きっと!運命の邂逅!その3
だがしかし、生川は、直前に抱え直したはずの人形を取り落としそうになって体勢を崩していた。
間一髪!その固まりの襲撃を回避する!
固まりは、生川を超えて向こう側に落ち「フーっ!」と威嚇の声を上げると、大きなグリーンの目で彼を睨んだ。
「な、何だこの『ネコ』!」
言うが早いか、チーフが目の前に飛び出した蒼灰色のネコの横っ腹を思い切り蹴り飛ばす。
生川に気を取られていたのか、ネコは呆気なく蹴りを食らい、生川の前に転がった。
「こんの馬鹿ネコ!」
生川はそう叫んで、フラフラと立ち上がろうとするネコの頭をカウンター気味に蹴り飛ばす!
「タルトに傷が付いたらどーする気でちか!」
その場でぐったりしたネコの腹を追い打ちをかけて蹴り飛ばすと、最早ネコは動かなかった。
「せんせぇもうイイでしょう?さ、行きましょ、行きましょ!」
ネコの前で仁王立ちする生川の、ぷよぷよとした手をチーフが引いてせきたてる。
生川は憤慨した視線で、横たわるネコを一度睨むと、抱いている人形に微笑みかけ、チーフの誘いに従った。
「なぁ、なぁ!今のネコが飛びかかった瞬間!カメラで撮ったんだけど、どっかで使えないかなぁ!」
ハンディカメラを持ったスタッフが興奮気味に同僚に叫ぶ。
「馬鹿!暗くなってからここで撮影したことにするんだぞ!こんな明るい真っ昼間の絵なんかつかえるかよ!」
「あ――。そうかぁ――。あああ、折角撮ったのになぁ。いい絵になってたのになぁ――」
同僚にたしなめられてもまだ、諦めきれない様子のハンディの男が、スタッフの一番最後からしぶしぶと建物に入っていった。
やがて、男達の喧噪がすっかり建物の中へと移動していき、あたりが騒々しい蝉の声と、陽炎とともに立ち上がる草いきれで満たされたとき。
横たわっていたネコはようやく目を覚まし、ぴくぴくと耳を動かしながらゆっくりと起きあがると、耳を前に垂らしたまま、その場に座って毛繕いを始めた。
「ねぇ」
突然人影が現れ、声をかける。
ネコは、驚く風でもなく――。
或いは、それすらも出来ないほど打ちのめされていた為か――。
自分の前に立つ声の主を見上げた。
そこには、白昼の太陽光よりもなお白いチャイナドレスに身を包み、放漫な胸を持ち上げるように腕組みする女性、ネモ・レンレンの姿があった。
東洋的な透明さに輝く瞳に、セミロングの跳ねがかかったオレンジカラーの髪。
タイトな白いチャイナドレスに詰め込まれた挑発的な姿態。
彼女の容姿は、チャイニーズとフレンチの混血である事を告げられれば容易に納得できたし、そのナチュラルなメイクの醸し出す独特のエキゾチックさは、目元に入れられた紅系のアイラインの印象と相まって、紛れも無く『美女』と呼ぶにふさわしいそれであった。
が――。
只一つ、その完璧に近い彼女は――。
隻眼だった。
いや――。
正確には、彼女の右目は、繊細な銀の装飾に彩られたアイパッチに覆われていたと言う事だった。
「派手にやられてたわねん」
そう言って意地悪げに笑ってみせる。
ネコは煩わしそうに目を閉じると、腰を上げ、その場から立ち去ろうと歩き出した。
すると突然、その後ろ姿を眺めていたレンレンが、猫を指さし声高に笑い出す!彼女の視線の先には、猫の尻尾――。
その尻尾は、先っちょから女性の手で一握りしたあたりで折れ曲がり、その形状は『レ点』のように鋭角だった。
いかにも不自然で、意図したようなその造形は、あまりにばかばかしく、あまりに滑稽なのだった。
「な、何よんそれぇ!変よ、変!」
指をさして大笑いをする。
「しっぽ、変!変な奴ぅ!」
今の一連の騒動の際にそうなってしまったものなのか?
それとも、生まれつきの有様なのか――。
「ねえ」
我関せずといった様子で、その場を去ろうとする猫の後ろ姿に、ひとしきり笑っていたレンレンがぱたりと笑いを止め声をかける。
「ねえ、あんた、『焼き蛤』たべない?」
そう言った彼女の口元が三日月をつくった。




