第三話 フォルティスとルナ 中編
「おはようございます。ルナ・コルです。お迎えに上がりました」
翌日の早朝、ルナはフォルティスの私室の前で軽く扉を叩き周りを気にしながら小声でフォルティス呼ぶと、フォルティスもすぐに扉を開けて出てきた。
「あれ? 鎧は着ていかれないのですか?」
「ああ。あまり目立つわけにはいかないからな」
近衛騎士団の鎧は否が応でも目立つ上に、フォルティスはブランデル家当主としても近衛三騎士としても国内で名が通っており、鎧を着て王都を歩けばすぐに気づかれてしまう。
「なるほど……。では、今日はよろしくお願いします」
二人は部屋を出ると、王宮内では目立たぬように別々に裏口から外へと出た。
王宮を囲む城壁には東西南北にそれぞれ門があり、城壁の外に掘られた堀を渡るための橋が掛けられている。東西そして北門は上げ下げの出来る吊り橋だが、正門となる南門は頑丈な石造りの橋が掛けられていた。城壁の外側にある堀の中には、王都の西を流れるワレーンス川から引き込んだ大量の水が湛えられており、川から迷い込んだ魚達がたまに水面から顔を覗かせている。
裏口から王宮を出た二人は正門側に回りこむと、正門にいる門番の近衛騎士からは見えないように庭に植えられている木の影で立ち止まった。
「さて、どうするかな」
「正門だと目立ちますね。東門から出ますか?」
ルナは東門を指さした。東門も王都には行きやすい位置にある。
「朝早くて他の門はまだ吊り橋が降りていないだろ。この時間に吊り橋を下ろしたら余計目立ってしまう」
「う~ん。では、正直に言いますか?」
「そうだな。そうすれば俺の代わりに他の誰かが付き添ってくれるぞ」
「うぐ。それだと気を使うので……」
「俺に気を使え」
フォルティスはルナの頭を小突くと、頭を悩ませる。
「……王家を利用するのはどうかと思うが、仕方がない。どの道帰りも通らなければならんしな」
「え?」
フォルティスは木の影から出るとルナも慌てて追いかけ、フォルティスの少し後ろから着いて行った。門の所に来ると門番の近衛騎士二人がフォルティスに敬礼を行う。
「ご苦労」
「お出かけですか?」
「あ、ああ。フロリア様の所用で王都に荷物を取りにな」
「荷物? 団長が自らですか? 私がもうすぐ交代となりますので、よろしければ私が取りに行って参りましょうか?」
「あ、いや、え~……。今度行われる同盟の儀の際に使用する大事なものらしくてな。俺に直接取りに行って欲しいとのことだ。ちょうどルナも別件で王都に行く用事があったのでな、共に行って来る」
「? 了解しました。では、お気をつけていってらっしゃいませ」
かなり強引な理由のためか門番の近衛騎士は首を傾げたが、自らの指揮官に必要以上に追求はせずフォルティスもそれ以上は説明しないようにし、足早に正門から外に出ると石橋を渡った。王宮は小高い丘の上に建てられているため、石橋を渡るとそこから王都ルキアの全域を見渡すことが出来る。
「う、うまく行きましたね」
正門から少し離れた所まで進んだ所で一度立ち止まると、ルナは胸を撫で下ろした。
「ああ、昔を思い出す」
「え? 何か言いましたか?」
「いや、何でもない。行くぞ」
二人は正門から続く石畳の上を王都へ向けて進む。既に初夏に差し掛かっていることもあり、昼間は汗ばむ程の気温まで上昇するが、今は朝早いこともあり涼しい風が心地良く吹いていた。ルナはその風を気持ちよさそうに受けると、大きく伸びをする。
「――ふぅ。早朝は気持ちいいですね」
「そうだな。今の時期は特に風が気持ちいい」
二人は風を感じながら進むと、すぐに王都の大通りへと入った。
大通りは賑やかな喧噪に包まれた昼間とは違い、早朝のためか通りの両側にある露天商もまだ開店の準備をしている店が多い。人が少ないことと鎧を纏っていないこともあり、幸いフォルティスに気づく者はいなかった。
「フォルティス様と王都に来るのも久しぶりですね」
「そうだな。昔と違ってさすがに立場上そうそう二人で来れないからな」
フォルティスはまだルナが王宮の暮らしに慣れていない頃に、よく王都に遊びに連れてきていた。
「すみません。手伝ってもらってしまって」
「はははっ。まあ、頻繁には難しいがたまには構わないだろ。クラウスに見つからなければ、だが……」
「クラウス様、厳しいですよね」
クラウスの顔を思い出したのかルナは顔を強ばらせる。
「ふふっ。ルナはクラウスが苦手のようだな」
「に、苦手なわけではないですよ! 尊敬もしています。ただ、ちょっと厳しいというか、怖いというか……」
ルナは幼少の頃から接して来た王家の人間やフォルティスにどうしても家族のような接し方をしてしまう。子供の内はそれでもよかったが、さすがに見習いとはいえ正式に近衛騎士団に志願したからには王家の人間とはそれなりの接し方をしなければならない。
クラウスも事情はわかってはいるが、立場上厳しくルナに接していた。無論、近衛騎士団の団長であるフォルティスも厳しくしなければならないが、ルナの事情の当事者ということもあり言い難くもあった。
二人は王都の中心地にある円形の広場に差し掛かかる。広場の中心には大きな噴水があり、豊富な水が朝日を浴びながら美しく踊っていた。噴水の周りや広場の周囲にはベンチが置かれており、早朝のためそれ程人はいなかったが散歩をしている人を何人か見ることができる。広場の北側にある王都ルキアのシンボルともなっている高くそびえる巨大な時計塔は、内部にある階段から最上階まで行くと王都を広く見渡すことができる展望台があり、そのすぐ下の四方に取り付けられた大きな時計は刻々と時を刻んでいた。
ここから東西南北に街道が伸びており、ダルリア王国内の道は全てがこの街道の枝道となっている。この広場から西に王都の外れまで行くと大地母神マテルの大聖堂があり、その途中にフォルティスの王都での本来の自宅であるブランデル邸がある。東に行くと王国騎士団の総本部ともいえる大砦クラウストルムがあり、王都防衛を任務とする王都防衛師団と増援専門の師団である緊急展開師団が詰めている。そして、時計塔を含めたこの四つの建物が王都ルキアを象徴する代表的な建造物となっていた。
「フォルティス様とクラウス様は性格がまったく違うのに気が合うというか、言い方は失礼かもしれませんが仲が良いですよね?」
「ん? そうだな。まあ、付き合いが長いからな」
参謀長を務めるクラウス・サビオは元老の一角を担うサビオ家の次兄であり、フォルティスとは同世代で幼少の頃より交流があった。
同時期に近衛騎士団に志願し共に研鑽を積んできた親友とも言うべき間柄で、クラウスは礼節に厳しい性格もあって普段人前ではフォルティスには団長として敬意払い敬語で話しているが、二人の時は友人同士として普通に話をしている。
二人は噴水の広場で東に向きを変えるとすぐに日当たりが悪い閑散とした脇道に入る。ドワーフ族は日頃、広大な洞窟に集落を構えて住んでいるためか、王都ではこういった日当たりの悪い薄暗い場所を好んで住んでいた。
「ファベル殿に会うのも久々だな。昨日はなんで剣と一緒に持ってきてくれなかったんだ?」
「なんでも、『鎧の出来が納得いかない』そうです」
ルナは苦笑する。ドワーフ族は自分が作成したものに一切の妥協が無く、納得できないものは絶対に人前には出さない。
「大丈夫か? 作り直してないだろうな……」
「お、おそらく。ファベルさんは昨日中に直しておくから今日取りに来てくれと言っていたので……」
二人は一抹の不安を感じながらしばらく路地を進んで行くと、ファベルの店の前に辿り着いた。店といっても入り口の扉に申し訳程度に木製の武具屋の看板が掛かっているだけで、気を付けていないと見過ごしてしまいそうな店であり、近衛騎士団や王国騎士団の御用達とは思えない店構えである。
ルナはドアを軽く叩き扉を開けた。
店の中の窓は全て閉じられ、薄暗く建物が石造りなこともあって家の中というよりは洞窟の中のような印象がある。床は地面のままであり、石なども敷き詰められていないため家の中にも関わらず僅かに土埃が舞っていた。
そして壁際には鍛冶の炉があり、その周りには丁寧に使い込まれた鍛冶道具が雑然と置かれている。
「おはようございます。ファベルさんいますか?」
「こんなに朝早くて大丈夫なのか? まだ寝てるんじゃないのか?」
「そんなはずは……、昨日は夜中に完成させておくと言われてましたし。それに、出掛ける用事があるからなるべく早くと言っていたので」
ルナは奥へと続く通路を覗きこむと低く太い声で返事が聞こえてきた。
「誰じゃ?」
声と共にルナ達の向かいにある奥に続く通路から、背が低く焦げ茶色の髪をボサボサに伸ばし、長い顎髭を生やした大きな頭とがっしりとした体格をした一人の男、ドワーフ族のファベルが姿を現した。
年齢は見た目には五十前後に見えるが、ドワーフ族は人間よりもかなり寿命が長いため正確な年齢はわからない。ドワーフ族はエルフ族程閉鎖的ではなく、ファベルのように王都には数人のドワーフ族が住んでいる。エルフ族は人族の街に住むことはまず無い。
「おお、ルナか? 昨日はすまんかったの。――ん? 後ろのは……フォルティスか? めずらしいの。最近はとんと顔も出さんと」
「お久しぶりです。ファベル殿」
「今日はどうした? ルナの荷物持ちか?」
「当たりです」
フォルティスはルナの頭に軽く手を乗せた。フォルティスも見習い時代はルナと同じことをしており、当時から近衛騎士団の武具を引き受けているファベルのことはよく知っている。
「がっはっはっは。団長が荷物持ちじゃ締まらんの。少し待っておれ。今持ってくる」
ファベルは一度奥へと下がると、近衛騎士の鎧特有の金と銀の輝きを放つ美しい鎧を持って再度現れ、それを乱暴に地面に置いた。近衛騎士の鎧は造りと装飾は統一されているが、ルナの鎧は女性用のため、胸の部分等の造りが通常の近衛騎士のものとは若干違うように見える。
「ちょうど今朝方仕上がったところだ。まだ、箱に詰め取らんから自分で入れて持って行ってくれるかの」
ファベルは部屋の隅にある木箱を指差す。
「わかりました。ありがとうございます」
ルナは箱を鎧の側に持ってくると、表情をほころばせながら鎧を丁寧に箱に入れ始めた。
(年頃の女が自分の鎧を笑顔で箱詰めしている姿は滑稽だな……。自分の鎧が出来てうれしいのだろうが、育った環境が悪かったか。……俺のせいか?)
フォルティスは見習い時代初めて自分の鎧を手に入れた時に、ルナに見せびらかしたの思い出した。
「久々に女用の鎧を造ったわい」
「ありがとうございます。今回頂いた剣も素晴らしいものでした」
「当たり前じゃ。出来が悪かったことでもあるのか?」
「い、いえ。ありません」
(言葉を間違えたな……)
フォルティスはドワーフ族の気質を思い出し慌てて訂正すると苦笑する。その後もしばらくファベルとフォルティスが話しをしていると、鎧を箱に詰め終わったルナがフォルティス達の方を振り向いた。
「フォルティス様、終わりました」
「ああ、わかった」
フォルティスはルナに近づいていくとルナの足元に箱が三つ置かれていた。
「聞くまでも無いが、俺が二つか?」
「で、出来れば……」
「最初からそのつもりだったな? まあ、鍛錬にはちょうどいい」
フォルティスは箱を二つ重ねて持ち上げ、もうひとつの箱をルナが持った。
「それでは、ファベル殿。世話になりました」
「ファベルさん、ありがとうございました」
「うむ」
二人は店を出ると来た道を戻り、噴水の広場に来たところでフォルティスは足を止めた。来た時とは違いに広場は楽士の奏でる音楽と子供の遊ぶ声が響き、多くの人が思い思いに過ごしていた。大通りも露天が開かれ、大きな賑わいを見せ始めている。
「どうしたんですか?」
「少し家に寄っていっていいか?」
「あ、はい。かまいませんが。急ですね」
「久しく帰ってなかったからな。せっかく王都に来たのだからついでにと思ってな」
二人は広場から北の王宮ではなく西にあるブランデル邸へと向かう。ブランデル家は元来王都の政務を取り仕切ってきた元老家であり、ブランデル邸は個人宅としては王都最大の大邸宅である。現在の王都の政務は、フォルティスの父マティアスの死去以降王都の政務を代行していた同じく王都に居を構えている元老のバサルト家と、新たに元老に加わったヴェチル家に正式に移譲されている。
「いつ見ても大きなご邸宅ですね」
ブランデル邸の門の前で中を伺ったルナがため息を漏らす。門から見えるブランデル邸は、手入れの行き届いた広大な庭があり、門から続く石畳の先には三階建ての石造りの大邸宅が見える。
「まったく使ってないがな」
フォルティスは今は近衛三騎士として王宮内に住むことが義務づけられているということもあるが、幼少時から王宮に住んでおり近衛騎士団に志願した後も近衛の宿舎に住んでいたため、生まれてから数年程しかこの邸宅に住んだことはなかった。
フォルティスは門を開けると二人で中へと進む。
「使ってない割には庭の手入れとかは行き届いてるんですね。邸宅もきれいですし」
「昔うちで働いてくれていた使用人や近くに住む人達が手入れや掃除をしてくれているんだ。そこまでしてくれなくていいと言ってるんだが、父に世話になったからと言ってな……」
「きっと、フォルティス様のお父上はりっぱな方だったのですね。お会いしたことはありませんが、もう二十年も前に亡くなられているのに未だに慕って訪れてくる人がいるなんて」
「やさしい父親だったよ。陛下は人が良すぎる人物だと言っていたが」
二人は邸宅の入り口まで来ると、中には入らずに邸宅の横を通り裏庭へと回った。裏庭といっても日当たりはよく全体が花園になっており、今は時期はずれのため花は咲いていないが春になれば赤や黄色の花が美しく咲き乱れ、フォルティスが庭を開放していることもあり花見に訪れる人も多い。
そして、花園の中央には二つの墓が立てられていた。
フォルティスは鎧の入った木箱を地面に置くと墓の前に立ち手を組み合わせると目を閉じた。ルナもそれに倣う。
墓の一つはフォルティスの父マティアス・ブランデルのものであり、隣の一回り小さな墓はフォルティスの母ナリアナのものである。
(……父上、母上、お久しぶりです。なかなか足を運べずに申し訳ありません。――)
フォルティスは心の中で父、そして母と対話をしていた。母親とはほとんど話をしたことすら無かったが、ここに来ると何かなつかしい空気を感じることが出来た。
フォルティスはしばらくすると目を開ける。横ではルナが同じ姿勢のまま未だ目を閉じていたが、フォルティスが優しく肩に手を乗せるとゆっくりと目を開いた。
「王宮に帰るぞ」
「家の中は入らないのですか?」
「ああ、特に何も無いしな」
「そうですか。久しぶりに中が見れると思ったのですが……。素敵な絵画とかがたくさんありますよね」
「父上は絵が好きだったからな。また今度な」
フォルティスとルナは鎧の入った木箱を持ち上げると、入り口の門から外に出て王宮へと戻っていった。