きっと!運命の邂逅!その2
突然、後方から薄気味悪い赤ちゃん言葉の男声がした。
チーフがギョッとして振り返ると、そこには、紋付きに包んだ巨体をぶよぶよと揺らしながらこちらにやって来る生川の姿があった。
顔中から溢れ出る大粒の汗が、次々こぼれる様にだらだらと首筋へとしたたり落ちるのを拭おうともせず。
目の周りをのぼせた様に赤くて、ふごふごと荒い息をしながらこちらに向かって来る姿は、まるで発情した豚そのものだった。
その、あまりの威圧感にチーフが辟易する。
「そんなに怖がらなくてもいいでち。別に捕って喰ったりはしないでつ」
チーフの目前まで来ると、生川はそう言って、両手で抱えていた人形を片手に抱き直し、ピンクのハンカチを懐から取り出してべたべたと顔中の汗を拭った。
その時初めてチーフは、生川が人形を落とさないようにと大事に抱えていたために、ハンカチを取り出せないでいたのだと言うことを悟った。
ハンカチはあっという間にびしょびしょになって紫色に変色していく。
「チーフさん、あたし、またまたいいこと考えたのでつ」
ふうふうと息を切らしながら、生川がチーフに詰め寄って続けた。
「こないだの放送で、この病院に取り憑いているのは『病院で流産して殺された』妊婦の霊だって事にしたでしょう?」
「『流産して死んだ』妊婦だったんじゃ」
オオタが口を挟むと、チーフが鋭い目つきで彼を一瞥し黙らせる。
「はいはい、そうでしたねぇ。アレは生川さんのアイディアでしたよねー。いやー、視聴者の意表を突くナイスなアイディアでしたよねー。プロの私もビックリでしたよ!」
「あらあら、何を甘ちゃんな事をいってるでち」
生川はそう嘲るように言うと、わざとらしく手を口に当てて、ぷぷぷと含み笑いをして見せた。
「どんなに、優れた演出が私にしか出来ない演出だとしても、それに妥協しては『だ・め』。いい物は出来ないでち。いいでつか?教えてあげるでち。一流の演出というものわぁでつ、絶えず新鮮な『意外性』を視聴者に与えなければ飽きられていってしまうものでち!だから駄目なあなた達に替わって私が考えたのでち」
提起と結果が微妙にズレて行く生川の俺様節に、軽い混乱を覚え、(普段から物考えて話した事ねぇんだろうなぁ)などと思いながらも、チーフとオオタは小さく頷いた。
「やはり、私ほどのストーリーテラーの、私のエンターテイメントの王道といえば、日常から非日常へと変わる瞬間の一瞬の醍醐味!それが私のエンターテイメントの王道と言えるでち!」
興奮しながら悦に入り、天を仰ぐ勢いの生川に、チーフとオオタが(国語習えよ)と言いたげな、げっそりした顔つきで応じる。
「いいでちか?意外性でち。主婦を殺した殺人者はじつは、悪霊に操られていたと言うことにするでち」
「だから――、殺人者なんて前回言って――」
「しっ!」
「この病院のあるこの場所は、江戸時代、戦で戦った場所で、この時殺された武者のお侍が、無念の悔しい念を抱いて悪霊になって彷徨っていたのでつ!妊婦は悪霊に殺されてしまったので、成仏出来ずに彷徨っている!どうでち!」
「す、ば、ら、しぃー!それ、行きましょう!それ!それでさっさと行っちゃいましょう!」
大げさにジェスチャーをつけながら、チーフがオオタに目配せしながらそう言った。
「待つでち、待つでち。それだけじゃ、私と、タルトの活躍が足りないでち」
「はぁ?」
「悪霊が、スタッフに乗り移った事にするでち。それを私が、私のタルトを使ってお祓いするでち!」
「あ――。ちょっとそれいいかも」
人形を振りかざしながら熱弁する生川の圧迫する姿に、思わずオオタが口を滑らす。
「イイ!いいよなぁ!いいだろう、オオタちゃ゛~ん」
そう言いいながらチーフがオオタをヘッドロックで固めた。
「凄くイイから、お前が取り憑かれる役やれ!これ、決定事項!」
「ええーっ!」
頭を締め付けられ、もがきながらオオタが非常に間の抜けた叫びをあげた。
「駄目ですよぉう。俺、理数系だから演技なんか出来ませんよう!」
じたばたと足掻きながら、許しを求めるオオタの耳元にチーフが顔を近づけて囁いた。
「何、めんどくせぇ言訳してんだよ。いいんだよ――。俯いて、大げさに体ぶるぶる震わせながら、『ギギギ』とか『ヴヴヴ』とか『ア゛ア゛ア゛』とか喉震わせとけば!後は、あのデブの調子に合わせとけ!」
「でも――」
「時間がねぇーんだよっ!お日様がちょっとでも傾いたら、あの臆病虫のデブが動かなくなるんだよっ!いい加減に大人になれよ!オオタっちゃん!」
チーフの腕の中でオオタの抵抗が途切れた。
「放送の時は顔にモザイクかけて、音声変えてやっから!ほれ!」
そう言って、チーフがオオタを前に突き放すと、彼はしぶしぶと建物に向かって歩き始めた。
「せんせぇー!さっ!行きましょうー!」
チーフはそう言うと誘うように右手を建物の方へ突き出し、生川を手招く。
「まったく!ワタチが居ないと何にも出来ないのでちね、あんたたちは!」
ニタニタと満足げな微笑みを浮かべながら、そう言って生川は人形を抱え直して歩き始めた。
そのとき――。
突然、草むらから、灰色の小さな固まりが飛び出し、生川の後方から飛びかかった!




