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近衛戦記  作者: 島隼
第四章 王国の抵抗
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第一話 ルナの思い

「侵攻の口実がヒリーフの奪還とは……」

 アウロが誰にともなく呟く。

 つい今しがたアルデア帝国より通告された宣戦布告のあと、ウォルトは急遽元老会議を開いた。そして、ウォルトの口から帝国からの宣戦布告の内容が伝えられたところだった。

<<ふざけている!! そもそもヒリーフの村は元々我々の領土ではないか。前の侵攻の際に一時的に帝国領になったに過ぎない。それを奪還などとは!! 帝国の言っている返還要求とはなんです? 私はそのようなものが来ているとは聞いていない!>>

「落ち着け、リウス卿。そんなものが帝国から来たことはない。そもそも今はヒリーフの村自体が存在しない。ヒリーフの村跡地があるだけだ。これは帝国が第三国に示すための口実に過ぎない」

 通信球を通しても伝わってくるコルト・リウスの怒りの声をウォルトが宥めた。ヒリーフの村は元々北方の領主であるリウス家が治める村の一つであり、先の戦争時にもっとも被害を受けた村だった。それ故にコルトの怒りももっともと言えた。

 ヒリーフ村は十二年前に帝国の突然の侵攻により壊滅した村であり、村人の大半は戦争に巻き込まれ死亡。生き残った者たちも近隣の街や村に移住しているため、現在は戦争の傷跡を残す跡地としてのみ存在していた。近衛騎士見習いのルナ・コルもこの村の出身である。

「しかし、他国に示すには効果的ですね。ヒリーフの村は帝国との国境に程近く、第三国にはわかりにくい場所だ。帝国が先にそう宣言すれば他国は口を出すことは無いでしょう」

 クレーネの表情は厳しいが落ち着いた口調であり、元老の中では一番現在の状況と事実を冷静に受け止めているようだった。

「緊急展開師団は前線へ?」

「うむ。北方師団と合流するように手配した。帝国が国境線に到着するよりも先に到着できるだろう」

「そうですか」

 オリゴの問いにウォルトが答えると、オリゴは安堵の表情を浮かべる。

「しかし、これで帝国の目的ははっきりしましたね」

 アウロはウォルトに視線を送る。

「うむ。ヒリーフの奪還を名目にダルリア領内に侵攻、そして制圧……か」

<<帝国は我らを甘く見ている。四万程度の軍勢防げぬ数ではない!!>>

 コルトは未だ怒りが収まらない。

「北方師団と緊急展開師団合わせて三万五千程になります。ある程度引き込んで地の利を生かせば退けることは可能でしょう」

 クレーネの言葉にこの場にいる者達が頷いた。

「だが、油断は禁物だ。国境に帝国の姿が見えれば前線の師団から連絡があるだろう。その際にもう一度集まってもらいたい」

 ウォルトの言葉に元老たちが頷くと元老会議は一時散会した。

 

 

 アルデア帝国からの宣戦布告の後、フォルティスはクラウスとボストを自室に呼ぶと近衛騎士団の今後の動きについて話し合った。その後フォルティス達は待機部屋へと戻り、中にいた近衛騎士達を部屋の中央に集め整列させた。その中にはルナの姿も見える。

 そして、近衛騎士達の正面にフォルティスを中心にクラウスとボストが両脇に並び、フォルティスが近衛騎士達に宣戦布告のことを告げる。

「全員聞いてくれ。先程、アルデア帝国より王宮より通信球が開かれ、帝国から『宣戦布告』が通告された」

 フォルティスは不安を煽らないように努めて冷静の口調で告げた。それでも、この場にいる近衛騎士達も突然のことに驚きを隠せないようだった。整列を乱すようなことはなかったが、緊張がフォルティス達にも伝わってくる。

「今はまだ王国騎士団と帝国軍は接触していないが、それも時間の問題だ。また、宣戦が布告された以上は既に戦争は開始されていると考えるべきだ。帝国側にはアサシンと呼ばれる暗殺部隊がいるとみて間違いない。そして、その者達が動けば狙ってくるのはこの王宮であり、王家の命である可能性が高い」

 その言葉で近衛騎士達にさらなる緊張が走ったが、恐怖ではなく全員の表情が引き締まったように感じられた。近衛騎士団はこのような際に王家を守る組織であり、この場にいる全員がそのことを熟知している。

「これより我々近衛騎士団は有事体制に移行する。全員、自らの責務に全力であたり、やつらに一分の隙も見せるな。以上」

 『はっ!!』

 フォルティスの言葉が終わるとクラウスから有事体制に係わる指示が伝えらる。クラウスの話が終わると、近衛騎士達はこの場にいなかった者達に連絡に行く者、態勢強化のために追加で見張りや哨戒に出る者などで待機部屋はしばらくざわついた。

 ボストは自らが連れて来た大公宮の近衛達に、諜報部隊からの情報を確認するように指示を出している。

 クラウスがその場にいる者達への指示が終わると、フォルティスはクラウスを呼んだ。

「クラウス、王宮外に住まう文官、侍従の出入りを全て近衛を通すように手配してくれ。その際に近衛には本人確認を怠るなと」

「文官と侍従のですか?」

「ああ、帝国のアサシンがどう出るかわからない。侵入してくるとすれば出入りしている文官、侍従に化ける可能性がある」

「わかりました」

 近衛騎士団が有事体制を取ると見張りと哨戒の人数は五割程増やされ、アウロを含めた王族の人間には常時二人の近衛騎士が護衛に着くようになる。また、王宮内の王族以外の者達に対する全指揮権は近衛騎士団長に移行される。

「ルナはどうします?」

 クラウスは他の近衛騎士達に何かの話を聞いていたルナに一瞬目を向けフォルティスに尋ねると、不意に名前が聞こえたルナはフォルティス達の方に顔を向けた。

「……外せ」

 その声が聞こえたのか、ルナはフォルティス達の元に足早に歩み寄った。その表情からは抗議の色が伺える。

「何故ですか? 見習いとはいえ私も近衛騎士の一人です! 私も王宮の警備に参加します!!」

「ルナ、これは訓練ではないのだ。帝国から宣戦が布告され、王族に危険が及ぶ可能性がある。未だ近衛として未熟なお前を体制に組み入れることはできない」

 クラウスは興奮しているルナを諌めたが、ルナも引き下がらなかった。

「でも……、私は王家の人たち守るために近衛騎士になったんです!! それなのに、大事な人達に危機が訪れるかもしれない時に体制から外されるなんて!! なんでもやります。どうか私も体制に組み入れて下さい!!」

 ルナは前の帝国との戦争により、身寄りの無くなった自分を我が子のように育ててくれた王家、特にフロリアに大きな感謝の気持ちを持っている。そして、今王家を狙おうとしているのは自らの村を滅ぼしたアルデア帝国であった。ルナも自分が見習いの立場であり正式な近衛騎士ではないことは承知しているだろうが、それでも自分の家族だと思っている者達を守るために少しでも何かしたいという一心だった。

 そして、似た境遇を持つフォルティスもルナの気持ちは重々承知している。フォルティスはしばらくクラウスとルナのやり取りを聞いていたが、片手でクラウスを制するとゆっくり口を開いた。

「……わかった。お前はフロリア様の護衛に付け。片時も離れるなよ」

 フォルティスの言葉にルナは表情に一瞬の驚きと喜びを見せた後、すぐに緊張が戻り表情が引き締まる。

「は、はい!!」

「では、すぐに行け!!」

「はい!! 失礼します!!」

 ルナはフォルティスとクラウスに敬礼をすると足早に待機部屋を出て行った。

「団長! よろしいのですか?」

 クラウスはフォルティスの予想していなかった言葉に驚いた。

「すまない。責任は俺が取る。フロリア様の護衛はルナを含めて三人体制にしてくれ」

「……なるほど。わかりました」

 フロリアの護衛態勢をルナを含めた三人体制ということは、事実上ルナは戦力として数えられていない。だが、それによってルナの心が納得するのであればというフォルティスの配慮だった。また、フロリアであればその体制からフォルティスの意を理解し、取り計らってくれるだろうと考えていた。

「では、私は他の近衛に指示をして参ります」

「ああ、頼む」

 クラウスが待機部屋を出ると、ほぼ同時に普段は大公宮にいる近衛の一人が部屋へと入りボストに何か紙を手渡すと、ボストはそれを一読しフォルティスの元へ歩み寄った。

「団長、諜報部隊より連絡がありました。帝国軍は後三日で国境付近に到達する模様。数は四万程で間違いないとのことです」

「そうか……」

 王国騎士団は既に帝国軍を四万の想定で行動している。

「それと、新たな情報ですが、セシル王国側の国境警備軍も動いている可能性があるとのことです。ただ、こちらはルファエル山脈を挟んでいるため確認し難く、詳細は不明です」

「合流されると厄介だな」

「ええ。可能性としては合流、物資支援、ロビエス共和国側への牽制等が考えられるかと」

「わかった。陛下への報告は俺の方で行っておく。ボスト殿は引き続き情報収集に努めてくれ」

「わかりました」

 ボストも待機部屋を後にした。

(これで、今やれることは全てやった。しかし、何故……)

 フォルティスはもう一度やり残したことは無いことを確認したが、帝国の一時的な進軍停止や宣戦布告など腑に落ちない点が多く、漠然とした不安は消えなかった。

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