ムーンライト
花の女子高生でもある私だが、私が好きなのは二次元の男性だけである。
「アンタのそんな姿見たら、男子達がドン引いて嘆くわよ」
リビングのソファーに体を沈めて、カチカチと乙女ゲームをしている私に姉が吐いた一言だ。
高校三年生が某猫のキャラクターもののマグカップで、紅茶を飲んでいるのもキャラ的にどうだ。
アンタだって色っぽいお姉さんで通してるんだろ、と心の中で悪態をつく。
ソファーから起き上がり、おしゃぶりスルメを口に放り込む。
「恋愛なんてしないから関係ないねー」
ゲーム画面にスチルが出てくる。
このまま下手なことをしなければ完璧に終えるな。
恋愛なんてのは二次元だけで結構だ。
リアルでそんな風に頭を使って悩むなんて時間の無駄なのだから。
キリのいいところでゲームをセーブして、ソファーから立ち上がる。
飲みかけのオレンジジュースを飲み干して、食べかけのスルメは封を閉じゲームと一緒に部屋へ置いておこう。
コップを流しに置いて水につけながら、紅茶をすすっている姉に「ゲーム買ってくるから」と告げた。
先程言ったばかりなのに、みたいな顔をされたのは言うまでもない。
そんな忠告が意味のないものだというのをいい加減知って欲しいものだ。
部屋に戻りゲームとスルメを机の上に置いておき、今着ている服の上にパーカーを羽織る。
黒縁の眼鏡をかけて肩からカバンを下げ、その中に財布と携帯を突っ込む。
年頃の女の子らしさなんてない。
そもそも休日にオシャレをして出かけたりせずに、家に引きこもりツマミを食べながら乙女ゲームするくらいだ。
女子力なんて皆無に等しい。
履きなれたスニーカーのつま先でトントンと地面を蹴りながら「行ってきまーす」と声を張る。
リビングから姉の気の抜けた返事が返ってきた。
今日はちょっと曇り空、でも雨は降らないと天気予報では言っていたな。
欲しい新作は来月で予約はしてあるが、だからと言って他の作品を買わないなんて話にはならない。
自分の好きなことになると人は単純でワクワクウキウキと、私の足は軽くいつもより少しだけ早足でお店へと向かう。
本屋でバイトをしているがそのお給料は、ほぼゲームに費やされていく。
部屋の中にはゲームが大量に置かれているのだ。
頭の中で家にあるゲームのタイトルを思い出し、今月発売されたゲームのタイトルを思い出す。
それから今月買ったゲームのタイトルは…と思い返そうとして店の前まで来てしまう。
まぁ、思い出さなくてもパッケージ見ればわかるか、と思い直し店の中へ入っていく。
ちょっと遅いスピードで自動ドアが横に開く。
何度も通うこの店の配置は全て把握しており、迷うことなく真っ直ぐにシミュレーションゲームの売り場へ行く。
このゲームが大量に並んでいる売り場にいる時は本当に幸せだ。
何だここ、天国か。
「あっ!」
ドンッ、と背中に衝撃が走る。
鼻をくすぐるバラの香りがした。
「すいません」
振り返ると眉を下げた女性がRPG系のゲームを沢山抱えて立っていた。
黒いフリルとリボンのついたシャツに黒いパンツを履いている上に、腕には黒い日傘が下げられている。
完全ゴシックファッションだ。
ゲームのケースが二、三個ほど腕から落ちていたので、腰をかがめそれを拾い上げる。
「私もボーッとしてたので」
ごめんなさい、と謝りながら落としたゲームを手渡す。
女の人はクスリ、と笑いゲームを受け取る。
ゴシックファッションにRPGゲームが好きな女の人って、何だか変わっているというか…、なんて考えながら微笑む女の人の顔を見つめた。
「あっ、お洋服…」
女の人が私のパーカーを見て声を上げる。
灰色のパーカーに桃色の口紅がついてしまっていた。
あぁ、ぶつかった時か。
「ごんなさい、クリーニング代…」
慌てて財布を取り出そうとする女の人を右を出して静止する。
たかだか1000なんぼのパーカーにクリーニング代を出すと言われても、悪い気がするしはっきり言って大袈裟だ。
私がいいと言っているにも関わらず女の人は「でも…」と眉を下げていく。
いや、本当にいいのに。
どうしたものかと髪をかき混ぜると女の人がポケットから、小さな石を取り出し私に差し出してくる。
「代わりになるとは思えないけど…良かったらどうぞ」
つい手を出し受け取ってしまう。
受け取ったのを見て女の人は満足そうに微笑み「きっと、素敵な出会いがありますよ」と言った。
素敵な出会いってなんだろう。
ゲームを抱えて女の人は会計へ向かってしまう。
何だ、本当に変わってる。
手元に残った石を見て溜息を吐き出す。
とりあえずゲームを買って帰ろうかな。
気を取り直してゲームのパッケージを見つめる。
新作と旧作を合わせて七作ほど購入してしまった。
店員の男の子に目を丸くされたのは見なかったことにしたい。
お店を出ると頬を引き攣らせることになった。
天気予報では雨なんて降らないって言っていたのに…。
最悪だ、と頭を抱えた。
買ったゲームが濡れないようにカバンの中に入れて、携帯を取り出す。
手のひらにすっぽりと収まるそれを操作して、姉に電話をかける。
四コール目で電話に出た姉は気だるげだ。
いつもの店にいるから傘を持って迎えに来て欲しいと伝えると、今からシャワーを浴びるので一時間待ってくれとのこと。
迎えに来てからにしろよ、と言いたい。
仕方ないな、と諦めて空を見上げる。
「あの、良かったら入っていきますか?」
横から声がかけられ、振り返ると会計をしてくれた男の子が傘を広げながら立っていた。
「えっと…」
どう答えたものかと眉を顰めると彼はちょっとだけ困ったような顔をした。
あぁ、でも一時間待つよりマシだろうか。
「私の家あっち方面なんだけど」
帰り道の方を指させば彼は小さく笑い「自分もです」と言った。
お言葉に甘えて入れていってもらおうか。
彼の家と私の家の同じ方向のところまで、と頼み傘に入れてもらうことにした。
並んで歩きながら会話をするでもなくただただ雨音を聞く。
「あの…しょっちゅう店に来てますよね」
雨音に紛れてしまうほどの小声で落とされた言葉。
独り言なのか私に向けられたものなのか、良く分からないが一つ頷き「まぁ…」と答えた。
チラリ、と横目で彼を見ると何故か口元に手をやり目をそらす。
具合でも悪いんだろうか。
「大丈夫、ですか?」
首を傾げながら彼の顔を覗き込めば、顔を赤くして狼狽える。
何でそんな反応をするんだ、と思いながら彼を見ていると彼の肩が濡れていることに気がつく。
私の肩は濡れていない。
「あの…」
声をかけようとしたら、彼の方から「あの、俺…」と話しかけてくる。
私は言葉を飲み込んで彼の言葉の続きを待つ。
ザァザァと沈黙に割り込む雨音。
足を止める彼に合わせて私もゆっくりと足を止める。
「ま、また、店に来てください!」
え、と目を丸くする私と顔を真っ赤にした彼。
視線を右往左往さ迷わせた彼は私に傘を押し付けて、そのまま走り去ってしまう。
バシャバシャと水溜まりにも目を向けずに走り去る後ろ姿を眺め、押し付けられた傘に目を向ける。
パーカーのポケットに入れていた石が水溜まりに落ちてしまったので、それを拾い上げ雨水を拭う。
肩を濡らした彼を思い出し『素敵な出会いがありますよ』という言葉を思い出す。
とりあえず、またお店に行って彼に会おうと決めた私は家に向かい足を動かすのだった。