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近衛戦記  作者: 島隼
第六章 終結
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第三話 ヴィントの苦悩

「ウィリス司令、後退及び布陣を完了しました」

 王宮の正門で公都防衛師団に挟撃されたセシル王国軍は、片腕を失いつつも正門内部から戻ったウィリスと合流すると軍を立て直すために後退を始めたが、公都防衛師団の追撃により已む無く王都の外まで下がると一度進軍を停止し陣を張った。

 公都防衛師団は後方、王都から出てすぐのところでセシル王国軍と王都の間に入るように対峙している。

「公都防衛師団は動いていないようだな。よし、今のうちにこちらの被害を確認しろ」

 ウィリスは失った右腕に回復魔法で止血のみを施し、痛みを薬草で抑えながら部下たちに指示する。

「動ける者は王都到着時の半数以下に……。その上、負傷者も多数おりその救護にも人が割かれていいます。戦える者となるとさらに少ないかと」

「それ程に……。向こうの被害は?」

「相手の奇襲をまともに受けたため、後退するのに精一杯でほぼ被害は与えられていません。相手の規模は王宮内に入った大隊も含めるとこちらの倍近いかと……」

 答えたセシル王国軍の兵の表情には悲壮感が漂っていた。

「なんてことだ。くっ……。これでは公都防衛師団を退け王宮と元老院を制圧するのは厳しい。王都防衛師団がいない状況でなんたる失態だ。近衛騎士団相手にここまで手こずるとは。――フォルティス・ブランデル。奴の覚悟の方が私の覚悟よりも勝っていたというのか……」

 ウィリスは悔しさのあまり噛み締めると口の端からわずかに血が流れる。

「――ウィリス司令。いかが、致しましょう」

「完全に形勢が逆転してしまったか。この状況で公都防衛師団と戦っても勝ち目は薄い。不意を突いた西方師団と戦った時とは状況が違う。……無益に兵を消耗することは陛下も望まれていないはずだ。本国に連絡を入れろ。――撤退許可の、要請だ……」

 ウィリスは残された左手を固く握りしめた。

「か、かしこまりました」

 兵士は通信球のテントへと走った。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「ヴィント陛下!! 派遣軍司令ウィリス・ロカより報告が入りました!」

「きたかっ! 首尾はどうだ?」

 執務中だったヴィントは、ソキウスからの待ちわびた連絡に無意識に立ち上がった。

「それが……」

 しかし、ソキウスは手に持っている羊皮紙を半ば躊躇しながら読み上げる。

「『公都防衛師団の奇襲にあい王宮及び元老院の制圧に……失敗。軍の被害甚大により任務の継続及び達成は不可能。撤退許可を求む』とのこと……。ウィリス司令自身も片腕を失う重症を負っているようです」

「な、なに……。失敗、だと? どういう、ことだ? 公都防衛師団がそれ程早く到着したというのか?」

「い、いえ。それが、王宮の防衛についていた近衛騎士団の抵抗が激しく、正門前で長時間に渡り足止めされた模様です。それでも相当数を討ち果たすことは出来たようですが、もう一歩のところで公都防衛師団の到着を許してしまったと……」

 予想していなかった報告に倒れるように椅子に座りこむと右手で顔を覆う。

「近衛騎士団だと? そんなもの三百にも満たぬ程度では無いか……」

 瞬間、ウォルトの脳裏に同盟の儀の際に出会った近衛騎士団の団長を名乗る者の姿がよぎった。

「あの、男か……。――フォルティス・ブランデル」

「陛下、ウィリス司令にはなんと?」

 ソキウスの問いにヴィントはしばらく答えずにいたが、やがてゆっくりと話し始める。

「――作戦を、一度白紙に戻す必要がある。ウィリスにはしばらく待たせておけ。それと、帝国軍総司令ザイル・ダイメルと繋いでくれ。わしが直接話す」

「は、はい」

 ソキウスはウィリスへの返答のために執務室を出た後、ヴィントは頭の中を整理し同じく通信室へと向かった。

 

 通信室に入ると通信官の他にソキウスが既にウィリスへの返答を済ませておりヴィントを待っていた。

「ウィリスは了承したか?」

「はい。公都防衛師団側も無理に攻めようとはしていないようです。しかし、それもいつまで持つかわからないため、早急に次の指示を頂きたいと」

「わかった。ザイルと繋いだら二人共外に出ていてくれ」

「は、はい」

「かしこまりました」

 ソキウスが外に出ると通信官は魔方陣に手をかざして『力ある言葉』を唱え、通信球をダルリア王国と帝国との国境で陣を構える帝国軍に繋ぐ。通信球が青く輝き相手の通信官からの声が聞こえ、ザイルと代わるように伝えると通信官も部屋出た。

<<ザイル・ダイメルです。ヴィント閣下、おられますか?>>

「……ヴィント・セシアルだ」

 通信球からくぐもったザイルの声が聞こえてくると、ヴィントは一瞬間を置いてから応える。

<<これはヴィント閣下。そろそろ連絡が来る頃ではないかと、準備万端に待ちわびておりましたよ。閣下自らご報告頂けるとは光栄の至りです>>

 状況を知らないザイルはセシル王国軍によるダルリア王国王宮制圧の完了報告と思っているらしく、上機嫌に言葉を並べた。しかし、ヴィントはそれにすぐには答えられず沈黙した。

「……」

<<――? 閣下、どうされたのです? 依頼していたことは全て終わったのでしょう?>>

 何も言わないヴィントをザイルが訝しんでいるのが通信球を通しても伝わってくる。

 そして、ヴィントが重々しく口を開いた。

「ザイル殿……。残念だが、完了報告ではない」

<<……何です?>>

 ザイルにも何かが伝わったのか、先程までの上機嫌さが消える。

「公都防衛師団の王都到着により王宮、元老院の制圧と王家の殺害に、失敗した……。その上、派遣軍の損害がひどく、これ以上は戦えない。軍をダルリア王国より撤退させることを考えている」

<<――守る者が存在しない王宮の制圧を、しくじったと?>>

 ザイルの声音は先程までとは明らかに変わり、ヴィントは通信球から静かな怒りが伝わってくるのを感じた。

「守る者がいなかったわけではない。――確かに王都防衛師団は残っていなかったが、王宮には近衛騎士団が残り防衛線を張っていた。奴らに、阻まれた……」

<<近衛騎士団など……、そんなもの、どれほどのものだと言うのです……。ヴィント閣下、軍を王宮に再突入にさせ、当初の約束通りなんとしてでも元老院の制圧と王家の殺害を行なって下さい――>>

「不可能だ! 王都には既に我々の軍の倍はいる公都防衛師団が入っている。突入させても全滅は必至。これ以上の戦いは無益だ! 派遣軍は撤退させる!」

 

<<ふざけるなっ!!>>

 

 ザイルが突然発した怒声が、通信球の周りを覆っていた魔力を大きく震わせると、部屋全体の空気が震えた。冷静沈着なザイルしか知らないヴィントは、突然の、しかも他国の元首でもない者からの怒声に言葉を失う。

<<撤退など有り得ない!! 制圧が無理なら残る全軍をもって挑み、奴らの混乱を誘えっ!!>>

 ザイルは本性を現したのか、他国の王であるヴィント相手に命令を下すように暴言を吐くと、ヴィントもそのあまりの態度に声を荒げる。

「なんだと……? 何様のつもりだ! 我々は貴様らに降った覚えなどない! バルド殿に言われるのならばまだしも、貴様ごときに命令される筋合いなどないわっ!」

 ヴィントも怒りを露わにすると逆にザイルが冷静さを取り戻し、今度は静かな声が通信球から聞こえてきた。

<<ほお……。なるほど。確かに我らアルデア帝国と貴国に上下関係などない。ならば閣下。我らの意に沿わぬということは、我らと敵対すると受け取ってよいのですかな? 貴国程度の小国が我らと敵対し、生き残れると? それとも、今からダルリア王国側に寝返りますか? 西方師団を壊滅させたのでしょう? 難しいかと思いますが>>

「くっ……」

 ヴィントは感情を表に出してしまったことを後悔した。冷静さを取り戻したザイルは言葉巧みにヴィントを追い込んでいく。

<<ヴィント閣下。あなたに、セシル王国に選択肢などない。なんとしてでも軍を王宮内に突入させるのです。例えそれでセシル王国軍が全滅することになったとしても、それは大事の前の小事。我らが勝利すれば、セシル王国の未来も開けるのです。残る全兵力を突入させ、王宮内で公都防衛師団と乱戦を演じ混乱させなさい。その隙に我らは前線を突破します。乱戦が開始されたらもう一度連絡を下さい。以上>>

 ザイルはヴィントに対し指示を伝えると、一方的に通信球を閉じた。

「我らの軍の全滅が、小事だと……」

 ヴィントは既に光を発さなくなった通信球を睨み、怒りに震えている。

 通信室の外で待っていたソキウスが、声が聞こえなくなったことに気付き通信室へと入ってきた。通信室から僅かに漏れていた声を聞いていたのか、その表情は沈んでいる。

「陛下……」

 しかし、ヴィントは何も答えず、目を閉じ黙ったままだった。ソキウスもそれ以上の声が掛けられない。

 その場に漂う緊張感からか、実際はそれ程長い時間では無かったはずだが数刻もの時間が過ぎたように感じられた頃、ヴィントが口を開いた。

「ソキウス。聞こえていたか?」

「は、はい。しかし、ウィリス司令に突入の命令を出すのですか?」

「そんな命令など、出来るものか。こうなった以上、仮に突入を行なっても帝国軍が勝利する可能性は五分だ。だが、このままでは我々は確実に帝国から敵視されることになる。既にダルリア王国と和解することは難しい。その上でアルデア帝国にまで敵視されることになれば、我が国は敵国に囲まれることになってしまう。それだけは、何としても防がねばならん……」

「陛下?」

 ソキウスにはヴィントが何をしようとしているかわからない。ヴィントは後ろを振り向くとソキウスと視線を合わせた。

「ソキウス、ウィリス達を至急撤退させるのだ。撤退完了後、お前からザイルに連絡しろ。余計なことは言わなくていい。ただ事実を伝えるのだ。わしはアルデア帝国のもう一つの権力、帝国評議会と話をする。帝国評議会の議長ガイズ・ボト殿は穏健派と聞く。そもそも我々の行く手を阻んだダルリア王国の近衛騎士団は、帝国のアサシンどもが王家殺害を失敗したことによりその場にいたのだ。ガイズ・ボト殿を通してそのことをバルド殿に訴えかければ話を聞くかもしれん」

「か、かしこまりました」

「よし。まず、帝国評議会と繋げ」

 ヴィントの言葉に通信官は部屋に戻ると魔法陣に手をかざした。

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