偏屈魔法少女と一話目
「ああ、つまらん」
窓際の一番前、教師に目を付けられるアタシ、荒川梨央の口癖。
勉強なんてつまんない。学業なんてくだらない。
公式覚えてなんになるの。
偉い人を覚えてなにをしろっていうの。
実験方法覚えて将来アタシらを何にさせるの。
リコーダー覚えて意味あんの?
そんな偏屈なアタシの口癖。
「梨央ちゃん。授業中だよ」
隣の席の幼馴染、星本幸成がこちらを向いて注意してくる。
わかってるってば。
だから眉をひそめないでよ。
「……教科書だけでも開こう?」
「やだ」
「なんで」
「勉強に意味を覚えないから」
「梨央ちゃん、これは頭の体操なんだってば。レベル上げの一環でもあるんだよ」
アタシ達がいるこの教室、そしてこの授業。
どこも変じゃない。
でも、教科書の中身は違う。
教科書の中には、「穴」の正しい攻略の仕方が載っている。
穴というのは二十年前に突然地球のあちらこちらに開いた異空間への入り口で、穴の中はまるで童話の世界と同じ空間が広がっているのだという。
そして穴は致死率が高いうえ、年々地球を蝕んでいる事と十八歳以下の子供しか入れないという事が分かったとき、政府は魔法をすぐに開発させた。
世界中の子供に魔法を使わせ、その中でも魔法の素質がある子供は魔法っ子と呼ばれ、穴の攻略の勉強をさせるべく各国に作らせたそれ専用の学校に閉じ込められて、大人になるか穴の中で死ぬかしないと学校から解放されない。
その学校というのが、ここというワケ。
レベル上げは簡単に言ってしまえば穴の奥底に必ず存在するトラップを回避するための技を習得するため。
アタシの魔法はトラップなんてほとんど意味を為さない。故に授業を受けレベル上げする意味がない。
「いくら梨央ちゃんが攻略者だからって、そういう態度は許されないと思うなぁ」
「じゃあアタシはお姫様系の穴の中に自殺にでも行くよ」
「人類的に困るからやめないよ」
魔法っ子の中でも穴を攻略した子達は攻略者と呼ばれ重宝され、特別扱いになる。
何人かでグループを組んで攻略するのが一般的だけれど、十歳の時アタシは幸成ともう一人の幼馴染と魔法を覚えたての頃に穴に落ちてしまい、2人を守るため死を覚悟で戦った。
結果、アタシ一人で穴を一つ攻略してしまった。
攻略はそう難しくない穴だけれど、十歳の少女が一人で穴攻略の印であるギフトを片手に守り切った友達を連れて帰って来たということは騒動になった。
そしてアタシは特別枠に入ってしまった。超不本意。
「起立、礼!」
授業が終わった。
今日最後の授業だったし、昼休みにホームルームと掃除は終わらせてあるから皆が帰りの準備をする。
幸成も鞄に教科書をしまい始める。
急に校内放送の音楽が鳴る。
『攻略者の皆さんに連絡です、生徒会室に集まってください。繰り返します。生徒会室に――』
攻略者はアタシだけじゃない。
この校内、つまり国内だけでも八人はいる。
その八人全員がたまに今のように校内放送で呼ばれるのだ。
「梨央ちゃん呼ばれたね。いってらっしゃい」
「穴の攻略だったら誘うね」
「よろしく」
幸成に手を振って教室からゆっくり歩いて出ていく。
さて、あの雪女は何用なのかな。
◇◇◇◇
「来てやったよ」
「失礼します、でしょう」
生徒会室は普通の学校の校長室と同じくらいの広さと豪華さ。
重厚感のある机に革張りのソファ。
壁際には棚が並び棚の間に一つの扉がある、あそこは給湯室だ。
一人、女生徒の気配がする。きっと生徒会の女狐かな。
さて、と正面に目を向けると綺麗な顔立ちの年上らしい人がこちらを見ている。
にこにこと腹の読めない表情をこっちに向けるのは学校の生徒会長である攻略者の魔法少女様、天田水晶。
銀色のくせっ毛の髪を上品にまとめ、スカートは膝下。
水晶という名前だけあってお堅い。
美人でやり手で従属させた魔法っ子は数知れずで、当然、こいつも攻略者の一人である。
「ほかの奴は?」
「もう出払ってもらってるわ。あなたが遅いからよ」
「で、なに」
「呼んだ時点でわかるでしょう?」
「あたしゃ勉強が苦手なもんで、頭が回んないんだよ」
「そう。じゃあこれの意味は解るわよね」
水晶がアタシに一枚の紙を渡す。
穴の情報が書かれている紙切れだ。
「なに、攻略しろって?」
「そうね。あなたなら気に入ると思って先生からお話のあった穴から選び抜いたのよ。どう?」
半目でその紙の内容に目を通す。
穴の中の物語は『桃太郎』だ。
世界観は室町時代の日本。あちらこちらに日本家屋が軒を連ねているらしい。
家に入ったら最後、異常な数のトラップにかけられて死亡する。
穴の出口で辿り着く浜から鬼ヶ島へ行くには舟しかないが、途中で巨大な魚に舟を壊されるので一撃でその魚を殺さないといけない。
が、穴の中出口は驚くほどブレブレな上、規則性が皆無なので運が良ければ鬼ヶ島のど真ん中に出てこれることもある。運が悪ければ海の中ですぐ溺れ死んでしまうため、ある意味ここで魔法っ子の命運が決まるのだ。
鬼ヶ島の中には溢れんばかりの数の鬼がいて、入って来た人間を見つけた瞬間その異常なまでの腕力と金棒で殴り殺すらしい。
攻略方法は最前線に出てくる犬・猿・雉のキメラの首を斬り落とす。
しかし斬ろうとしても鬼が邪魔するので普通の魔法っ子がグループを組んで攻略に行っても一方的に殺されて終わることが相次ぐ。
だからアタシに来たと。
「気に入ったかしら?」
「キメラがね。なに、つまり犬猿雉ばりの仲間を連れて危険を承知で鬼ヶ島に渡れって?」
「そうね。でもあなたならできるでしょ?」
「できなかったらやらないわよ」
「そう、やってくれるの。ありがとう」
「アンタに礼を言われると吐きそうになるわぁ」
「それはよかったわ。吐き続けて痩せられるじゃない」
「ダイエットはしたくないのでやらない。そんじゃ、行ってくるね」
「報告は明日によろしくね」
水晶の本日最後の言葉がアタシに届かぬまま、生徒会室の扉を閉めた。
「……攻略だし、幸成とアイツ誘うかな」
アタシは胸ポケットの中に入っていたスマホを操作して、幸成の番号に電話をかけた。
ほぼ初投稿です。プロローグはノーカンです。
桃太郎って奥深い。