【ヴェル】
弟が生まれた。
その子を初めて見たときに俺の世界は変わった。
大げさではなく本当に全て変わったんだ。
こんなに美しく清らかな存在は知らなかった。
真っ白でキラキラしていてとても愛らしい。
汚れのない存在。
触れるのも少しためらうくらいの清純さ。
見ているだけで何故だか涙が溢れそうだった。
俺の中に人を愛し慈しむ心が芽生えた瞬間だった。
両親を幼い頃に亡くなってしまった俺は、遠い親戚にあたるオースティン夫妻に養子として引き取られた。
俺は要領の良い方であったし子供に恵まれなかった夫妻は俺を大事に育ててくれた。
そんな中で夫婦に念願の子供が出来た。
今まで子供が出来ない事による重圧とかもあったのだろうか。
なんにせよめでたい事だった。
子供が出来たとわかった瞬間に、俺に興味をなくした夫妻に少し複雑な思いもあったがその子が生まれた時にそんな事は全て吹き飛んだ。
俺はこの子に会うために生まれてきたんだ。
この子を守るためにこの家に引き取られたんだ。
俺の弟として産まれてきてくれてありがとうと大声をあげて神様に感謝したいくらいだった。
なのに夫妻には違ったらしい。
理解ができなかった。
何故喜ばないんだろう?
実子であるし、何よりもこんな美しい存在なのに。
自分達に似てないなんて当たり前だろう?
この子は神が使わした天使なんだから。
日に日にこの子に対して何の関心も持たなくなる夫妻。
生まれたばかりの赤子を存在しないものとして扱っていた。
こんなにも目が追ってしまうほど美しいのに無視できるなんてすごいな。
美しすぎて人間の汚さが浮き彫りになってしまうから嫌なのだろうか?
いらないというのなら俺がもらう。
今まで何かを欲したことは一度もなかったのだからいいだろう。
大丈夫この子は俺が責任をもって幸せにするよ。
俺が全部支える。
領地を継いだら夫妻には早々に隠居してもらい、この子と一緒に暮らそうと思っていた。
ヴェルと名付けられたその子は俺の愛だけを受けてとても良い子に育った。
あまり良い環境ではなかったから他人の目に敏感で物静かではあったけれど、何が言いたいのかは目を見ればわかった。
そのくらい一緒にいた。
一番うれしかったのは珍しく俺が風邪でダウンしてしまった時の事だった。
まだ幼いヴェルを一人にしてしまうなんて、兄失格だ…と自己嫌悪に陥っていたが、何とヴェルが俺の部屋まできてくれたのだ。
まだ覚束ない足取りで一人で頑張ってきてくれた。
風邪がうつってしまうとか乳母は何をしているんだとか言いたくなったが一生懸命に来てくれたこの子を追い返すなんて出来なかった。
まだ身体の小さいヴェルはなんとかしてベットによじ登っていた。
そうして俺の手を握っておでことおでこを合わせて
「…くるしぃの…はんぶんこ……ね」
と優しく微笑んでくれたのだ。
熱もあって俺は泣きそうだった。
今まで体調を崩しても隠してきた。
俺は強かったから誰にも心配されることはないし、弱みを見せてしまったらそんな後継者はいらないと捨てられてしまうかもと思っていたからだ。
痛みを分け合って共に生きて行こうと誓ったのだった。
この後、案の定風邪はうつってしまったけれどヴェルが俺にしてくれたように手厚い看護ののち一緒に眠ったのだった。
ヴェルは俺の唯一だ。
傍にいる限りは守ってあげられるけれど、とうとう俺も学園に通わなければいけない年になってしまった。
行きたくなかったけれど将来の事を考えると仕方ない。
何人かの使用人に個人的にヴェルの事を頼んだ。
彼女らは俺に対して好意を持っているようだったから使わない手はない。
俺自身も休みの度に家に帰るようにしていた。
それでもヴェルはどんどんやせ細ってしまっていた。
俺は早く大人になりたいとずっとずっと思っていた。
学園を飛び級してもう少しで家に戻れると思っていた矢先に事件が起きた。
侯爵家が賊に襲われたという。
俺は急いで帰った。
どうしようヴェルに何かあったらと考えると不安で怖くてどうにかなってしまいそうだった。
俺が傍を離れたせいだ…ずっと一緒にいると誓ったのに…
馬を一度も休ませる事なく家に戻った俺が見たのは、焼け落ちた侯爵家だった。
そこにあったのは夫婦の遺体とヴェルの痕跡だった。
これは確かにヴェルの美しい髪だ。
俺が見間違えるはずもない。
ただ夫婦と違って遺体はなかった。
子供だから全て焼けてしまったのだろうと国から派遣された騎士団は言っていた。
俺は納得が出来なかった。
賢いあの子がこんな風に死ぬなんて考えられなかった。
だから俺は侯爵家を襲った賊を探し出したんだ。
全員捕まえたし全員に話を聞いたけれど誰一人ヴェルの事は知らなかった。
やはりヴェルは逃げてどこかで生き延びているんだ。
再び俺に生きる意味ができた。
そこからは長いようで短いようで…いやヴェルと離れていたのはすごい長かったな。
何と魔王という存在がいるという。
俺はこれを利用しようと思った。
人間の力だけではやはり限界があった。
だから自ら魔王の所にいきその魔力ごと取り込んだ。
傍にいた魔族が、俺こそ新しい魔王様だとか言っていたがそんな事どうでも良かった。
ヴェルがいればなんでもいいのだ。
さっそく国中に魔力を張り巡らせた。
でもどこにも見つからなかった。
この国にはいないらしい。
次の国へ魔力を伸ばそうとしていた時にようやく俺の魔力がヴェルを捕らえたのだった。
俺の魔力の中に沈んだ事で意識を失っていたが、
ヴェルは記憶にあった頃よりもさらに美しく成長していた。
あぁヴェル…やっとみつけた
成長過程を見られなかった事は悔やまれるがこうして戻ってきてくれた事が何よりだ。
もう離れない。
ここは瘴気が濃いから人間ままだとヴェルも過ごしにくいだろうと慣れさせるために水晶の中に隔離した。
この中は安全であるし、このまま魔族化してしまえばいい。
そんな時に一度水晶からヴェルの存在が消えた事があった。
のちに調べたらヴェルの固有スキルのようだった。
俺は恐怖を感じた。
魔王になって怖いものなどなくなったかと思っていたがヴェルの事になると話は別だ。
なのでヴェルの肉体が再構成される際に俺のカケラを含ませておいた。
これがあればヴェルがいくらスキルを使おうが俺のカケラが目印になり見つけられる。
存在を消すなんて二度とさせない。
したとしても俺が必ず見つけるよ。
愛しのヴェル…
これからは何があってもずっと一緒だ
こちらで完結となります。
読んで頂きましてありがとうございました。
↓下記入れれなかった補足
転生者は、ゲームでヴェルが人質になった時にあえてスキルを使わなかったんだと思いましたが実は使えなかったんです。
最初に家が盗賊に襲われた時に転生者と同じようにスキルを使って逃れていたのですが、加減が出来なくてその時に近畿の領域まで踏み込んでしまいました。
家が焼き払われた後にカインのヴェルを探す声でようやく戻れました。
転生者にはゲームの知識があったからスキルの存在を知ってましたが、ヴェルには何が起こったのか分かってはいませんでした。
わかってはいなかったけど、それ以来トラウマになってしまい無意識のうちにスキルを使うことはしませんでした。
焼けた屋敷に無傷の子がポツンといた事も、ヴェルが気味悪がられる要因の一つにもなりました。
中盤で魔族に人質になった要因も少し違く、
実際はカインが冒険に出ていなくなってから、ヴェルはオースティン夫妻についていた使用人によって暴力を受けていました。
成長すると性的なものまでも受けていました。
ヴェルは傾国の美しさを持っていたので。
そのうちに病気になってしまい治療される事もなく自分はもう長くないのだと、もう兄には会えないのだと悟って絶望を感じました。
そこを魔族に攫われるのです。
最後に愛しい人の姿を見れて嬉しそうにしていた純粋な子でした。
ヴェルを失ったカインは魔王に身体を乗っ取られますが、取り返そうと思えば出来ました。
でも生きる意味がもうなかった。
最後に鏡に封印されるとありましたが、これは鏡の中にヴェルの姿を見たからです。
本物か幻想かはわかりません。
カインはそれで鏡の中に自ら行くのです。
その中にいたヴェルと永遠に一緒にいるのである意味幸せかも。
魔王は強いはずですがカインが規格外なだけです。




