表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
近衛戦記  作者: 島隼
第三章 帝国の策動
14/45

第二話 民の意思 前編

 評議会がダルリア王国侵攻を承認した日の夕方、ガイズは帝国議事堂内にある自らの執務室を出ると、王宮へと出向き国王バルド・グラネルトの部屋へと向かう。その表情には固い決意が伺えた。

 その途中、バルドの部屋へと続く廊下で、その部屋から出てきたザイルがガイズの姿を見つけると呼び止める。

「ガイズ殿。陛下への報告は済みましたが、どちらへ行かれるのですか?」

「わしの行動をお主に報告する義務などないはずじゃが?」

「そうですか。――ですが、無駄ですよ」

 ザイルは一言告げると、ガイズとすれ違いそのまま離れていった。

「無駄か。見透かしたようなことを……」

 ガイズはその後姿をしばらく見送ると、再び歩を進めバルドの執務室へと入った。

 

「バルド陛下、少々お話を良いでしょうか?」

 ガイズが中に入ると、アルデア帝国国王バルド・グラネルトは執務机の椅子に座っていた。机上には葡萄酒の入ったグラスが置かれており、その横にある火が付いたままの葉巻からは煙が真っ直ぐ上に立ち上っている。そして、バルドは体を椅子の背もたれに預け目を閉じ、ガイズの呼び掛けに反応を見せなかった。しかし、バルドのこういった態度はめずらしいことでは無いことからガイズは話を続ける。

「この時期に我々がダルリア王国へ侵攻する理由をお伺いしたい」

「――侵攻は承認されたと聞いたが?」

 バルドは体勢を変えず目を閉じたままガイズの質問には答えず、逆にガイズに問い返す。

「はい。それは先程ザイルから報告があった通りでしょう。しかし、陛下は評議会との調整も議論も行わず、ただ賛否のみをお求めになられた。故に我々評議員は陛下が何故ダルリア王国に対し侵攻を決断されたのか、その理由を聞いておりませぬ」

「――では、それがわからなぬならば何故承認したのだ?」

「それは……、それは、陛下もご存知のはずでは?」

 ガイズの言葉にバルドは笑ったのか、一瞬体を震わせる。

「質問を変えよう。何を懸念している?」

「ダルリア王国に侵攻、そして制圧したとして、それにどれほどの意味があるのかが見えませぬ。評議員達の中には交易品の取得や支配国とすることによる国内の減税効果を上げる者もいますが、それが戦争をして、一国を奪ってまでまで手に入れる程のものとは思いませぬ」

「それは、誰の懸念……いや、意思だ?」

「誰の意思? ……わしの考えを述べたまででございます」

 バルドはゆっくりと目を開くと、机上に置かれいた火の付いた葉巻を手に取りゆっくりと燻らせた。

「お主個人、ということか?」

「……戦争に反対の意見を持っている者は他にも何名かおります」

「三名いるらしいが、そのようなことを聞いているのではない」

 バルドの答えにガイズは顔をしかめた。評議会での評議内容は決定された評議会全体としての意思のみが国王に伝えられるべきであり、個人が責められることが無いようにするためにも票数や個人の言動が伝えられるべきではない。それにも関わらず、ザイルから報告を受けているのかバルドは全てを把握しているかのようだった。

 そして、バルドはさらに言葉を続ける。

「国王、そして評議会がこの国にとってどういう存在であるか、忘れたわけではあるまい?」

「……無論です。国王とは帝国の意思の執行者、評議会とは同じく帝国の意思による審議者であり審判。国王と評議会は表裏一体」

「その通りだ。ならば、もう一度問おう。お主の意見は誰の意思だ?」

「……そういうことですか。陛下はダルリア王国侵攻は民の意思と? それほどまでに来年の信任投票が気掛かりですかな?」

 バルドはガイズの言葉に笑みを浮かべると、それを否定するように頭をゆっくりと横に振る。

「ガイズよ。お主はわしが信任投票を気にし、票集めのためにダルリアを侵攻しようとしていると思っておるのか?」

「誠に失礼とは思いますが、そう考えております。来年は国王信任投票だけでなく、評議会選挙も行われる重要な年。この時期は陛下だけでなく、評議員達も自らの評価を気にするもの。あえてこの時期に侵攻の提案をしたのもそのためでは?」

 しかし、ガイズは自らの述べた言葉に違和感を感じる。バルドは決して愚王ではなく、現時点でも帝国の民からの評価は十分に高い。来年の国王信任投票を意識して行動を起こさずとも、信任を得られることは間違い無いと思われた。そして、バルドもそれを見透かしたかのようにまた笑みを浮かべた。

「確かに、評議会選挙を意識したことは認めよう。だが、それは評議員達の個人的な考えではなく、この時期がもっとも帝国の民の意思が反映され易いからだ。ガイズよ、この国の主権者は我々ではなく民であるぞ」

 バルドは葉巻を咥えると、再度ゆっくりと燻らせる。

「それは承知しております。しかし、だからといって今ダルリア王国へ侵攻するのは最善とは思えませぬ。十二年前のダルリア王国侵攻時の失敗は陛下もご記憶のはず。その後に帝国も軍の増強と組織化を計りましたが、それはダルリア王国とて同じ。今、ダルリア王国を攻めたところでうまく行くとは思えませぬ」

「お主の懸念、わからぬでもない。だが案ずるな。我とて勝算も無しに行動しておるわけではない。戦争は短期間に終わり、我が帝国への影響は最小限に抑えられるだろう」

「ザイルもそのようなことを申しておりましたが、その理由をお伺いしたい」

「――我の行う行為、その全てが評議会の審判を仰ぐ必要など無いはずだが?」

 ガイズはバルドの視線が鋭くなったように感じた。

「専権事項内での行動ということですか……。例えそうだとしても、評議会への説明は頂きたいものですな」

「……」

 バルドは何も語らなかった。

 アルデア帝国の国王は内政かつ行動が目に見える行為、又は緊急を要する場合は、国王の独断や評議会への事後承認が認められている。しかし、それはあくまでも評議会の審判を『受けなくても良い』だけであり、『受けてはならない』わけでは無く、評議会への説明はあってしかるべきではあるが、バルドは過去にも専権事項の行動を起こす際は評議会への説明を行わず単独で行動したことが数度あり、その上法的にも認められているためガイズにもそれ以上追求する権限を持っているわけではなかった。

「しかし、やはり攻めこむ理由がわしには見えませぬ。十二年前はダルリア王国が都市同盟の仲介によりロビエス共和国と同盟を締結するとのうわさがありました。共に強い軍事力を持つダルリア王国とロビエス共和国の同盟は帝国にとって脅威となる。その阻止を目的としてダルリア王国に侵攻し、こちらの意思を明確にすることによりその後は同盟の話は聞かれなくなりました。これは侵攻に一定の効果があったと見てよいでしょう。しかし、今回はそういった話は何もない。ダルリア王国とロビエス共和国も民間の外交関係はあっても支配層の外交はここ数年無いはずです。仮にダルリア王国の制圧が成功しても周辺諸国、特にロビエス共和国に警戒心を与えるだけではありませぬか?」

 ガイズは戦争を回避したいという思いからか、口調がかなり強くなっていた。しかし、それとは逆にバルドは静かな口調で返す。

「ガイズよ。お主はいったいどこを見ておるのだ? 周辺諸国? ロビエス共和国? お主はそれらの国がどう思うかを帝国の民の意思よりも優先すると言うのか?」

「そうではありませぬ。民の意思が最重要であることは承知しています。しかし、意思をそのまま行動に移し、その結果ロビエス共和国との戦争になれば、それは百年の戦争になりましょう。そうなれば大陸中が戦火に見舞われ、何万、何十万という犠牲が出ることでしょう。この大陸は今、国力が均衡を保ちつつあり安定へと向かい始めている。それを破壊し、その昔に大陸の覇権を争った戦乱の世に戻すおつもりか?」

「お主は我を、この大陸を戦乱の世へと導く愚か者と見ているようだな……。ガイズよ、我とて民の意思を思慮無しに無条件に実行に移しておるわけではない。ロビエス共和国とはいずれ戦わねばならぬが、それが今では無いことなど百も承知。民も今ロビエス共和国との戦争など望んでおらぬ。故に案ずるな。ロビエス共和国が共和国軍の編成に動く前にダルリア王国侵攻を終わらせる。ダルリア王国との戦争が終わり、我々がロビエス共和国軍を迎え撃つ準備見せれば奴らが攻めてくることなどない。奴らは利益にならないことはしない。必勝の状況で無ければ向こうから仕掛けてくることなどないだろう」

 この大陸でアルデア帝国と双璧を成す大国ロビエス共和国は、共和国と名乗ってはいるが実態は大都市の連合体のような国であり、どちらかというと連邦制国家に近い。軍も大都市が個別に保有しており、ダルリア王国の王国騎士団やアルデア帝国の帝国軍ように国軍と呼ばれるものは存在せず、有事の際に各都市の軍が共和国議会の元に招集され、共和国軍を編成する。その動員数は帝国軍をも凌ぐといわれているが、平時は個別に活動しているため緊急展開能力は低かった。また、ロビエス共和国はアルデア帝国のような覇権主義的な国ではなく商業国家であり、共和国議会の権力者達もほとんどが商人のためか、国家としての行動も損得により左右されることが多い。そのため、国の存亡に関わる事以外では必ず勝利でき、かつ利益にならない限りはロビエス共和国側から戦争を仕掛けてくる可能性は低かった。

「確かにすぐにはロビエス共和国との戦争にはならないかもしれませぬ。しかし、間違いなくロビエス共和国は我々帝国に対し警戒心をあらわにし、二国間はこれまでに無い程の緊張状態となるでしょう。そうなれば影響は二国間では済まなくなりますぞ。それ以外の周辺諸国をも巻き込み、我々とロビエス共和国のどちらかと関係の深い方に付き始めるでしょう。そして、敵味方が目に見えてくると更なる緊張を生み、大陸中の物流が滞り、経済は疲弊する。現状はダルリア王国という小国ながら強い軍事力を持つ国がどこにも偏ることなく中立を保っているからこそ均衡が保たれ、戦争も無く大陸中の国々が発展へと歩みを進めていけるのです。その均衡を自ら崩されると申すのですか?」

 ガイズは拳を強く握りしめた。

「お主は何もわかっておらぬ。先程からのお主の言葉、それは一体何を代弁しておるのだ? 現状、均衡が保たれ戦争が起きていないことくらい我とて十分に承知しておる。だが、その均衡は一体誰が望んでおるのだ? そして、その均衡は何によってもたらされているのだ? 帝国の民はこの大陸で複数の国が並立し、軍事力の均衡によりもたらされる平和など望んでおらぬ。帝国の民が望むのは帝国の支配による平和だ。民は他国と共に歩むことなど望んではおらぬ」

「しかし、帝国の民の望みを叶えるために他の全ての国を支配下におき、犠牲にしようと言われるのか」

「犠牲? 何故、他国の民が犠牲になるのだ? 確かに戦争になれば犠牲も出よう。だが、それは戦争が終わるまでの間のみだ。戦争が終結し、大陸が我が帝国によって統一されれば敵対する国の無い真の平和が訪れる。それが他国の民のためにはならぬと?」

「他国の民が帝国の民のように帝国による支配を望んでおるわけではありませぬ。帝国の支配下に入れば協力金を徴収されると恐れ、反発を招くでしょう。それ自体も戦争の引き金となりますぞ」

「……お主は昔から支配国からの協力金の徴収に反対しておったな。だが、我は協力金の徴収こそが、平和の要だと思っておる。帝国は建国以来領土を拡大してきたが、これ以上は帝国の領土としての直接支配は難しいだろう。以後はある程度の自治を認めた支配国としていくことが現実的だ。しかし、自治を認めれば我々の支配から逃れるために軍を立ち上げ反旗を翻し、独立という動きも出てくるだろう。それを防ぐためにもの協力金という名の元に、支配国から余剰金を回収することによって軍事力の構築や維持を未然に防ぐことができ、かつ回収した協力金により我が帝国の民は減税や経済の発展などの多大な恩恵を受けることが出来るのだぞ」

「それは詭弁きべんです。支配国を力ずくで抑えているに過ぎない。そんなものは真の平和ではありませぬ。現状とて帝国にとって決して悪い状況ではありませぬ。これ以上を望まぬとも、帝国が今後も発展していくことは十二分に可能。わざわざ他国を敵にまわし、この大陸を戦火に陥れる必要などありませぬ。他国と友好を結び、共に発展し、共存する将来こそが帝国の民にとっての最善であり、それを目指そうとは思われぬのですか?」

 ガイズの声は徐々に大きくなり始めた。

「なるほど。お主は他国の民のさちをも考えておるのだな……。ふっ、まるで母神のような思慮よ。ガイズよ、人は国とは違い永遠には生きられぬ。人はたかだか数十年で死ぬのだ。故にその時代を生きる者達が勝手に帝国の遠い将来のあるべき姿を定め、そこを目指すというのはいささか身勝手だとは思わぬか? 帝国の将来の姿を定めそこを目指すのではなく、帝国の民の意思を具現化し、結果を積み上げた先に辿り着く場所が帝国の将来なのだ。無論、それは最終的には帝国にとって最善とは言えぬ場所に辿り着くやもしれぬ。しかし、それも民が選択した道であろう?」

「では、帝国の行く末の責任を、民に取らせると言われるのか?」

「当然ではないか。民が主権を持つということはそういうことだ。意思は示すが責任は取らぬなど有り得ぬことよ。我はその意思を現状に合わせ、もっとも良いと思われる方法により具現化していくのみだ。逆にお主の言うように将来を決定付け、そこを目指したとして、お主が生きておる間には結果が出ることはないであろう。お主こそ自らの勝手な理想を元に行動し、その結果のみを将来の帝国の民に押し付けるというのか? そこまでの工程は当然ながら、その結果も民の望んだものとはかけ離れておるやもしれぬのだぞ」

「そうかもしれませぬが、しかし――」

「もうよい。我とお主ではここで議論を続けても永遠に理解しあうことは出来ぬであろう。それに、ガイズよ。大事なことを忘れてもらっては困る。この件に関し、お主の率いる評議会は承認したのだ。議長のお主が忘れたわけではあるまい? 話は終わりだ。下がるがよい」

「ですが、それでは……」

「下がれ!!」

 バルドは珍しく声を荒げた。

「――はっ」

 ガイズはこれ以上の言葉は受け入れられないと悟ったのか、バルドに一礼すると部屋を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ