表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
近衛戦記  作者: 島隼
第一章 ダルリア王国
3/45

第二話 近衛騎士団 前編

 夕暮れとなり、西の地平線に沈もうとしている夕日の光が王宮の壁面を赤く照らしている。王宮の最上階にある国王ウォルト・カイザスの執務室へと続く廊下には赤い絨毯が敷かれており、壁面に並ぶ多くの窓から差し込む夕日を反射して内部を一層紅色に染めていた。

 そして、その廊下を一人の青年が歩いている。短い薄茶色の髪に、それと同じ色をした力強い眼を持つ精悍な顔立ちをしたその男は、ドワーフ族が作成した金色と銀色を混ぜたような美しく輝く近衛騎士専用の鎧を身に纏っている。夕日の光が当たっているにも関わらず反射が抑えられているその鎧はかなりの重装備のため一見重そうに見えるが、ドワーフ族のみがその製法を知る特殊な金属で作られており、硬度は非常に高いが重量は見た目よりも大分軽い。また、肌が露出する場所は抑えられた作りであるにも関わらず、動いても金属が擦れ合う音は一切しない。


(急な呼び出しだな。元老会議で何かあったんだろうか……)


 若者はウォルトの執務室の前まで来ると扉を軽く叩く。

「近衛騎士団長フォルティス・ブランデル、参りました」

「――入れ」

 近衛騎士団とは、ダルリア王国の王家であるカイザス家と、最下位ながら王位継承権を保持する大公位のグラウィス家を守護する者達であり、フォルティス・ブランデルと名乗ったその青年は近衛騎士団を束ねる若き団長である。

 フォルティスは、部屋の中からの返事を確認すると扉を開けて中へと入った。執務室の中はかなり広く、まわりの壁際には絵画や陶器などの装飾品があり、それ以外の場所の大半を占める本棚には多くの書物が置かれていた。そして、天井にある灯り用に取り付けられた魔石のシャンデリアには既に光が灯され内部を明るく照らし、部屋の最奥の壁にある大きな窓の手前に置かれた執務用の机の席には、ダルリア王国の国王ウォルト・カイザスが座っていた。

 年齢は五十歳代だが短髪で僅かに癖のある黒髪には白髪は少なく、年齢よりは幾分若く見える。そして、普段は意思の強さがそのまま現れているような黒い瞳は今は固く閉じられていた。内部にはウォルト以外の人影はない。

「お呼びでしょうか」

「ああ」

 机の椅子に深く腰を掛けているウォルトは目を閉じたまま答える。

「うかない顔ですね」

「……そうだな。しかし、よくよく考えてみるとそもそもの原因はお前だ」

 しばらく黙っていたウォルトはフォルティスの言葉に返事をすると、意地悪そうな笑みを浮かべ目を開けた。

「――え? ……ヴェチル卿、ですか。申し訳ありません」

 思いがけない言葉にフォルティスは一瞬言葉を詰まらせたが、ウォルトの言葉を理解すると複雑な表情で返した。

「冗談だよ。呼んだのは別件だ。五日後の同盟の儀だが、アウロにも見届け人として参加してもらうことにした。そのつもりでいてくれ」

「大公殿下が? では、当日までこちらに留まられるのですか?」

「うむ。往復していては間に合わぬのでな。そうすることになった」

「承知しました。では、当日までの王宮の警備体制を見直します。以上でしょうか?」

「ああ」

「かしこまりました。失礼致します」

 フォルティスは右手を胸の前で水平に曲げ、騎士流の敬礼をすると執務室を後にした。

 窓の外では先ほどよりも更に日は沈み地平線に僅かな残り火を残すのみとなっており、既に日の光は見えなくなっていた。その代わりに壁に等間隔で設置された魔石のランプから発せられる淡い光が、日が差し込まなくなった廊下を明るく照らしている。窓の外から見える王宮の庭では、要所で見張りに就いている近衛騎士達の交代が行われていた。

(もう、そんな時間か。早めに大公殿下の件をクラウスに伝えとかなくてはな)

 フォルティスは王宮の一階にある近衛騎士団の待機部屋へと向かう。待機部屋とは近衛騎士達の会議や休憩、哨戒しょうかいの引き継ぎと交代等が行われる部屋であり、近衛騎士団の本部とも言える場所である。

 待機部屋へと向かう途中、自分と同じ近衛騎士団の鎧を身に纏う男を見掛けると、フォルティスは足早に近づいていった。

「ボスト殿、お久しぶりです」

 ボストと呼ばれた男は五十代後半の老練な近衛騎士であり、近衛騎士団の副団長を務めるボスト・バンテスである。ボストの顔には歳相応の皺が刻まれていたが、濃い茶色の髪と長年鍛えられた隆々とした体格を持つ風格のある男だった。

「おお、団長、お久しぶりです。……団長、私への敬語はお止め下さい。あなたは団長で私は副団長なのですぞ。他の者が聞いたらあらぬ誤解を招きますぞ」

 声を掛けられたボストは足を止め振り返ると、慌てて周りを気にしながらフォルティスにしか聞こえないように小声で耳打ちをした。

「……あ、ああ、すまない」

 ボスト・バンテスは十年以上前になるフォルティスの入団当時から既に副団長であり、フォルティスの教育係でもあった。そのため、フォルティスにとっては今でも尊敬する人物であり、自らを近衛騎士として育ててくれた恩人でもあるボストに対する敬意の念は、立場的に上回った今でも変わっておらず、敬語を使うくせが抜けきれていなかった。

「ボスト殿も待機部屋へ?」

「ええ、大公殿下が同盟の儀までこちらに滞在されることになりましたので、久しぶりに顔を出そうかと思いましてな」

「そうらしいな。ということはしばらくは王宮に?」

「そうですな。同盟の儀の翌日まではいますぞ」

 近衛騎士団の副団長は大公の守護を責務としている。そのため、その責を担うボストは普段は王宮ではなく公都シーキスにある大公宮に詰めている。今は大公も参加が義務となっている元老会議にアウロが出席するため、その道中の護衛として共に王宮に来ていた。

 二人は互いの近況等を話しながら王宮の一階まで降りると、そのまま待機部屋へと向かい中へと入った。

 待機部屋の中はわりと広く、中央には大きな木製の長い会議卓が二つ縦に並べられており、壁際には休憩用の椅子が複数並べられていた。装飾品のようなものは少なく、一番奥の壁に王家の紋章が掲げられている程度である。

 そして、会議卓の一つでは哨戒任務に着いていた近衛騎士とこれから哨戒に出る近衛騎士達が二名づつ座っており、哨戒の引き継ぎが行われていた。

 近衛騎士団の主任務として王宮内の哨戒と定位置での見張りがあり、見張りの引き継ぎはその場で行われるが哨戒は待機部屋が始点と終点になっているためここで行われる。

 引き継ぎを行っている近衛騎士達がフォルティスとボストに気付くと立ち上がり敬礼で迎えると二人はそれに軽く手を上げて応じ、そのまま待機部屋の一番奥に並べられている二つの木彫りの装飾が施された机へと向かった。

 机の上に煩雑に書類や羽ペンなど置かれている机は団長であるフォルティスの待機部屋での執務机であり、書類などが一切乱れなく整えられている机が近衛騎士団の参謀長の席である。そして、その参謀長の席には長めの美しい金色の髪と茶色い目、彫刻のように整った顔立ちをした近衛参謀長クラウス・サビオが座っていた。クラウスは机に向かい執務に勤しんでいたが、二人に気づくと他の近衛騎士達と同じく立ち上がり敬礼で二人を迎える。

「ボスト殿ではありませんか。お久しぶりです」

 クラウスは立ち上がると近くにあった椅子をボストに勧める。フォルティスは隣の自分の机に腰を掛けた。

「既に王宮を発たれたと思っていたのですが、公都には戻られなくてよいのですか?」

「うむ。大公殿下がしばらく残ることになってな」

 ボストは近衛騎士の一人が差し出した紅茶を受け取りながら頷く。

「そのことで話があるんだ」

「話?」

「ああ。今度のセシル王国との同盟の儀に大公殿下も見届け人として参加されることになった。そのために大公殿下もその日まで王宮に残られる。それを考慮に入れて王宮の警備体制を見直してくれ」

「なるほど、それでボスト殿もこちらに。わかりました。警備体制を見直します」

 近衛参謀長とは近衛騎士団の作戦立案者であり、今回の同盟の儀の警備体制もクラウスが考案している。近衛参謀長は近衛騎士団の要職の中で一番忙しいと言われているが、クラウスは特に苦にしている様子もなく淡々とこなしていた。

「大公宮の近衛も何人か連れてきておる。その者達も同盟の儀までの体制に組み入れてくれて構わんぞ」

「わかりました」

 クラウスはボストの言葉に応えると自分も椅子に座り直した。

「しかし、こうして三人一緒に会って話をするのは久しぶりな気がしますな。三ヶ月に一度は合っているはずなのだが、すぐにそう感じるのは歳のせいかの」

「何をおっしゃいます。そう感じるのは事実だからですよ。前回の元老会議の際は私は陛下の使いでマウトサントにいっていましたから。こうして三騎士が揃うのは実際半年振りですよ」

「それでか。どうりでクラウスとは久しく会っていなかったような気がしたわけだ」

 マウトサントとは元老の一人コルト・リウスが治める北方にある街である。

 近衛騎士団の団長、副団長、参謀長は近衛三騎士と呼ばれ、近衛騎士達からはもちろんだが、国民の間からも尊敬と憧れの対象となっていた。

「確かにな。そもそもボスト殿が王宮に長居することが少ないからこうしてゆっくり話をすることが  ――?」

 突然、フォルティス達三人の会話を遮るように待機部屋の扉が外から叩く、というよりも何か重い物をぶつけるような音が聞こえてきた。そして、その後すぐに扉の向こうから若い女の苦しそう呻き声にも似た声が聞こえてくる。

「ル……ナ・コルで…す。あ、開けて……くださ…い」

「なんだ?」

 フォルティスとクラウスは顔を見合わせ共に首を傾げると、フォルティスは身振りで扉の近くにいた近衛騎士に開けるように合図をする。近衛騎士の一人が扉を開けると、青い瞳をした若い女性、近衛騎士見習いのルナ・コルが大きな木箱を抱えて倒れそうになりながらよろよろと部屋の中へと入って来ると、木箱を部屋の中央にほとんど落とすように置いた。

 その顔には後ろで束ねられた長く美しい金色の髪が、汗で額や頬に張り付いていた。ルナが置いた大きな木箱の中には十本程度の剣が納められている。

「ファ、ファベルさんに依頼していた……、剣が……届き、ました……」

 ルナは木箱を床に置いた姿勢のまま、肩で大きく息をしなかなか体を起こせない。

 ファベルとは王都に店を構える近衛騎士団や王国騎士団御用達のドワーフ族の鍛冶屋である。

 騎士にとって消耗品である剣は、欠けた場合や折れた場合の他に数年に一度交換される。今回は同盟の儀に合わせて十本程ファベルに制作を依頼していた。近衛騎士の剣は両手でも片手でも使用できるバスタードソードで、王家の傍に仕える近衛騎士らしく柄や鞘等には細かな装飾が施されていた。

「お疲れさん」

 ボストがルナに声を掛けると、ルナは普段はあまり聞かないが、確かに聞き覚えのある声に顔を上げた。

「あ、ボスト様! お久しぶりです。どうされたのですか?」

 ルナは同じ態勢のままだったが、クラウスからの睨むような視線に気付くと慌てて体を起こし敬礼をする。

「ああ、数日程王宮に厄介になることになった」

 ボストは椅子から立ち上がり木箱に近づいて中を覗き込むと、中に入っている剣の中で一本他と違う剣があることに気付き、その剣を箱から取り出すと鞘から抜いた。

「なんだ、これは? 統一支給品では無いな。短いな。それに、少々軽いのではないか?」

「……わ、私の剣です」

 ルナは申し訳なさそうに言うと、後ろから近づいて来たフォルティスが木箱から別の剣を一本抜いてボストが持っている剣の横に並べた。

「見習いになって日も浅くまだまだ鍛錬中で。こっちの支給品の剣ではまだ重くてうまく扱えないんだ。かといっていつまで帯剣たいけんさせないわけにもいかない。それで、その特別仕様の剣を作ってもらったんだ」

 近衛騎士には王家の紋章の入った統一の剣が支給されている。しかし、あくまで成人男性向けであったため、女性としては背が高い方ではあるが、まだ十八歳で見習いとして半年程しか鍛錬を積んでいないルナには長く重いため、未だ使いこなすことが出来ずにいた。

「なんだ、ルナ。わしらでさえ支給品なのにお前は特注品なのか」

 ボストはわざとらしく言うと待機部屋が笑いに包まれた。しかし、ルナは冗談とは受け取れなかったらしく申し訳なさそうにうつむいてしまった。ボストは剣を鞘に納めてルナに手渡すと、うつむいているルナの頭を手のひらで優しく叩く。

「まあ、使えない剣を帯剣たいけんしても仕方がない。自分に合った剣を使うのが一番だ。だが、軽い剣は折れやすく相手の剣を受け難い。いずれは他の皆と同じ剣が扱えるようになるのだぞ」

「は、はい!」

 ルナは敬礼をしながら返事をするとボストは満足そうに頷いた。

「それはそうと、ルナ。もうクラウストルムには行って来たのか? 輝石を取りに行く予定だったろ?」

「あ、はい。先ほど取ってきて魔法官の方にお渡ししておきました」

「早かったな。今回は多くて数箱分はあると聞いていたが?」

「と、砦の方が大勢で手伝ってくれたので……」

「?」

 ルナは何故か言い難そうに言うとフォルティスは首を傾げた。クラウストルムとは王都にある王国の防衛を担う王国騎士団の大砦の名称である。

「クラウストルムか……。団長、わしは少々旧友に会って参ります。クラウス、警備体制が決まったら連絡をくれ」

「わかりました」

「では」

 ボストはフォルティスに敬礼をすると待機部屋を後にした。

「さて、俺はそろそろ見回りに言って来る。クラウス、あとは頼んだぞ」

「はい、明日の朝までには」

 フォルティスも警備体制をクラウスに託すと待機部屋を出た。


 待機部屋を出たフォルティスは、一階を一通り見て回ると二階へと上る。二階には謁見に間の他に王家の食堂及びそのためのキッチンや広いバルコニーがあり、フォルティスは途中ですれ違う哨戒中の近衛騎士達に状況を確認しながらそれらを一つ一つ見てまわると、三階へと上がるために階段へと向かった。すると、向かい側からフォルティスの方へと歩いてくる乳白色に金の糸で刺繍の入った豪華なローブを纏った白髪の目つきの鋭い老人と会った。

「これはヴェチル卿、ご帰宅ですか?」

 フォルティスは壁際により敬礼をすると、元老の一人ヴェチル卿オリゴ・ヴェチルは立ち止まる。元老は王宮の三階に専用の執務室を持っている。

「……フォルティスか。王宮を出るまでにこう何度も近衛とすれ違うとは。近衛騎士の数が少し多すぎるのではないか?」

「そのようなことは無いと思っています。王宮を安全を確保するために必要最小限な数に制限させて頂いているつもりです」

「安全を確保? 何から守るというのだ? 近衛騎士が王宮で戦ったことなど無い。所詮は王宮の飾りではないか。王家の外出時に護衛する分だけでよいものをこんなに抱えて……。お主達にいくらの税金がつぎ込まれていると思っておるのか……。お主ももっと近衛騎士団の人数を減らす努力をしたらどうなのだ? 無能な男だ」

「お言葉ですが、王宮の近衛騎士は戦うためにいるのではなく――」

「黙れ! 近衛ふぜいが我に口答えをするつもりか! 我が元老ぞ!」

「……申し訳ありません。以後気をつけます」

 オリゴはフォルティスを叱責すると、そのまま立ち去ってしまった。

(やれやれ、相変わらずなお方だ……)

「団長も大変ですね」

 ふいに掛けられた声にフォルティスが振り向くと、廊下にある柱の影から長めの濃い茶色の髪と目をした彫りの深い顔立ちの男、近衛騎士グレン・イファスが現れた。

「何だ、グレンか。盗み聞きは関心しないな」

「申し訳ありません。待機部屋に戻る途中、通りがかりに声が聞こえたものですから。しかし、豪商のヴェチル卿らしい意見ですね。私も言われた事がありますが、団長にはさらにつらく当たる。やはり団長を恐れているというのは事実なのでしょうか」

「口を慎め、グレン。ヴェチル卿の意見は国民の一つの意見を反映するものだ。それに、ヴェチル卿は私を恐れているわけではなく、ブランデル家を煙たがっているだけだ。……それに、無能というのも正しいかもしれないしな」

「ご謙遜を。我々は無能な指揮官に従っているつもりはありませんよ。それに無能な者がその若さで団長に推挙されるはずがありません」

「だといいんだが。そうだ、グレン。待機部屋に戻るのであれば、クラウスを手伝ってやってくれ。大公殿下が数日王宮に留まられるため、王宮の警備体制を変更する必要がある。いまクラウスが検討しているはずだ」

「警備体制が? わかりました。参謀長のもとに行ってみます」

 グレンはフォルティスに敬礼をすると、その場を離れた。

(ヴェチル卿に何か言われるのは構わないが、あまり周りに知れ渡り誤解が大きくなるようだとヴェチル卿にとっても良いことではないな。しかし、ブランデル家は元老に復帰するつもりなどないのだが……)

 オリゴが当主を勤めるヴェチル家は元々は元老家ではなく、その座にはフォルティスの家系であるブランデル家が就いていた。故あって元老の座を放棄したブランデル家の変わりに元老家に任命されたのがヴェチル家であり、当主のオリゴが元老の座に就いている。元老家は世襲のため、その交代は血縁の断絶の際に行われるのが通常であり、ブランデル家とヴェチル家の交代はかなりの特例だった。その為、オリゴはブランデル家が元老復帰の意思を示せば自らの地位が脅かされると考えているのか、フォルティスに対して執拗に厳しい態度を取っていた。

 フォルティスはその場を離れると三階へと上がる。三階と四階は王宮内の雑務や王家の身の回りの世話をしている侍従の執務室や夜間の当番となっている者達の居住場所となっている。フォルティスはそれらを同じように巡回すると最後に最上階となる五階へと上がった。五階は国王の執務室と王家の私室、そして三騎士であるフォルティスとクラウスの私室がある。これは、有事の際はすぐに王家の元に駆けつけられることと、王宮への侵入者が現れた際もこの前を通過しないと王家の部屋は辿りつけないようにするためである。

 近衛騎士団長といえども王家の私室に無断で入るわけにはいかないため、廊下の巡回と小さめの王家専用のバルコニーを確認し最後は自らの私室へと入ろうとすると、隣の部屋の扉が開き中から短めの茶色い髪と目をし、シンプルながら白を基調とした布に細かな刺繍と模様の入ったドレスを動き難そうに着た、いかにも活発そうな十四、五歳の女の子が現われた。

「クリシス様」

「あ、フォルティス! ちょうど良かった。ルナ見なかった?」

 クリシスとはこの国の第二王女クリシス・カイザスである。国王ウォルトには子供がクリシスの他にもう一人姉のレニス・カイザスがいる。

「ルナ? まだ我々の待機部屋にいると思いますが。何か御用ですか?」

「うん。ちょっと王都に出かけようと思っ――あっ」

「……クリシス様。このような時間に外出されるとは聞いていませんが?」

 王家は外出の際は前もって近衛騎士団に伝えられ、その際に護衛の近衛騎士が同行することになっている。クリシスはそれが嫌なようで、たびたび近衛騎士団に連絡をいれずに王宮を抜け出しては王都に出掛けており、それが発覚すると近衛騎士団が総出で捜索することになりフォルティスの頭痛の種でもある。

「くっ、誘導尋問だ!」

「……普通に質問しただけです。護衛をご用意致します」

「え~!! ルナが一緒ならいいじゃん」

「ルナはまだ見習いの身です。それに護衛として連れて行くわけでは無いのではありませんか?」

 フォルティスは軽く睨むとクリシスは後ずさる。

「んぐ、ご、護衛もしてもらう」

「だめです」

「じゃあ、いいもん!!」

 クリシスは頬を膨らませ、拗ねたような表情を浮かべると、自室へと戻ってしまった。

(やれやれ、こっちも相変わらずだ。クリシスもルナといつまでも昔のように接せられては困るのだがな)

 フォルティスは溜息を一つつくと自室へと入った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ