狙撃:バーチャル・レンジ
「接敵!」
部隊長の声に、素早くM4A1SOPMODの銃口を振り、トリガーをひく。フルオートでの連続した乾いた僅かな音とと共に弾丸が射出され、対象に径5.56mmのそれが紅い華を咲かせる。
「クリア! ムーブ!!」
4,5人で構成された敵を難なく撃破した彼らは休む暇なく駆ける。戦場でとどまることは自殺行為だ。
ここは中東の、戦場になって以来人がいなくなってしまったとある町。南に広がる砂漠からの砂嵐と、北にのびる都市への一本道が印象的な、いかにも中東というような町だ。石材で主に作られた建物に挟まれた大通りを駆け抜け、ある大きめの一つにの前に集合、待機する。
「目標はこの建物の中にいるはずだ。しかしブリーフィングでも聞いた通り、この建物は小部屋が多くかなり狭い。目標を傷つけないように注意しろ」
そう言って、今まで持っていたM4A1SOPMODをMP5に持ち替える。それに倣い他の隊員も武器を室内で使いやすい取り回しの良いものへと持ち替える。パスカルもMP5を持ち出し、彼を含め一部の隊員は左手にタクティカルナイフも装備する。彼らの持つM4A1SOPMODは確かにカービンモデルで取り回しは良好なのだが、ストック折りたたみ時に550mmという短さをもつMP5には200mmほど劣る。SOPMODはサプレッサーも装備し、M203グレネードも装備しているため、完全な室内戦では9mmパラベラムを使用するデメリットを差し引いても、MP5を使うメリットが勝る。
「待機。グリッド、それからガイズ。部屋に目星がついたら俺と突入する。パスカル、アレン、ダイス。お前達はバックアップにまわれ」
「了解」
副部隊長的存在であるパスカルが皆が理解したことを悟り返す。
「オーケー。ムーブ」
隊長を先頭に続々と突入する。中は、まるで小規模なホテルのようだった。受付であったのだろうカウンターの辺りにトラップがないか確認する。他も見渡せる範囲をクリアリングし、この空間がクリアであることを確認した。
「よし、室内ではあるが、廊下の広さはそれなりにある。6人ならばまとまって行動できるだろう。行くぞ」
フォーミュラの判断に異議を持った者はいない。パスカルが殿を務め、部屋を一つ一つ確かめていく。中から物音はしない。ドアを開けても何もいない。恐らく一つの部屋に固まっているのだろう。人質をとっているならば、ばらけてしまうのは無意味だからだ。固まっているということは人質を助ける際にはそこに突入する必要がある。突入用の爆薬はあるため心配ないだろうが、それだけでも任務の難易度は跳ね上がってしまう。突入はフォーミュラをはじめとする3人であるが、万が一にも他の部屋にも隠れていた場合、自分たちの役割は大きい。そんなことを考えている内、あるドアから物音が聞こえてきた。
「……準備」
微かな声ですぐ後ろにいたガイズに伝える。それを伝言の要領で後ろへ伝えていく。殿のパスカルまで伝わり、部隊が動く。フォーミュラはドアの取っ手側で、そしてその向かい側にグリッドが回りこむ。扉の正面から2m程離れたところに音響閃光手榴弾をピンを抜いて構えたガイズが待機する。バックアップグループは廊下が伸びている向きに双方、そして吹き抜け状になっているところに1人必要だ。パスカルとアレンが廊下を、ダイスが吹き抜けの方に構え、全員の準備が完了する。
「Do it!」
フレーム爆薬をセットしたグリッドが、フォーミュラの合図で発破させる。直後、伏せていたガイズがスタングレネードを投げ込む。閃光と爆発音がしたと同時に3人が突入し、パスカル達はいくつか銃声を聞いた。セミオートで撃ったはずなので、記憶違いでなければ17発。3人の力量を考えれば、6,7人はいただろう。
「制圧、目標を確保! 脱出するぞ!」
「了解! 周囲異常なし!」
目標……1人の、身の引き締まった中年男性を連れて走り出す3人を、パスカル達がサポートする。パスカルが守る方向が出口の方向であるため、プローンで警戒をする脇を他の6人が通り過ぎる。背後を警戒しながら歩いてきたアレンが通り際に肩を叩き、全員通ったことを報せる。アレンの斜め前をパスカルが歩くことで、後ろ向きに歩くアレンのガイドになる。
その後は襲撃もなく建物を出た部隊と目標。すぐに装甲車がやってきた。後部ハッチが開き、その中に7人が乗り込む。そして――――
「ご苦労だった、諸君。以上で訓練を終了する」
車内で……いや、小部屋を出たところで待機していたデイビッド大佐が、部隊に労いの言葉をかける。今まで彼らが行っていたのは、仮想空間の中での訓練だったのだ。装甲車の後部ハッチは、ちょうど部屋の出口に位置している。
「どうだ? 試験的に作成された仮想空間内における訓練の調子は」
「悪くありませんね。最初は、モデルガンなんか渡されて何をさせられるのかと思いましたが」
フォーミュラの応えに、パスカルが内心頷く。
話を聞いた限りではあるが、大佐曰くこの訓練装置は痛覚などを刺激する機能を持ち、五感を使ったバーチャル・リアリティでの訓練を行うことができるという。また、バーチャル・リアリティ故に、機材だけで言えば高価ではあるが、ありとあらゆる状況を再現し、火薬類などを使用する際は模擬的なものを使えるということで、それに見合うだけの価値はあるという。模擬のものであれば繰り返し使えるため、積み重なれば経済的でもある。
「しかし、実戦経験を積むこととは違う。運用は、君達のような精鋭部隊……つまるところ、SASや、アメリカのデルタフォースのような、実戦経験を積んでいることが前提の軍に限られる。それ以外では、これよりも簡易的なもののみで運用を行うらしい。つまるところ射撃訓練などで使用するということだ」
「なるほど。ターゲットが的ならば無駄なPTSDは起こしにくい?」
「そういうことだ。しかし……残念ながら、その基礎訓練用のデータが一部不足しているんだ。フォーミュラ大尉。君達の部隊を呼んだのはそのためなんだ」
デイビッド大佐からの説明を受け、部隊の6人はそれぞれ異なる部屋に迎えられる。その中でも、パスカルはやはりというべきか狙撃のデータを集めることに協力することになった。
「さ、これを持ってくれ。重量からフレーム素材まで、弾を撃てないこと以外はすべて本物と同じ仕様になっている」
「L96ですか。まあ、当然ですね」
開発者の一員なのであろうスタッフから渡された、L96A1のモデルガン。SASをはじめ、イギリス軍で制式採用されている本銃は、ボルトアクションの高精度ライフルだ。持ってみれば、確かに手にずっしりと、しかし持った経験のあるパスカルには馴染みのある重量を感じる。
「玩具とは違う。実際の製造ラインで特別に作ってもらった特別製だ。さて、このイヤホンマイクを」
イヤホンマイクを装着したのを確認したスタッフは、今装着したのとは違いヘッドセット型のそれを被り、話し始める。
『マイク感度の確認を』
『感度良好、ノイズなし』
『こちらも異常なし、と。それでは、私は部屋の外にあるモニタールームに移る。指示はそこから出すので聞き逃さないように』
『了解。いつでもどうぞ』
『では、早速開始する。映像、環境セット。プラクティス・スナイプ。スーパーロングレンジで作動――――』
イヤホンから、恐らく部下か仲間かに指示を出すのが聞こえる。すると、今までコンクリのような色だった壁が、一気に変わっていく。金属をメインにしたものだ。射撃場の名に相応しい。
『これからパスカル少尉にはターゲットを狙撃してもらいます。まずは、銃の調整から行きましょうか。レティクルが狂ってないか確認してください。弾がまっすぐに飛んだ場合の位置を的に表示します』
『なるほど。的までの距離は?』
『100m程でどうです?』
『……いや、300mにしてください』
『300m!? ビッグボア競技でもやっているんですか?』
『いや……たとえ同じ角度の差でも遠い方が正確ですからね。出来ますか?』
『もちろんだ。大佐から聞いているでしょう? 仮想空間ならばどんな状況も創りだせる。例えゲームや映画のような世界でも』
パスカルの前に広がっている空間に変化が現れる。遠方にメタリックの周囲から浮く白い何かが浮いている。パスカルは早速伏射姿勢になり、スコープを覗く。
『いつでもいいですよ。距離は300mで弾丸は一直線に飛びますから、レティクルを的の中心に合わせて撃ってください』
『了解……』
レティクルを見つめるパスカルの眼が鋭くなり、スタッフの方も黙る。数秒のことが数十秒、数分にも思える。おおよその狙いをつけたパスカルは、一度大きく息を肺に取り込み、呼吸を止める。僅かに揺れていたレティクルが止まり、パスカルはそのままゆっくりとトリガーを引く。仕掛けのしてある専用モデルガンは反動で跳ね上がり、銃声が響く。もしパスカルが先程試していなかったら、反動があることを知らなかったであろうから着弾はずれていただろう。
『着弾を確認しました。結果を表示します……おお、素晴らしい』
ホログラムのように映し出されたそれは、パスカルが撃った的の拡大図だった。見事、黒点のど真ん中を撃ちぬいている。
『スコープには問題ないですね。では、本番に行きましょうか。まずは……』
パスカルは映し出される様々なシチュエーションの狙撃をこなしていく。ある時は人質を模した、撃ってはいけないターゲットの傍にある的を。またある時は走っているかのような速度で動く的を。すべてを的確に射抜くパスカルのその技術はSASでも有名なもので、間近で見ることが出来ているスタッフ達は魅入っていた。
『次で最後です。距離は520m、ターゲットは建物のガラスの向こう。人質をいくらかとって立て籠もっているため頭部しか狙う余地がありません』
『了解。風速、気候を』
『北西から風速3の気温27℃湿度67%』
『了解。狙撃する』
レティクルが犯人の頭部を捕らえ、息を止めてレティクルを静止させたパスカルが、引き金を引く。ターゲットの額部分に穴が開いたのを見届け、ジャクソンは立ち上がる。
『ビューティフル! 流石だ!! パスカル少尉、ご協力ありがとうございました』
『いえ。しかし、基本練習用とはいえ難度の高いシチュエーションがいくつかありましたね』
『訓練するならば色々な難易度がある方が良いですからね。ところで、個人的なお願いをしても?』
『ええ。どうぞ』
『実は、超長距離狙撃のプログラムがあるんです。1.5kmの。一応まだ遠くには出来るのですが、やる人がいないので今のところこれが最長距離です。その距離を撃ちぬけませんか?』
『1.5km……』
かなりの距離である。普通に考えれば、600mでの狙撃で超一流と呼べるような世界だ。その実に2.5倍。
『いいでしょう。やってみましょう。シチュエーションは?』
『いたってシンプルです。草原の向こう側にある的を撃ちぬくだけ……的は動きません。油断しているという設定です』
早速周囲が草原に囲まれる。1.5km先……遥か先に、何か黒い粒が見える。
『目標を視認。狙撃する』
伏射姿勢になったパスカル。風速は緩やかではあるが、斜めに吹いているせいで弾が流されやすい。湿度はそうそう高くはないらしい。気温も25℃前後と言ったところか。スコープに的が入った。今までの経験と勘で、風を含めた環境の影響を頭に描き、レティクルの位置を調整する。そして息を止めて――――
火薬の爆ぜる音が聞こえる。その瞬間、いつの間にか呼吸が詰まっていたスタッフがはっと気づく。結果が表示され――――
『流石! 流石だ!! 1.5km先の10cmの穴ど真ん中だ!!!』
映し出された的は、見事真ん中が撃ちぬかれている。パスカルも安堵の表情を浮かべていた。
「いやあ、ありがとうございました。データもしっかり取れましたよ」
「それはよかった」
「もし、狙撃のデータがもっと必要になったらまたお呼びしても?」
「ええ、構いませんよ。そうそう、時間を計れるようにする機能はあったりします?」
「いいえ、ありませんが」
「特に2発以上撃つときなんかは発射の間隔、それと射撃姿勢に入ってから射撃するまでの時間を計れるようにするといいでしょう。他にも――――」
パスカルはどうやらこれからもこの装置に関わっていくことになりそうだ。密かに見ていたデイビッド大佐とジャクソン大尉は、呆れ半分嬉しさ半分でそう思ったのだった。