表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

二章


 その人は、次の日も現れた。

 ドアベルが鳴る音が昨日より半拍遅く、

 外の光が背中を撫でたとき、

 店の空気が少しだけ張った。


 彼女は窓際の席に座り、ノートを開く。

 祖母は奥で水を流していて、

 静かな音だけが店を満たしていた。

 鉛筆の先で何かを書き、また消す。

 その仕草を見ているだけで、

 時間が少しゆっくりになる気がした。


「今日は、お願いがあるんです。もしよければ、描かせてください。あなたを」

「俺を?」

「はい。この町の光を使ってみたいんです」

「別にいいですよ」

 そう答えると、彼女の肩がほんの少し落ちて、笑ったというより、安心したようだった。



 午後の光は白く、潮の匂いが混じっている。

 外では釣具店の旗がはためき、

 金属の音が遠くで響いていた。

 キャンバスが立ち、筆の先が紙を撫でる。


「好きにしていて大丈夫です。喋らなくても」

 彼女はそう言いながら、

 コーヒーをかき混ぜたスプーンを音も立てずに置いた。


「昨日ね、港で猫を見かけたんです」

「猫?」

「ええ。夕方で、光がオレンジに傾いていて。

 何もしてないのに、世界が一瞬きれいになる瞬間ってあるじゃないですか」

「あります」

「あなたにとって、そういう瞬間ってどんな時?」

 筆が小さく動く。

「静かな時、です」

「静かって、止まってる?」

「いえ。動いてても、うるさくないもの」

「人も?」

「人も」

 綾香は笑って、筆を止めた。

「変わらないものが、好きなんですね」

「変わらないのが、助かる時があります」


 窓の外を風が通り、看板の鎖が揺れた。

 その音が、会話の終わりを告げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ