第二話 近衛騎士団 後編
待機部屋、そして王宮を出たボストは王都ルキアの東側にある王国騎士団の大砦クラウストルムまで出向き、王宮の正門に優るとも劣らない門の前にいた門番に伝言を伝えると、大通りから一本西側に入った通りにある馴染みの酒場へと入った。
そこは小さな円卓が3つと、数席のカウンター席からなる小さな酒場だったが、店主との付き合いも長く、また三騎士として名の通ったボストにとっては王都では静かに飲める唯一の場所だった。
既に閉店近くになっていることもあり、店内の客はまばらだったことと、店の広さの割に天井に据え付けられている灯り用の魔石の数が少ないため若干薄暗いこともあり、店主以外に気付く者はいなかった。
「ボスト」
一番奥にある円卓でボストはブロウディと呼ばれる熟成された穀物の蒸留酒を肴も無く飲んでいると、卓の開いた席に断りも無く一人の男が座る。
「おお、ルーク。久しいな。遅かったではないか」
ボストは男を握手で迎えると男も応じた。座った男は王国騎士団の団長ルーク・アステイオンであり、ボストと同年代で金色の髪を雑に後ろに流し、少しつり上がった目の鋭い眼光の持ち主である。二人共職務中はそれぞれの鎧を来ているが、今は布で出来た楽な服装をしていた。
王国騎士団とは、王家の防衛を任務として近衛騎士団とは違い、国家国土の防衛を主任務としている騎士団である。
「俺とて遊んでいるわけじゃないんだ。急に呼ばれてもすぐに出てこれるわけがなかろう。前もって連絡すればよいものを」
「わはは。すまん、すまん。本当は今日には公都に帰る予定だったのだが、大公殿下が数日王宮に留まることになっての。久々にどうかと思ってな。最近は忙しいようじゃの」
「ああ、今年は瘴獣が多い。王都の周りにも現れているからな」
瘴獣とは動物の死骸に瘴気が取り憑き異形の生物と化したものを言い、災害の一種である。凶暴で力が強く人が襲われることも多い。ダルリア王国の王国騎士団はこの瘴獣退治も任務としている。
「ドック! 俺にもブロウディの水割りをくれ。それと適当に肴を頼む」
「へい!」
ドックとは酒場の店主の名である。ルークは酒が運ばれてくるとボストと軽くグラスを合わせた。
ボストとルークは若かりし頃から交流があり、共に王国騎士団入りを目指して研鑽を積んできた仲だった。ボストは王国騎士団に志願する前に王国にとっての王家の重要性を感じ、最終的には王国騎士団では無く近衛騎士団に志願したが、その交流は今も変わらない。
「一年振りか? ダレン殿の葬儀以来な気がするが」
「そうじゃの。そうか、もうそんなになるか」
ダレンとはフォルティスの前の近衛騎士団長ダレン・ヴィスタ・バサルトである。年齢により近衛騎士団を勇退した後すぐに病に倒れ、その数ヶ月後に亡くなっていた。
「しかし、どうしたのだ。元老会議があることは知っていたが、いつも終わるとすぐに帰路についていただろう? 何かあったのか?」
「何かというわけではない。大公殿下が五日後の同盟の儀の立会人を陛下に頼まれたのよ。それでそれまでは王宮に留まることになった」
「セシル王国との同盟か」
ルークは運ばれてきたチーズの盛り合わせをつまむ。ボストは酒を飲んでいるときはあまり食べ物には手を付けなかった。
「うむ。お主もこれから忙しくなるの」
「……ということは、やはり軍事同盟だといううわさは本当なのか?」
ルークはボストに顔を寄せ、周りを伺いながら小声で聞く。
「そのようじゃの。大公殿下の元に送られた同盟文書を見たが、明言こそされていなかったがその内容は軍事的な色合いが強い」
「めんどうなことだ」
「わはは。同盟が成立すれば共同演習や軍事交流など、お主も相当駆り出されるじゃろうの」
ボストは笑いながら手元の酒を飲み干すと、ドックにグラスを振って追加を頼む。
「そういう政治的なことは性に合わん。生涯一騎士を自任しているんだがな」
「お主が根っからの武人で政治事が嫌いなことはよくわかるが、団長にまで登りつめたからには仕方が無いじゃろう。その点わしは副団長止まりだから気楽なもんだ」
ボストは運ばれてきた酒を軽くあおる。
「陛下からの団長の打診を断っておいて何を言うか。本来であればお主も今頃は近衛騎士団の団長であったろうに。そういえば詳しくは聞いていなかったが、何で断ったのだ?」
ルークは今度はサラダを口に運んだ。
「わしはダレン殿と同世代の者だ。入団も五年と変わらん。そんなわしが後を継いでも仕方あるまい。仮にわしが継げばまた数年で団長を交代しなければならなくなる。そんな頻繁に団長が変わっていては団の忠誠心も士気も維持出来まい。老兵はおとなくし若手の成長を見守ることも必要じゃろう」
ボストは他にいた最後の客が酒場を出ていくのを横目で捉えた。
「同世代の俺の前で言うことじゃないな。俺はまだ老兵のつもりはないぞ。まあ、俺は十年前に団長の座を継いだが、確かに今団長を継げと言われたら考えるかもしれんがな。しかし、だからフォルティス・ブランデルを? 確かに王家との関係は深く、腕も立つと聞いたが正直驚いたぞ。元老ブランデル家の当主であるフォルティスが近衛騎士をやっているだけでも信じ難い上に、あの若さで団長になるとは」
「元老家の地位は大分前に放棄していたようじゃ。それにの、縁が深いというだけで推薦したわけではない。天性の指揮権者としての才、人を引き付ける力、決断力、そして何より純粋に王家を守ろうとする心を持っておる。いずれはわしなどよりも立派に団長を務めるだろう」
ボストはめずらしくチーズに手を伸ばすと、一切れ頬張った。
「ふっ、めったに人のことなど褒めんお主がそこまで言うか。まあ、お主が言うのであればそうなのだろう。しかし、あやつが入団した当時は悪ガキだと散々愚痴っておったのにえらく持ち上げたもんだな」
ルークも酒の追加を頼む。既に店を閉める準備をしていたドックは慌てて応対すると、急ぎ酒を作り始めた。ボストとルークが閉店後までいることはめずらしく無い。
「わっはっは。そうじゃの、あやつとクラウスの入団当時は本当に手を焼かされたわい。クラウスは昔からまじめな男じゃったが、フォルティスに振り回されておったの。魔法の講義なんぞ出てくるほうがめずらしかったからの」
ボストはまたもグラスを空けると、ドックに向かってグラスを振る。
「おい、ドック。かわりだ。それと、店を閉めたのならお主もこっちに来て一緒に飲め」
「へい。いいんですかい? そいつぁ、ありがてぇ」
ドックはボストと自分の酒、そして奥から肉の腸詰めを皿に乗せるとボストの正面に座った。
「マウトサントの腸詰めでさ。少量しか手に入らなかったんでメニューには載せていませんが、なかなかいけますぜ」
ボストとルークは共に腸詰めを一本取り頬ばる。
「ほお、かなり強く香辛料が効いているな。少し辛いが悪くない」
「こりゃあ酒の進む肴じゃの」
ボストは腸詰めをかじっては、酒を飲んでいる。
「でしょう。好物なんでこの時期にはいつも取り寄せているんでさ」
「最近はどうだ? 儲かっているのか? 魔石を見る限りそうでも無さそうだが」
ルークは天井の弱々しく光る魔石を視線を向ける。
魔石とは、瘴獣を倒すと取り憑いていた瘴気が結晶化したもと言われ、魔力を吸収する性質を持つ輝石に魔力を込めた石であり、店の天井で光を放っているのは光の魔法が込められた魔石である。それが街の魔石屋と呼ばれる店で売られれており、王都の民はそれを購入して灯りの代わりとするが、魔石は魔力を込めなおせば繰り返し使えるが、それでも寿命があり古くなると魔力の吸収量が下がり光の魔石であれば放つ光が弱くなる傾向があった。そのため定期的に買い替えが必要になる。
ドックはそれを見ると苦笑いしながらぱたぱたと手を振った。
「去年大通りにリストランテとかいう小洒落た食堂が出来たでしょう。それ以来、若い客がどんどんそっちに流れちまって激減でさぁ。ルーク様はたまに騎士の方々を連れて来てくださるが、ボスト様が大公宮に移動されてからは近衛の方々はとんと来られなくなってしまいましたよ」
「はっはっは、近衛は貴族出身者が多いからな。こういう店は性に合わないんだろうよ。俺やボストみたいに庶民の出は洒落た食堂で葡萄酒の年代を語るより、こういう古くて汚い店でブロウディをあおるほうが性に合ってる」
近衛騎士団には王家を守るという性質上、貴族出身者が数多く在籍している。しかし、危険職であるため家の跡取りではなく参謀長のクラウスのように次兄以下であることがほとんどである。フォルティスのように跡取りどころか当主本人が近衛騎士となっている者はフォルティス以外にはいなく、かなりの異例である。
「汚いとはひでぇや。古くて味があると言って欲しいものですな」
「ものは言いようじゃの」
三人は声を出して笑った。ボストとルークはドックの父親がこの店を切り盛りしていた頃から通っており、ドックとも二十年以上の付き合いだった。
「リストランテか、そういえばルナが行きたがっておったの」
「ルナ? ああ、新しく近衛に入団したあの娘か。今日、砦に輝石を取りに来ていたな。うちの若い奴らが色めきだって無駄に王宮まで運ぶのを手伝っていたぞ」
「おいおい、統制が緩んでおるのではないか?」
「馬鹿を言うな。色恋沙汰に統制などきくものか。まあ、スタインが呼び出して説教していたがな」
ルークがグラスを空けると、ドックは酒を作りにグラスを持って一度下がった。
「将来はレニス様の護衛か?」
「うむ。陛下はそのつもりのようじゃの。本人もまじめで早く叙任を受けられるように日々研鑽を積んでおるようじゃ。剣の才能も相当なものだと聞いておる」
ドックはルークの酒とすぐに空くであろうボストの酒のかわりを持って戻り、同じ椅子に座った。
「ルナ嬢ってぇと、王宮で暮らしていたあの娘さんですかい?」
「うむ。相変わらずよく知っておるの」
「こんな商売をやってるとね、いろいろ話は入ってきますよ。私自身もたまに見かけてましたしね」
戦争により孤児となっていたルナは、事情により幼少の頃から王宮で暮らしていた。そして、フォルティスも幼少の頃に両親を亡くして以降は王宮で暮らしており、年齢は離れていたがルナやレニス、クリシス両王女とは兄妹のように育っていた。
フォルティスは元老家の出身のため、王宮で暮らしていることは民にも公にされていたが、ルナは庶民の出ということもあり王宮で暮らしていることはあまり公にはされていなかった。それでもフォルティスと共に王都を歩いている姿が見られていたり、クリシスと共に王都を歩いている姿が見られたりしていたため、半ば公然の秘密となっていた。
王宮から正式な発表が無いにも関わらず、それでもそれが国民の間で受け入れられていたのは、この国での王家に対する信頼の高さともいえる。
「ルナ嬢はおいくつなんで?」
「十八になったはずじゃの」
「十八ですか。うちの馬鹿息子の嫁にちょうどいいな」
「親が自分で馬鹿という息子を押し付けるな。そんなことをすると兄馬鹿が乗り込んでくるぞ」
「わっはっは。うちの若い奴らにも注意しておかんといかんな」
ボストはドックが持ってきた酒を勝手に取ると笑いを堪えながら軽くあおったが、結局少し吹き出してしまった。ドックはそれを拭きながら話題を変える。
「そういや、今度セシル王国の王様が来るんでしょ? セシル王国のことはよく知りませんが、交易商の知人が交易相手が増えると喜んでましたぜ」
「うむ。長居はせんようじゃがの。しかし、すぐにはそういったことにはならんじゃろう」
「そうなんですかい? 知人はもう品目を調べ始めてましたぜ」
「まあ、いずれはなるだろうから無駄にはならん」
ボストは曖昧に返事をした。さすがに同盟が軍事目的であることは話すことは出来なかった。ドックも長年の付き合いからか、ボストが話そうとしないことは無理に追求しない。
「お、もう大分遅い時間になってしまったな」
ルークは壁に掛けられた時計に目を向けると、時計の針は既に日の変わり目に差し掛かろうとしていた。
「本当じゃの。最近は夜が遅いと次の日に堪える。歳かの」
「ブロウディを割らずにそのまま飲んでる人の言葉じゃありませんぜ」
グラスに残った酒を一気に飲み干したボストを見てドックは笑った。ブロウディは非常に強い酒であり、本来は水などで割って飲むのが一般的だがボストはいつもそのまま飲んでいた。
「さて帰るかの」
ボストは卓の上にドックの酒の分を含めてもかなり多めの金を置くと、ルークと共に立ち上がった。
「こいつはいつもすみません」
ドックは支払いを受け取ると、店の出口まで二人を送った。
「今度は若い者でも連れてまた来る」
「是非、よろしくお願いします」
「わしも数日王宮におるからまた来よう」
「へい、お待ちしています。それではお気をつけて」
ボストとルークはドックの酒場を出ると、互いに砦と王宮に向けて帰っていった。