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近衛戦記  作者: 島隼
第五章 二つの戦場
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第四話 最後の防衛線 後編

 ――― ガキィン ―――

 

 セシル兵の槍での突きを横にかわしたフォルティスの脇腹を別の兵が剣で薙ぎに来る。フォルティスはそれを剣で受け止め先にかわした槍を腕で抱えると、持ち手ごと後ろに突き飛ばし、剣を持つ兵士を殴り飛ばした。

「ハァ……ハァ……」

 フォルティスを強敵とみなしたセシル兵は常に複数人で攻撃にあたり、フォルティスは常に三、四人を相手にしている状態だった。

 正門から一度に進入出来る人数が限られることと、弓と魔法による牽制の効果もあり、セシル王国軍の侵攻をなんとか防いでいたが、それでも開戦から一刻程過ぎた今はかなりの人数が正門を潜り、近衛騎士団が当初構えていた陣形は早くも崩され乱戦状態となっていた。

 正門の近辺は敵味方の矢が乱れ飛び、火の魔法が王宮の中庭を燃やし、風の魔法がより一層炎を舞い上がらせた。近衛騎士団の魔法騎士達は火の魔法が王宮に直撃しないよう必死に迎撃していたが、それで手一杯であり中庭にいる近衛騎士達にまでは手が回らず、魔法による被害は拡大していた。

 また、セシル王国軍の中にはセシル兵に混じり、帝国のアサシンと思われる者達がおり、時折現れるそれらの手練に苦戦を強いられた。

 

 ――― キィン ドゥッ ―――

 

「しまった!」

 セシル兵と剣を打ち合わせていた一人の近衛騎士に対し、他のセシル兵が肩で体当たりを食らわせ、近衛騎士がバランスを崩した隙を付いて、最初に剣を合わせていたセシル兵がそのまま王宮へ侵入するために走り始めた。

 体当たりされた近衛騎士は慌ててそのセシル兵を追おうとしたが、それをフォルティスが手で制す。

「後ろに逸らした者は追わなくていい! セシル王国軍の本隊侵攻阻止に全力を注げ! ――王宮内は、クラウスがやる!!」

「は、はっ!」

 フォルティスの言葉に近衛騎士は立ち止まると、正門側に向き直りまた数名のセシル兵と剣を合わせた。

(クラウス、頼むぞ……)

「グレンッ!!」

 フォルティスはセシル側から放たれた矢を剣で弾きながら、近くにいたグレンを呼ぶ。

「はっ!」

 その声にグレンはセシル兵と交戦しながらも応えた。

「小隊を編成し、負傷者を救護させろ!! 重傷者は王宮内に後送し、軽症の者は魔法で治療後に戦線復帰だ!!」

 周りを見ると既に傷を負っている者も数多く、動けなくなっている者も見受けられる。フォルティス自身も敵の矢で左の肩口を負傷し、左腕は血に染まっていた。

「わかりました!!」

 グレンは交戦していたセシル兵を切り倒すと、急ぎ小隊編成のために走る。

(くそっ……)

 セシル兵の被害は近衛騎士団の数倍以上に見えたが、それでも間を空けずに無限に続くとも思えるセシル王国軍の猛攻の前に確実に押され始めていた。

 フォルティスはさらに二人のセシル兵を倒し、周囲に敵がいなくなったことを確認すると仲間を支援するために周りを見渡した。

 

 ――― ドスッ ―――

 

 その瞬間、フォルティスの正面の少し離れた場所で、一人の魔法騎士が腹部を槍で貫かれる。さらに、周りにいたセシル兵二人がとどめとばかりに両脇から剣を突き立てた。

「ちぃっ」

 フォルティスはなんとか助け出すために走り寄ろうとしたが、その魔法騎士に魔力の集中を感じ足を止めた。

「よせっ!!」

 不吉な予感を感じたフォルティスの制止も聞かず、魔法騎士は己を貫いているセシル兵達を両手で掴み抱え込むと、その場で自分自身に火の魔法を放ち、捕まえていたセシル兵を自身もろとも炎に包むとセシル兵の断末魔が響き渡った。

「なっ……」

 フォルティスはそれを呆然と見つめる。

(なんてことを……。くそっ、俺は、ただ皆を追い込んでいるだけなのか――)

 しかし、フォルティスには考え込んでいる暇など無かった。

 立ち尽くすフォルティスに今度は複数の矢が飛来する。フォルティスはその風切り音に我に返ると、急ぎかわし、かわし切れない矢は剣で叩き落とした。しかし、その内の一本が足の鎧の隙間から太腿に刺さり膝を付く。

「くっ……」

 それを好機と見たのか、周りにいた二人のセシル兵がフォルティスを仕留めようと駆け寄ってくるが、フォルティスは近くにあったセシル兵の物と思われる槍を拾い上げると、そのまま向かってくるセシル兵の一人に投げつけた。槍はセシル兵の腹部を貫き、セシル兵はその場に倒れ付す。

 そして、その隙に切り掛かってきたもう一人のセシル兵の剣を自らの剣で強く弾き、バランスを崩したセシル兵の胸部を剣で貫いた。

 フォルティスは立ち上がると、その状況に気づいた近衛騎士の一人が駆け寄って来たがそれを手で制する。

「団長!! 大丈夫ですか!!」

「問題無い!!」

 フォルティスは再び剣を構えると、今度は自らセシル兵に対し切り掛かっていった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「セシル兵の一部が正門を突破、王宮内に侵入しました!! 現在、一階にて交戦中!!」

 謁見の間に、報告に来た近衛騎士の声が響き渡る。

「来たか。わかった」

 クラウスは静かにそう言うと、報告に来た近衛騎士に対し隊列に加わるように促した。

 謁見の間では最奥の玉座にウォルトが座りその両側を二名の近衛騎士が付き、玉座から少し離れた場所には王妃フロリアが護衛の近衛騎士と共におり、そしてその傍らにはルナが立っていた。

 ウォルトは平静を保ち静かに状況を見守り、フロリアは戦いが始まった当初から胸の前で両手を組み祈りを捧げている。傍らのルナは、緊張と恐怖のためか傍目にも呼吸が荒くなっているのがわかった。

 しかし、それでも自分の任務を全うしようとしているのか、肩を震わせながらも剣を握り締め賢明に恐怖と戦っていた。それに気づいたフロリアは組んでいた手を解くとルナの肩に触れ、振り返ったルナに対して安心させるように優しく微笑む。

 フロリアも本心ではルナには命を狙われている自分たちの近くではなく、ここではない別な場所にいてもらいたいのだろうが、自分を必死に守ろうとしているルナに対し下がるようには言えず、苦悩していた。

 そして玉座の正面、一段下がった場所には近衛騎士団の精鋭四十名がクラウスを中心に横に隊列を成し、正面の謁見の間入り口の扉を見つめている。

「諸君!! 聞いたとおりだ!! 間も無く、この謁見の間にもやって来るだろう!! そして、正門を突破しているのは帝国のアサシン達と思われる。アサシンの実力は諸君もその身をもって理解しているだろう!! 決して油断することなく心して掛かれ!!」

 『はっ!!』

 クラウスの言葉にその場の近衛騎士達が応える。

 

 ――― バタンッ ―――

 

 すると、唐突に何の躊躇も遠慮もなく謁見の間の扉が開け放たれる。そして、二人のセシル兵が謁見の間へと飛び込んできた。しかし、格好こそセシル兵と同じものを身につけているが、その身のこなしからアサシン達であることは容易に知れた。

 クラウス達は慌てることなく、二名の近衛騎士が走り寄ると、アサシン達に切りかかりその動きを止める。クラウスを含め他の近衛騎士達は、微動だにせず隊列を乱すことは無かった。相手のアサシンが手練と見るとクラウスの指示でさらに二人の近衛騎士がアサシンに向かう。

 しかし、それと同じくして、扉よりさらに十名程のセシル兵、そしてアサシンが侵入して来る。

「ちっ」

 クラウスが小さく呻いた。大多数のセシル兵は正門で食い止められているとはいえ、それでも既に百名を超えるセシル兵が王宮内に侵入していると思われた。

「前に出るな!! 陣形を崩さず、その場で迎え撃て!!」

 クラウスの指示が飛ぶ。自分たちの後ろにウォルトとフロリアが控える状況で、乱戦になる分けにはいかなかった。

 近衛騎士達は指示通りにセシル兵を隊列の前まで引きつけると、自分達の間に隙間を作る事無く迎え撃つ。未だ謁見の間まで侵入してきたセシル兵よりも近衛騎士達の方が人数で勝っていたため、アサシン達には複数人であたり順調にセシル兵達を減らして行った。

「負傷したものは早めに治療を行え!!」

 クラウスは自らセシル兵の一人と剣を交えながらも、的確に周りの状況を見極め指示を出して行く。

 

 『おおおおおおっ!!』

 

 その時、階下の方からセシル兵のものと思われる気勢が聞こえて来た。

「なんだ?」

 階下より何者達かが駆けあがって来る音が聞こえるとクラウス達の眼前、謁見の間の扉の外に先程の倍程のセシル兵が突然姿を現す。

「なっ!!」

 先程の気勢は一階部分で交戦していた近衛騎士団の一部を崩した際に発せられた声だった。

 これでほぼ五分となったセシル兵達と謁見の間の近衛騎士達は先ほどまでとは違いほぼ全員が戦闘を行うことになり、陣形を維持するのがやっとの状況となって来る。

 しかし、さらにセシル兵が謁見の間に侵入して来ると徐々にではあるが陣形が崩され、それまで静かに戦いを見守っていたウォルトは、ゆっくりと玉座から立ち上がると剣を抜いた。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「ウィリスから報告はあったか?」

 セシル王国の国王ヴィント・セシアルは自らの私室で焦りを募らせていた。

「いえ。進展のある内容はまだ。定刻報告では未だ王宮の正門前で交戦中のようです。少数の兵は王宮内に侵入出来たようですが、制圧出来る程は送り込めていないとのこと。むしろ侵入した者達が孤立に追い込まれ対応に苦慮しているようです」

 セシル王国軍がダルリア王国の王都ルキアへ侵攻したとの報告が数刻前に入って以降、特に進展のある報告が届いていない。ヴィントは片手を机に付き口を手で覆う。

「時間が掛かっておるな。王都防衛師団もいないというのに何を手こずっておるのだ」

「王宮の防衛と王族の護衛に付いている近衛騎士団が立ち塞がっているようです。ですが数は二百前後と聞いています。数で圧倒できなはずは無いのですが……」

「むぅ……」

 ヴィントにとって、この戦いの最大の山場は西方師団との戦いと捉えていた。その戦いが成功裏に終わった今、王宮の制圧に時間が掛かるとは考えていなかった。

「陛下。それと先程から帝国軍のザイル司令から現在の状況確認が来ていますが、いかが致しましょう?」

「まずいな。あまり手こずっていることを悟られるわけにはいかない。我々と帝国は対等で無ければならない。ウィリスも苦戦しているとはいえ、王宮の制圧は時間の問題だろう。ザイルにはもう少しだけ待つように伝えておけ。それと、ウィリスにも制圧を急げと再度伝えろ」

「わかりました。仰せの通り伝えておきます」

 ソキウスはヴィントの私室を出ていった。

「ウィリス、急げ……」


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