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近衛戦記  作者: 島隼
第五章 二つの戦場
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第六話 フロリアの愛

 セシル王国軍が王宮に攻め入ってから半日近くが経ったころ、正門、王宮内では激しい攻防が続いていた。既に王宮内にも相当なセシル兵と帝国のアサシンが侵入しており、近衛騎士団が必死の防戦を行っている。

 セシル兵は王宮内でも容赦なく魔法を使っているため王宮の窓は割れ、敷かれた絨毯は燃え上がり、その煙は王宮の外まで達していた。

 そして、その中でも激しい戦闘が繰り広げられているのが、国王ウォルトと王妃フロリアのいる謁見の間と王宮に避難した民のいる食堂である。

 それでも食堂を攻めているセシル兵の目標は避難している民達を人質とすることであり、攻撃対象を護衛している近衛騎士団としているため、むしろ戦い易かったが謁見の間では状況が違っていた。

 謁見の間を攻撃しているセシル兵とアサシンの目標は王族であるウォルトとフロリアの抹殺であり、護衛している近衛騎士達を障害物としか見ていない。近衛騎士を倒すことを目的としていないため、ウォルト、フロリアを狙うセシル兵やアサシンを自ら迎えに行く戦いを強いられており苦戦していた。

 既に謁見の間に組まれていた近衛騎士の陣は崩され乱戦状態になっており、クラウスはウォルトを狙う三人のアサシンを相手にし、ウォルトまでもが自ら剣を抜きセシル兵の一人と対峙している状況だった。

 

 ウォルトは剣を片手に持つと相手のセシル兵に切っ先を向けその目を真っ直ぐに睨む。セシル兵はその睨みとウォルトから発せられる王の威厳、そして他国の王をその手に懸けるという重圧からか、額には汗がにじみ出ていた。

 クラウスは必死にそのセシル兵とウォルトの間に入ろうと試みるが、隙あらばウォルトを殺そうとするアサシン達の対応で手一杯だった。そして、アサシン達はセシル兵とは違いウォルトを殺すことに微塵の躊躇いも見せない。

「どけっ!」

 クラウスは掛け声と共に剣を振り下ろすと一人のアサシンを持っていたダガーもろとも切り捨てる。しかし、まだ二人が近くにおり、その上アサシンは仲間が切られても助ける素振りも見せず、未だクラウスの剣が切ったアサシンの体に食い込んでいる隙にクラウスの脇を抜けウォルトへの接近を試みる。

「ちぃ!」

 クラウスは自ら剣を離すと、横を通り抜けようとしたアサシンの首を掴み、投げをうつように地面に叩きつけた。叩きつけられたアサシンは、それでも表情を変えることなく一度後ろに下がると再度対峙する。アサシンが後ろに下がったと同時にクラウスは剣を先に斬ったアサシンから抜き取った。

「くそ……」

 クラウスの表情に焦り色が浮かぶ。

 その間もウォルトとセシル兵の対峙したままだった。対峙しているセシル兵も攻めあぐねており、ウォルトも自らは仕掛けず緊迫した間合いの中、二人の緊張は続いていた。

 

 

「きゃあっ!」

 

 

 突然、フロリアの悲鳴が上がる。

 ウォルトがそれに気を取られると、それを合図とばかりにセシル兵がウォルトに切りかかった。

「くっ!」

 ウォルトはそれを自らの剣で受け止めると短く呻く。ウォルトは視線だけで悲鳴の聞こえた謁見の間の奥の角を見ると言葉を失った。

 フロリアの護衛についていた近衛騎士が倒されており、その側にはアサシンが立っていた。そして、フロリアはアサシンに殴られたのか、フロリアを守るために近衛騎士に突き飛ばされたのかはわからないが、部屋の角のあたりに叩きつけられたように倒れており、気絶こそしてはいなかったが口元から血が流れ出ていた。

 そして、フロリアとアサシンの間にはルナが立っていた。

「ルナ、……どきなさい」

 フロリアの言葉にもルナは答えず、何とかフロリアを守ろうとアサシンとの間に入ったが、その表情には恐怖の色が浮かび足はすでに震えていた。

「くそっ、なんてことだ……」

 クラウスが呻く。しかし、クラウスもその場を動けない。フロリアの助けに入りたいがウォルトを狙う二人のアサシンと対峙しており、その場を動くわけにはいかない。ウォルト自身もセシル兵と剣を交えており動くことが出来なかった。

「誰か……」

 クラウスは周りを見回したが、既に大半がセシル兵もしくはアサシンと剣を交えており手の空いている者などいなかった。

 

 フロリアを狙うアサシンは、その間に入りそれを阻止しようとするルナに狙いを定める。そして、アサシンが様子を見るように繰り出すダガーによる攻撃をルナは必死に捌いていた。

 しかし、そのルナの動きを見たアサシンはその表情に笑みを浮かべる。

「お前も……近衛騎士なのか?」

 見下したような視線をルナに送るが、それに答える余裕などルナにはなかった。

 ルナは決して弱くはない。剣技こそまだ未熟なれど、その速度と反射神経には目を見張るものがある。しかし、心が恐怖に支配された今、まともに動くことは出来ていなかった。

「う、う……」

 その間も繰り出されるアサシンの攻撃を呻きながらもなんとか防ぎ続けると、アサシンは一度その手を止める。

「雑魚が……、お前から死ぬがいい」

 アサシンはダガーを振り上げるとルナが切りつけてきた剣を容易くかわし、その胸を目掛けて一気に突いた。

 

 

「――え?」

 

 

 瞬間的に目を閉じたルナは、再度目を開くとその目に美しい青い髪が映った。長く、青く、ゆるやかに波を打つ見慣れた髪だ。

 その髪がルナに覆い被さってくる。ルナは反射的にそれを受け止めた。

「か、母様?」

 事態が飲み込めない。ルナは青い髪、フロリアを抱えたまま膝を付いた。目の前ではアサシンが血に染まるダガーを握っていたが、その脇腹には近衛騎士の剣が深々と刺さっておりそのまま横に倒れた。

「――え?」

 目を閉じたほんの一瞬の間に起こったことがルナにはわからず呆然とする。フロリアを抱える自分の手を見ると、その手は血で赤く染まっていた。

 その瞬間、ルナは事態を理解した。

 

 

「いやあぁぁぁぁぁぁぁ! な、なんで……」

 

 

 ルナはフロリアを抱えなおすと胸の辺りは血にまみれており、呼吸はか細く今にも途切れそうだった。それでもフロリアはルナに優しく微笑む。

「なぜ……どうして……」

 ルナの目は涙に溢れている。

 

 

「フロリアッッ!!」

 

 

 ウォルトが叫ぶ。

 クラウスはウォルトと対峙しているセシル兵の髪を後ろから掴むとそのまま後頭部を玉座へと叩き付けた。同時にウォルトがフロリアの元へ走り、クラウスもそれに続く。

 ウォルトはルナに抱かれていたフロリアを自ら抱え直す。クラウスは自らの剣をアサシンから引き抜くと、ウォルト達に背を向け状況を見て集まってきたセシル兵達を威圧した。

 あの瞬間、クラウスは対峙していたアサシン達を切り倒すと同時に、自分の剣をルナを狙うアサシンに向けて投げた。しかし、それは寸での差で間に合わず、ルナを守ろうとアサシンとの間に入ったフロリアにダガーが刺さるのを阻止することは出来なかった。

「フロリアッ! しっかりしろ!」

「母様……」

「くっ、回復魔法だ!」

 クラウスは事態を察してセシル兵達をかいくぐり走り寄ってきた魔法騎士に指示すると、魔法騎士がフロリアの傷口を確認する。しかし、クラウスに視線を送ると首を横に振った。

 ダガーによる刺し傷が背中まで貫通している上に出血がひどく、とても回復魔法に耐えられる状態では無かった。

「……くそ」

 クラウスは悔しさのあまり歯噛みしたが、それでも追い打ちをかけるために容赦無く襲い掛かってくるセシル兵とアサシンに対応しなければならなかった。

 

「母様……」

 涙が流れるルナの頬をフロリアは優しく撫でた。

「何故……、私を……。私が、守らなければ、ならないのに……」

「親……が、子を守るのは……当然、ですよ……」

 ルナはフロリアの手を強く握り締める。

「そんな、私は……」

「あなたも、私の、大事な子です……」

 フロリアはルナに優しく微笑むとルナの手を弱々しく握り返し、ウォルトに視線を移した。

「陛下。申し訳、ありません……。私が、お供出来るのは、ここまでのよう……です」

「フロリアッ! 喋らなくていい! しっかりするんだ」

 フロリアの顔からは徐々の血の気が引いていき、呼吸が浅くなるのが感じ取れた。

「陛下、娘たちを、お願い……します。……陛下と共に、過ごせた日々、幸せでし……た」

 ルナの手からフロリアの手がこぼれ落ちた。

「……え?」

「フロリア! フロリアァァァッ!!」

 しかし、フロリアが二度とウォルトの声に応えることは無かった。

「母様! 母様!!」

 ルナは血に染まるフロリアの胸に顔を埋めると、叫んだ。

「なんて、ことだ。……フォルティス、すまない」

 フロリアの命が消えゆくのを背中に感じたクラウスは、唇を噛んだ。フォルティスに託されたフロリアを守りきれなかった自分自身に怒りが込み上げる。そして、

「おおおおおおおおおっっ!!」

 クラウスが吠えた。

 怒気とも殺気とも思えるクラウスの放った気配に謁見の間にいた全員の動きを止める。

「ルナッ! 悲しんでいる暇は無い! 己の使命を忘れるな!」

 クラウスの叱責にルナは顔を上げると、既に握り返すことの無いフロリアの手を取り祈る。

「母様。……ごめんなさい。私は近衛騎士として、陛下を、レニスとクリシスを守ります。母様は、賛成しないかもしれないけど、母様に守っていただいたこの命で、皆を守ります。どうか、見守っていて下さい」

 ルナはフロリアを未だ悲しみにくれるウォルトに託し、剣を拾うとクラウスの横に立った。

 その目には恐怖は無く、ただ硬い決意が感じられた。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「ちっ!」

 王宮を見上げていたフォルティスを後ろから足音を殺して近づいたアサシンが切りかかる。フォルティスはそれを剣で弾くとそのまま相手の肩口に剣を振り下ろし切り捨てた。しかし、疲労と出血からか目眩を感じ、そのまま片膝を付いてしまう。既に自分の剣すらも重く感じられていた。

「くそ……」

 しかし、セシル兵の攻撃が止むことはない。すぐに他のセシル兵が近づくと今度は槍でフォルティスを突いてきた。

「次から次へとっ」

 フォルティスは膝を付いたまま剣を構えなおし槍を迎え撃とうとするが、その直前に横から走り寄った近衛騎士がセシル兵の腹部を剣で突き刺した。

「グレン……」

 グレンは突き刺した剣をセシル兵から抜くと、剣を地面に突き刺しフォルティスが起き上がるのに手を貸した。グレンの表情にも疲労が色濃く見え、さらに右腕は魔法攻撃を受けたのか酷く焼けただれており動く気配が無い。

「その腕は?」

「油断しました。ですが、心配には及びません。セシル兵ごとき片腕あれば十分です」

 ただれた腕を見ながらグレンは強がったが、それは同時に右腕が動かないことも意味していた。

「そうか……」

 フォルティスは正門の外にいるセシル王国軍に目を向ける。

「セシル王国軍の状況は?」

「内と外の分断策が功を奏したのか、どうやら攻めあぐねているようです」

 フォルティスは王宮から報告のために外に戻ろうとするセシル兵を優先的に攻撃させていた。そのため、セシル王国軍は王宮内に相当数を侵入させているにも関わらず、中の状況が分からず現状の打開策を打ち出せずに単調な攻撃を続けていた。

「攻撃が鈍れば十分だ」

 フォルティスは周りを見回すと、近衛騎士団による激しい戦闘が続いていており、地面にはセシル兵と近衛騎士達が屍が累々と横たわっていた。フォルティスは横たわっている近衛騎士を見つめると胸を押さえた。

(……すまない。だが、お前たちの死は絶対に無駄にしない。最後まで見守っていてくれ)

「グレン、必ず守り切るぞ」

「無論です!」

 グレンはセシル兵へと向けて走りだした。

 そして、フォルティスは再度王宮を見上げると、自らもセシル兵に向けて走った。

 

 先ほど、王宮内から聞こえてきたウォルトがフロリアの名を叫ぶ声に不安を感じながら。

 

 

 第五章 二つの戦場 完

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