表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/16

第8話:配信は二つ、戦場はひとつ。

――翌朝。


(もや)の中に(たたず)む、巨大な廃墟。霧科医療センター跡地。


その威圧的な姿を前に、いろははゴクリと唾を飲んだ。昨夜の事故のせいで少し寝不足気味だ。隣には、人型のMOCAが静かに浮遊している。


「これより配信を開始する。チャンネル接続、安定。タイトル『【ガチ潜入】呪われた霧科医療センターに挑む!』……配信開始した」MOCAはそのままドローン形態へと滑らかに変形し、配信用UIを画面に投影する。


『はじまた』

『きたー』

『待機してた!』

『もう現地?』


「みんなー、こんばんいろはっ!いよいよ来ちゃいました、例の場所――霧科医療センター跡地!今日はいよいよ、ガチ潜入・本番配信です」


『うおおお』

『ヤバいって』

『マジで大丈夫?』


「正直、めちゃくちゃ怖いけど……でも、やるしかないよね!」


いろははカメラに向かってピースを決め、背後の廃病院をちらっと見やる。その表情に、緊張と覚悟、そして少しの高揚が混ざっていた。


「行くよ、MOCA」


「マスター、スペクトラル・ファインダーを起動して。隠し通路へのエントリーポイントを探す。……くれぐれも、無茶はしないように」


いろはは頷き、片目に装着したモノクルを起動する。視界にオーバーレイされる情報と、MOCAがセンサーで示す方向を頼りに、少女とAIは、深淵へと足を踏み入れた。


「こっちだ、マスター」


MOCAが示すのは、病院裏手の雑草に覆われた地面。一見、ただの地面だ。


「え、ここ?何もないじゃん」


「ファインダーでよく見て。エネルギーパターンが違うはずだ」


言われてモノクル越しの視界に集中する。確かに、そこだけわずかにエネルギーが揺らいで見えた。


「ほんとだ……!これが隠し通路の入り口……」


「周囲に人影、監視カメラはなし。エントリー可能と判断する」


「りょ、了解……」


ごくり、と喉が鳴る。昨夜の事故が頭をよぎる。壁に穴を開けたあの暴走……ホルスター越しにゴーストキャンセラーを握る手には、じっとりと汗が滲んだ。


「MOCA、くれぐれも、出力制御は頼んだからね……!絶対、勝手に上げたりしないでよ?」


「マスターの指示なく設定は変更しない。ただし、緊急回避時はマスターの生命維持を最優先する。……昨夜のような無謀な操作は厳禁だ」


「うっ……わ、わかってるって」


釘を刺され、ぐうの音も出ない。気を取り直して、地面の特定箇所に手を触れる。ズズ……と音を立てて地面がスライドし、地下へと続く暗い階段が現れた。


「うわ……本当にあった……!」


カビ臭い、ひんやりとした空気が吹き上げてくる。


「よし、行くぞ!」意を決して階段を降りるいろは。MOCAも静かに後に続く。


「みんな、聞こえる?見えるかな?今、廃病院の地下通路に潜入したところだよ」


コメントが一気に流れ出す。


『マジでキターー』

『うわ、雰囲気あるな』

『昨日の事故大丈夫だったんか?w』

『壁の穴どうなった?』

『モノクルかっこいい!』

『音ヤバない?反響してる?』


「壁のことは聞かないで!カメラは暗視モードだから大丈夫!それより見て、このモノクル、『スペクトラル・ファインダー』。これで怪しいエネルギーを探しながら進むから」


モノクル越しの視界をワイプで表示する。ワイヤーフレームと、時折チカチカ光るエネルギー反応が映る。


「黒月カレン氏も配信を開始した。タイトル『【緊急生中継】黒月カレン、呪われた病院の謎を解き明かす!』……現在、視聴者数はこちらの15倍だ」


「くっ……相変わらずすごい人気……でも!」


悔しさを滲ませつつも、いろはは前を向く。


「私たちは私たちのやり方で、ガチでいくから。みんな、応援よろしくね!」


『ガチ勢きた!』

『カレンはヤラセっぽいからこっち見るわ』

『Qチップ投げた!壁直せよw』

『がんばれー』


通路を進むと、壁に不自然な染みを見つけた。赤黒い、まるで血糊だ。


「うわっ、何これ……血?」


「成分分析……赤色塗料だ。乾燥具合から見て最近付着したものだろう。カレン氏サイドの演出用小道具と推定される」


「やっぱり仕込みか……。あ、こっちにも何か……スピーカー?」


壁の通気口の奥に、小型のスピーカーが隠されている。


「徹底してるなあ……。でも、私たちはこんなのに騙されないよ。ね、MOCA?」


「ああ。スペクトラル・ファインダーは物理的な偽装には反応しない。本物の異常エネルギーのみを追跡する」


『うわー、カレン完全にヤラセじゃん』

『血糊www』

『スピーカーまでwww』

『いろはちゃんガチ調査がんば!』


「てことは……カレンたちもこのルート知ってたってこと?カレンの情報班、仕事速すぎっ」


ファインダーは偽の血糊やスピーカーには何の反応も示さない。だが、通路の奥、古い手術室へと続く扉の前で、モノクルが強い反応を示した。


「ここ、何かある……!反応強いよ!」


扉に近づくと、ひんやりとした空気が漂う。モノクル越しの視界では、扉全体がぼんやりと青白く光って見える。冷たいオーラを放っているようだ。


「高密度の残留思念と、微弱な空間歪曲の兆候を検知。内部に強いエネルギー反応あり。注意して」


ゴクリと唾を飲む。扉の表面には、無数の引っ掻き傷。そして、人の形にも見える黒い染み。よく見ると、傷は内側からつけられたようにも見える。


「こ、これは……怪異……?」


コメント欄もざわつく。


『ガチで怖いやつじゃん』

『染みが人に見える……』

『カレンの方はCGっぽい演出してるぞw』

『こっちの方がリアルで怖い』

『開けろ開けろ』


いろはが恐る恐る扉に手をかけようとした、その時。


「警告:外部より強力なエネルギー干渉波を検知。発生源は……カレン氏の配信で使用されているAR装置だ」


「えっ、カレンの?」


「このエネルギーが、院内の不安定なエネルギーフィールドを刺激・増幅させている可能性がある」


ほぼ同時に、別のモニターでチェックしていたカレンの配信画面で、派手なエフェクトと共に巨大なARゴーストが召喚されるのが見えた。カレンが高らかに叫ぶ。


「さあ、私の前にひれ伏しなさい!」


その瞬間だった。


バチィッ!!


目の前の手術室の扉が激しく火花を散らす。ノブが勝手にガチャガチャと乱暴に動き出した!


「ひゃっ!?」


それだけじゃない。通路の壁の古い医療機器がバチン!とショート。金属製の配管がガタガタ揺れ、天井から埃が降ってくる。


「きゃあああっ!?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ