第三話 同盟前夜 前編
セシル王国の一行がリーポートを出発してから半日程が経った頃、王宮ではフォルティスを中心とした近衛騎士達がセシル国王ヴィント・セシアルを出迎える準備を進めていた。
「グレン、そろそろ到着だ。準備は?」
「問題ありません。儀仗の近衛は全員正門の前で整列済みです」
「よし。早馬からの連絡だと既に王都内には入っているはずだ。俺も陛下と共にすぐに行く。ボスト殿にも大公殿下をお連れするように伝えてくれ」
「はっ。了解しました」
他国の王を迎えるためにいつも着用している背中だけのマントとは違い、全身を覆う純白のマントを纏ったフォルティスとグレンは、共にその場を離れウォルトとボストの元へと向かった。
フォルティスはウォルトの執務室の前まで来ると扉を軽く叩く。
「フォルティス・ブランデルです。セシル王国の御一行がもうじき到着されます。ご準備の方をお願いします」
「わかった。すぐに行く」
程なく執務室の扉が開き、中からウォルトとフロリアが出てくる。ウォルト達も普段の格好とは違い、ウォルトはダルリア王国国王としての正装を身に纏い、手には杖を持ち、フロリアもウォルトと同じく普段は身につけない豪華の装飾が施されたドレスを身に纏っていた。
「予定通りだな。アウロは?」
「ボストがお連れします」
「そうか。では参ろう」
「はっ」
フォルティスはウォルトとフロリアを先導し、王宮の入り口に向かった。
入り口に到着すると既に儀仗礼を行うために選抜された近衛騎士達が正門の前の石橋から中庭、王宮の入り口掛けて等間隔に整列しており、フォルティスも王宮入り口側の端にいるボストの反対側の列に共に並んだ。近衛騎士達の後ろには王宮内にいた侍従や文官達も整列しておりかなりの人数になっている。ウォルトとフロリア、そして先に来ていたアウロは入り口の前で到着を待った。
そして、正門の先からクラウス達近衛騎士に先導されたセシル王国一行の馬車が視界に入ってくる。馬車は石橋の前で止まり先導してきた近衛騎士は整列している近衛騎士の最後尾に共に並ぶと、馬車からセシル国王ヴィント・セシアルが降り立つ。
そして、それを確認したフォルティスの近衛騎士達に対する号令が響く。
「セシル王国国王ヴィント・セシアル閣下に敬礼!!」
フォルティスの号令と同時に並んだ近衛騎士が一斉に剣の抜き胸の前で垂直に立て、ダルリア王国流の儀仗礼の構えを取る。それに合わせ、後ろにいる侍従や文官達も盛大な拍手でヴィントを出迎えた。
ヴィントはそれに対し軽く手を上げて応えながら儀仗礼を行っている近衛騎士の間を進み、ウォルトの前まで来ると固い握手を交わした。
「よくぞ参られた、ヴィント殿。わざわざお越し頂き申し訳ない」
「なんの。こちらこそ申し出を受けて頂き誠にありがたい」
ウォルトとヴィントが手を離すと、フロリアがドレスの裾を軽く持ち上げカーテシーを行い頭を下げると、ヴィントは笑顔で頷いた。
「ウォルトの妻フロリアと申します。遠いところ、ダルリア王国へようこそおいでくださいました。長旅でお疲れではないでしょうか?」
「おお、これは美しい妃殿だ。なんの。昨日はリーフポートという街に寄らせてもらったが、そこで頂いた魚料理が絶品でしたのでな、疲れなど忘れてしまいましたぞ」
「そうでございますか。今晩は歓迎の宴をご用意させて頂いております。その際もリーフ湖より取り寄せた魚料理を出させて頂きますので、楽しんで頂ければと思います」
「ほお、それは楽しみにさせて頂こう」
ヴィントはアウロとも挨拶をかわすと、最後に出迎えた者たちに大きく手を振りウォルトに連れられて王宮内へと入っていった。
「直れ!」
フォルティスはウォルト達が王宮に入り王宮の扉が閉まったのを確認すると、近衛騎士達に儀仗礼の構えを解かせた。
「よし、全員持ち場に付け!」
『はっ』
フォルティスの命令で近衛騎士達が動きだすと、後ろにいた侍従や文官達も王宮へと戻っていく。
「クラウス、帰って早々悪いがセシル王の護衛の方達にこちらの警備計画を伝えておいてくれ」
「了解しました」
フォルティスはクラウスに指示を出し軽く息を吐くと、それに気づいたボストが声を掛ける。
「セシル王が帰るまで忙しくなりそうですな」
「ああ。王宮で万が一がある訳には行かない。気を引き締めて任務にあたろう」
フォルティスが真剣な眼差しで答えると、ボストは自分達に視線が無いことを確認しフォルティスの肩を強く叩いた。
「な、何だ?」
「少し固くなりすぎですな。団長は平常心こそが要ですぞ」
今回の同盟の議はフォルティスが団長になってから初の国家的行事であり、フォルティスも少なからず緊張していた。
「わかっているさ。だが、適度の緊張感も必要だろう?」
「確かに。『適度』であれば必要ですな。では、私も持ち場に付きます」
ボストは軽く笑うと王宮へと入っていった。
(ふぅ。お見通しか……。ボスト殿の言う通り緊張で視野が狭くなってはいけない。いつも通りの心構えでいかなくてはな)
この王宮で他国の国王に何かあったとなればダルリア王国の威信に関わる。王宮防衛の最高責任者であるフォルティスとしては気の抜けない二日間になりそうだった。
同盟を翌日に控えたその夜はダルリア王国の王族と王都ルキアに住む元老及び他の貴族や有力者を交え、セシル国王を歓迎する宴が謁見の間で盛大に催された。
謁見の間には大勢の人が集まり、並べられた卓の上には王宮の料理人達が総出で腕を振るったダルリア王国の伝統料理が並べられた。
最初にウォルトから集まった者達にヴィントの紹介が行われ、ヴィントはそれに応えるようにあいさつの言葉を述べると盛大な拍手により迎えらた。その拍手が鳴り止むと、ダルリア王国中から招かれた楽士達が謁見の間の角に設けられた舞台で美しい音色を奏で始め、侍従達は葡萄酒や果汁の入ったグラスを参加者達に配り宴が始まった。
参加者の中にはレニス、クリシス両王女もおり、ウォルトやフロリアと共にヴィントを囲んでいる。
「おお、こちらが姫君ですかな。お二人によく似ていてご立派なお姿ですな」
「ありがとうございます。ヴィント閣下」
「あ、ありがとうございます」
レニスは落ち着いた面持ちでカーテシーにて応えたが、クリシスは慣れていないのか慌ててレニスの真似をする。
「ヴィント殿にもご子息がおられると聞いておりますが」
ウォルトは葡萄酒をヴィントに渡す。
「ええ。息子が一人おるのですが、病弱でして。二年前に母親が死んでからは、さらに塞ぎこむようになってしまいましたわい」
「そうでしたか……。これは立ち入ったことを聞いてしまい申し訳ない」
ウォルトは軽く頭を下げる。
「何の。あれもいずれは王となる身だ。いつまでもそれでは困りますからな。ウォルト殿のご息女のようにしっかりと自覚してもらわねば」
ヴィントはレニスを見ながらそう言うと、レニスは複雑な表情とともに笑みを返した。その後もヴィントはしばらくウォルト達と話をしていたが、元老達や他の招かれた客達が挨拶に来ると、それに対しても愛想よく応対した。
(ヴェチル卿は新たな商売相手を見つけたようだな。セシル王国との交易ルートを開拓するつもりか? まあ、悪いことではないが、時と場所を選んで欲しいものだ。ヴィント閣下も困るだろうに……)
フォルティスは謁見の間の壁際で警備の陣頭指揮を取りながら宴の様子を見守っていると、元老の中では最後に挨拶に来たヴェチル卿オリゴ・ヴェチルが謁見の間の壁際へと連れ出したヴィントを相手に何か話をしており、ヴィントもそれに対して真剣に耳を傾けている姿が写った。
(ヴィント閣下も同盟を申し出た手前、この国の有力者を無下にあしらうことも出来ないか……。それにしても、仕事熱心なことだ)
「フォルティス~、部屋に戻ったらまずいと思う?」
視線をヴィント達に送っている間に、いつの間にかウォルト達の元を離れたクリシスが装飾の多いドレスの裾を動きにくそうに持ち上げたままフォルティスの元へとやって来た。
「まだ始まったばかりですからもう少々我慢されたほうがよいかと。王族の方が早々に退席されるのはいかがかと思いますよ。そのドレスも良くお似合いです」
フォルティスはクリシスを諭すように優しく微笑んだ。
「こういうのはフリルが多くて好きじゃないな」
クリシスは腕のフリルをフォルティスの前で振って見せる。
「今後はそういうドレスも着る機会が多くなるでしょうから、慣れていったほう良いですよ」
「う~ん。姉様に任せるよ……」
「そうは参りません。クリシス様も第二王女なのですから、そろそろ自覚して頂かないと。大公殿下の元へはご挨拶に行かれましたか?」
「アウロおじさまのところ? まだ。じゃあ、アウロおじさまに挨拶したら部屋に戻っていいかな?」
「駄目です」
フォルティスは先程とは違い、軽くクリシスに睨む。
「う~。とりあえず行ってくるよ」
フォルティスに冷たく返事されたクリシスは渋々宴の中へと戻っていった。
(相変わらず宮廷行事が嫌いなようだな。立場上一生ついてまわるだろうに)
フォルティスはウォルトの方に目をやるとヴィント、そしてオリゴと共に談笑しているのが見えた。フロリアは王都に住む元老であるバサルト卿レトラ・バサルトと話をしており、レニスはヴィントの護衛として来ている近衛兵長ウィリス・ロカの話相手をしていた。セシル王国の近衛兵達は王宮では客人として扱われている。
(レニスはもう立派に陛下の手助けが出来るようになったな。クリシスは……、大公殿下の前でも愚痴っているのか……。王族として目覚めるのはいつになることやら)
フォルティスがクリシスの方に目を向けると、クリシスはアウロの前でもフォルティスの前で行った仕草と同じように腕のフリルを振っていた。それに対しアウロが優しくなだめているのが見える。
ふと人が近づく気配に気づいたフォルティスは、その方向に視線を向けると王宮内を見回っていたクラウスが近づいてきていた。
「状況はどうだ?」
「特に異常はありません」
クラウスはフォルティスの横に並ぶと、同じく謁見の間に視線を移した。
「そうか、こちらも異常無しだ。そろそろ哨戒が交代する時刻だ。俺は待機部屋で報告を受けてくる。ここの指揮はまかせるぞ」
「はっ」
フォルティスは謁見の間を後にすると、一階の待機部屋へと戻った。




