エピローグ
ダルリア王国の王宮敷地内にある庭の一角には、ダルリア王国の王家であるカイザス家の墓地がある。季節が変わり始め、肌寒さを感じる早朝、歴代の王家の名が刻まれた墓標の中にある真新しい墓標の前に、フォルティスとクラウスはいた。
墓標には三ヶ月前のセシル王国軍の王宮侵攻時に死亡した、王妃フロリア・オルコット・カイザスの名が刻まれている。
クラウスはいつも通り近衛騎士の鎧を纏っていたが、フォルティスは腰に剣を下げているものの鎧は纏っておらず、代わりに大きな革製の袋が足元に置かれていた。
「本当に行くつもりか?」
「ああ」
帝国軍が国境から去り、王都防衛師団と緊急展開師団が王都ルキアに帰参すると、ウォルトは王国騎士団の前で勝利宣言を行った。
そして、王国騎士団総出でセシル王国軍が破壊した王都の建物の修復に取り掛かった。王都の被害は比較的少なかったが、噴水広場にある時計塔など一部の建造物が破壊されており、それらの瓦礫の片付けが済んだ段階でウォルトは公都シーキスに避難していた王都の民に帰参許可を出した。
王都の民が帰参した後に民の前で演説を行い、今回の戦争に勝利したこと、そして王妃フロリアが死亡したことを民に告げた。
王都の民は戦争が勝利に終わり自分たちが無事に王都に戻ることが出来たことよりも、ただフロリアの死を悲しみ、王都全体が自発的に喪に服した。
セシル王国軍と近衛騎士団との戦いで激しく傷んだ王宮は、現在も尚、近衛騎士団、王国騎士団、そして王都より集まった民により時計塔と共に改修が進められている。
「王妃であるフロリア様が犠牲になってしまった。近衛騎士団の団長として、その責任は取らねばならない」
「フロリア様のことは、本当にすまない。お前に託されていながら――」
「お前のせいではない。亡命するだけの時間も機会もあったのに、王宮に残ると決めたのは、俺だ……」
ダルリア王国の近衛騎士団には有事大権というものが存在する。それは、王家存続の危機に瀕する程の有事の際は、『王家の生命を全てにおいて優先出来る』というものである。これは国王命令をも上回る大権であり、フォルティスにはこの大権を行使すれば、ウォルトとフロリアを強制的に拘束してでも亡命させることが可能であった。
フォルティスも一度はこの大権を行使しようとしたが、それに気付いたウォルトに遮られ最終的にはウォルトの頼みを聞き入れ、王宮でウォルトとフロリア、そして王宮に残る民を守ることを決めた。
しかし、王宮に残ったことにより、結果としてフロリアが犠牲になってしまったことが、フォルティスを苦しめていた。
「俺があの時、情に流されずに正しい決断をすることが出来ていれば、フロリア様は今も生きておられ、近衛騎士団にもこれ程の犠牲を出さずに済んだはずだ。お前が団長であったならば、きっと正しい判断を下せていただろうさ」
「ばかな。何が正しい判断かなど、誰にもわからない。俺が団長だったらこの国を守ることなんて出来なかった。死んだ仲間達も本望であるはずだ。お前はこの国を、ダルリアを守ったのだ」
「――それは、俺達の使命ではない」
「フォルティス……」
フォルティスとて、ダルリア王国に生きる者としてこの国を愛しており、心から守りたいと思っている。しかし、近衛騎士として、そしてウォルトやフロリアから恩を受けた者として、それ以上に守りたいものがあった。
「俺は多くの仲間を犠牲にし、その上、レニス様やクリシス様、それにルナから母親を奪ったのだ……」
「フォルティス、お前が奪ったわけではない。帝国、そしてセシル王国が全ての元凶だ。俺は、おまえの決断は正しかったと今でも信じている」
戦後、ウォルトは王都の民よりも数日早くレニスとクリシスを都市同盟から帰らせると、自ら二人にフロリアの死を伝えた。二人はあまりの衝撃と、母親の最後に立ち会えなかった無念さに泣き崩れ、そのまましばらくの間、部屋を閉じこもってしまった。
そして、ルナ・コル。戦後数日の間、意識の戻らなかったフォルティスを昼夜を問わずに必死で看病を続けていたが、フォルティスが意識を取り戻すと話をすることもなく、自分の部屋で塞ぎこんでしまった。ルナはフォルティスやクラウスの言うことを聞かず、無理に有事体制に加わり、フロリアの護衛に付いたことがフロリアの死に繋がったと思い込み、自らを責めていた。
レニスやクリシスに対しても、負い目を感じているのか会うことを避けた。
数日間、三人は部屋から出てくることも、顔を合わせることも無かったが、しばらくしてレニスが部屋から出てくるようになった。レニスは努めて普段通り振る舞い、王宮や王都復旧の対応に追われる父ウォルトを補佐し、忙しいウォルトの代わりに未だ部屋で塞ぎ込んでいる妹達を見舞った。涙を流し続けているクリシスと長い時間共に過ごし慰め、自らを責め自分と会おうとしないルナに対しても積極的に会いにいき、ルナ自身の口からフロリアが死んだ時の様子を話させ、その一つ一つの行動の意味を、フロリアのルナに対する思いを説いて聞かせた。そして、フロリアの死は誰のせいでもなく、ただ娘を想う母の行動であり本望だったのだと。
ルナはレニスの胸でしばらくの間泣いた。
フォルティスは意識が戻った後も、数カ所の骨折がありしばらくはまともに動くことが出来ず、薬草士の元で薬草による体力回復と回復魔法による治療を交互に行いながら療養を続けていた。治療が終わり王宮に戻ることが出来るようになった頃には、戦争終結後から既に一ヶ月程が経過していた。
王宮ではセシル王国と近衛騎士団の戦闘で破壊された箇所の修復が進められており、ルナも近衛騎士団の職務に復帰していた。レニスの助けもあり、フロリアの死の哀しみからは立ち直ったようにも見えたが、前のような笑顔や快活さはなくただ黙々と職務に励んでいた。
そして、休憩時間になると護衛としてフロリアの元にいたにも関わらず、守れなかったことに対する責任感からか、一心に剣の稽古に励んでいた。フォルティスもそんなルナの様子を何も言わずに見守り、剣の稽古にはルナが疲れて倒れこむまで付き合い続けた。
しかし、時折フォルティスの部屋を訪れては涙を流した。
「フォルティス、お前の行為を責めているのはお前自身だけだ。陛下は慰留したのだろう? その上、何も国を出ることなどあるまい?」
「いや、フロリア様を死なせた俺は、近衛騎士団に残るべきではない。それに、国を出るのは別な理由だ。この戦争は、まだ終わっていない――」
「ヴェチル卿、か?」
「ああ、奴の裏切りが全ての発端だ。そして、ヴェチル家に元老の地位を譲り渡したのは俺だ。俺が決着を付けなければならない」
フォルティスは拳を固く握った。
ヴェチル卿オリゴ・ヴェチルの裏切りが判明した後、近衛騎士団はオリゴを拘束するために王都にあるヴェチル家の邸宅に出向いたが、既にその姿は無く、戦後も国内中を探したが見つけ出すことが出来ずにいた。
そして戦争から三ヶ月程が経過し、王宮と近衛騎士団がある程度の平静さを取り戻してきた頃、フォルティスは近衛騎士団を辞める決心をした。
自らの判断によりフロリアの死を招いたことに責任を感じていたこと、戦争後も王都憲兵隊を通じ捜索し続けていたオリゴ・ヴェチルが見つからず、それに対しなんとして自らの手で決着を付けたいと思っていたこともあり、昨日クラウスとボストに近衛騎士団を辞めることを告げた後、ウォルトに近衛騎士団長を辞任し国を出ることを報告した。
ウォルトはフロリアの死についてフォルティスを責めることはなく、今後も近衛騎士団の団長として王家の守護について欲しいと慰留したが、フォルティスは首を縦には振らなかった。
ウォルトはその後も数刻に渡り説得を行ったが、フォルティスの意思は固くついには認めた。
「フォルティス、まさか帝国領に入るつもりなのか?」
「いや、ダルリア王国への侵攻が失敗に終わり、バルド・グラネルトが失脚した今、帝国にいるとは考え難い。セシル王国も同様だ。おそらくは名を変え都市同盟かロビエス共和国へ逃げ込んでいるのだろう」
アルデア帝国の国王バルド・グラネルトは、帝国評議会により弾劾裁判に掛けられた後に有罪が確定し、国王としての権限を正式に剥奪された。そして、次の国王が選挙により選出されるまでの間、評議会議長のガイズ・ボトが国王代行としてその権限を振るうことになった。
穏健派であるガイズ・ボトが国王代行になったあと、アルデア帝国よりダルリア王国に対し正式な謝罪があったが、ウォルトはそれを拒絶し改めて国交の断絶を宣言した。
そして、セシル王国との同盟についても破棄を宣言し国交を断った。ダルリア王国と敵対関係に陥ったセシル王国は、そのことに危機感を感じ自らアルデア帝国の属国となり、ガイズ・ボトの指導の元、帝国の庇護下へと入っていた。
「これは、お前一人の問題では無い。あまり背負い込むな」
「……」
「ボスト殿はなんと言ったのだ?」
「自ら決めたのであれば好きにしろと。こんな結果になってしまい、ボスト殿には本当に申し訳ないことをしてしまった」
フォルティスを近衛騎士団の団長に推薦したのはボストであり、フォルティスはボストの信頼を裏切ってしまったと悔やんでいた。
フォルティスは足元の革袋を背負う。
「もう、行くのか? 本当にルナには言わずに行くつもりか? あいつはまだ立ち直っていない。この上、お前までいなくなれば……」
「あいつは一人じゃない。レニス様やクリシス様がいる。必ず立ち直るさ。それに、こういうのは苦手なんだ。どう説明していいかわからない。お前の方から後でうまく説明しておいてくれ。頼むよ。新団長」
「勝手なことを。俺から説明してもルナを悲しませるだけだ。それに、これから本格的に近衛騎士団を立て直していかねばならん時だというのに」
「すまない」
セシル王国軍との戦いで多くの戦死者が出た近衛騎士団は、その立て直しが急務となっていた。亡命した両王女や大公アウロと共に都市同盟から帰ってきた大公宮の近衛騎士達を合わせても、戦争前の三分の一程度の人数となっていたため、王宮の通常警備すらままならなかった。そのため、フォルティスは王国騎士団長ルーク・アステイオンに依頼し、王都防衛師団及び公都防衛師団から人員を借り受け、なんとか通常警備のための体制を整えた。しかし、王国騎士団も戦争で西方師団の大半を失っており、いつまでも人員を借り受けるわけにもいかないため、近衛騎士団は増員のための準備が進められている途中であった。
「決着が付き、気持ちの整理がついたら戻ってこいよ」
「――そろそろ王宮の者たちも目を覚ます。その前に起たせてもらうよ」
フォルティスはクラウスの言葉には答えず、フロリアの墓に一度敬礼するとその場を後にし、王宮の正門へと向けて歩き出した。
「おい! フォルティスッ! 戻ってこいよ!」
「――それが、必要ならな」
フォルティスは振り返らずに軽く手を振ると、ダルリア王国を後にした。
近衛戦記 完
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