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近衛戦記  作者: 島隼
第三章 帝国の策動
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第一話 帝国評議会

 ここは、アルデア帝国の帝都ベルド。

 ダルリア・セシル同盟が締結する二か月程前、帝国の王宮西側にある帝国議事堂内にある評議会議場である。

 会議場には盗聴を防ぐためか窓はなく入り口も一つのみであり、その入り口も内側と外側に見張りの兵が立てられていた。

 そして、薄暗く殺風景とも言える会議場の内部を、壁に掛けられた魔石のランプが照らしている。会議場の中央には大きな長方形の会議卓があり、そのまわりには老齢な男女十名程の帝国の民の代表者たる評議員達が座っている。そして、入り口に近い席には評議員達とは違う赤毛の整った顔立ちをした若い男が座っていた。

 

「皆、揃ったようだな……。では、陛下からの話を聞こう」

 会議卓の一番奥に座る六十は過ぎていると思われる白髪の老人、帝国評議会議長ガイズ・ボトが赤毛の若い男に話をするように促す。

「はい。『民の意思に応え、ダルリア王国への侵攻を開始する。ダルリア王国への外征軍派遣に対する評議会の意思を示せ』とのことです」

「――ダルリア王国への侵攻じゃと? 何故この時期に?」

「民の意思であるならば、それに応えるのが民に選ばれし王の努めと」

「民の意思。来年の信任投票か……」

 別の評議員が呟くと、それに対し赤毛の若い男が答える。

「信任投票云々の話ではありませんが、あなた方も選挙を控えているのは変わりがないのではありませんか?」

「お主が意見や質問をする場では無い。こちらからの問いにのみ答えよ」

「……申し訳ありません。言葉を撤回致します」

 赤毛の男に対しガイズが諌めると、男は頭を下げて謝罪した。

「それで、意思を示せとはダルリア王国に対する侵攻の意義についてか?」

 ガイズの問いに赤毛の男は首を振る。

「違います。陛下は評議会と侵攻の意義について議論するつもりは無いと。賛成か反対かのみを問うています」

 赤毛の男が答えると、何人かの評議員達が声を上げる。

「いつもながら、いったいどういうおつもりだ……。評議会軽視にも程があるではないか!」

「陛下にとって評議会の承認取り付けは単なる作業でしかないのでしょう。それとも、そう言うあなたは民の意思に従うと言っている陛下の意思に背けたことでもありましたか?」

「何をっ――」

 文句を言った男の評議員に対して、評議員唯一の女性議員であるティーシア・ニスターが小馬鹿にするように返した。それに対し男が何かを言い返そうした時、ガイズがそれを手で制す。

「静まりなされ。陛下は評議会の答えとして、賛成か反対かを求めておるのだ。ここでの議論が制限されているわけではない。我々だけでもダルリア王国侵攻に対する意義を議論し、結果として賛成か反対かの意思を示そうぞ」

 ガイズの言葉にティーシアは薄い笑みを浮かべる。若い男は正面のガイズを見据えたまま口を開かない。

「議論? ――まあ、よいでしょう。ガイズ殿がそう言われるのであれば議論しましょう。まずはダルリア王国への侵攻に対する意義とは?」

 ティーシアが誰にともなく聞くと同時に、他の評議員達が各々の意見を述べ始め議論が始まった。

「つまりはダルリア王国を制圧した後に得られる利益ということだな。となると、まずは交易が挙げられよう。ダルリア王国は我々と違い他種族とも交流を持っている。他種族より得られる品々を交易品として、奴らは大きな利益を得ていると聞く。それらを手に入れることが出来る意味は大きい。我らであれば他の種族にもっと大量に品物を作らせることが出来るだろう」

 評議員の一人が交易による利益を上げた。

「それもあるが、それには我が国に併合する必要があるだろう。制圧後のダルリア王国をどのような扱いにするかも問題だ。わしはこの国への併合ではなく属国とするのがよいと思う。あくまでもこの国とは別にする。そうすることによりダルリア王国から協力金を徴収すれば我が国の民は減税することが出来る。わしの支持者もそれを望んでおる」

 別の評議員の意見にガイズは目を閉じ、ティーシアはわずかに鼻で笑った。協力金とはアルデア帝国が同盟国より金を徴収する際の名目であり、実態は帝国への上納金である。

「待つのだ。お主達の話は先を行き過ぎておる。そもそもまだ攻めてすらおらんのに制圧後の話ばかりしていても仕方あるまい。その前に戦争があることを忘れてはいかん。皆も十二年前の戦争を忘れたわけではあるまい? ダルリア王国は決してあなどれる相手では無い」

 少しの間話を聞いていた評議員の一人フェルツ・トリアスは、両手を軽く広げ他の評議員達の話を遮ると、話の行き過ぎを主張し方向性を変える。しかし、ガイズとティーシアは様子を見ているのか口を開かない。

「確かにの。ダルリア王国の現在の軍の規模はいかほどか?」

「ダルリア王国で主力となるのは王国騎士団だが、それが東西南北の四方面師団が各一万から二万、王都ルキアと公都シーキスを守る防衛師団が各数千程、それに増援専門の緊急展開師団が一万数千、総勢七万から九万といったところでしょうな。錬度もかなり行き届いているとのことだ」

「我々の半分にも満たないが、小国としてはかなりの規模だ。まあ、我々がそうさせているのかもしれんが……」

「ダルリア王国には我が国のように他国に侵攻するための外征軍はありません。全てが王国防衛のための軍で、我々の国境警備軍と同種の役割を担っています」

「我々がダルリア王国を攻めた場合、最初から全軍をまとめて相手にするわけではないだろう。対峙することになるのはどれくらいだ?」

「前線となる国境付近で対峙することになるのはおそらく北方師団と緊急展開師団となり、数は三万数千程だろう。南方師団と東方師団は距離的に見て短期間に援軍に来ることはできない。西方師団は距離的には近いがセシル王国と国境を接しているため同じく援軍にはこれまい。王都と公都の防衛師団はその性質上、我々がダルリア王国内に進軍するまで動くことはないだろう」

「こちら側の動かせる外征軍の規模は?」

「南方の外征軍、四万程といったところか」

「それではダルリア王国の動員数と大差無いではないか。侵攻したとしても制圧は難しいのでは無いか?」

「うむ……。陛下はどのようにお考えなのだ?」

 評議員の一人が若い男に尋ねると、男はそれに答える。

「陛下は南方の国境警備軍も動員するとのことです」

「国境警備軍を? それでは南方、セシル王国との国境警備はどうするのだ?」

「セシル王国との国境はルファエル山脈を挟みそれを越えるのは難しく、またセシル王国軍自体も小規模なため短期間であれば問題無いとのお考えです」

「確かにそうかもしれないが。国境警備軍を遠征に使うとは……」

 

『―――』

 

 沈黙が流れる。国境警備を主任務としている国境警備軍を動員するという案に、制圧後を考えていた評議員達もこの戦争の難しさを感じた。そして、その沈黙をフェルツが破る。

「仮に攻め込むとして、名分めいぶんはどうするのだ? もっともな名分がなければ他国への信用を失う。他の国全てを敵に回すことになりかねんぞ」

「ヒリーフの件がよいかと」

 若い男が答える。男の答えにフェルツは大きく顔をしかめたが、他の評議員達は納得するように頷いた。

「ヒリーフの奪還ということか。多少強引ではあるが、確かに詳細を知らない他国には名分として成り立つかもしれんな」

 

『―――』

 

 今度は長い沈黙が流れた。評議員の中にはダルリア王国の王国騎士団を警戒し侵攻に消極的な者もおり、一方的にダルリア王国への侵攻を承認する動きにはならなかったが、かといってフェルツ以外には明確な反対意見を述べる者もいなかった。

 アルデア帝国では国王の提案に対して、帝国の民の中から選出され、さらに国王に任命された評議員達が国内外の情勢などを鑑みて検討し、承認もしくは却下する。

 アルデア帝国の国王はダルリア王国と違い世襲制ではない。国王が死去または不信任となった際に行われる国王選抜選挙により選ばれた帝国の民が国王となり、任期終身の国王の座に着く。任期は終身ではあるが十年に一度行われる国王信任投票で国民の信任を受け続ける必要があり、信任が得られない場合は失脚し国王選抜選挙により新たな国王が選ばれることになる。

 また、国王の独裁や権力の集中を是正するために設けられたもう一つの権力組織が帝国評議会であり、所属する評議員達の任期は五年であり、こちらは五年毎に改選される。

 しかし、評議員達の最終的な任免権を国王が持つという制度的欠点が存在することと、来年は国王信任投票と評議会議員選挙が重なるという微妙な時期でもあるため、下手なことを言えば国王より罷免、もしくは選挙での落選の可能性があり自らの明確な意思、特に反対意見を積極的に述べられる者はいなかった。

「評議会の意思をお示し下さい」

 沈黙がしばらく続くと、国王側の使いでもあり評議会の監視役でもある若い男が議論を先に促した。そして、その言葉に反応するように評議員達が本音とも言える言葉を口にし始める。

「帝国の民にはダルリア王国を支配下におくことを望む者は多い。ダルリア王国は豊かな国だ。その国を支配下におき、その豊かさを帝国に吸収できればこの国はさらなる発展を遂げることが出来るだろう。それこそが帝国の民の望みであり、意思だ。我々評議員はその意思に準ずる義務がある」

「うむ。ダルリア王国が帝国の支配下に入れば、ダルリア王国と友好関係にある都市同盟も下るだろう。この二つの経済力は大きい。それらを手に入れることが出来れば、この国の経済力はロビエス共和国をも凌駕することになり、商人連中もそれを望んでいる」

「それだけではない。軍事の面でも有意義だ。先程の意見にもあったように、ダルリア王国の軍事力は決して侮れるものではない。しかし、その軍事力を我が物とすることが出来れば帝国の脅威はひとつ取り除かれる。そして、アルデア帝国建国以来の悲願である大陸の統一を成し遂げるためには、いずれ戦わざる得ないロビエス共和国との戦争時にはその戦力が大いに役立つことだろう。逆にダルリア王国を野放しにしておいて、その隙にロビエス共和国側に取り込まれる、もしくは十二年前のように手を組むようなことが発生すれば帝国にとっての脅威となる。それは民の望むことでは無いだろう」

 評議員達は各々の支持者の望みを代弁する。それらの意見にティーシアが再度口元を歪めた。

 

 ダルリア王国の制圧は簡単では無いと考える少数の反対派は抵抗したが、若い男の品定めをするような視線と、反対したことが支持者に伝わることを恐れ、明確な反対意見を述べることが出来ず間接的な物言いのためか、賛成派の意見にかき消されてしまう。そして、評議員達の意見は徐々に偏りつつあった。

 議長のガイズは議論の間目を閉じ、頭を顔の前で組んでいた手の上に載せ他の評議員達の意見を聞き入っていた。

「ガイズ殿のご意見は?」

 評議員の一人が声を掛けると、ガイズはゆっくりと口を開く。

「わしとしては賛同しかねる。まず、そもそも制圧後の意見が多いが、フェルツ殿の言われる通りダルリア王国の制圧は簡単なことではない。皆もまだ記憶していると思うが、この国は十二年前にダルリア王国へ侵攻した。当時はダルリア王国とロビエス共和国の同盟阻止が目的であったが、それを口実としダルリア王国の北西部制圧を狙っていたことも事実。しかし、強国同士の同盟は許さないという我々の意思を明確にすることにより同盟の阻止という最低限の目的を達することは出来たが、戦争自体はダルリア王国の王国騎士団に退けられた。彼らは決して容易い相手では無い」

 ガイズは帝国の執政者としては珍しく穏健派であり、簡単には賛同できずにいた。

「議長殿、前の戦争の時と現在の帝国軍では規模も組織力も大きく上回る。単純に比較することは出来ないと思うが?」

「それはわかっておる。だが、必勝とはいくまい。先程皆よりダルリア王国制圧後の経済的利益や減税の話が出たが、戦争が長引くことになればその戦費も大変な額になる。わしは利益や減税どころか長い不況に突入する可能性もあると思う。その上、戦争が長期化すればいくら動きの鈍いロビエス共和国とはいえ必ず動いてくるであろう。そうなれば戦争は泥沼化する。果たして本当にこの時期にダルリア王国に戦争を仕掛けることが利益となると言えるのだろうか? それとも、陛下には何か考えるでもあるのか?」

 ガイズは若い男を見た。

「もちろんです。議長の言われることは陛下も懸念しておられました。しかし、陛下は開戦からダルリア王国の制圧までそれ程の時間はかからないと。戦費も必要最小限に抑えられ、ロビエス共和国が共和国軍を編成する前に全ては完了する手はずです」

「それはどういうこ――」

「ガイズ殿の話も理解出来るが、それでは永劫に他国に侵攻することは出来ぬであろう? 帝国の民は他国のように大人しくしていることなど望んでおらぬ。領土を拡大し、支配地域を広げ、支配国から得られる利益を必要としている。民のために、民の願いを聞き、それを実行することが我々の努めではありませぬか?」

 若い男の回答を不信に思ったガイズのさらなる質問は、別の評議員の言葉に遮られた。

「うむ。この時期に民の意思に背き、支持を失うわけにはいかぬ。陛下には何か考えがあるようじゃ。この事案を評議会で反対するのは得策では無いと思うが?」

 何人かの評議員達が頷いた。それに対し沈黙を守っていたティーシアが、呆れたようにわずかな笑みを浮かべながら口を開く。

「――だからこの時期なわけか。ガイズ殿、もう良いのではありませんか? これ以上議論を続けても統一見解など出ないでしょう。そろそろ法に則り決を取るべきかと」

 アルデア帝国の評議会では意見が割れた場合は多数決を取り、過半数を占めた意見が採用される。

「……うむ。そうじゃの。意見はまだ割れているが、各々心の内は決まり申したか?」

 ガイズは評議員達を見まわし反応を伺う。ある評議員は頷き、ある評議員は何も言わない。

「では評議員達よ、法に則り決をとる。ダルリア王国への侵攻に賛成する者は起立を」

 ガイズがそう言うと賛成する評議員達は立ち上がった。起立した人数を胸の内で数えたガイズは複雑な表情を浮かべ、若い男は口元を緩めた。

「わかった。座ってくれ」

 ガイズは起立した評議員達を座られせると、正面にいた若い男に視線を送る。

「では、ザイルよ。評議会の意思を伝える――」

 そう言うとガイズは正面にいる若い男、ザイル・ダイメルに評議会の意思を示した。

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