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近衛戦記  作者: 島隼
第六章 終結
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第五話 終結へ

「ザイル司令! セシル王国から連絡が入りました!」

 帝国軍の部隊長達とザイルがいるテントに副官が駆け込んでくると、中にいた全員の視線が副官に集中する。しかし、しばらく前にセシル王国軍がダルリア王国の王宮制圧が失敗に終わったのとの知らせを受けていたこともあり、全員の表情は厳しかった。

「セ、セシル王国軍が、ダルリア王国内から撤退しました」

 その報告を聞いた瞬間、ザイルは卓上に拳を叩きつけた。

「無能どもが。どいつも、こいつも、何故計画通りに動けぬのだっ!」

 ザイルの言葉は怒りで震えていた。周りの部隊長達も落胆の色を隠せない。しかし、そのような中でも部隊長の一人、第一部隊長ファビエラ・オーロラだけは淡々としていた。

「ザイル司令、これで今回のダルリア王国への侵攻戦は失敗です。これ以上、ここでダルリア王国騎士団と戦うことは無意味でしょう。我々も撤退しなければなりますまい」

「――失敗だと?」

 ファビエラの言葉にザイルは震えを止める。

「そうです。ダルリア王国の王宮が制圧出来なかった以上、王国騎士団は士気を取り戻すでしょう。その上、セシル王国軍がダルリア王国内から撤退したとなれば、いずれさらなる増援が来ることも考えられます。こうなっては、これ以上ダルリア王国への侵攻戦を続けても無駄に兵を消費するのみ」

「失敗だと……」

 ファビエラの言葉が聞こえていないのか、ザイルは同じ言葉を繰り返した。

「ザイル司令?」

「全部隊に攻撃準備を取らせろ。奴らをコルシア平原まで押し込み、そこで総力戦を仕掛ける」

 ザイルは静かに告げる。

「総力戦ですと? 我々だけでダルリア王国の制圧に乗り出すと言われるか?」

「そうだ。セシル王国軍などもとより奇策の一つ。奴らが撤退したのであれば、いずれ陛下が増援を派遣してくれるであろう。そうなれば我々だけでも十分にダルリア王国の制圧は可能だ」

「……無論、増援が来るのであれば不可能ではないでしょう。我々も未だ前線の王国騎士団の戦力を大きく上回る。しかし、簡単では無いでしょう。今前線で指揮しているのは十二年前に我らを退けたルーク・アステイオン。しかも、向こうにも増援が派遣される可能性がある。距離を考えれば敵側の増援到着の方が早いでしょう。相手の増援到着前に前線の王国騎士団を倒せればよいが、それが出来なければその後は長期の戦争になる可能性がありますぞ」

「構わん!! 私が一度行動を起こした以上、失敗など有り得ない! 例え何年掛かることになろうと必ずダルリア王国を落とす!」

「そのようなことを単独で判断されるおつもりか?」

「黙れっ! この戦争は私が陛下より全てを任されている。陛下が私の案に反対することなどない。小細工はもはや終わりだ。力でねじ伏せてくれるわ! これは命令だ! 全員準備に取り掛かれっ!」

「……はっ」

 ファビエラ以外の部隊長達はザイルの命令に立ち上がるとテントを出ていった。ファビエラはしばらくザイルを睨んでいたが、冷静さを失ったザイルに首を振ると同じくテントを出た。そして、中にはザイルと副官のみが残る。

「ザイル司令……。本当によろしいのですか? ほ、本国に確認を取られたほうが」

「――黙れ」

 副官はそれ以上言葉を発せなかった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「王宮に公都防衛師団が到着っ!! 王宮、元老院は共に無事です!! セシル王国軍は撤退しました!」

 ルークとオルカのいるテントにシハタが駆け込む。

「本当か!?」

 オルカが立ち上がりシハタに詰め寄る。

「は、はい。たった今、本陣のスタイン様より通信球で連絡が。まだ繋がっています!」

「よし。オルカ、行くぞ。直接話しを聞く」

「はっ」

 三人は戦陣の通信球があるテントへと足早に移動した。中に入ると通信官がおり、中央にある水晶球は青く輝きを放ったままだった。

「スタイン、いるか? 王宮と連絡が取れたのか?」

<<はっ。ラファエル、そして王宮とも連絡が取れました。王宮は無事です。ですが……>>

 報告内容とは裏腹に、スタインの声は暗く沈んでいるように聞こえた。

「どうした? 陛下達に何かあったのか?」

 ルークの問いかけに対し、スタインではなくカストスが答える。

<<陛下はご無事です。ですが、フロリア王妃がセシル王国軍の手に掛かり、……亡くなられたそうです>>

「なっ! くっ、セシル王国が……。王位継承権を持たぬフロリア様を手に掛けるとは……。なんて非道な……」

 オルカは怒りと哀しみに震えた。

「……そうか。争い好まぬ、とてもお優しい方であった……」

 ルークは右手を胸に当てると、しばらくの間静かに黙祷を捧げた。オルカやシハタ、通信官もルークに倣う。スタイン達も黙祷しているのか、通信球からも声が聞こえてこない。

 王家の守護を使命としていない王国騎士団とはいえ、王妃の死は衝撃であり、何より最も争いごとの似合わぬフロリアが戦争で死んだことが辛く心に響いた。

 そして、しばらく黙祷が続いた後、ルークは静かに口を開く。

「――カストス。この後、帝国軍はどう動く?」

<<はっ。セシル王国軍が王宮の制圧に失敗したことは、既に帝国軍にも伝わっているでしょう。この戦争は帝国軍としてはセシル王国軍が王宮を制圧することが前提だったはず。その前提が崩れ、セシル王国軍が撤退した以上は帝国軍も撤退するでしょう。帝国軍単独でも我々と戦うことは可能でしょうが、王宮と元老院が無事であれば、我々も最終的には総力を上げて対応することが出来る。そうなれば戦争は長期泥沼化します。そのようなことは帝国も望んではいないでしょう。おそらく帝国軍は撤退することになると思われます>>

「やはりそうか。戦争が終結すると言うのだな?」

<<はい。このまま戦争続けても、我々は元より帝国にとっても利になるようなことは何もありませぬ。無駄な争いを仕掛ける程愚かではありますまい>>

 しかし、カストスの言葉が終わると、それを否定するようにルーク達のいるテントの外が大きくざわつき始める。ルークとオルカは顔を見合わせると、突然テントの幕が上がり一人の大隊長が駆け込んできた。

「どうした? 何事だっ!」

 オルカの問いに大隊長が焦りのある声色で答える。

「て、帝国軍が攻撃体勢を整えつつあります。しかも、今までに無い規模です!」

「なんだとっ!?」

「カストスッ! 聞こえたか?」

 ルークはカストスに呼びかけたが、カストスもすぐに反応出来ない。

<<――馬鹿な。帝国軍単独でも戦うつもりなのか。何故、そこまでするのだ……>>

 カストスは予想していなかったことに、それ以上の言葉が出ない。カストスが言葉に詰まるなど普段では考えられないことだった。

<<ルーク団長っ!!>>

 スタインが呼びかけたが、ルークはそれよりも前にオルカとシハタを連れてテントを出ると、帝国軍が確認出来る位置まで移動した。そこから見える帝国軍は、確かに武器を手に持った騎馬と歩兵達が王国騎士団に対して攻撃体勢を整えつつあるのが見えた。

「ちっ、全軍迎撃体勢をとれっ!! 中央を固めろ、縦に突っ込んでくるぞっ! シハタ、カストスに状況を伝え元老院へ報告させろ! 『帝国軍は未だ侵攻意思を失っていない。我々との全面戦争の可能性有り。対応方法を至急判断せよ』」

 ルークの指示にオルカは馬に跨ると迎撃の指揮を取るために走り、シハタも元老院へ指示を仰ぎに通信球のあるテントへと向かった。ルークも馬に跨ると迎撃態勢を整えつつある師団の前へと出る。

「本気なのか……」

 ルークは帝国軍の動きを睨むが、帝国軍は既に侵攻準備を終え命令を待つだけにまで整っていた。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「ザイル司令、攻撃準備が完了しました。王国騎士団側も我々の動きに気づき、迎撃体勢を整えています」

「無駄なことを。負傷者を多く抱えた奴らなど、すぐさま蹴散らしてくれるわ」

 ザイルはファビエラを含む一部の部隊長と共に、前衛の突撃部隊のすぐ後ろに移動していた。

 ザイルは突撃の命令を掛けようと片手を上げる。しかし、同時に副官がザイルの正面を遮るように両手を広げて立った。ザイルはそれを見ると怪訝な表情しながら一度手を下ろす。

「何用だ?」

「お、お待ちください。たった今、本国より新たな命令が下りました。『前線の帝国軍は至急撤退せよ』とのことです」

「何だとっ! ばかな……。陛下が途中撤退など判断されるはずがない! 何かの間違いではないのか!」

 ザイルはその命令が信じられず、部隊長達はどよめいた。

「……バルド陛下は越権行為により評議会から訴追され、弾劾裁判に掛けられる模様です。そのため、判決が下るまでは陛下の持つ全権限が停止され、その職権は評議会に移りました。撤退は、その評議会の決定です」

「陛下が、訴追されただと……」

「それと、……誠に申し上げ難いのですが、ザイル司令。あなたは司令官を解任されました。以後の指揮は第一部隊長ファビエラ・オーロラ氏が取るようにと。――ザイル司令、いえ、ザイル様。あなたも、陛下と共に評議会により訴追されました」

「なっ! ばかな……」

 ザイルは言葉を失う。部隊長達はファビエラに視線を集めると、ファビエラは一度目を閉じ、直ぐに口と共に開いた。

「委細承知したと評議会に伝えてくれ。評議会の命令に従う」

「ファビエラッ! 貴様っ!! 司令官は私だ! 私が判断を下す。評議会の指示になど従う必要は無い。戦争が始まれば裁判どころではない。誰か、ファビエラを捕らえよっ!」

 しかし、誰もザイルの命令には従わない。

「貴様らっ!」

 ザイルは腰のレイピアを抜くとファビエラに突き付けた。しかし、ファビエラは微動だにしない。

「ザイル殿。司令官を解任されたあなたは、もはや我々の命令権者ではない。組織の違う我々に従う義務はない。その上で、一騎打ちをご所望とあらば、お相手致しましょう」

 ファビエラは腰のバスタードソードを抜くと、ザイルのレイピアに軽く当てた。

「くっ……」

 ファビエラの言葉にザイルは歯を食いしばると、諦めたかのようにレイピアを地面に落とした。ザイルのレイピアは飾り同然であり、軍人であるファビエラとの一騎打ちでは結果は火を見るよりも明らかである。

 そして、ザイルは崩れ落ちるように馬から降りた。

「ザイル・ダイメルを捕らえよ! 本国に戻り次第評議会へ引き渡せ」

「はっ」

 近くにいた兵士がザイルを後ろ手に縛り上げると、後方へと連れて行った。

「ファビエラ司令、ご命令を!」

 部隊長の一人がファビエラに指示を求める。

「うむ。殿軍しんがりには我が部隊がつく。後方部隊より撤退を開始せよ。トリトア渓谷を抜けた場所で一時待機、全軍合流後帝都へと帰参する!」

 『はっ!』

「殿軍が一部隊では危険ではありませんか?」

「心配には及ばん。王国騎士団は我々に追い打ちをかけることはない。ルーク・アステイオンはそれ程愚かな男ではない」

 そして、帝国軍は後方より後退を始めた。ファビエラは自らの部隊と共にしばらくその場に残り、ルークが率いる王国騎士団を見ていた。

 

「司令官として、二度も撤退命令を下すことになるとはな。もう一度、戦ってみたくもあったが――」

 

 ファビエラは他の部隊が撤退したのを確認すると、自らの部隊にも撤退命令を下した。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「――撤退、しているな」

 ルークは帝国軍の異変に気づく。帝国軍の一部の部隊は未だ武器を構えたままだったが、後方部隊が徐々に下がっていくのが見て取れ、次第に殿軍と思われる部隊以外の姿が見えなくなった。

「いったい何が? 先ほどまでは明らかに我々を攻撃する構えだったというのに……。それとも、何かの策?」

 オルカも帝国軍の一貫性のない行動に怪訝な表情を浮かべた。

「いや、策ではあるまい。我々が全員見ている状況では意味が無い。その上、あの慌ただしさからいって少なくとも現場の判断では無いな。アルデア帝国本国から何か命令があったのかもしれん。バルド・グラネルトの判断なのか、別な第三者が台頭したのか、正確な理由はわからんが、アルデア帝国にも戦争を快く思っていない者がいたのかもしれんな」

 ルークが話している間に最後まで残っていた帝国軍の殿軍と思われる部隊も撤退を開始した。その中央に一人の帝国軍兵が部隊の撤収が完了するまでルークの方を見ていたが、最後に自らも撤収するとトリトア渓谷奥の森に消え、帝国軍兵は全て見えなくなった。

「帝国軍が全員撤退した。ルーク団長、これで……」

 オルカの声が震えている。

 ルークは馬を翻すと、後ろで迎撃体勢を整えていた王国騎士団と向きあった。ルーク達と共に帝国軍が撤退する状況を見ていた騎士一人ひとりの表情には興奮の色が伺える。

「ああ、これで終わりだ」

 ルークは腰の剣を抜くと高く掲げた。

 

「帝国軍は退いた! この戦争、我らの勝利だ! 勝どきを上げろっ!!」

 

 『おおおおおおおおおおおっ!!』

 

 王国騎士団の歓喜の勝どきがトリトア渓谷に長く鳴り響いた。

 

 

 第六章 終結 完


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[一言] シンプルに面白かった! その後の物語があれは是非読みたいです
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