第一話 元老会議
クレアティオ大陸の南端の中央部には、国王ウォルト・カイザスが治めるダルリア王国という国家がある。
北西のアルデア帝国、北東のロビエス共和国と大陸を二分する二つの大国と国境を接し、また自国の西側には北西にあるルファエル山脈から南のカリフ海へと流れるラーナ川を国境線としてセシル王国があり、東側には自国を走る街道がそのまま続く都市同盟と呼ばれる都市の同盟体に挟まれた地域に位置している国である。
国内は西方にあるラートゥムの森と北東の妖精の森という二つの広大な森以外は肥沃な草原と丘陵地帯から成っており、張り巡らされた街道沿いには多くの街や村が点在している。そして、国内の人々は農業や畜産を生活の基盤として豊かに暮らしていた。
また、国内には人族だけでなくドワーフ族やエルフ族も共に住んでおり、王国のほぼ中央にある王都ルキアや東の第二都市である公都シーキスなどの大都市では、彼らの作る優れた金属加工品や織物を仕入れ、それらを国内や国外へ商品として売買する交易商達による商売が盛んに行われており、そこから派生する富により大いに栄えていた。
そして、王都ルキアの中心部には噴水のある大きな広場があり、王都ルキアに住む住民達の憩いの場となっている場所がある。中央にある噴水の近くでは楽士の奏でる楽器の音色に乗せて詩人がダルリア王国の建国物語声高らかに歌い、その歌声に大勢の人々が耳を傾けていた。
この王都ルキアの噴水広場からは街道が十字の伸び、西はラートゥムの森を抜け観光都市リーフポートからセシル王国との国境となっているラーナ川まで、東は公都シーキスを抜けそのまま都市同盟へと入り、南は遠く離れたカリフ海に面する港湾都市オーシャルカーフ、北は王都の北端にある王宮に続いている。王都内の街道沿いには、様々な露天商が立ち並び、その間を王都の人々が忙しそうに行き交い、街道を少し外れた場所は王都の民の住む住宅街となっており、近くの道では子どもたちが元気に遊んでいた。
王都の北端にある城壁に囲まれた王宮は国王の住む城としてはそれ程大きいものでは無かったが、建国初期の頃に建てられた歴史を感じさせるその荘厳な作りと堅牢さは大陸随一と名高い。また、城壁の内部にある建物は、王宮だけでなく半球状の屋根を持つ元老院と呼ばれるこの国の政治の中心となっている建造物や王家の守護を行なっている近衛騎士団の宿舎も共にある。
元老院の内部には、この国の政治の実務を担当している文官達が執務を行う部屋や資料室があり、そこで多くの文官たちが内政から外交まで執権者により決められた国の方針に従い忙しく働いていた。この国の政の全ては元老院を起点に通達される。
そして、そこでは今まさにこの国の元老と呼ばれる執政者と国王、大公が一同に集い、三ヶ月に一度開かれるこの国の方針を決定する最高意思決定会議である元老会議が開かれていた。
元老院内の中央にある元老会議専用の会議室には窓は存在しなかったが、天井と壁に据え付けられている灯用の魔石が室内を明るく照らしていた。そして、磨かれた大理石で作られた円卓が部屋の中央に置かれ、その最奥には元老会議の議長を兼務する国王ウォルト・カイザスが座り、その隣にこの国の大公アウロ・グラウィスが座る。
大公家であるグラウィス家はダルリア王国の東方にある王都ルキアに次ぐ大都市、公都シーキスの領主でもあり当主アウロは低位ながら王位継承権をも持つこの国の王族の一人でもある。公都シーキスは王国の方針には従っているが、外交と防衛以外の自治が認められてもいた。
そして、両名を起点に円卓を囲むようにこの国の元老と呼ばれる五名の大貴族が席に付いていた。
円卓に座る者たちは全員が五十から六十歳程の年齢であり、先程からこの国の内政から外交に至るまで幅広い議題を議論し、問題の是正や今後の方針について話合っていた。
「陛下。最後の議題ですが、先日前もってご連絡した通りロビエス共和国からの特使が私の元に来ております。目的は交易品の対象の拡大と現在都市同盟経由となっている取引を直接取引に切り替えたいとのことです。私としては受けてもよいかと」
大公アウロはロビエス共和国の特使が持参した親書をウォルトに見せた。
「うむ。交易品の拡大の話は進めていいだろう。だが、交易を直接取引に切り替える話は我々とロビエス共和国側だけで決めず、都市同盟とも話し合ったほうがよいだろう。急に直接取引に切り替えては都市同盟で仲介業を営んでいる者たちへの影響も大きい。都市同盟ともよく話し合い、影響が最小限で済むように配慮してくれ。それと、ロビエス共和国に特使など送らず商人を使うように伝えておいたほうがよいだろう。あれから時が経ったとはいえ、セシル王国との同盟締結を控える今は時期が悪い。またアルデア帝国の誤解を招き、無駄に刺激するようなことは避けたい。しばらくは民間外交以上のことは出来んともな」
「承知しました。確かに十二年前と同じことを繰り返すわけにはいきませんからね」
アウロは神妙な面持ちで新書を懐に仕舞う。
ウォルトは手元の議題が書かれている羊皮紙に視線を落とすと、今回の元老会議での議題が全て終了したことを確認する。
「よし。本日の議題は以上だ。他に何かあるか?」
予定された議題以外に元老達に持込の議題が無いか確認すると、円卓の正面に座っていた白髪の多く交じる黒髪の男、元老の一人ヴェチル卿オリゴ・ヴェチルが軽く手を上げた。それ以外の元老達からは特に反応は無い。
オリゴ・ヴェチルは王都の交易路を取り仕切るヴェチル家の当主であり、円卓を囲む者達の中では一番若く五十代前半程の年齢である。
「陛下、一つよろしいか?」
「なんだ?」
「先程話に上がったロビエス共和国と都市同盟でエルフ族の作る織物の需要が増しています。しかし、エルフ達にそのことを伝えても生産量を増やし需要を満たそうとはせず品切れの状態が相次いでいます。生産量を増やすように依頼してもエルフ達は聞く耳を持ちませぬ。陛下から直接生産量を増やすように命じてもらえないものでしょうか?」
オリゴは不満を隠そうともせずに顔をしかめたままウォルトに訴えた。エルフ族の造る織物は絵柄がきめ細やかで肌触りもよく、この辺りではダルリア王国以外ではエルフ族と交流がなく手に入れることが難しいため、周辺諸国とは高値で取引されていた。
「何を言っておるのだ。他種族とは内政不干渉が原則。依頼ならまだしも命ずるなどもってのほかだ」
ウォルトは厳しい視線をオリゴに送ったが、その視線に気付いていないのかオリゴはさらに言葉を続ける。
「しかし、交易量が増えればその分エルフ族の収益も増える。エルフ族にとっても利はあるはず。陛下のお言葉であればエルフ族も耳を貸すでしょう」
「エルフ族がそれほど金銭を欲しているとは思えません。エルフ族の利ではなく、交易を取り仕切るあなたに一番の利があるからではないのですか?」
ウォルトの代わりにアウロが答えた。オリゴの話に苛立ちを覚えたのか、日頃は温厚なアウロの表情も厳しさを増している。しかし、オリゴはアウロの視線にも臆することなく言葉を続ける。
「否定はしませぬ。だが、エルフ族とそれにドワーフ族もそうだが、単独では他国との交易を行えず我々に依存しているのが実情だ。それに、国家防衛についてもわれわれに任せきりだ。いつまでも自由にさせておかず、政治的にも王国の支配下に置くべきではありませぬか?」
大公アウロ・グラウィスは王家であるカイザス家とは家名は違えど王位継承権を持つ王族の一人であり元老といえども格式が違う。王族であるアウロに対するオリゴの態度に他の元老達は不安そうな表情を向けた。
「エルフ族やドワーフ族は他国との交易を望んでおるわけではあるまい。我々が交易品として仕入れているだけであろう。そもそも他国とこの国との国境線を敷いたのは我々人族だ。当然その防衛も我々の責務。他種族にとって身に覚えのない国境線の防衛に参加しろというほうがおかしいであろう?」
オリゴの問いに答えたウォルトの口調は、興奮するオリゴを宥めるようにゆったりとしている。
「しかし――」
「もうよい。この話、聞かなかったことにする。他になければ本日はこれにて散会とする」
尚も言葉を続けようとするオリゴをウォルトの言葉が遮った。
ウォルトが散会を宣言するとアウロを除く元老達は立ち上がり、ウォルトとアウロに深々と礼をすると会議場から退室した。オリゴは散会後もウォルトに何かを言おうとしたが、アウロに止められたため渋々会議場を立ち去っていった。
「困ったものですね」
会議場に残ったアウロが溜息と共に声を漏らす。
「そうだな。ヴェチル卿は有能ではあるのだが我欲が強すぎる。元老になってから日が浅いためか他種族との関係を誤解しているところもあるようだ。もう少しこの国を導く元老としての自覚が欲しいものだな」
ウォルトは手元の羊皮紙をまとめながら立ち上がると、アウロと共に元老院の出口へと向かった。
「それはそうと、アウロよ。五日後のセシル王国との同盟の儀にはお主も見届け人として参加してもらいたい」
「見届け人? レニス様が行う予定では?」
「そう考えていたのだがな、やはりまだ難しい。内政行事もそれ程行なっていない状態では少々荷が重そうなのでな」
「それは構いませんが、では五日後ですとシーキスに戻っていては間に合いませんね。同盟の儀までこちらに滞在させてもらってもよろしいですか?」
アウロが居を構える東方の都市、公都シーキスまでは王都ルキアから片道三日程の距離である。
「それは構わん。では、よろしく頼む」
「かしこまりました」
ウォルトとアウロは元老院を後にすると、王宮へと戻っていった。