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近衛戦記  作者: 島隼
第四章 王国の抵抗
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第三話 消耗戦 後編

 ――― キィン ―――

 

 オルカは飛来した矢を剣で弾くと腰に付けていたダガー(短剣)を抜き少し離れた所にいた帝国軍の小隊長と思われる兵士の首に投げ刺した。小隊長を失った帝国兵に対し、第ニ師団の小隊が追撃を掛ける。

 三日前からビルドが戦陣に来ているため、オルカはかなり最前線に近い位置で直接指揮を取っていた。

「第一大隊は帝国前衛の後方に回り込んで後退させるな!」

 オルカの指示に第一大隊が一斉に帝国軍の前衛後方に回り込もうとするが、間髪を入れずに帝国軍の後方部隊がその阻止に動く。

「ちっ! 攻めの動きは鈍いのに守りの動きは早いな。これではまるで我々が侵攻しているようだ」

「オルカ師団長!」

 声を掛けられた瞬間、オルカの直ぐ近くで二つの火球が衝突すると激しく燃え上がった。その炎と熱に乗っていた馬が前足を上げ大きく嘶き暴れだす。帝国側から放たれた火球をオルカの側で仕える魔法騎士が迎撃した瞬間だった。

「落ち着け!」

 オルカはなんとか馬を立て直すと未だ燃え上がる炎から少し離れ、迎撃した魔法騎士のところまで下がった。

「オルカ師団長。ここは既に帝国の魔法が届く位置です。あまり前に出られては――」

「大丈夫だ。この辺りでないと帝国軍の動きが細かく観察できん」

 そして、オルカが馬を帝国軍側に向けると同時に後退を告げる銅鑼の音が三度、トリトア渓谷に鳴り響いた。

「またか……」

 オルカは雲が立ち込め今にも雨が降り出しそうな空を仰いだ。スタインが来てからは常に最前線で交代することなく指揮を執っているためか、その表情にも疲労が伺える。昼夜を問わない帝国軍の波状攻撃は既に二桁を超えていた。

「こちらも撤収する! 第二師団は第三師団と交代! 第三師団は交代後に陣を構え待機、第二師団の大隊長は戦陣へ帰還後被害状況をまとめて報告せよ!」

 撤収指示を出したオルカは自身も馬を翻すと近くを通る大隊長の一人に馬を寄せ、共に戦陣へと向かう。

「感触はどうだ? 何か変化はあったか?」

「いえ、特に変化は見られません。やはり、戦い方も無理をしないということが末端の小隊にまで徹底されているようです。こちらの挑発や誘いには一切乗ってくる気配がありません」

 聞かれた大隊長の表情にも疲労の色が濃い。

「本気で消耗戦を狙っているか……」

「おそらく」

「お前の範囲だけでよい、被害状況はどうだ?」

「死亡者が数名出ています。負傷者は今までの戦い全てで合わせて二割程です。魔法により治療を行い動けるものは大隊に戻していますが、既に疲労が大分蓄積されてきています」

「わかった……」

 話をしている間に二人は戦陣に到着し、オルカは他の大隊長からも被害状況の報告を受けるとスタインがいるテントへと向かった。中に入るとスタインの他にシハタがおり、共に中央にある卓の椅子に座っていたが、オルカに気づいたシハタは立ち上がりオルカを迎える。

「帝国軍がまた後退したようだな?」

「はい。こちらも前線を第三師団と入れ替えました」

「帝国軍の動きに変化は?」

「特にありません。一定間隔で攻撃と後退を繰り返しています」

 オルカの報告にスタインは片肘を付き頬を載せると目を閉じた。

「こちらの被害は?」

「全体として死者は数十名、負傷者は師団にもよりますが全体では約三割程、その内の五割は治療後に戦闘に復帰しています。しかし、各師団とも疲労が表れてきており士気にも影響が出始めています。何よりこのままでは回復もままならなくなるかと」

 魔法による怪我の治療は体力を著しく消耗する。スタインは目を閉じたままだったが、その表情は険しさを増していた。

「帝国軍も似たような状況だと思うか?」

 スタインの問いに今度はシハタが口を開く。

「いえ、負傷者の割合は同じか、もしくは帝国軍側の方が多いかもしれませんが、やはり動員数の違いにより一人当たりの戦闘回数はこちらの半分以下でしょう。それにより、そもそもの疲労の量もさることながら休息もこちらの倍の時間が取れることになりますので、回復魔法も行いやすく復帰できる者もこちらより多いと思われます。これが続けば……」

 シハタは一呼吸置くと再度続ける。

「続けば、いずれこちら側は疲労により回復魔法を掛けることに制約が出てきます。そのため、負傷者の戦線復帰が難しくなり戦闘ができる動員数にさらに差が生まれてくると思われます」

「――オルカ。攻めてきた帝国の前衛部隊を大きく叩く余地は?」

 スタインは表情を変えることなく目を閉じたままでいる。

「難しいですね。常に攻撃の開始は帝国側からですが、いざ戦闘が始まると帝国は守りに徹するかのような戦い方をしています。そのため、こちらから攻勢に出ることが難しくあります。徹底して我々の消耗を狙っているようです」

「こちらから先に攻撃を仕掛けることは?」

「仕掛けることは可能ですが、目標が定めれらません。我々だけで帝国軍の殲滅を行うことは無理です。相手の司令官を倒せれば撤退に追い込むことも出来るかもしれませんが、相当後方にいるのか居所が不明です。目標無く仕掛ければ無駄に戦力を消耗しかねません」

「八方塞がりだな……。攻めることは出来ず、守りながら徐々に戦力を減らしていくだけか。このままでは先に戦力が尽きるのは我々になる」

「戦力があるうちに手を打たなくてはなりません」

「ああ」

 スタインもオルカと同意見だったがそれ以上の言葉は出てこず、誰も口を開かないまま静寂が流れた。そして、しばらく続いたその静寂をスタインが自ら破る。

「――状況はわかった。俺は一度本陣へ戻る。オルカ、悪いがもうしばらくこのまま耐えてくれ」

「わかりました」

 先程から表情を変えることの無いスタインは、立ち上がるとテントを後にし本陣へと戻った。

「スタイン様に何か考えがあるのでしょうか?」

 シハタの言葉にオルカはゆっくり首を振る。

「策は無い。小手先の策が通用する状況ではない。スタイン副団長はおそらく……」

 オルカは最後まで言葉を発すること無くその場を離れ、テントにはシハタ一人が残された。

「やはり。そうなればオルカ様もスタイン様も無念であられよう」

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 本陣へと戻ったスタインは到着後に直ぐにトリストがいるテントに入ると、トリストがスタインを厳しい表情で迎えた。

「前線の状況はいかがでしたか?」

「よくない。帝国軍はやはり消耗戦に徹している。こちらの被害が確実に広がり、今後も増えていくだろう。その上、打開策もみあたらない」

「そうですか……」

「何か策はできたか?」

 スタインは三日前と同じ問いをトリストに投げかけた。

「一つあります。いえ、むしろそれ以外に手立ては無いと思われます」

 スタインの問いに応えたトリストの表情には複雑な思いが込められていた。しかし、その表情からスタインにはトリストが自分と同じことを考えていることが感じられた。

「増援要請、か?」

「はい……」

 スタインの言葉にトリストは頷いた。二人の表情は厳しくその判断がいかに重いかを物語っていた。

 スタインが副団長として行う増援要請は、他の師団長が行う増援要請とはまったく意味合いも重みも異なる。ダルリア王国には東西南北の方面師団と王都と公都の防衛師団が存在するが、有事の際に元老会議や国王からの指示、もしくは各師団からの増援要請を元老達が承認した場合に派遣されるのがスタイン率いる緊急展開師団であり、他に増援専門の師団は無い。

 その緊急展開師団の師団長を兼務するスタインがさらに増援要請を行うということは、王国騎士団、そして国王及び元老達に大きな決断を迫る行為だった。

 そもそも国王や元老達が増援を許可できるかという問題がある。それは、仮に許可するとしてもどこの師団が増援に向かわせるか、また、向かわせた後にその師団が担当していた地区の防衛はどうするのかを総合的に判断しなければならない。

 王国騎士団の任務は他国からの侵略に対する防衛だけでなく、時折発生する瘴獣退治も担っている。普段は瘴獣が発見され次第速やかに王国騎士団により退治されるが、その王国騎士団がいなくなれば瘴獣がそのまま放置されることになり、王国の民に被害が出る可能性もある。

「やはり、それしか方法は無いか……」

「はい。誠に無念ではありますが、しかし、遅くなれば我々前線の被害も大きくなり、手遅れとなる可能性があります。我々の被害が少ないうちに増員を行わなければ、この状況の打開が出来ませぬ」

 トリストはうつむいた。軍師官として満足な策を提示することができず、ある意味で一番単純な人数を増やすということしか提示できないことに責任を感じていた。

「――わかった。トリスト、増援要請を許可する。クラウストルムに連絡を取り、状況を説明し増援を要請しろ」

「かしこまりました……」

 トリストは応えると通信用のテントへと急いだ。

 一人その場に残ったスタインは無念さを噛み締めていた。王国騎士団の副団長として現場総指揮を任されているにも関わらず、事態の収拾が行えないことに己の不甲斐なさを感じ、自分に対する怒りがスタインの感情を支配しつつあった。

 しかし、スタインはその感情を振り払うかのように拳を卓に叩きつけると天井を仰ぎ、目を閉じ深く呼吸をすると、怒りの感情に支配されぬように自らの心に言い聞かせる。

 そして、ある程度冷静さを取り戻したスタインは、オルカに伝えるために同じく通信用のテントへと向かった。

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