第四話 増援要請 前編
「皆の前でもう一度報告を聞かせてくれ」
帝国軍と対峙している前線の王国騎士団から大砦クラウストルムに対して増援要請があり、その報告が元老院に入った。
連絡を受けたウォルトは早急に元老達を招集し、王国騎士団からの使いの騎士に元老達の前で再度報告内容を話させる。
「はっ。前線の陣からの報告では、『現在トリトア渓谷にて交戦中。帝国軍は総勢六万に上り、対する我々は北方師団及び緊急展開師団の二師団で三万五千。帝国側からの波状攻撃によりこちらの被害が拡大している。既に全体の三割程が負傷。他の騎士達にも疲労の色が出始め、今後の士気の低下が懸念される。至急増援されたし』との要請です」
「ご苦労。下がってくれ」
ウォルトは報告を行った騎士を下がらせると、元老達を見渡した。
「六万……。想定外ですね。何故それほどまでに規模が拡大しているのです?」
アウロの問いにウォルトが答える。
「どうやらセシル王国側の国境警備軍が合流した様だ。この規模の差を考えると増援も止む無しと考えているが、皆の意見を聞きたい」
ウォルトは元老達に発言を促す。
「私も増援すべきと考えます。しかし、緊急展開師団を派遣した今、どこの師団を向かわせるか……」
アウロもウォルトの考えに同意したが、どこの師団を派遣するにしろ、ここにいる元老が治める街のどこかが危険に晒される可能性があるためか、派遣する師団にまでは踏み込めない。
「陛下、残る方面師団から一大隊づつ増援に向かわせてはいかがでしょうか?」
クレーネが各師団からの均等な増援を提案するが、それにオリゴが異を唱える。
「それでは間に合うまい。サビオ卿には申し訳無いが西方師団全軍を増援に出してはいかがか? 西方師団が守る国境はセシル王国との国境だ。同盟を結んだ今となっては西方師団を派遣しても問題ないかと。それに加えてセシル王国に援軍を依頼してはどうでしょう? 現在前線にいる師団に西方師団とセシル王国軍を加えれば、セシルの規模にもよるが戦力的には拮抗する。そうなれば帝国を押し返すことも可能かと。西方師団の防衛範囲内の瘴獣については短期間であれば憲兵隊でも対応可能でしょう」
憲兵隊とは本来は各々の街の内部で犯罪を取り締まるために設けられている組織であり、通常は対人を対象としており瘴獣の討伐などは行なっていない。
西方師団の防衛範囲にはクレーネが当主であるサビオ家の治める街リーフポートがあり、その近隣の小さな町や村もサビオ家の統治範囲である。オリゴの提案にクレーネは表情を崩すことは無かったが、国家の危機とはいえ自らの統治範囲の民が危険に晒されることは避けたく、内心は複雑と思われた。
<<確かに南方師団と東方師団は前線からは距離がある。すぐに指示を出しても到着までには数週間はかかるだろう。それまで前線の師団だけで耐えることが出来るかどうか。西方師団だけであれば数日で合流できる>>
しかし、クレーネの思いとは裏腹にコルトがオリゴの意見に賛同した。コルトが当主を務めるリウス家の統治範囲は北方に位置し、既に北方師団が前線展開しているため瘴獣退治には憲兵隊が駆り出されていた。そのコルトが同意したため、クレーネはオリゴの意見に意を唱え難く沈黙する。
<<しかし、セシル王国からの応援は難しいのではないか? そもそも、セシル王国の軍はそれほど大きくない。こちらに回す余裕があるかどうか>>
続いてフォンスがセシル王国からの援軍には疑問を呈するが、その問いにはオリゴが答える。
「それは問題ありますまい。先ほどの話では帝国はセシル王国と対峙する国境警備軍を我々への侵攻に回しているとのこと。であれば、いま帝国側にセシル王国と対峙している軍はないということだ。セシル王国側が侵攻される恐れがないとなればこちらに援軍を出せぬとは言えますまい」
オリゴは全員を見渡した。ウォルトは顔の正面で手を組み元老達の議論に耳を傾けている。
<<セシル王国側に対峙する軍がないのであれば、援軍を要請するのではなく直接帝国への侵攻を依頼してはどうか? セシル王国が帝国国内へ侵攻すれば帝国軍もこちらに回した国境警備軍を戻さざるえないでしょう。そうなれば前線の帝国軍は半数程に減るのでは?>>
コルトがセシル王国へ帝国侵攻の依頼を提案するが、それには今まで黙って聞いていたウォルトが異を唱える。
「それはできん。セシル王国側から帝国へはただでさえ危険を伴うルファエル山脈を越えることになる上、仮に越えて侵攻に成功したとしてもその後のセシル王国軍はどうなる? 小規模のセシル王国軍が帝国内で交戦となれば山脈のため退くこともできず全滅は免れないだろう。そんなことはとても依頼できん」
ウォルトがコルトの意見に反対すると、先ほどから黙っていたクレーネが口を開く。
「西方師団の全軍派遣には私も賛成させて頂きます。その上で、前線の師団と西方師団だけで帝国軍を退けることは難しいのでしょうか? 現在被害を受けていないセシル王国を巻き込むことには正直気が引けます」
クレーネは西方師団の派遣に正式に同意したが、セシル王国への援軍要請には異を唱えた。しかし、その言葉にオリゴは突然椅子から立ち上がると激昂する。
「何を言われるのだサビオ卿! 何のための軍事同盟と思われるか! 西方師団とセシル王国軍を派遣してもまだ帝国軍の動員数には及ばない!! それを西方師団の派遣だけで済ませればさらなる増援が必要になりますぞ!! その時にセシル王国に援軍を求めても遅い! 前線の王国騎士団はさらに負傷者と疲労を蓄積しているでしょう。投入すべき時は今しかありませぬ!! 時期を見誤るべきでない! 同盟国に援軍を要請するのに何を躊躇われるか!! 既に一刻を争う状況なのですぞ!!」
オリゴは両手をテーブルについて声を張り上げた。
「ヴェチル卿、落ち着かれよ。陛下の前であるぞ」
アウロに宥められるとオリゴは椅子に座り直す。クレーネもオリゴの突然の態度に驚いたが、その言葉には反論できず押し黙った。
他の元老達も沈黙する。クレーネの言うこともオリゴの言うことも理解出来たが、どちらが正しいとは言い難い状況に何も言えずにいた。ただ、前線の師団が苦戦し一刻も早い援軍を求めているのは事実である。意見を決めかねた元老達はその視線をウォルトへと向けた。ウォルトは先程から元老達の話を耳を傾け沈黙を保っていたが、重い口を開く。
「ヴェチル卿の言うとおりかもしれんな。確かに今の状況は一刻を争う事態であり機を逸すれば手遅れになるだろう。これより西方師団の前線派遣及びセシル王国への援軍を要請する。異論のあるものはおるか」
ウォルトは全員を見渡したが、誰も口を開かない。
「二刻後、もう一度ここに集まってくれ」
そう言うとウォルトは立ち上がり、元老達の再集合の了承を確認すると部屋を後にした。
ウォルトは元老院から外に出ると、王宮内にある通信室へと向かう。外は既に日が大分傾き空は夕焼けに染まっていた。ウォルトは立ち止まりその夕焼けを少しの間見つめたが、直ぐに王宮へと入りそのまま通信室まで行くと、中にいた通信官にセシル王国と通信球を開かせる。
通信官は中央に水晶の通信球が置かれた魔法陣に魔力を込め『力ある言葉』を唱えると、程なく通信球が淡い青色の光を放ち、セシル王国側の通信官が応答を返した。
<<セシル王国です。通信球が開かれたことを確認しました>>
「我はダルリア王国国王ウォルト・カイザスである。緊急の要件につきヴィント・セシアル殿と通信球での会談を希望する」
相手の通信官に対しウォルトは直接の会談を要請する。
<<こ、これはウォルト閣下。大変失礼を致しました。直ちに国王ヴィント・セシアルにお取次ぎ致します>>
突然の他国の王からの声に驚いたのだろう、相手の通信官は通信球を閉じずにヴィントの元へ連絡に行ったようだった。しばらくすると通信球から先ほどの通信官とは違う低い声が聞こえてくる。
<<セシル王国国王ヴィント・セシアルです。ウォルト殿、おられるかな?>>
「おお、ヴィント殿。ウォルト・カイザスです。突然の会談に応えて頂き感謝します」
<<なんの。同盟国から会談要請とあらば、喜んで時間を取らせて頂きますぞ>>
「ありがたいお言葉です。時間的猶予があまり無いため突然で申し訳無いが、本題に入らせて頂きたい。現在の我がダルリア王国の状況だが――」
<<援軍の件でありましょう?>>
ウォルトが説明を始めると、ヴィントの言葉がそれを遮る。
「ヴィント殿?」
<<わしとて遊んでおるわけではない。ダルリア王国の今の状況はわかっているつもりだ。そろそろ来るのではないかと思っていましたよ>>
「では、援軍を?」
<<無論です。こちらから同盟を持ちかけておいて、同盟国の危機に兵を出せぬでは道理が通りますまい。既に準備は整えてあります。いつでも進軍出来る状態ですぞ>>
ウォルトから相手の顔はわからないが、ヴィントは声は力強かった。
「痛み入る。そちらからそう申し出て頂けたことに深く感謝する」
<<では、これを正式な要請と受け取ってよいですかな?>>
「よろしく頼みます。この恩はいつか必ず返させて頂きます」
<<いや、同盟国として当然の事です。お気になさらないで下さい。では、どうすればよいだろうか? こちらは既に軍に招集を掛け、貴国との国境付近まで進めています。規模は一万程>>
「おお、それは助かる。では、国境を越えた後に北上して頂きたい。半日程北上したところにこちらの西方師団を駐留させておくので、合流後に帝国との国境へと向かってもらいたい。その際にこちらの指揮下に入って頂きたいのだが構わないだろうか? 無論、同盟国の軍として最大限の配慮をさせて頂く」
<<それは問題無い。では西方師団とは二日程で合流できるでしょう>>
「了解した。では、よろしく頼みます」
<<うむ。早急に取りかかりましょう>>
話が終わると通信球がセシル王国側から切断され青い光が消えた。
ウォルトは一つ大きく息を吐き通信室を出ると、元老会議まで時間があるため自らの執務室へと向かう。すると、執務室の前ではフォルティスが待っていた。
「どうした?」
「はっ、状況を確認させて頂ければと思いまして」
「そうか、では入れ」
ウォルトは中に入るとフォルティスもそれに続いた。ウォルトは机の椅子に腰を掛け、現在の状況を話始めた。
「今日の昼前くらいに前線の王国騎士団よりクラウストルムに報告が入った。帝国軍は総勢六万の軍をトリトア渓谷からこちらへ侵攻している。渓谷で王国騎士団がなんとか侵攻を食い止めているが状況は思わしくない。そこで、我々としては西方師団の増援派遣とセシル王国に対し援軍の要請を決定した」
「セシル王国に援軍を? 了承するでしょうか?」
「問題ない。既にたった今セシル王国へ援軍を要請し受諾された」
「そうですか。では後は時間との戦いといったところですね」
「うむ。セシル王国側も状況を読んでいてくれてな、すでに軍を編成していた。二日程で西方師団と合流する予定だ」
(準備がいいな。セシル王国も我々と同じ諜報部隊を持っているのだろうか?)
フォルティスはセシル王国の動きの速さに感心した。
「フォルティス、すまないがこの後再度元老会議があるのだ。それまでもう一度考えを整理したいのだが――」
「かしこまりました。では、失礼致します」
ウォルトの意を組んだフォルティスは敬礼し、部屋を後にした。




