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近衛戦記  作者: 島隼
第五章 二つの戦場
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第一話 裏切りと決断 後編

「どこだ?」

 クラウスの言葉にフォルティスは一度考えることを中断する。

「――地下にある、王家の脱出路です」

 クラウスは躊躇気味に言葉を切りながら答えると、その答えにフォルティスは驚愕する。

「ばかな! 確かなのか?」

「私も信じられませんが、そこ以外に考えられません。現に、脱出路にアサシンのものと思われる足跡も……」

 クラウスは説明しながらも、自分でも未だ疑問に思っているのか歯切れが悪い。

「しかし、あそこは王宮にも知る者は少ない。三騎士以外では、王家と元老くらいの――」

 フォルティスは途中で言葉を切ると、目を見開き動きを止めた。そして、その表情には何か動揺のようなものが浮かんでくると、突然後ろを振り向き机にあった呼び鈴を鳴らす。

「団長?」

 フォルティスの突然の行動にクラウスは驚いたが、フォルティスは背を向けたまま何も答えない。

(そんな、ばかな……)

 フォルティスの頭の中では大きな不安と共に、何かが繋がりかけていた。すぐ後に、フォルティスの私室の近くにいた侍従が部屋へと入ってくる。

「お呼びでしょうか?」

「ダルリア・セシル同盟締結以降に開かれた元老会議の議事録を持ってきてくれ。大至急だ!」

「は、はい。かしこまりました」

 語尾を強めたフォルティスに驚いた侍従は、部屋を出ると急いで議事録を取りに元老院へと向かった。

「フォルティス、どうしたんだ?」

 フォルティスの行動にただ事では無い雰囲気を感じたのか、クラウスは参謀長としてではなく友人として声を掛ける。

「少し、待ってくれ。整理したい」

 二人はそのまま何も語らず、侍従の戻りを待った。

 しばらくして侍従が議事録を持って戻ると、フォルティスは焦っていたのか侍従の手から奪うように議事録を受け取ると、侍従は困惑したがクラウスに促され部屋を出て行った。

 フォルティスは未だ何も語らず、議事録にすばやく目を通し、クラウスはフォルティスが話始めるのを待った。

 

 

 

 

 ……なんて、ことだ。これが真実なら帝国やセシル王国はこちらの動きを全て知っているというのか?

 

 では、西方師団以外に王都防衛師団も増援に向かったことも知っているはずだ。

 だから、セシル王国は後方を心配することなく、西方師団を急襲することが出来た。

 

 

 帝国とセシル王国はこちらの動きを全て知っているのだとしたら、やつらの真の狙いは……

 

 )

 

 議事録に一通り目を通したフォルティスは目を閉じると、眉間に皺を寄せ両肩を震わせた。そして、先ほどから自問していたことの答えが、徐々に見えていくのを感じていた。

 しかし、その答えはすぐには受け入れがたいものであった。

 

「元老会議はもう終わっているのか?」

 突然、フォルティスは自らが作り出した沈黙を破る。

「あ、ああ、ついさっき終わったらしく、陛下と大公殿下が陛下の執務室へ行くのを見かけたが。どうしたんだ?」

「――早急に、王都にあるヴェチル卿の邸宅に向かい、ヴェチル卿を拘束し王宮に連行しろ」

 フォルティスは怒りを抑えながらのためか、ゆっくりと、だが怒りに震える声でクラウスにそう告げた。しかし、クラウスはフォルティスの指示に驚愕する。

「な、に? 何を言っている!! 元老を拘束するだと? それがどういうことかわかっているのか! 理由はなんだ!」

 クラウスも元老家であるサビオ家の人間である。元老の立場や重みは十二分に理解している。だからこそ、フォルティスの言葉が信じられなかった。

「これまでのことは、全て帝国の手の上だったんだ……」

 フォルティスは怒りで全身を震わせながら、ゆっくりと話し始めた。

「手の上だと?」

「ああ。セシル王国は、ダルリアを裏切ったのではない。最初から、帝国側なんだ」

(そうとしか、考えられない)

 フォルティスはクラウスの問いに答えていたが、それは未だ「ありえない」と感じている自分への説得のようでもあった。

「最初から?」

「そうだ。帝国の動きは最初から何かおかしかった」

 クラウスは何も言わずに聞いている。それを肯定と受け取ったフォルティスは続ける。

「セシル王国は帝国の指示でダルリアと軍事同盟を結んだ。その後、帝国はダルリアへの侵攻を開始すると、ダルリア側は北方師団に警戒態勢を取らせ、緊急展開師団を国境よりも大分手前の位置で待機させた。この時、帝国は何故か四日間も進軍を停止していた。これは帝国兵を休ませるためではない。待っていたんだ」

「待っていた? 何をだ?」

 クラウスは、まだ掴みきれていない。

「我々を、だ。正確には緊急展開師団が前線に到着するのを」

「どういうことだ? 何故帝国が我々の増援を待つ必要がある?」

「国境で王国騎士団と戦う必要があるからだ。しかし、元老達は帝国の目的を警戒し、緊急展開師団を前線までは派遣しなかった。そこで、帝国は次の一手としてダルリアに対し宣戦を布告した」

「つまり、帝国の宣戦布告は緊急展開師団を前線に呼ぶためだったと? 何故そんなことを?」

「王国騎士団を警戒しているからだろう」

「――?」

 クラウスにはフォルティスの言っていることが矛盾しているように思えた。

「緊急展開師団が前線に到着すると、帝国は王国騎士団に対して戦いを仕掛けた。しかし、報告では帝国は無理な強襲は行わず、人海戦術による波状攻撃で確実に前線の師団に被害を与え続けた。そして、ついに前線の師団はさらなる増援要請を行わざる得なくなった」

「それは、前線の突破に時間を掛け過ぎた帝国の誤算なのではないか?」

「違う。増援を要請させるための口実を、前線の師団に与えることが帝国の目的だったんだ」

「わからないな。帝国が王国騎士団を恐れているのなら、何故さらに増援を来させるような真似をする?」

「セシル王国軍を呼ばせるため。そして、前線である国境に注意を向けさせるためだ。元老達は増援要請に応え、帝国の思惑通りにセシル王国に援軍を要請し、更に西方師団と王都防衛師団の増援を決めた。増援としてダルリアへと侵入したセシル王国軍は西方師団に背後から近づくと急襲し壊滅させ、結果として前線への増援は半減した」

 クラウスはフォルティスの説明に首を振ると手で制した。

「待ってくれ、フォルティス。話が読めない。セシル王国を使ってそんな回りくどいことをするのなら、何故帝国は自ら増援を呼ばせるような真似をしたのだ?」

「西方師団と王都防衛師団に通常展開されていては困るからだ」

「困る?」

「そうだ。ダルリアを制圧するためには、王国騎士団を打ち破る必要がある。ただ、帝国も今の王国騎士団を力で圧倒できる程の軍を揃えることは難しいはずだ。おそらく、今前線にいる帝国軍以上には揃えられなかった。その規模では王国騎士団全てを相手には出来ない。しかし、数師団を相手にすることは可能だ。であれば、王国騎士団の組織的な動きを封じ、各個撃破すればいい」

「組織的な動きを封じるだと? そんなこと、国境にいる帝国軍には無理だ!」

 王国騎士団は文民統制されており、現在王都防衛師団と共に前線に向かっている王国騎士団の団長ルーク・アステイオンでさえ、各師団を決められた防衛範囲から動かすことはできない。動かせるのは元老会議での承認を得た場合のみであり、逆を言えば元老会議での承認があればルークで無くとも動かすことができる。つまり、帝国軍が前線にいる王国騎士団を破ったとしても王国騎士団はその組織力を失わない。

「ああ。王国騎士団の組織力を奪うためには、王宮の、中でも元老院にその機能を失わせる必要がある。そのためには西方師団と王都防衛師団が邪魔なんだ」

「王都防衛師団が邪魔? ではアサシン達は王宮の機能を失わせるためにここに侵入したと? 確かに、王家の脱出路の出口側を警戒しているのは王都防衛師団だが――」

「違う。奴らはたった七人だった。目的はあくまで将来的な遺恨を残さないように、王家の抹殺を確実なものにするために送り込まれただけだろう。王宮を制圧するのは――セシル王国軍だ」

「――なんだと?」

「帝国はセシル王国軍にこの王宮を制圧させ、元老院の機能を失わせるつもりなんだ。だが、セシル王国軍はそれ程大きな軍では無い。その軍を王宮に到達させるためには、セシル王国との国境から王都までの間にいる西方師団と王都を守る王都防衛師団の存在が邪魔になる。だから帝国は増援として前線に来させるような真似をしているんだ」

「帝国は自分達を囮に使っているということか?」

「そうだ。帝国軍は王宮が制圧され、最上位の指揮系統と国家としての組織力を失い、混乱に陥り士気の低下した王国騎士団を各個撃破していくつもりだ」

 元老院が機能を失った場合、王国騎士団に対する指揮権は団長であるルーク・アステイオンに自動的に移譲される。しかし、元老院が機能を失うということは、この国の中枢が機能を失うということと同義である。そして、戦争とは王国騎士団だけで行えるものではなく、物資や兵糧補給など近隣の街は村の支援は欠かせない。

 それらを一元的に管理するために元老院が王国騎士団の指揮権を持っているが、その元老院が機能を停止すればいくら経験豊富なルークの元に指揮権が移譲されたとしても、王国騎士団に対する権限のみでは兵糧の確保もままならず、各都市や村の連携した協力を取り付けるのも難しいであろう。

「待ってくれ、フォルティス。確かに今の状況から見ればお前の言うこともわからなくはない。だが、それは可能性の一つでしか無いだろう? そもそも、奴らは王都防衛師団が増援に出ていることを知らない。であれば、セシル王国軍は前線に向かい前線の師団を挟撃するのが妥当ではないか?」

 クラウスもフォルティスが途中で感じたことと同じ疑問を抱いた。フォルティスも帝国にとってあまりにも都合の良すぎるこの状況が最後まで気に掛かっていた。

「無論、これが帝国とセシル王国が描いたものであれば、それは単なる賭けでしかない。だが、奴らはダルリアがこう動くことを知っていたんだ。だから、普段であれば王都防衛師団が頻繁に哨戒している脱出路の出口から、アサシン達は王宮に侵入出来た」

 王家の脱出路は王宮の地下から王都の外まで伸びており、入り口と出口は何十にも巧妙に偽装されている。また、敵側にその場所を悟られないために固定の見張りは立てず、入り口側を近衛騎士団が、出口側は王都防衛師団が哨戒のみを行っていた。

 一見警備が甘いようにも見えるが、そもそもその存在自体を知っているのは王家と元老達の他には近衛三騎士と王都防衛師団の師団長を兼務する王国騎士団の団長、副団長、軍師長のみであり、実際に哨戒している者達ですら哨戒経路を知らされているだけで、そこに脱出路があることは知らない。

 ダルリア王国の中でも極秘中の極秘事項であり、偶然で発見出来るものではなかった。

「知っていた?」

「そうだ。西方師団と王都防衛師団が増援に向かうことも、王家の脱出路の位置も、大公殿下が王宮にいることも全て、奴らは知っていたんだ!!」

「まさか、それがヴェチル卿から伝えられたと言いたいのか?」

「これを見ろ」

 フォルティスは手に持っていた元老会議の議事録をクラウスに手渡そうとするが、クラウスは受け取らない。

「俺に、これを見る権限はない……」

「構わん。責任は俺が取る」

 クラウスはさらに躊躇したがフォルティスの眼に真実を感じると、議事録を受け取り眼を通した。

「これは――」

「西方師団の全軍派遣、セシル王国への援軍要請、王都防衛師団の増援派遣、それらすべてを進言したのは――ヴェチル卿だ。その上、わかるはずのない大公殿下の居場所と脱出路を帝国は知っていた。これらも元老であればわかることだ!!」

 議事録にはヴェチル卿オリゴ・ヴェチルが他の元老達を誘導し、帝国にとって都合のいい方向に議論を導いている様子が粒さに記されていた。

 クラウスは言葉を失い、フォルティスは怒りに震えている。そして、議事録に載っていないアサシン達のあまりにも的確な動きも、ヴェチル卿という駒を埋めることで納得のいくものとなった。

「ばかな。なんて、ことだ。本当にこの状況が、計画的に作られたものだというのか。元老が、王国を裏切るなど……」

 クラウスは真実を突きつけられ、動揺を隠せない。しばらく議事録を見つめたままだったが、我に返ると議事録をフォルティスに返しながらゆっくりと口を開いた。

「しかし、ではセシル王国軍は本当に前線ではなく王宮に向かってくるのか?」

「間違いない。王都防衛師団がいないことがわかっている以上、遠い前線に行くより王宮に向かった方が帝国にとってはもっとも効果的だ。それがわからないはずは無い!」

「くっ。どうする? 王都には、もう――」

 防衛する師団はいない。

「とにかくヴェチル卿を連行しろ! まだ、何か見えていないことがあるかもしれない。全て聞き出す必要がある」

「――わかった」

 クラウスは今度は何も言わずフォルティスの言葉に頷くと部屋を出ようとするが、それをフォルティスが引き止める。

「待ってくれ」

 フォルティスの言葉にクラウスは立ち止まると後ろを振り向いた。

「なんだ?」

「それと、都市同盟に亡命の受け入れ要請を。  王家を――亡命させる」

 フォルティスには何か決意のようなもが垣間見えた。その言葉にクラウスはフォルティスの目を真っ直ぐに見据える。

 『王家を亡命させる』。それが何を意味するか、フォルティスが何を想定しているか、それはクラウスにも十二分に理解出来た。

「――わかった」

「頼む。俺は、陛下に進言する」

 二人は共に部屋を出た。

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