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近衛戦記  作者: 島隼
第六章 終結
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第二話 守護者 後編

 ―― キィンッ ――

 

「くっ! 何故、未だ剣が振れるのだ……」

 セシル王国軍司令ウィリス・ロカは正面の敵から切りつけられた剣を自らの剣で弾いた。

 セシル王国軍は数百人規模で王宮内に兵を送り込むことが出来ていたが、近衛騎士団による内と外の分断策により王宮内の状況は確認出来ておらず、王家の生死も掴めていなかった。

 それに業を煮やしたウィリスは自ら小隊を引き連れ正門をくぐったが、その正面にいた近衛騎士に進行を阻まれていた。

 阻んだ近衛騎士は全身に傷を負っており、流れ出る血で紅く染まり立っている事自体が不思議な程凄惨な姿だった。しかし、その近衛騎士はウィリスに対し斬りかかり、ウィリスの剣を防いでいた。

「死に損ないが……。もはやダルリア王国は終わりだ! 諦めろっ!!」

 その瞬間ウィリスの後方、正門の外より突然奇声が上がる。ウィリスはその声に反応するように剣を振り上げた。しかし、近衛はわずかに血を吐くとそれに反応出来ず、剣で受けにいく事もかわすことも出来ない。ウィリスはそれを好機と見ると、渾身の力を込めて紅く染まる近衛騎士に対して剣を振り下ろした。

 

「――な、なにっ!」

 

 しかし、振り下ろした剣には何の手応えもなく、予想外にもまるで空を切ったかのようだった。無論、近衛はその場から動いておらず、かわした気配は無い。ウィリスは何が起こったのかわからず、構え直そうと思った瞬間に自らの身体から感じた強烈な違和感に気づく。剣を持っていたはずの右腕の肘上より先が無かった。

「なっ! ぐぅ……」

 それに気付いた瞬間に腕に激痛が走り、ウィリスは横に転がるように倒れこむと最後に片膝を付いた。それと同時に宙を舞っていた自らの剣が、切り離された右腕に未だ握られたまま地面に突き刺さる。

 そして、その刺さった剣の側で、血の付いた剣を持つ男を目にした瞬間、ウィリスは言葉を失う。

「――なっ。き、貴様は!?」

 ウィリスはその男、いやその男が纏っている鎧を見て驚愕する。その男の纏う青く輝く鎧は、この場にいるはずのないダルリア王国騎士団の鎧だった。

 そして、その男がウィリスの腕を切り落としたその剣をウィリスに突き付け、口を開く。

「俺は公都防衛師団長ラファエル・フォルリー。セシル王国軍よ、これ以降は我ら公都防衛師団が貴様らの相手をする!!」

 ラファエルの怒りを含む声にウィリスは周りを見渡すと、既にかなりの人数の王国騎士が正門の中におり、セシル兵達と戦っていた。そして、さらに正門の外を見るとそこにはセシル王国軍の兵士だけでなく、大勢の王国騎士団がおり戦いを繰り広げていたが、王国騎士達は左右からセシル王国軍を挟むように攻撃しているため兵達は動揺しており、劣勢となっているのが目に見えてわかった。そして、先ほど聞こえた外からの奇声が、王国騎士達が自らを鼓舞する声と味方兵士の悲鳴であったことに気づく。

「こ、公都防衛師団か……。到着してしまったのか。くっ……」

 ウィリスは激痛に耐えながら立ち上がると、ラファエルはウィリスに対し剣を突き付けたまま一歩詰め寄る。ウィリスは後ずさると、失った右腕に一瞬目をやりそのまま正門へと駆けていった。

「待てっ!!」

「よい! 追うなっ!!」

 ラファエルの隣にいた王国騎士の一人が、ウィリスを追いかけようとしたのをラファエルが制する。

「し、しかし……」

「奴はおそらくセシル王国軍の指揮官だ。俺たちの到着により混乱している上に、指揮官まで失えば奴らが暴走しかねん。撤退命令を下す人間が必要だ」

「はっ」

「しかし、これは……」

 ラファエルは周りを見渡すと言葉を失う。

 周りの王国騎士たちも息を飲んだ。ラファエル達の視界にはおびただしい数のセシル兵、そして近衛騎士達の死体が目に入る。地面には無数の矢や剣、槍が刺さり、魔法により抉られた地面の穴には血が溜まり、紅い池のようになっている。庭にあった木々は未だ燃え上がっており、ここで行われた戦闘の激しさを物語っていた。

「なんという……。いったいどれほどの戦いが……」

 ラファエルが周りを見回し、正門の方へと視線を向けた瞬間、背後から襲いかかる殺気に気付くと、急ぎ振り向き自らに斬りつけられた剣を自分の剣で受け止めた。

 斬りつけてきたのは、先ほどまでウィリスと戦っていた血で紅く染まる近衛騎士だった。

「な、なにをする!!」

 しかし、近衛はラファエルの声に反応することなく再度斬りかかる。その剣は非常に鋭く急所を狙ってはいたものの、まるで力がこもっておらず、ラファエルは難なく弾くと血で判別し難いその近衛の顔を間近に見た。

「あ、あなたは……。くっ……」

 それでも、近衛の斬撃は止まらない。周りの王国騎士達も思いがけない近衛騎士からの攻撃に止めに入ろうとするが、ラファエルがそれを手で制した。そして、近衛からの攻撃をラファエルは剣で受け続ける。

「意識が、無いのか?」

 近衛の目が虚ろであり、焦点が定まっておらず、ラファエルからはただ本能に従い剣を振っているように見えた。ラファエルは自分の剣を地面に突き刺すと、斬りつけてきた近衛の剣を腕の鎧部分で弾き、そのまま近衛の両肩を鷲掴みすると前後に揺する。

 

「フォルティス殿!! お気を確かに!! 私です!! ラファエル・フォルリ-です!! 公都防衛師団、到着しました!!」

 

 ラファエルの声に、近衛騎士フォルティス・ブランデルの瞳にわずかに光が戻る。

「ラ、ラファエル、殿……」

 その瞬間フォルティスは全身の力が抜け、崩れそうになったのをラファエルが慌てて受け止めた。

「ラファエル殿……。お、王宮内にも敵が……。陛下とフロリア様も、中に……」

「わかっています。お任せ下さい。全て打ち倒します!」

 ラファエルはフォルティスの意識徐々に遠のいていくのを感じた。

「それと、こ、近衛の救助を、お願いした、い……」

 フォルティスの言葉にラファエルは周りを見渡す。

「……お任せ、下さい」

 ラファエルは、そう言うしか無かった。フォルティスはそのまま意識を失うと、ラファエルはフォルティスを近くにいた騎士たちに託した。

 再度周りを見渡したラファエルは、倒れている近衛騎士達が誰一人として剣の鞘を身に着けていないことに気付くと、その覚悟を知った。

「おのれ、セシル兵どもが……」

 ラファエルは湧き上がる怒りに震える。

 そして、剣を地面から引き抜くと高く掲げた。正面にある王宮からは未だ剣戟の音が聞こえ、中では激しい戦闘が続いていることが伺い知れた。

 

「行くぞっ!! 第四大隊は我に続け! 王宮内のセシル兵ども殲滅し、王宮を奪還する!!」

 

『おおおっ!!』

 ラファエルは第四大隊を率い、王宮内へと突入した。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 ―― バシッ ――

 

「――敵の侵攻が、止んだ?」

 クラウスはウォルトを狙うアサシンの一人を切り倒すと、未だ謁見の間には十名程のセシル兵やアサシン達がいたが、しばらく前から新たな敵が謁見の間に入ってきていないことに気づく。後ろでは足に傷を負ったウォルトが片膝を付きつつも、更に後ろで横たわるフロリアを守るように剣を構えていた。ルナもウォルトのすぐ横で剣を持ち、目から涙を流しながらも謁見の間の扉を睨み、新たな敵に備えていた。

 そして、謁見の間に残っていたセシル兵達も徐々に倒されていき、最後の一人が倒されると奇妙な静けさが訪れ、その場に残る近衛騎士達も顔を見合わせた。

「何が、起こった?」

 クラウスは状況がわからず、耳をすますと階下からは未だ剣戟の音が聞こえていたが、その音は何か先ほどまでとは違う雰囲気を感じられた。

 その時、階下から近衛騎士の一人が謁見の間へと駆け込んでくると片膝を付いたままのウォルトの前に走りより、自らも膝を付いた。

 

「ほ、報告します!! 公都防衛師団が到着しました。正門にいたセシル王国軍が王都の外まで撤退。現在は王宮内に残る敵と公都防衛師団の大隊が交戦しています!!」

 

「何っ? 本当か!?」

「は、はい」

 ウォルトは安堵すると共に、手に持っていた剣を落とした。

 

『おおおおおっ!!』

 

 そして、王宮に共に残り謁見の間でウォルトやフロリアの側にいた侍従や文官達も、フロリアの死の悲しみもあったが、それでも手を取り合って喜び合い謁見の間は一時の歓喜に満ちた。

 

 三人を除いては。

 

 一人は報告に来た近衛騎士。未だ報告すべきことが残っているのか、膝を付いたまま顔を上げず、歓喜の声が収まるのをまっているようだった。そして、もう二人はその近衛の態度に気づいているクラウスとルナだった。

 しかし、クラウスはその近衛に対し報告を促すことが出来ずに拳を固く握る。ルナは、そんなクラウスの態度に考えたくない不安が頭をよぎり足が震え始めていた。

 しばらくすると、その三人の姿に気づいたウォルトはクラウスが言葉に出来ずにいたことを口にする。

「正門の、近衛騎士達はどうなった?」

 ウォルトの言葉にルナは全身が硬直した。そして、報告に来た近衛騎士がゆっくりと口を開く。

 

「はっ……。正門の守りについていた近衛百五十名中……百三十余名が……討ち死に……。残る者も重症を負い公都防衛師団の手当を受けています」

 

「――なっ」

「そん、な……」

 それは正門の近衛騎士達の全滅ともいえる状況を伝えるものだった。その報告にウォルトとルナは言葉を失い、ルナはその場に座り込んだ。

 クラウスの握りしめた拳からは血が滴り落ちる。

「フォルティスはどうなった!!」

 ウォルトは傷を負った足を抑えながらも立ち上がると、報告した近衛に詰め寄る。その声に歓喜に満ちていた謁見の間が静まり返った。

「団長は……、最後まで正門を守っておられましたが、全身に傷を負い、意識がなく、今は手当てを……」

 最後は聞き取れなかった。

 ウォルトはその近衛を押しのけるとフォルティスの元へと走ろうとするが、傷を負った足がうまく動かずに倒れこむ。ルナはそんなウォルトに肩を貸すと、共にフォルティスの元へと急いだ。

「参謀長……」

 近衛がしぼり出すような声を上げる。しかし、クラウスは何も言えない。ウォルトが移動しフォルティスがいない今、本来であればクラウスがウォルトの側にいなければならないが、クラウスは衝撃ためか動けずにいた。

「なんという、ことだ……」

 クラウスが率いた王宮内部の近衛騎士達も半数以上が討たれており、開戦当初は二百名以上いた近衛騎士達の三分の二以上が戦死したことになる。

 

 それは、王宮の近衛騎士団が壊滅したとも言える状態だった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 謁見の間を出たウォルトとルナは王宮の一階まで下りると、未だ逃げ遅れた少数のセシル兵と王国騎士達が戦いを繰り広げている一階の広間をくぐり抜け、王宮の外の公都防衛師団が張った救護用の大きなテントの中へと入っていった。

「フォルティスッ!!」

「フォルティス様!!」

 テントの中に作られた簡易的なベッドの大半は近衛騎士達で埋まっており、その中にフォルティスの姿があった。

 ウォルトとルナはフォルティスに駆け寄ると、その両腕をウォルトが掴む。

「フォルティス、大丈夫か?」

「陛下、おやめ下さい。今は安静が必要です!」

 フォルティスの隣にいた師団付きの薬草士が、慌ててウォルトをフォルティスから引き離す。

「フォルティスは無事なのか?」

「全身に深手を負い、出血による体力の消耗が激しく回復魔法をかけることが出来ません。薬草を使用して止血を行いましたが、今は予断を許さない状態です」

 薬草士の説明を受けたウォルトはもう一度フォルティスを見ると、その顔は青白くとても生きているようには見えなかった。

「フォルティス、すまぬ……」

「フォルティス様……死なないで下さい……。大地母神マテル様、どうかフォルティス様を……」

 ルナはフォルティスの手を握り締めると、一心に祈りを捧げた。

 

「陛下、ご無事でなによりです。遅くなり、申し訳ありません……」

 ふいに掛けられた後ろからの声にウォルトが振り向くと、そこにはラファエルがいた。

「――ラファエル」

「フォルティス殿はほとんど意識が無い状態にも関わらず、我々が到着するまで王宮の正面でセシル王国軍の侵攻を止めておられました。国家防衛は本来我らが役目。我々がもっと早く到着していれば近衛騎士団をこのような目には……。申し訳、ありません」

 ラファエルは謝罪するように膝を付いた。

「いや、フォルティスも、フロリアも、私が追い込んだのだ……」

「――陛下?」

 ラファエルからはウォルトの背中しか見えなかったが、その両肩は怒りか悲しみで震えている。

「ラファエル! セシル王国軍はどうしている?」

「はっ。王宮内はもうじき掃討が完了します。正門前にいた大多数のセシル王国軍は王都の外まで後退させ、現在は我らの第一大隊から第三大隊が対峙しています。しかし、セシル王国軍の士気はすでに低く再度王宮への侵攻を試みるつもりはないように見受けられます。今は撤退準備をしているかと」

「セシル王国軍が撤退を始めたら深追いはしなくていい……」

 ウォルトの絞り出した声は強い怒りのために震えている。本心を言えば近衛騎士団、そして何よりフロリアの仇であるセシル王国軍を討伐したいが、今はセシル王国軍に固執するわけにはいかなかった。北方では未だ帝国軍と王国騎士団が激しい戦いを繰り広げている。

「撤退を始めたら一大隊に後を追わせダルリアとセシル王国との国境を超えるのを見届けさせよ。そして一大隊は王宮で待機、残り二大隊で前線に向かいルーク達を支援せよ!」

「へ、陛下。しかし、我らは陛下の命だけでは……」

「オルコット卿、サビオ卿、リウス卿、そしてアウロの信任を取り付けておる。それで問題無いはずだ!」

「――かしこまりました。王宮の安全確保が出来次第行動に移します」

 ラファエルはテントを出た。

 ウォルトもフォルティスを薬草士とルナに託すと王宮へと戻っていった。


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