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近衛戦記  作者: 島隼
第四章 王国の抵抗
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第五話 襲来

 王都防衛師団が王都を出てから二日後の王宮では、近衛騎士団が朝から忙殺されていた。

 ただでさえ有事体制で余剰の近衛が少ない上に、今日は前々から予定されたいた文官の認証式が謁見の間で行われることになっており、そのための警備の準備もしなければならなかった。

 フォルティスは現在の状況を考えてウォルトに中止を申し入れたが、予定されていた行事を中止すれば王宮内の者達にいらぬ不安を与えるとのウォルトの意向により決行されることになった。

 有事体制の警備を崩さずに認証式の準備を整えたフォルティスとクラウスは、足らない近衛騎士の代わりに自分達も警備に参加するために三階から謁見の間のある二階に下りる階段へと続く廊下を共に歩いていた。予定では認証式は日中に行われるはずだったが、帝国への対応や王国騎士団が王都を離れたことによる憲兵隊の業務編成などで文官達が実務に追われたことと、近衛騎士団の警備準備が思いのほか時間が掛かったことなどもあり既に日は沈んでいた。

「暗いな」

 廊下の窓から外を見たフォルティスが呟く。窓から見える夜の王都は家々から漏れる魔石の明りで美しく輝いていた。しかし、いつもであれば王都の外を通る街道も月明かりで薄っすらと見えるが、この日は王都の周りは完全に闇に包まれている。

「今日はさくの日ですからね。月明かりが無いためでしょう」

 クラウスも窓の外を見る。

(朔……か。嫌な日だ)

 二人は謁見の間に入ると既に警備の近衛騎士達は配置についており、今日認証される文官達も来ていた。認証式は実務担当の文官達が、最上位の役職である太政官に付く際に国王により実施される。

 謁見の間には同盟の儀の時と同じように、壁際に等間隔に並んだ柱の前に近衛騎士達が護衛の為に立っていた。

 二人は中央に敷かれている絨毯の上を玉座へと向かうと、その途中でクラウスは壁際に寄って立ち、フォルティスは謁見の間の最奥にある玉座の斜め後ろに立つと共に謁見の間全体が見渡せることを確認し、そのままウォルトの到着を待つ。

 そして、侍従達による認証式の準備が完了した頃、玉座側の壁の横にある扉からウォルトが有事体制により常時付いている護衛の近衛騎士達と共に謁見の間へと入ってきた。

 玉座の前に今回太政官に任命される五名の文官達が横一列に並ぶと、進行を担当する文官により認証式の開会が宣言される。

 この認証式の主役である五名の文官はいずれも六十歳前後の年齢であり、いままでこの国の内政や外交の実務を行ってきた者達で、その功績と経験が認められての任命である。そのことが本人達の誇りでもあるのだろう、五人の文官達の表情は実績が認められたことによる喜びと、これからの責任の重さからくるものなのか緊張が滲み出ていた。

 そして、進行の者が順番に担当と名前を呼ぶと、名前を呼ばれた者はウォルトの前に歩み出て太政官としての宣誓を行いウォルトから直接激励の言葉と共に認証書が手渡される。中にはウォルトの言葉に涙ぐむ者さえいた。ダルリア王国の政治は元老会議により大枠の方針が決められ、その方針に則り文官達が実務を行っていく。それは内政から外交まで多岐に渡り、その最前線で活動しているのが文官達である。防衛力である王国騎士団や近衛騎士団とは違う形でこの国を支えている者達であり、目立つ存在では無いがその重要性はなんら変わりない。

 認証式は順調に進み最後の文官にまで認証書が手渡されると、最後にウォルトが全員に対して言葉を述べ、進行の文官が閉会の告げようとした時だった。

 

 ―――フッ―――

 

 何の前触れもなく王宮中の魔石の灯りが一斉に消える。

 謁見の間が闇に包まれ、突然のことに周りがざわつき始めた。

(なんだ?)

 フォルティスは反射的にウォルトの前に出る。

(侵入された?)

 王宮の魔石の灯りは地下にある魔法陣で制御されており、季節にもよるが定刻に魔法官が点灯と消灯を行っている。魔石の寿命により一部が点灯しなくなることはあるが、王宮内に数百とある魔石の全てが同時に寿命が来ることはあり得ない。つまり、魔石は『消えた』のではなく『消された』のである。しかも、灯りの魔石を制御する魔法陣は王宮内でも重要な防衛個所であり、夜間には有事体勢でなくとも近衛騎士が常時二人見張りについているのを掻い潜ってである。

(この態勢の中で侵入するとは。野盗ごときの仕業ではないな。帝国のアサシンか……)

「クラウスッ!! 王妃王女を確保!! 誰か魔法陣の確認に向かえ!! ボスト殿に大公殿下とサビオ卿を保護するように伝えろ!!」

 侵入されたと判断したフォルティスの指示が飛ぶ。

「はっ」

「私が行きます」

「侍従、文官は壁際に寄り、その場を動くなっ!!」

 矢継ぎ早に出されたフォルティスの指示に、クラウスと近衛騎士達がそれに応え数名が謁見の間から出た後、少しの間静寂が流れる。

 すると、

 

 ―――フワッ―――

 

 音もなく突然、微かな風がフォルティスの頬をかすめる。

「近衛抜剣っ!! 既に内部だっ!!」

 その風を、謁見の間の扉が開かれたと感じたフォルティスの抜剣命令が近衛騎士達に飛ぶ。

 国王のいる謁見の間に無言で入る者など王宮内にはいない。近衛騎士達は一斉に腰の剣を抜き構えた。

 例え近衛騎士といえども王宮内で無闇に剣を抜くことをは許されていないが、フォルティスは既に侵入者が謁見の間内部にいると確信した。

(魔法騎士を外に配置したのは失敗だったな……)

 この場に魔法騎士がいればすぐに光球でこの場を照らすことができたが、フォルティスは前触れもなく突然内部に侵入されることは想定しておらず、また、王宮内では魔法騎士の真価を発揮しにくいため王宮の外に配置していた。

 そのため、灯りの消えた王宮内部は朔であることも重なり闇に包まれほぼ何も見えず、目が慣れるまでにしばらくの時間が掛かることが想像出来た。

 フォルティスが闇に目を凝らしていると、右側から近衛のものと思われる呻き声が聞こえ、次の瞬間その逆側から剣の交わる音と思われる金属音が聞こえる。

「侵入者二人確認!! 一人と交戦っ! もう一人は玉座に向かいます!!」

 その金属音の発生源と思われるグレンが叫ぶ。

(やはりアサシンか。狙いは当然陛下……)

 フォルティスは前方に意識を集中すると、グレンが示した侵入者とは逆側からも同じく接近する気配を感じ、その二人が自らの間合いに入ったと感じた瞬間に剣を横に薙ぎ払った。しかし、剣は空を切りフォルティスは再度剣を構え直す。

 近づいていた気配は動きを止めた。

(かわされたか……。どうやら、向こうは完全に見えているようだな)

 フォルティスは目を凝らすとわずかではあるが、輪郭を捉えられる程には目が慣れてきていた。

(二人……手に持っているの短剣ダガーか? グレンが相手をしているのを含めて全部で三人。いや、一国の王の命を狙うのにそんなに少ないはずは無い)

 フォルティスが戦況を見極めようとしていると、音も無く右の影が動きフォルティスの脇腹をめがけて素早く短剣で突いてくる。フォルティスはそれを短剣が空を切る音で見極め、剣の柄で受け止めるとその隙を突いて左側の影がフォルティスの脇を抜けてウォルトへの接近を試みる。しかし、フォルティスの蹴りが影の腹部を捉えてそれを阻止した。蹴り飛ばされた影は短い呻き声を上げたが、すぐに体勢を整えフォルティスと対峙する。

(固い……。帷子かたびらを着込んでいるか……)

 二つの影は間合いの外に下がると、ウォルトを暗殺するためにはフォルティスが障害となると判断したのか、露骨な殺気をフォルティスに向けた。

 フォルティスは背後にウォルトを抱えていることと、未だ目が慣れておらずおぼろげな影しか見えないこともあり、自らは仕掛けず二つの影の動きを待った。

 わずかな時間対峙すると、また右側の影がフォルティスの太腿のあたりを目掛けて蹴りを放つ。フォルティスはそれを動かずに右手に持っている剣を瞬間的に逆手に持ち替えて受けにいくが、当たる瞬間に影は足を引くと間髪を入れずに左の影が短剣でフォルティスの喉元を切りつけてきた。かわすにはあまりに素早く接近してきたため、それを左腕の鎧の甲で強く強引に弾く。バランスを崩した影を今度はフォルティスが右手に持っていた剣で影の胸のあたり突きにいったが、完全に捕らえたかに思えた剣を影は素早く一歩下がると空を切らせた。

(チッ……。かなりの手練れだな。受けからの攻撃では捉えきれないな。こっちから仕掛けるか……)

 フォルティスは受けにまわって隙を突くつもりだったが相手を捉え切れないため、今度は自ら攻めに転じる。

 しかし、後ろにウォルトを抱えているためその場を踏み込み以上には移動することができず、また影は自由に間合いを取るため捉え切ることは出来なかった。

(この状況で、正攻法だけでは厳しいか。あまり意表を突くのは得意ではないんだがな……)

 フォルティスは剣を利き手とは逆の左手に持ち替えると、左の影に注意を向けつつ右の影と対峙する。影もフォルティスのその行動に対し警戒を滲ませ自らは仕掛けない。

 そこにフォルティスは突然右の影に対し一歩踏み込み左手に持った剣で影の首のあたりを右から左に薙ぎ払う。影はまた一歩下がってかわすが、フォルティスは構わずさらに踏み込み空いた右手で影の顔面を殴り飛ばした。虚を突かれた影はその拳をまともに喰らうと後ろに飛ばされそのまま動かない。

 そして空を切ったかに思えた最初に横に薙いだ剣は、左側の影の喉もとを捕らえていた。フォルティスが剣を引き抜くと左の影はそのまま倒れ、大量の血が喉元から流れだしこちらは絶命したと思われた。

 フォルティスはウォルトの方を見ると、玉座から動かずに沈黙している。

 ウォルトは自らが動けば近衛が警護しにくくなり逆に危険が及ぶことを理解していた。フォルティスはウォルトとは反対側に意識を集中すると、グレンがいた方では未だ剣の交わる音が聞こえ、その逆側でも誰かが交戦しているようだった。

(四人……これだけか?)

 

 ――― ヒュッ―――

 

 フォルティスがそう思った瞬間何かが空を切る音が聞こえ、フォルティスは反射的にそれを剣で叩き落した。

(ダークッ(投擲用短剣)! まずいっ!!)

 足元に落ちた黒く染められた投擲用のダークと言われる短剣を見るとフォルティスは構えた。そして、立て続けに投げられるダークをなんとか音だけで見切り剣で防ぐが、これは長くは続かない。フォルティスは自らがウォルトの正面にいることを再度確認すると、最悪の場合は自分の体で受け止めることを覚悟した。

 さらに二度ダークを弾くと、謁見の間の正面の扉が音を立てて開く。

 

「光よ!!」

 

 王宮内の異常に気付いて駆けつけた近衛の魔法騎士と思われる者の声が謁見の間に響く。すると、暗闇に慣れた目を考慮してか明る過ぎない光球が謁見の間の天井付近に輝いた。

 淡い光が謁見の間全体を照らすと、フォルティスは正面にアサシンの姿を捉えた。全身黒尽くめで、頭と顔の下半分も黒い布で覆われている。アサシンはさらにダークを投げようとした時、その近くにいた近衛の一人が声を上げた。

「これ以上はさせんぞ!!」

 近衛はアサシンとの間合いを一気に詰めると剣を強く振り下ろした。アサシンはそれを寸前でかわすと、この状況下では不利を悟ったか撤退の素振りを見せる。しかし、光を灯した魔法騎士が風の魔法を放つと、風が風圧となってアサシンに襲い掛かりその足を止めた。そこに先ほど斬りかかった近衛が接近し剣でアサシンの胸を貫くと、アサシンは短い呻き声を上げてその場に倒れ伏した。

 フォルティスはそれを確認し謁見の間全体を見渡すと、自らが倒したアサシンの他に壁際に二体と先ほど倒した一人の計五体のアサシンと、三人の近衛騎士が倒れているのが見えた。侍従や文官達は状況がわからず混乱し、近くにアサシンの死体があることに気付くと悲鳴を上げているが、負傷した者達はいないようだった。

 ウォルトも変わらず玉座に座り正面を見据えている。

「負傷者の救護とアサシン達の息を確認しろ!!」

 フォルティスの指示で近衛騎士達が動き出し、自らも最初に殴り倒したアサシンの側で膝を付いて首の脈を確認すると、首の骨が折れて絶命していた。

 フォルティスはそれを確認し立ち上がるとすぐに玉座の横にある扉が開き、フロリアやレニス、クリシスの元へと向かっていたクラウスが戻って来る。

「フロリア様、両王女様を確保。途中、レニス様の部屋に向かっていた侵入者を一人討ちました」

 クラウスの後にはフロリアとレニス、クリシスの両王女、そして王家の警護についていた近衛騎士とフロリアの護衛に付いているルナの姿があった。

 フロリアは謁見の間に入ると短い悲鳴を上げ、急ぎ両王女と、そしてルナを自分の胸に抱き寄せ視線を塞いだ。謁見の間にあったアサシン達の死体を娘達に見せたくはなかったのだろう。

 フォルティスはフロリア達が無事だったことに胸を撫で下ろすと、ウォルトへと視線を移す。

「陛下、申し訳ありません」

「うむ」

 ウォルトは短くそれに応えた。

 完全に近衛騎士団の失態だった。王家の住まう王宮にアサシンの侵入を許すなどあってはならないことであり、それを防ぐことが近衛騎士団の存在意義の一つでもある。それにも係わらずアサシンの侵入を許してしまったことに、フォルティスは責任を痛感した。

「クラウス、おそらく帝国のアサシンだ。至急侵入経路を調べろ。それが判明するまでは近衛を総動員し視線の穴を作るな!!」

「はっ!!」

 フォルティスは自らに対する怒りか、自然と語尾が強くなっていた。クラウスも近衛騎士団の作戦立案者として事の重大さを認識し、急ぎ数名の近衛騎士を連れて謁見の間を出て行った。

「陛下、王家の私室に入らせて頂きます」

「構わん」

 フォルティスはウォルトに王家私室への立ち入りの許可を得ると、謁見の間の扉付近にいたグレンに指示を出す。

「グレン!! 小隊を編成し、王宮内外を見廻れ!! 王家の私室、倉庫、外の植え込みも全てだ!! 他に潜んでいるアサシンを絶対に見逃すなっ!!」

「かしこまりましたっ!!」

 グレンもフォルティスの指示に応えると小隊編成のために待機部屋へと向かった。そしてグレンと入れ違いに同じ扉から大公アウロの守護についていたボストが、アウロとクレーネを連れて謁見の間へと入って来る。

「団長、大公殿下のもとに現れたアサシンと思われる者を一人討ち果たしました。大公殿下とサビオ卿にお怪我はありません」

「よし。いまクラウスがアサシン達の進入経路を調べている。判明するまではボスト殿はそのまま大公殿下とサビオ卿の警護に全力を挙げてくれ」

「承知しました」

 フォルティスは頷くとウォルトの方に向き直った。

「陛下、安全の確認ができるまで食堂の方に避難して頂きます」

 ウォルトは無言でそれに頷くと、玉座から立ち上がりフロリア達を呼び寄せた。

 フォルティスは王家の警護についていた近衛騎士達と共に、自ら先頭に立ってウォルト達を食堂まで先導する。食堂に着くとその前で一度立ち止まり、他の近衛に中の安全を確認させると最後に自らも確認し、ウォルト達を中へと招き入れた。

 ウォルト達は中に入ると、中央にある食卓のいつもの位置に座る。

 レニスとクリシスは王家として命を狙わるというあまりの恐怖に泣き崩れており、フロリアが優しく声を掛けている。ルナも警護の一人として窓際に立ってはいたが、その表情には恐怖が滲み出ていた。

 そして、ウォルトは何も言わずその表情にも動揺の色を浮かべることなく、腕を組みただ黙って目を閉じていた。

 それは、この状況は自らが口を出すのではなく、フォルティス達近衛騎士団に任せることが最善との考えであり信頼の証でもあった。

 その光景を黙って見ていたフォルティスは自責の念にかられていた。

 ウォルトからこれほどの信頼を得ていながら、その期待に応えられなかったこと。そして、それでもウォルトは自らを信頼してくれていることに心を痛めた。

(申し訳……ありません……)

 しばらくその光景が続くと、食堂の扉が叩かれ一人の近衛騎士が中に入りフォルティスに耳打ちをする。それは、王宮内の安全が確認出来たこと、そして近衛が二名負傷し、四名が死亡したことを告げる報告だった。フォルティスはその報告に表情を変えることなく聞いている。

「……わかった」

 報告を聞き終わるとフォルティスはウォルトに歩み寄った。

「陛下、王宮内の安全確認が完了しました。侍従、文官達に被害は出ていません。私室にお戻りになれます」

 ウォルトは頷くと、ゆっくりと目を開けた。

「フォルティス、大丈夫だな?」

「はっ。王家の安全は必ず確保します」

 ウォルトの言葉は、おそらく自分のことではなくフロリアや娘達を心配してのことだったのだろう。フォルティスもそれを理解し、安全確保を約束した。

 ウォルトはフロリアと娘達に自室に戻るように伝え、自らは対応を協議するためにクレーネとアウロをウォルトの執務室に呼ぶように侍従に伝えると自らも警護の近衛騎士達と共に執務室へと向かう。

 フォルティスも全員を見送ると食堂を後にし、状況確認のため待機部屋へと向かった。

 

 

 ウォルトの執務室へと呼ばれたアウロとクレーネは中に入ると、執務机に座るウォルトの正面に立った。

「直接ここを狙ってくるとは……」

 自らも命を狙われたアウロが厳しい表情で呟く。

「帝国にも焦りがあるのかもしれんな」

「帝国は我々が増援を派遣したことに気づいているのでしょうか?」

「それは否定出来ないが、帝国に対抗策を打たれないようにこちらも細心の注意を払って動いている。その可能性は低いだろう。むしろ増援を行えないようにするために我らの命を狙ったと考える方が自然だ」

「増援の到着はいつ頃に?」

「早ければ明日の夜にも西方師団とセシル王国軍が前線に到着する。その数日後には王都防衛師団も合流できるはずだ」

 クレーネの問いにウォルトは答えた。順調に行けば既に西方師団とセシル王国軍は合流し、前線の手前付近まで進んでいると思われた。

「前線から何か報告はありましたか?」

「状況は変わらずだ。前線の師団の被害は拡大している。だが、それも増援が到着すれば現在の状況を打開できるだろう」

「そうですね。ただ、前線での戦いが帝国にとって不調になると帝国は直接ここを狙ってくる可能性が増すのでは? そうなればさらにアサシン達をここに投入してくるのではないでしょうか?」

 クレーネはウォルトの身を案じる。

「心配いらん。フォルティスは二度も同じ過ちを繰り返す者ではない。ここはもう安全だ」

「そうですか……」

 クレーネはそれでも心配そうだったが、自らの息子も参謀長を務める近衛騎士団を信頼したくもあった。

「それより明日、西方師団が前線到着の報を受け次第元老会議を開く。準備しておいてくれ」

「わかりました」

「かしこまりました」

 アウロとクレーネはウォルトに深く礼をすると、共にウォルトの執務室を後にした。

 

 

 待機部屋へと戻ったフォルティスは、総動員された近衛騎士達の再配置と進入経路の調査の為の指示を出しているクラウスに声を掛けた。

「状況は?」

「はい。進入したと思われるアサシンは七名。全員の死亡を確認しました。王宮内の確認は終了し、他に侵入者がいる形跡はありません」

「進入経路は?」

「……申し訳ありません。未だ不明です」

 フォルティスの問いにクラウスは厳しい表情で答えたが、フォルティスもそう簡単には判明してはいないだろうことはわかっていた。近衛騎士団の有事体制はフォルティスが近衛騎士団の団長に就任した際に、参謀長に任命したクラウスと共に自ら王宮内を隅々まで見て周り作り上げた体制である。その体制にはフォルティス、そしてクラウスも絶対に進入を許さないとの自負を持っていた。

「必ずどこかに穴があるはずだ。思い込みを捨て、全ての可能性を考慮しろ」

「はっ」

「ここの指揮は任せる。俺は今日は私室で待機し今後の侵入に備える。何かあればすぐに連絡しろ」

「わかりました」

 フォルティスの私室は王家の私室へと続く通路にあり、王家に近づくためには必ずそこを通る必要がある。また、王家の人間に何かあればすぐに駆けつけるとこができる場所に位置していた。

 フォルティスは待機部屋を出ると、王宮内の警備を確認するために王宮全体を見回った後に私室へと戻り、部屋に入ると窓から再度見える範囲の体制を確認した。

 窓際に立つフォルティスは悔しさなのか怒りなのかはわからないが、拳を硬く握り全身を震わせている。

 そして、王家を危機に晒してしまったこと、そして自らが率いる近衛騎士団に死者を出してしまったことが許せなかったのか、突然、部屋全体が揺れる程の力で自らの拳を壁に叩きつけた。その拳と壁の間から血が滴り落ちる。

(……くそ)

 その夜、フォルティスは窓から外を見張り続けた。

 

 

 第四章 王国の抵抗 完

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