネルは母なる大地に開けられた穴であり、これは象徴的に母胎へと通じるものである。偉大な王たちが没後、王の魂が母胎より再び出でて新たなる生を受けられるようにとの願いから、王墓の形式としてトンネルが選ばれたものと思われる。また122トンネル以外に王家とは関係のないトンネルが数多く見られるが、それは幼い子供を亡くした親がその子供の魂を再びわが子として授かれるようにとの修行によって作られたと考えられている。)内部は複雑に入り組んでおりその全貌は未だに判明していない。我々はその奥部にてネトリの墓を発見した。

 墓の下には多くの装飾品とともに人骨が埋まっていた。ネトリが手厚く葬られたことはクーデターの存在しなかったことを示唆している。


 ザオーは暖かなベッドの中で目覚めた。近くでパチパチと火の音が聞こえる。

「お目覚めですか?」

見覚えのない両目を開けぬよう糸で縫われた男が脇に立っていた。

「ここは?」

「イーダです。あんな軽装備でここまで来るなんていうのは自殺行為ですよ。稀にこういうことがあるんですよ。已むに已まれずここまで登ってくる人間が」

「他の二人はどうしていますか?」

「二人はもう元気にしています。呼んできましょうか?」

「いいえ、私の方から行きます。介抱してくださったのですか?」

「はい。半ば無意識に氷壁にぶら下がっていたあなた方を私たちが保護しました」

「それは、ありがたい。なんとお礼を言えばいいやら」

「ここはイーダ教の聖地です。そして我々は修行者。あなた方がやってきたことも天の意図、修行の一環なのです」

「はあ」

 ベッドから起き上がって二人に合流し無事をひとしきり喜んだ後、今後について話し合ったが建設的な案は出なかった。そうこうしているうちに、大司教なる人物と面会をすることとなった。面会とは言っても堅苦しいものではなく一緒に食事をとりながら、ここまで来ることになった経緯を話す程度であった。

「それは大変でしたね」

「私、故郷と故郷の人々を焼き払ったものたちを決して許しませんわ」

「しれは怖いことをおっしゃる。ツヤヒメさん、あなたがどこにいてもその頭上には空があるように、すべての罪は天が見ておられるのです。だから決して自ら手を汚してはなりません。復讐もまた罪なのですから」

「しかし私は……」

そういった彼女は目に涙をためていたが、それをこぼすことはしなかった。ザオーは襲撃者についての情報が欲しかった。

「サクラダーを焼いた連中に何か心当たりはありませんか?」

「さあ、私は天の意思を実行せんと日々修行する一介の僧侶にすぎません。それにここは、政治的にどこの派閥にも属さない不干渉な地域なのです。私たちの下界に関する知識はそう多くありません。我々は世間から隔絶された社会で生きること自体が教義なのです。邪神ハトリに見つけられぬよう」

「ありがたい」

そう言ってザオー、アテラザワと大司教は手を固く握り合い、ハトリを邪神としていることに何の関心も示していないように見えた。

 突然の安息に暇を持て余した彼らはイーダ教の聖典が収められた資料室へ案内してもらった。

 ―コク現れしときハクその血を以って世を白に染めん。

「なんだろなこれ?」

とアテラザワがぼそっと言うと、ザオーも覗き見てよくわからんと返した。

 夜、与えられた部屋でザオーが寝ていると外から窓を叩く音がした。不審に思って身構えて窓の外を覗き見ると防寒着に身を包んだアテラザワがいた。

「ついさっき、大司教のやつに話があって彼のところに行ったんだ。しかし、どういうことか部屋の中には先日サクラダーを焼き払った白い迷彩軍服を着た将校らしき者がいたんだ。これは何か騙されているに相違ない。ということで、ありがたく防寒着を三着とかさばらない食料を頂戴してからここまで来たというわけさ」

「ふむ。ツヤヒメは?」

尋ねながら窓からさっと外に出た。

「いつでも逃げられるように待機させている」

 突然遠くで悲鳴が静寂を切り裂いた。

「ツヤヒメか?」

二人は闇の中を音もなく悲鳴のした方向へと闇にまぎれて風のように動いていった。

 ツヤヒメは大司教とともにいた。大司教は体中に白い斑点があり、その目は白く濁っていた。ニンジャ体術を使って窓を割ってツヤヒメと大司教との間に二人が立ちはだかった。

「大司教!」

ザオーが叫ぶ。

「これは儀式の正装だ。アルビノはイーダ教では特別な意味を持つのだ」

「ちょっとまて、では我々はどうなる?」

「ここまで登ってくる精力にあふれた男性は食用となる。ここには男は沢山おるでな。客人の男は要らないのだよ。したがって十分休ませ温情を掛けたところで貴君らは我々の食事となる予定だったのだ。軍人たちも疲弊しておった。我々は彼らに温かい食事と寝床を用意した。彼らも食用肉じゃ。ここは厳しい環境じゃ。雪に閉ざされた間は干した人肉以外に食らうものとて他にないのでな」

法衣を脱ぐと体中を糸で縫われた大司教の体があらわになり、糸の影が暖炉の火の揺らめきによって動きまるで生きた何者かが大司教の体の上ののたうち回っているかのようであった。

「化け物め!」

ザ・オーは七節根の一端を大司教の頭に向けて一閃した。

「天は見ている! ナリサーワ人よ! 許されはしない!」

そう叫ぶと大司教の脳漿が辺りに飛び散り彼は絶命した。

「早くここを出よう」

 窓から出た三人の前には運悪く例の軍人がいた

「天は許さないんだそうだよ、ザオー」

「軽口叩いている場合ではないぞ、アテラザワ」

三人の軍人がおり、その三人の中の真ん中に立つ筋骨隆々とした大柄の男はきらびやかなバッジを所せましと軍服の胸につけていた。彼はこちらに向かってくると、徐に口を開いた。

「貴君らが、サムライソードの砲弾をかいくぐりここまで落ち延びてきたというニンジャか?」

「いや、正確には我々はニンジャではない。ニンジャの研究者にすぎない。」

「十分だ」

「いやまてサムライソードだって?」

 彼はそれには答えず、柄の長い斧の先が槍状になった武器を部下から受け取った。

「参る」

その言葉が終わるか終らないかというところであった。男は一瞬で間合を詰め、すでにザ・オーは彼の武器の届く距離にいた。長い戦斧と槍を兼ねたそれは、ザオーの体を横に薙ぎ払った。彼の胴体が真っ二つになったかのように思えた。しかしザ・オー咄嗟の判断七節根を七つまとめて受け止めていた。と同時に闇に紛れたアテラザワの放った無数のシュリケンは男に向かって飛んでいく。男は素早く体を捌き、さらに避けきれないシュリケンは武器を回してそれらすべてを打ち払った。

「十分だ」

 男が再びそう言った時にはすでにザ・オーも闇に溶け込んでいた。

「貴君らの使う術は、まさに私がサクラダーで見たそれである。そのことが分かれば十分だ。突然切りかけた非礼を詫びたい」

闇の中の二人は黙している。

「貴君らはサムライソードに追われている身であろう。私の軍服に覚えがあるはずだ。サクラダーを焼いた兵と同じであろう? しかし我々はサムライソードではない。その証拠がこれだ」

そういって男は自らの武器を少し離れた影の中に投げだ。雪にグザリと刺さった。

「柄の部分を見てみるがよい。サクラダー騎士団団長の文字があるはずだ。サキューの文字は読めるのだったかな? 奪い取ったものかと思うだろうか。だが、その槍の紋章と私の軍服の紋章は同じだ。とするなら、この軍服はサクラダーのものであろう。そして貴君らが見た、列車や兵士も同じ軍服であったはずだ。どうして自国の民を焼き払おうか? どうして自国の家々に火を放とうか? 我々が……」

男の手袋がギリリと音を立てた。

「あのサムライソード、あの連中たちは圧倒的な武力を以て一瞬にして我々を制圧した。彼らは我々と同じ軍服を着ていたために、列車をサクラダーまで運用しても怪しまれることはなかったろう。そして町ごと消したのだ。だれも彼らの暴虐を訴えることをできなくするために。ただ君があのタイミングで来ることは想定外だったに違いない。そのおかげで我ら三人は、たったの三人になってしまったサクラダー騎士団は辛うじて難を逃れることができた。礼を言おう」

 闇から二人はするりと姿を現した。しかしザ・オーは局長の忠告が頭を離れない。先に口を開いたのはアテラザワだった。

「では、共にカタキを打とう、と、。そういうわけでここまでやってきたのか?」

「そこまでしてくれればそれはありがたい。だが、我々はサムライソードへ復讐をする前に恩義を返さねばならない。貴君らに知らせておくことがある。ツヤヒメのことだ。あれは裏切りもののようだ。そうでなければ貴君らがこのようなところへやってくるはずがないのだから。それに怪しい団体にも所属していたことだしのう。彼女があの軍に手引きをしたのかもしれない」

「つまり、ここは安全な場所ではなかった? 」

「そういうことだ。サキューの土着の宗教とはもともと亡命ニンジャを信仰するものである。彼らは特異な術を身に着けていたから一部のものは信仰を集め神に等しい存在として扱われてきた。しかし、イーダ教は逆である。ニンジャを忌み嫌っている。そんな彼らがナリサーワの人間を受け入れると思うか? そしてイーダ教のニンジャ否定とサムライソードのニンジャ否定は表裏一体だとは考えられないか?」

呆気にとられた二人は、しかし、ここの住人たちに食われることになっていた時点で彼らとは友好的な関係のはずがなく、サキュー人であるツヤヒメがそれに対して無知であることもおかしい話であった。しかしザオーにはどうにも納得がいかない。

「であれば、なぜツヤヒメは大司教に襲われたのであろうか? 彼らとツヤヒメが裏で通じ合っていたとしたならば?」

少し考えた後、騎士団長は言った。

「使い道がなくなったのであろう。彼女はもともと国交正常化を目指す政治的グループの一員だった。そんな彼女がナリサーワ人を騙すことがあろうか? ここに連れてくる以上の命をうけていなかったのかもしれない。おそらく使い捨ての末端の密偵か何かだったのだろう」

 その時横にいたツヤヒメは三人が登ってきた断崖の方へとヨタヨタと後ずさって行った。

「ツヤヒメ!」

ザオーの叫びは雪の中に吸い込まれでもしたかのようでまるで響かなかった。ツヤヒメは脚を揃え両腕を広げ、両の目からは涙がこぼれたかと思うと、ゆっくりと体が後に倒れていった。

 ザオーとアテラザワが切り立った崖縁に立って下を見ると、雪の中で絶命しているツヤヒメを発見した。

「どうして……」

 ザオーとアテラザワは壮絶な寒さすら忘れて立ち尽くしていたが、やにわに建物のあたりが騒がしくなった。

「なんだか騒がしい。急いで逃げましょう」

騎士団長はそういうと茫然自失の二人を半ば引きずるようにその場から離し、バックパックを二人に背負わせて、崖から飛び降りるように言った。

「私の合図に合わせてニンジャ人形を引いてくださいパラシュートが開きます」

そして三人の軍人と二人のナリサーワ人はツヤヒメの落ちた場所の方へ落ちていった。ザオーには途中でツヤヒメの血に染まった肢体が見えたような気がしたが、彼は何も考えることができなかった。

 どうにか上手い具合に崖の下まで降りた五人からはすでに上の寺院は見えなかった。崖の底には川が流れていた。これに沿って進むとナリサーワ国に出られるはずだと騎士団長は言う。

「しかし、ナリサーワ国でも我らの命は危ないのだ。また、ひょっとしたら我々を追っている組織や人間は実は同じなのかもしれない。そうでなくてはこう立て続けに事件が起きてたまるものか」

ザオーは力なくそういった。

「貴君らはあの列車砲を見たか?」

「ああ」

と二人は同時に答えた。

「あの列車砲がサクラダー攻略に使われたと考えているならばそれは違う。あれの射程は40キロメートル程度ある。そしてサクラダーにその砲を置いたとしたら彼らの的はどこにあると考えるか?」

 ザ・オーは驚愕した。サクラダーとリュウザンを潰すことで二か国間の貿易ルートは完全に破壊されるだろう。そして得をするのが、ニンジャ(の国であるナリサーワ)に恨みを持つイーダ教徒であるとするなら辻褄は合う。

「イーダ教の敬虔な信者が、勝手にあのような軍事力を行使できる立場にあるのか?」

「いやそれはない。イーダ教は国教には違いないが、それを本当に信仰しているものはごく一部だ。そして彼らは外界とあまり接触せずに山奥で怨嗟のうめき声をあげながら朽ちていくだけの存在だ。この事件の黒幕というわけではあるまい」

「ザイバツだ」

ぼそっとアテラザワが口にした。

「彼らの潤沢な資金は何によって得られていると思う? 彼らは莫大な資産を持ち、種々の製品を販売しているが、彼らの作る製品供給に見合うだけの消費がナリサーワ国にはない。ザイバツはリュウザンからサクラダーを経由してサキューに製品を流して密貿易していたのでは。だとすればサクラダーの国交正常化による正規の貿易はザイバツの不利益になる。イーダ教・サムライソード・ザイバツこの三つは名前こそ違えどお同じ目的に向かって進んでいるようだ」

「ふむ。たしかにイガ社のウェアラブル端末であるイガリストなどはものすごい高値で闇市場において取引されるからな」

「サクラダーへ鉄道を引いた会社は分かるか?」

「ああ。イガ社という名だったと思うが。軍事産業にも手を出している巨大企業だ。」

「サクラダーを使って密貿易をするならそこに鉄道を敷設した方が便が良い。ひょっとしたらその会社も一枚かんでいるかもしれないな」

「イガ社はサキュー連合政府にもコネを持つ巨大企業だぞ。そんなものがかかわっているとしたら我々は……」

軍人の一人がうなだれて言ったが、騎士団長の目は憤怒の炎に燃えていた。

「何者であっても許しはせぬ。我が故郷、友人、家族を焼き払った者どもめ、血涙を流し許しを乞うても、彼らの家族を一人残らず殺し、我が肉片になろうとも、彼らへの復讐をやめることはしない」

 一同は黙りこくって、川沿いを歩いて行った。

 曖昧な国境を越えてナリサーワ川の山の中腹についた頃には翌日の朝であった。見晴らしのよいその地点から見たリュウザンはいかにも平和そのものといった様子であった。夜通しの雪中行軍に疲労の極みに達した彼ら五人は適当なトンネルを探し、雨風をしのげるそこであたりの枯れ木を集めて火を焚いてから、その周りで睡眠をとった。

 どれほど眠ったか分からない。ザ・オーは冷たく硬い何かが後頭部に押し当てられたことで起きた。あたりを見ると武装した十数人に囲まれ、ザ・オー一向は皆後頭部に銃を突きつけられていた。ザ・オーはサムライソードの手がここまで回っていたことに愕然とした。

「名乗れ」

ザオーの後にいる男が問うた。

「ザオー捜査官だ」

銃ががちゃりと音を立てて地面に落ちた。

「ザオー支部長! よくご無事で! 皆の者、銃を下ろせ。支部長のご帰還だ」

振り返ると、そこに立っていたのはニトリ補佐官であった。

「して、その者たちは?」

「アテラザワ上級捜査官だ。どうぞよろしく」

「サクラダー騎士団長フリゴレス・ブレンドだ」

「サクラダー騎士団団員ヤキトリ・ハンナビー」

「同じくソバヤ・ハンナビー。ヤキトリ・ハンナビーの弟だ」

「おっと、サクラダーの方々の名前は僕も初めて聞いたよ、何しろそれどころじゃなかったからな」

とアテラザワ。

 リュウザン支部のベニマル職員はザオーらのつけた火を消すように言い、トンネルのさらに奥へと連れて行った。トンネル内部はまるで地下都市といった様相で、巨大な空間やいくつもの分岐を経て、十分ほど歩いたところで止まった。そこは巨大な正六角形をした空間で、天井は中心部ほど高く、かすかに上から光が届いていた。空間の中央では火が焚かれており、その空間に入ってから吐く息も白くならなかった。部屋の隅は武器庫とでもいった様相で、この人数を考えると十分すぎる物騒な道具が並べられていた。

「こいつはすごいセーフハウスだ」

「兄さん、これはニンジャの武器ではないか?」

「きっとそうだろう。そしてこの巨大なコンピューターは一体……?」

などとハンナビー兄弟は話していたが、やがて疲れと安心のせいか壁に背をもたせ掛けて眠りについてしまった。ニトリが言うにはサムライソードなる連中は未だにリュウザンには来ておらず、ここは安心らしい。しかし、サクラダーの列車砲がこちらを向いていることを伝えると、彼はぎょっとした顔をした。

 互いに今までの苦労話などしていると、ナトリが深刻そうな顔でザオーを隅のほうへ呼んだ。

「お知らせしたいことがあって。ちょっとこちらの方へ」

そういうと彼は洞窟の奥へとザオーを連れて行った。そしてザオーが見たことがあるような空間に出た。

「ここは……」

「このすぐ裏が122トンネルです。この空間にあるコレ、何だと思います?」

そこにはまさしくアレがあった。霧のかかったように思い出せなかったアレが。初め、立方体の中に小さな立方体が入ったような形に見えたが、周りをまわりことで各々の片が膨張し、時に無限遠方まで伸びるこの形状は、この物体が高次元構造を持っていることを示唆していた。片のそれぞれには小さな穴が無数にあった。

「この穴は接続部のように見えるな。どういうわけだ、これは。イガ社の情報交換用ケーブルの端子がすんなりとはいったぞ」

その瞬間莫大な情報量がザオーの頭に侵入してきた。数秒の後、ナトリに

「我々が出たあとここに残るメンバーを置いてほしい。そしてその人物とつねにコンタクトがとれるようにしてはくれないか」

 数時間後、仮眠をとって元気を幾らか取り戻したサクラダーから来た面々とリュウザンのトンネルに潜伏するベニマル職員とが輪になっていた。ザオーが立ち上がるとヒソヒソとした話し声は鳴りやんで、仄明るい部屋の中は静寂に包まれた。

「まず、今回の作戦の目的について私ザオーからお話することにしよう。まず、敵の狙いはベニマル職員と122トンネル遺跡に関する一切のものと予測されている。アテラザワ氏のアイディアだが恐らくこれはザイバツの仕組んだことであろう。ザイバツはこちら側ではサムライソードという名を用いてベニマル本部を爆破しチョウカイ局長を暗殺。おそらく122トンネルに関する文書も失われているに違いない。そしてサキュー側でもサクラダーの人々を非人道的なやり方で多数殺害した。これはサクラダーの国交正常化を目指す人々を消すとともに、リュウザン攻略を見据えてのことであろう。我々の作戦の目的はサクラダーの武装を完全に破壊することである。これはリュウザン市民二千人の生命がかかっている。のみならず、ザイバツの横暴は今後も多数の悲劇を生むに相違ないのだ。諸君らの協力を求む」

部屋の中で爛々と目を輝かせ口ぐちに賛同の意を表した。

「ところが、私は軍事的な作戦に関しては無知である。そこで、このサクラダー騎士団団長殿に協力してもらおうと思うのだ」

 ザ・オーがフリゴレスの方に目をやると彼は立ち上がり、人々の輪の中央に来ると彼の持つ武器の柄を使って砂上に地図を描き始めた。中央には大きな扇型、その中にいくつかの四角、さらに扇形の中央から弧の向かって長い線が引かれた。

「この扇型はサクラダーを表している。内部の四角形は武器庫の位置だ。中央から伸びる直線はサキュー横断鉄道だ」

「敵の戦力はどの程度なんだろう」

ナトリが訊いた。

「数百だ。数はそう多くない。しかし、中央政府軍ですら所持していないような最新式の人工知能搭載多脚戦車があった。そのようなことから見て装備は充実していると考えられる。兵の練度も相当のものだろう。奇襲とは言え我々が手も足も出なかったのだからな」

「本職の軍人が太刀打ちできなかったものに対して、調査官である我々が、いくらその一部が忍術使いであるとしても、太刀打ちできると?」

「正面からでは無理だ」

「では、どうすると?」

「それを考えているんだ」

「まだ考えがないと? このリュウザンに向けていつ砲撃があるとも分からぬ状況で?」

「おいナトリ、抑えるんだ。抑えるんだ。」

ザオーがニトリの肩に手をやった。

「故郷を今まさに失わんとするに当たって不安と憤激との最中にある貴君らの気持ちを私たちは理解しているつもりだ」

ナトリは押し黙って地面を見つめている。

「とにかく、我々にとって有利になる要素として一つは地形だ。この周辺に散在しているトンネルの内部に詳しいものは向こうにはいないはずだからだ。このあたりの発掘作業はナリサーワは行っているがサキューでは行われていない。また、トンネル内部に誘い込めば、多勢の利は生かせぬ」

「しかし敵兵の数を多少削ったところで砲が発射されればリュウザンの民間人の犠牲は避けられない。砲をどうにかすべきではないか?」

「その通りだ。したがって先ず砲の破壊、あるいは砲弾の破壊でも良いが、これが先決だ。トンネルに隠れつつ長距離から狙える武器はないか?」

「ある」

と潜伏メンバーの一人が答えた。

「それであれば、居場所がわかるように攻撃を行い砲を破壊したうえで、敵に侵入させトンネルを崩落させれば」

「時間稼ぎにはなるな。その間にナリサーワ軍か連合政府軍が動いてくれれば……」

 話し声に紛れて、くぐもった音が響いてきた。一同は目を見合わせた。ザ・オーは嫌な冷たい汗が腋から垂れるのを感じた。洞窟の出口へと走った。フリゴレスとハンナビー兄弟、アテラザワたちも出口に走る。

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