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近衛戦記  作者: 島隼
第五章 二つの戦場
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第三話 王家の意思 後編

 レニス達が都市同盟へと亡命した日の夕方。

「フロリア様、我々はここで待機させて頂きます」

 フロリアがルナ、そして護衛の近衛騎士達と共に私室の前まで来ると、近衛騎士の一人が足を止めた。

「わかりました。ご苦労様です」

「ルナ、中で何かあればすぐに我々を呼ぶように」

「はい!」

 フロリアとルナは護衛についている二名の近衛騎士を扉の外に残し、フロリアの私室へと入った。ルナは中に入るとフロリアを扉の近くで待たせ、窓の外やベッドの下などを念入りに調べる。

「フロリア様、大丈夫のようです」

「ルナ、ありがとう」

 ルナは扉の近くに立つと、フロリアは入れ替わるとように中へと進みベッドに腰掛けた。その表情には疲労と、そして後悔の色が浮かんでいた。

「ルナ、ごめんなさい。私が王宮に残ったばかりにあなたまで……」

 フロリアは自身が王宮に残ったことに後悔は無かった。しかし、そのために自分の護衛についていたルナまでが王宮に残ることになってしまったことは本意では無かった。フロリアはフォルティスにルナを亡命の護衛として同行させるように頼んだが、亡命の護衛についたのはレニス、クリシス、アウロの護衛についていた近衛騎士以外はボストが率いる大公宮の近衛騎士達であり、フォルティスとしてもルナだけを特別扱いすることは出来ず首を縦には振らなかった。

「そんな、とんでもありません。私は王宮に残ることが出来て光栄です。私は敵から逃れるために近衛騎士になったのではありません。陛下やフロリア様をお守りするために近衛騎士になったのです!」

「ルナ……。あなたは本当に近衛騎士になって良かったのですか?」

「――え?」

 ルナはフロリアの唐突な質問に思わず聞き返してしまう。

「陛下は直接は言いませんでしたが、レニスのことを思いあなたを近衛騎士にと望んでいました。それがあなたにとって重圧になっていたのではありませんか? 王族ではないあなたが私達の元へ来たばかりに、本来自由であるはずのその将来を私達が決めてしまったのではありませんか? もしそうであるなら、本当にごめんなさい」

 フロリアの目から一筋の涙が流れる。ルナはそれを見ると、フロリアの元に近づき膝を着くとその手を取った。

「私は本当に自分の意思で近衛騎士になりたいと思ったのです。フォルティス様のように陛下やフロリア様、そしてレニス様やクリシス様をお守りしたいと。私はフォルティス様やクラウス様のように強くは無いので力不足かもしれませんが、それでも少しでもお守りするお役に立てればと」

「ルナ……」

「それに、もし近衛騎士にならなかったら王族では無い私は、成人後には王宮を出て行かなければならなかったでしょう。そして、王都で暮らすようになればフロリア様達とも簡単には会えなくなっていました。でも、このまま一人前の近衛騎士になればずっと王宮にいられます。フロリア様達のお側でずっとお仕えすることが出来ます。それだけでも、私は近衛騎士になって良かったと思っています。――それとも、王族でも貴族でもない私がずっとお側でお仕えすることはご迷惑でしょうか?」

 フロリアはルナの頭を抱きかかえた。

「迷惑だなんて……、ルナ、ありがとう」

 ルナも久しぶりに感じることの出来た母のぬくもりに、しばらくじっとしていた。

 

「ごめんなさい。久しぶりにゆっくりと話すことが出来るのに何だか、湿っぽくなってしまいましたね」

 フロリアはルナの離すと手で涙を拭う。

「あなたが近衛騎士になってからというもの、ずっとあなたの将来が心配で。でも、確かにルナがずっと王宮に居てくれるのは、私にとっても喜ばしいことです。私ももっと前向きに考えねばなりませんね。……それに、あなたの将来を心配していましたが、よくよく考えてみると近衛騎士団に所属していれば殿方探しには苦労しなさそうですね」

 フロリアは涙を拭いながらもからかうように言うと、ルナは顔を真っ赤にして立ち上がる。

「なっ……、フ、フロリア様!!」

「ふふ、何を慌てるのですか? あなたももう十八です。私が陛下の元へ嫁いだのも同じくらいの年齢ですよ」

「わ、私はまだ近衛騎士としての叙任すらされていない身です。そ、そのようなことを考えている暇などありません! それに、レニスだってまだ――」

 余程動揺したのかレニスに敬称を付けるのを忘れ、慌てて口をつぐんだ。フロリアはその事については特に気に止めなかったが、また表情に少し哀しみの色が浮かんだ。

「レニスは次期国王としての立場上、自分で選ぶことは難しいでしょう。王族の結婚は国の将来をも左右する可能性が有ります。個人の想いだけを尊重することは難しい。私も陛下もなるべくレニスの想いを尊重しようとは思っていますが、それでも想い通りと言うわけにはいかないでしょう」

「……フロリア様」

「ですが、それは私達王族や元老家に与えられた様々な特権に対する代償でもあります。何もかもが想いのままでは国民に申し訳ありません。それに、政治的な結婚が私と陛下のように最良で最愛となることもありますからね」

 フロリアは優しく微笑む。事実、ウォルトとフロリアは結婚自体は王族と元老家という政治的なものではあったが、幼少の頃より交流があり結婚前から互いの気持ちが通じあってもいた。

「あ、話を逸らされてしまいましたね。ふふ、あなたの話ですよ。それとも、もう想い人がいるのかしら?」

 フロリアがおもしろがるような視線を送ると、ルナは頬をさらに赤く染めた。

「フロリア様っ!!」

 

 ―― コンコン ――

 

「!?」

「ルナ、何かあったのかっ!!」

 部屋の中から聞こえたルナの悲鳴にも似た声に、扉の外で見張りについていた近衛騎士達が慌てて部屋の扉を叩き確認してくる。

「い、いえ。何もありません。大丈夫です」

 ルナは慌てて、扉に駆け寄ると小声で伝える。

「そうか。何かあったらすぐに知らせるように」

「は、はい」

 安堵してフロリアの方に振り返るとフロリアは口元を抑え笑っていた。ルナはふてくされたように頬を膨らませたが、フロリアがこれ程笑っているのを久しぶりに見ると嬉しくなり、フロリアの近くで共に笑った。

 

 明後日の早朝にはセシル王国軍がまさにこの王宮に攻め込んでこようとしている時である。フロリア、ルナは共に何が起こるかわからない状況に不安で堪らなかった。しかし、共に互いを心配掛けまいとして明るく振舞っていた。そして、次はいつになるかわからないこの一時を大事にしたい想いからか、いつまでも笑っていた。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 レニス達が亡命をした翌日、フォルティスとクラウスは前日に二人で検討した王宮防衛策を伝えるために、待機部屋の会議卓に今回の王宮防衛で各所で指揮を取ることになるであろう、グレン他熟練の近衛騎士数名を集めていた。

 まずフォルティスが全員に対して現状を報告する。

「既に知っていると思うが、セシル王国軍がここ王都ルキアに向けて進軍を開始した。王都には既に王都防衛師団は無く、我ら近衛騎士団がセシル王国軍を迎え撃つことになる。諜報部隊からの報告によると、セシル王国軍は西方師団との戦いにより六千程にまで規模が縮小している。無論、それでも我々だけで迎撃することは困難だ。しかし、公都シーキスから公都防衛師団がここに向かっている。到着は明日の夕刻の予定だ。我々は公都防衛師団が到着するまで王宮を防衛する」

 フォルティスは努めて冷静な声で伝えた。フォルティスの言葉にその場にいる近衛騎士達は何も言葉を発さなかったが、全員が納得しているとは言い難い雰囲気だった。フォルティスもその雰囲気、そしてその理由もわかっていたが何も言わなかった。

「では、クラウスから王宮防衛策について説明してもらう。クラウス、頼む」

 フォルティスは隣に座るクラウスを促す。

「わかりました」

 クラウスは立ち上がると近衛騎士達の方を向き説明を始める。

「現在、王宮そして王都には近衛騎士団の他に王都憲兵隊が残っているが、憲兵隊は公都に向かう民を護衛するために共に公都に向かってしまう。よって、戦力は我々のみと考えてもらいたい。まず、相手と我々との戦力差を考えるとこちらから打って出ることは得策ではない。どんなに策を弄しようとも数で圧倒されてしまうだろう。その上、帝国のアサシンもセシル王国軍に潜んでいることも大いに考えられる。また、広大な王都の防衛も我々だけでは不可能だ。王都の民は避難することを鑑みて、王都は捨てざる得ない」

 近衛騎士達はクラウスの言葉に悔しさを表情に出している者もいるが、他の案を持つ者はいなかった。クラウスは周りの反応を確認すると言葉を続ける。

「そういった状況を考え、防衛範囲を王宮内に絞り込んだ籠城策を基本方針とする」

 クラウスはそこまで話すと、卓の上に大きな羊皮紙を広げた。そこには、王宮の城壁とその内側にある王宮、元老院を上から見た図が描かれていた。フォルティスを含め、その場の全員がその羊皮紙に視線を移す。

「知っての通り、城壁の東西南北にある城門のうち、正門となる南門以外は全て掛け橋となっている。これらは全て上げておく。しかし、正門は石橋のため外すことは出来ない。よって、ここでセシル王国軍を迎え撃つことになる」

「正門を閉め、その内側で陣を張ると言う事ですか?」

 一人の近衛騎士の質問にクラウスではなく、フォルティスが答える。

「いや、門は開けておいたほうがいいだろう。セシル王国軍が当初から王宮を攻めるつもりだったのなら、破城槌はじょうついを準備しているはずだ。そうなると、城門を閉めたとしてもそれほどは持たないだろう。閉めていた門を突破されると、それだけで士気は大きく下がる。突破されて士気の低下を招くよりは、最初から開けておいたがほうがこちらの士気を維持しやすい」

「確かに……」

「門を陣魔法で封印しては?」

 別の近衛騎士の意見に、今度はクラウスが答える。

「門に鍵を閉めたのとそれほどの違いは無い。確かに陣魔法で門を開かなくすることは可能だが、材質を変えられるわけではない。門が木製である以上はそれほど効果は望めないだろう」

 門を陣魔法により封印しても、門そのものを破壊されては封印自体も無意味となる。意見した近衛騎士はクラウスの話に納得したのか、力なく頷いた。

 そのすぐ後にずっと考え込んでいたグレンが発言を求めると、クラウスは軽く頷き発言を促した。

「今までのと少し外れた考えになってしまいますがお許しください」

 グレンはそう前置きすると話始める。

「陛下と王妃様には亡命しないまでも公都へ移動してもらうというのはいかがでしょうか? 加えて元老院の統治機能も共に公都へ移転するのです。セシル王国軍が陛下と元老院の統治機能の停止が目的なのであれば、その目的を失くしてしまうというのはどうでしょう」

 グレンの案に周りの近衛騎士達は賛同したが、フォルティスはクラウスと顔を見合わせると首を振った。

「それについても検討した。元老院の文官達からも意見を聞いたが、統治機能の移転には王国防衛に関わる最低限のものに絞り込んだとしても十日は掛かるとのことだ。それに、王宮に残る民達の中には移動が難しい者も多数いる。その者達を連れて行くことは難しい。そうなれば、陛下も王宮を離れることはないだろう」

 フォルティスの言葉にグレンは考えが浅はかだったと謝罪したが、フォルティスはそれを否定するように首を振った。その後もいくつかの案が出されたが、どの案も時間的に難しく最終的にはクラウスの説明した案を基本に細かい修正がいくつか加えられるに留まった。

 最後にフォルティスは決定した王宮防衛策のまとめに入る。

「では、繰り返す。まず、本日中に東、西、北門の架け橋は上げておいてくれ。当日の朝は王宮に避難してきている民を一階にある我々や文官達の食堂に誘導。そこであれば広さは申し分無い。そして……グレンは近衛百五十名を連れて正門の内側で陣を張りセシル王国軍を迎え撃て。陛下と王妃様には謁見の間に移動して頂き、そこには俺とクラウスの他に四十名の近衛騎士を配置、それ以外の近衛は民と文官や侍従達のいる食堂に配置する」

 ウォルトとフロリアを私室ではなく、謁見の間に移動させるのはセシル王国軍にアサシンが含まれていた場合、室内戦に長けたアサシンを相手するには、狭い王家の私室よりは近衛騎士達の武器であるバスタードソードを存分に振れる謁見の間の方が戦い易いとの考慮である。

「それと、今日はかなり忙しくなるとは思うが、出来る限り交代で休憩を取ってもらいたい。明日の朝までには全員が一度は睡眠が取れるように作業を分担して欲しい」

 しかし、フォルティスの言葉に全員が頷きながらも、その場にいる者達は近衛の使命が深く胸に刻まれている熟練の近衛騎士故か、複雑な表情を浮かべていた。

 既に決まったこととして誰も口には出さなかったが、ウォルトとフロリアを守る最善の策は亡命だと感じており、今の案で本当にウォルトとフロリアの命を守れるのか不安と疑問を感じているようだった。

 検討に参加していた近衛達が職務に戻ると、会議卓にはフォルティスとクラウスが残った。待機部屋に残っている近衛達の表情も一様に暗い。

 それを見たクラウスが口を開く。

「フォルティス、このままでは――」

「わかっている」

 フォルティスはクラウスの言葉を遮るように返事をすると、クラウスもそれ以上は言葉にしなかった。

 規模で圧倒的に劣る近衛騎士団にとって士気の高さまで下回れば、一気に瓦解する恐れがある。しかし、その士気が現状とても高いとは言えなかった。

 その後、フォルティスとクラウスは各所で直接指揮を執りながら明日のための準備を整えていった。

 一通りの準備が終わり、フォルティスは自室へと向かいながら窓の外を見ると既に日は半分沈み、夕日が美しく王宮を照らしている。

 しかし、フォルティスには夕日が沈む姿がダルリア王国と重なるようで目を背けた。

 

  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 その日の夜、フォルティスは自室の窓の側に立ち夜空を見上げていた。既にあと数刻もすれば東の空より日が昇る時間になっていた。

 明日の戦いに向けて準備を整え、クラウスと最終的な確認を先程までここで行っていた。

 しかし、万全とは言い難くただ出来る事をやったに過ぎず、その上近衛騎士団の士気の低さは深刻な状況だった。

 

 

 俺のせいだ。手段を述べるばかりで、目的を述べていない……。

 

 だから皆が自分達の行動に疑問を抱き集中力を欠く。

 

 我々の目的……

 

 近衛騎士は王家を守る存在だ。

 

 そもそも俺は……王家を守ろうとしているのか?

 

 今やっていることは、王家を守ることに繋がるのか?

 

 一体、俺は何を守ろうとしているのだ……

 

 陛下とフロリア様を守るためには……、今からでも遅くは無い、お二人を……

 

 )

 

 フォルティス自身も未だ揺れていた。

 自分が何をしようとしているのか、何を守ろうとしているのか、それが自分でもわかっていなかった。

(ボスト殿……。あなたであればどう決断されたのか……)

 夜空を見上げるフォルティスの表情は暗く、昼間にボストの言っていた言葉を重く感じていた。

 

 その時、部屋の扉が夜中のためか静かに叩かれた。

 しかし、叩かれただけであり、その後名乗る声もしない。フォルティスは扉の方を見ると訝しんだが、近付くと警戒しながら扉を開ける。すると、そこにはルナ・コルが立っていた。既に休憩に入っていたのか、鎧は着ておらず身軽な服装をしている。

「なんだ、ルナか。どうした? 声も出さないで」

「す、すみません。眠っていたら、申し訳ないと思って……」

 突然扉が開いたためか、ルナは驚いている。

「休憩に入ったのか?」

「は、はい。少し前に。ただ、眠れなくて、フォルティス様の部屋から明りが見えたものですから……」

「少し考え事をしていてな」

 フォルティスはそう言うと、ルナを部屋へと招き入れソファに座らせた。

「何か飲むか? と言っても、ここにはお前が飲めるのは紅茶くらいしか無いが」

「あ、いえ、大丈夫です」

 ルナは断ったが、フォルティスは二人分の紅茶を入れると卓の上に置きルナの正面に座った。

「どうしたんだ?」

「す、すみません。本当に何かあるわけではないのですが、その、寝れなくて。迷惑でしたか?」

 ルナは申し訳無さそうに俯いて、上目づかいにフォルティスを伺っている。

「いや、大丈夫だ。さっきまでクラウスと話をしていて、その整理をしていたところだ」

 二人は紅茶に口を付けると、互いに口を開くのを待った。しかし、どちらも口を開くこともなく少しの時が流れると、フォルティスの方から話始めた。

「お前まで残ることになってしまってすまないな」

「いえ、そんな。私はフロリア様の護衛の任務がありますから。私は最後までフロリア様をお守りします!」

「そうか……」

 ルナの声からは不安と力強さが感じられたが、その言葉を聞いたフォルティスの表情には悲しみが伺えた。

 フォルティスの本心を言えば、ルナもレニス達と共に都市同盟への亡命に同行させたかったのだろう。しかし、フロリアの護衛に付けたのはフォルティス自身であり、フロリアの護衛は他にもいる。この状況で、ルナだけ護衛から外し亡命の同行に加えれば不信感を招き兼ねない。

 フォルティスは今更ながらルナをフロリアの護衛としたことを後悔していた。

「……フォルティス様」

「ん?」

「明日を乗り切れば、またレニス様達に会えますよね? また、今まで通りみんなで王宮に暮らせますよね?」

 ルナは俯くと、そう呟いた。王宮に残ったことは決して後悔していなかったが、さまざまな不安がルナの心にあるようだった。

「……大丈夫だ。しばらくは別々になるだろうが、一月もすればまた今まで通りの生活に戻るさ」

 フォルティスがそう言うと、ルナは嬉しそうに微笑んだ。だが、フォルティスは何の根拠も無く、下手をすれば一月後にはここは帝国の領土になっている可能性もある状況で、自分の言った無責任な言葉に嫌悪した。

「陛下が王宮に残られると判断されたと聞いて、その時私もクラウス様を手伝って亡命手続きの手伝いをしていたのでその事を聞いたときは驚きました。でも、陛下が民のため、王国のために王宮に残られると判断されたことをとても尊敬します!」

(俺もそう思うし、陛下を尊敬することは良い事だが、それだけでは近衛の使命は果たせない……)

 ルナの言葉にフォルティスは頷いたが、心の内までは話さなかった。

「陛下が示された意思のために、微力ながら私も精一杯がんばりたいと思います!」

「……そうか」

 ルナの無垢な言葉にフォルティスは優しく微笑んだ。

「すみません。何か、わけもわからなく来てしまって……。でも、フォルティス様と話したらなんだか落ち着きました」

 ルナも強がっているが、心は不安でたまらないのだろう。経験が浅く、全てを理解出来てはいるわけでは無いだろうが、明日起こるであろうこの国の存続を賭けた戦いに、戦争はおろか実戦経験すらないルナが平静でいられるはずも無かった。

「眠れそうか?」

「はい」

「そうか。では、そろそろ休んだほうがいいだろう。明日は厳しい一日になる。眠れる時に眠っておいたほうがいい」

 フォルティスは立ち上がると、ルナは自分とフォルティスの紅茶のカップを手に取って立ち上がった。

「その言葉、そっくりお返しします」

 立ち上がったルナはフォルティスに心配そうな視線を送った。

「?」

「フォルティス様が最近休まれているところをほとんど見てませんよ。部屋に来てもほとんどいないし――」

 そこまで言うと、ルナは慌てて口をつぐみ紅茶のカップを片付け始める。

(最近来ないと思っていたら、俺がいなかったのか……)

「あ、あの、でも、本当にフォルティス様も休まれたほうがいいですよ」

 ルナはフォルティスとは目を合わせずに、紅茶のカップを片付けながら言った。

「ありがとう。大丈夫だ、合間にそれなりには休んでいるよ。昔からサボるのは得意なんだ」

「えっ!! あ、危ない!」

 ルナはフォルティスの日頃とは違う予想外の言葉に、驚いてカップを落としそうになったがなんとか受け止めた。

「冗談だ。それはそのままで良いからそろそろ本当に休んだほうがいい。それほど長い休憩では無いのだろう?」

 フォルティスは笑いながらそう言うと、ルナはカップを壁際の棚に置きフォルティスと共に部屋の入り口へと向かった。

「今日はすみませんでした。私の話に付き合ってもらってしまって」

「いや、俺もいい気分転換になったよ」

「?」

「いや、気にするな」

 フォルティスは入り口の扉を開けると、ルナは外に出た。

「じゃあ、しっかり休めよ」

「はい。フォルティス様もですよ。それでは、失礼します」

 ルナは敬礼しながらそう言うとフォルティスも敬礼を返し、ルナはそのまま小走りに自分の部屋へと戻っていった。

 フォルティスはルナを見送ると部屋の中へと戻り、再び執務机の椅子に座る。

(……ルナの方が余程覚悟が決まっているな)

 フォルティスはルナの言葉を思い出し、苦笑する。そして、椅子に座ったまま後ろを向くと窓から夜空を見上げた。

 

( ――― 王家の意思、か ――― )

 

 ルナが何気なく言った言葉がフォルティスの心に残り、頭の中で何度も繰り返されていた。


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