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近衛戦記  作者: 島隼
第四章 王国の抵抗
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第二話 衝突 前編

 王国騎士団副団長スタイン・プハロスが率いる緊急展開師団は、国王ウォルトの指示により帝国との国境から二日ほど手前の位置で陣を張っていたが、元老院より帝国からの宣戦布告の報を受け、北方師団が陣を張るコルシア草原まで数刻の位置を進んでいた。

「間もなく北方師団の陣に到着します」

「ああ」

 師団の先頭で隣を走る軍師官からの報告にスタインは頷く。

「しかし、何か帝国軍の動きが遅いように思われます。規模が大きいせいもあるのかも知れませんが」

「確かにな。何かを待っているのか……。だが、それならそれでこちらにとっても好都合だ。北方師団と合流しても、戦力は僅かに我々が劣る。外征軍の国境突破を阻止するためには最初から万全の状態で望む必要がある」

「そうですね。北方師団も未だ帝国軍と接触していないとのことですので、こちらが北方師団と合流後に迎え撃つ布陣が整った状態で待ち構えることが出来れば、この程度の戦力差であれば十分に埋めることが出来るかと」

「ああ、そのためにも余裕を持って合流したい。急ぐぞ!!」

 スタインは乗っている馬の腹を蹴ると、馬は嘶きを上げながら速度を上げた。



 そして、ダルリア王国北方の防衛にあたっている北方師団は、王国騎士団長のルーク・アステイオンからの警戒命令を受けた後、帝国との国境近くにあるコルシア平原に師団全軍を招集し、陣を張ると帝国軍の警戒にあたっている。

 帝国軍の動きは元老院を通して得られる近衛騎士団が収集した情報と、斥候せっこうにより直接得た情報とである程度の動きは掴めていた。

 しばらくして、元老院から緊急展開師団が合流に向かったとの連絡が入り二日が経過した頃、陣内の中央にあるテント内で北方師団の指揮を取っている師団長の元に、一人の騎士が入っていった。

「オルカ師団長、スタイン副団長が到着されました」

 テント内には癖のある黒髪をした四十前後の北方師団長オルカ・ティグリスの他に、師団所属の作戦立案者である若い軍師官シハタ・エルキス、そして報告に来た騎士がいた。

 オルカと騎士は王国騎士団専用の青い鎧を身に着けているが、軍師官は近衛騎士団の参謀長とは違い騎士ではなく文官のため鎧は身につけておらず、帽子と軍師官専用の特殊な青い布で織られたローブを身につけている。

「早いな。よし、ここに御連れしろ」

「はっ」

 オルカの正面にある四角い木製の卓の上にはこの辺り周辺の地図が広げられ、北方師団の敷いている陣を表す駒が並べられている。その地図の眺めながらオルカはスタインが来るのを待った。

 そしてそれ程時を待たずに、鎧の胸の位置に王国騎士団の副団長であることを示す紋章を付けた、濃く蒼い髪を後ろに流した四十代半ば程の男、スタイン・プハロスが緊急展開師団の軍師官トリスト・カマルと共にテントの中へと入ってきた。王国騎士団の副団長は緊急展開師団の師団長を兼ねている。

 オルカとシハタはスタインを敬礼で迎えた。

「オルカ、ご苦労。さっそくだが帝国軍の状況を説明してくれ」

「はい。帝国軍は国境から半日程の位置まで進軍後、現在はその場に陣を張り兵を休めているものと思われます。斥候に出している者がそろそろ戻ると思われますので、詳細はその時に」

「よし、斥候が到着するまでの間に周辺一帯の地形の説明と、こちらの配置状況を聞かせてくれ」

「わかりました。シハタ、説明してくれ」

 隣りにいたシハタはオルカに促されると、卓の上に広げられた地図と駒を使ってスタインとトリストに説明を始めた。

 そして、周辺の状況説明が終わるのとほぼ同時に斥候が戻ったとの知らせがテントに届くと、オルカは報告に来た騎士にここに連れてくるよう伝えた。

「いい知らせを持ってきてくれているといいがな」

「どうでしょうか。帝国軍の動きは嫌な不穏さを感じます。動きが読み難く、何か策を弄している気がしてなりません」

「そうらしいな。近衛の方でも動きが掴めずにいるらしい。あまり期待せずに待つか……」

 その後すぐにテントの幕が上がり、斥候に出ていた二名の騎士が、相当馬を飛ばして来たのか息遣いが乱れたままテント内へと入って来た。

「どうやら、急ぎの報告がありそうだな」

 騎士の一人がスタインの言葉に頷くと、急ぎ呼吸を整え口を開いた。

「は、はい。帝国軍は数刻程前に移動を再開。間もなくトリトア渓谷よりダルリア国内へ侵入するものと思われます」

 トリトア渓谷とは、ダルリア王国の西に位置するセシル王国の北側、アルデア帝国の南側に広がるルファエル山脈の中にある広大な渓谷である。ルファエル山脈自体はロビエス共和国側まで続いているが、この一角だけが山の切れ目となっており、アルデア帝国側からダルリア王国側に入るための唯一起伏の少ない道となっている。

 ここ以外では西のルファエル山脈を越えるか、東のロビエス共和国内を進むしか道はない。ルファエル山脈は高く険しい道程のために大軍を率いて越えることは難しく、またロビエス共和国内を帝国軍が通過することは当然不可能である。そのため、トリトア渓谷を抜けてくるであろうことは王国騎士団も予想していた。

「帝国軍の規模は?」

「それが……、セシル王国側の国境警備軍と思われる部隊が外征軍に合流し、その数六万程に達していると思われます!」

「六万だと!」

 オルカが驚愕の声を上げる。オルカ達は国境警備軍に動きがあることは掴んでいたがその規模まではわかっておらず、合流した上にそれ程までに規模が膨れ上がっているとは想定していなかった。対する王国騎士団は北方師団の二万と緊急展開師団の一万五千、総勢三万五千程であり、帝国軍は倍近い動員数ということになる。

「オルカ、お前の予想通りの報告だったな」

「……いえ、残念ですが予想以上です」

 スタインの静かな指摘にオルカは冷静さを取り戻したが、その表情からは深刻さが感じられた。

「だが、悲観することばかりじゃない。予想通りトリトア渓谷を抜けてくることはこちらにとっては好都合だ。それほどの大軍を通過されせるには軍勢を相当縦長にする必要がある。地形をうまく利用すれば互角以上の戦いも可能だ。帝国をトリトア渓谷内に留めておけるかどうかが鍵だな」

 スタインは悲観的になりつつあったオルカ達とは違い、冷静に現状を分析する。

「よし、本陣を移すぞ!! トリトア渓谷の手前に前線となる戦陣と、その後方に本陣の二段階に分けて陣を張る。オルカ、お前は戦陣で指揮を取れ。トリスト、シハタは北方師団と緊急展開師団を合わせて再編成し師団を三つに分けろ! その内の一つをオルカに預け戦陣にて待機。残りの二つは戦陣後方でいつでも前線と交代できる準備を整えておけ!」

 『はっ!!』

 スタインからの指示を受けた三人はその場を離れ各々が自らの作業に移るためにテントを出た。スタインはその後もしばらくテント内に残り、地図を見ながら帝国軍の動きの想定と自軍の詳細な布陣位置を検討後にテントを出る。

 トリトア渓谷まではここから一刻も掛からない程度の距離ではあるが、移動の準備と師団の再編成も行うために出発までにはしばらく時間が掛かりそうだった。

 天空はこの緊迫した状況にはあまり似つかわしくない雲ひとつ無い晴天であったが、そのせいで大地が乾き、進軍準備を進めている騎士達が忙しく動いているために大量の土埃が舞っていた。大隊長達はトリストとシハタの周りに集まり、師団を再編成するための説明を受け、オルカは他の騎士たちを直接指揮し陣の撤収作業を進めている。

 スタインはそれらを確認してまわり最後は開けた場所でしばらく待つと、三編成された師団が移動準備を完了しスタインの前に整列した。

 そして、これからの王国騎士達の戦いを労うかのように柔らかな風が一度吹くと、それまで舞っていた土埃が共に流され陽の光に照らされた青い鎧が美しく輝いた。

 スタインは自らの馬に跨ると、同時に近くにいたトリストが手を上げ全員の注目を集める。

「よし。今後、この三師団を第一師団、第二師団、第三師団と呼称する!! 第一師団はオルカ師団長と共にトリトア渓谷手前に戦陣を張り帝国軍を迎え撃て。第二師団は戦陣後方にて待機。第三師団は我と共に本陣設営後、本陣の防衛にあたれ!! 帝国軍と接触後は第二、第三師団との入れ替えを行いつつ、帝国軍の侵攻を防ぐ。いつでも交代できるように第一師団以外も常に戦闘態勢に入れる準備をしておけ!!」

 『はっ!!』

 スタインは声を張り上げ騎士達に指示を与えると、騎士達はそれに応えた。

「よし、進軍開始!!」

 スタインの号令とともに王国騎士団はトリトア渓谷に向けて移動を開始する。先頭にはスタインとオルカ、その後ろにトリスト、シハタ、そして各師団が続いた。

「オルカ、シハタ。戦陣を張り次第すぐに通信球を設置しろ。帝国軍との兵力差がこれだけあると判断の遅れや状況の読み違いは命取りとなる。些細なことでも構わないから何か少しでも状況に変化があったらすぐに本陣に連絡をいれてくれ」

「はっ」

「トリスト。お前も本陣に通信球を設置したら常に誰かそばにいるように手配しておけ」

「かしこまりました」

 進軍中もスタインはオルカ達と詳細を話し合いながらトリトア渓谷へと進んでいった。そして、王国騎士団が進軍する途中、延焼のあとが残り、破壊されままになっている村の中を通り過ぎる。スタインとオルカは無意識に敬礼し、静かに黙祷を捧げた。

 ここは十二年前に帝国がダルリア王国へ侵攻した際に犠牲となったヒリーフの村である。そして、その戦争時にスタインは北方師団の大隊長として、オルカは小隊長として参加していた。ヒリーフの村を守りきれずに大きな犠牲を出してしまったことは二人の心に今でも後悔と戒めとして残っていた。二人の姿にトリストとシハタ、そしてそれに続く王国騎士団全員が黙祷を捧げ、ヒリーフの村を静かに後にした。

 そして本陣設営予定地に辿り着くと、ここでオルカ、シハタそして第一、第二師団と別れ第三師団が本陣の設営を開始した。この場所から戦陣予定地までは半刻程であり肉眼で確認できる位置にある。

 スタインは本陣の設営をトリストに任せると前方の戦陣を遠巻きに眺めた。第一師団、第二師団も予定地に到着し、第二師団が戦陣の設営を開始しており、第一師団は既に戦闘態勢に入っていた。

「二度と失態は犯さん……」

 スタインは決意を新たにすると、本陣に設置された自らのテントへと入った。

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