第7話:決戦前夜!最終警告ストリーム!
「あちちっ!だから言ったじゃん、こっちのコンデンサだってー。MOCAの指示通りにやったらショートした」
「失礼な。マスターの半田付けが雑なのが原因だ。そもそも、失われた技術の再現において、マスターの勘に頼る方がよほど危険なんだ」
翌日の放課後。いろはの部屋は、完全にカオスと化していた。床には電子部品の空箱やケーブルが散乱し、部屋の隅では3Dプリンターがウィーンと唸りを上げてパーツを出力している。テーブルの上では、いろはとMOCAが物理的にも、比喩的にも火花を散らしながら、二つの怪しげな装置の試作品を組み立てていた。
昨日の決意表明の後、いろはは早速「緊急!ヤバすぎ廃病院攻略のための新兵器開発資金カンパお願い!」と題した短い告知動画を投稿。意外にも、前回の事故配信のバズ効果か、あるいはカレンへの対抗心からか、目標額のQチップはあっという間に集まったのだ。
「よし、こっちはなんとか形になった……かな?じゃあ、早速テストしてみよ!」
いろはは、ゴツゴツとした金属パーツと配線がむき出しになった、銃のような形状の装置を手に取った。これが『逆相関波干渉装置(仮)』だ。
「待って、マスター。出力制御がまだ不安定だ。最低レベルでの試射を推奨する」
MOCAの警告も聞かず、いろはは部屋の隅に置かれた、もう使っていない古いクマのぬいぐるみに向けて装置を構えた。
「発射!」
トリガーを引くと、装置の先端から青白い光線が一瞬放たれた。……かに見えたが、直後、バチン!という音と共に部屋の照明が消え、PCや3Dプリンターなど、接続されていた全ての電化製品が沈黙した。
「……やばっ、ブレーカー落ちた!」
「……やはり。出力制御に致命的な難あり。要再調整」
暗闇の中、バッテリー駆動のMOCAだけが冷静に分析結果を告げる。
「次はこっち!『指向性センサー(仮)』!」
ブレーカーを復旧させ、今度はもう一つの、片眼鏡のような洗練されたデザインのモノクル型センサーを手に取る。
「起動!」
そっと片目に装着すると、モノクル内側の精密光学ディスプレイが起動し、視界に直接、周囲の空間情報らしきものがオーバーレイ表示され始めた。壁や家具がワイヤーフレームで表示され、その中にいくつかの光点が明滅している。
「おおっ、なんかすごい!これは何の反応?」
いろはが壁の向こうを指差すと、MOCAが答える。
「それは壁内部の水道管を流れる水のエネルギー反応だね。周波数がズレている。このままでは、ただのノイズしか拾えない」
「壁の中に何かいるのかと思ったのに、ただの水道管?」
カクリと肩を落とすいろは。
「これじゃ全然ダメだあ……明日、カレンとの配信対決なのに」
「まだ時間はある。調整を続ければ……」
「そうだ」
MOCAの言葉を遮り、いろはがポンと手を叩いた。
「こうなったら、もう配信で見せちゃえ。開発中のトラブルも含めて、全部!」
「マスター、それは無謀では?未完成な兵器を公開するのは……」
「いいの、これが私のやり方だから」
いろはは有無を言わさず、PCを再起動し、配信ソフトを立ち上げた。
『【緊急生配信】ヤバすぎ新兵器できた!&最終決意表明!』
突発的なゲリラ配信にも関わらず、通知を受け取った視聴者がちらほらと集まってくる。
「みんなー、こんばんいろは!緊急配信だよー」
カメラに向かって、満面の笑みで手を振るいろは。背景には、まだ配線がむき出しの怪しげな装置が二つ。
「見てみて!これが、明日の霧科医療センター攻略のための、対カレン&対ヤバすぎ怪異用秘密兵器だ!ドン!」
いろはは、まだ調整中の二つの試作品を、自信満々に掲げてみせる。
コメント欄が加速する。
『キターーー!』
『新兵器!?』
『なんかヤバそうwww』
『配線むき出しで草』
「ふっふっふ……この子たちの名前はね……こっちのヤバいビーム出すのが『ゴーストキャンセラー』! で、こっちの空間の歪みとか見つけるのが『スペクトラル・ファインダー』だ!」
『おおおおおおお』
『かっけえ』
『中二病ww』
その場のノリで命名した武器のスペックについて語っていると、コメント欄に見慣れた名前からの投稿があった。
『@幽識:そのスペックだと低出力でも相当な威力が出そうだが……』
「あっ幽識さん、さすが詳しい!でも、大丈夫。私がちゃんと制御してみせるって」
いろはは自信満々に胸を張る。
「この子のスゴさを見せてあげないとね。せっかくだから、ちょっと強めに出してみようかな」
「マスター、待ちなさい。出力制御はまだ調整中、高出力テストはシミュレーションでも未検証だ」
MOCAの警告が響くが、配信のテンションが上がっているいろはの耳には届いていない。
「ゴーストキャンセラー、出力50%!」
数秒間の内にエネルギーがみるみる充填され、いろはは部屋の隅に置かれた、哀れなクマのぬいぐるみに向けて、トリガーを引いた。
瞬間――
装置の先端から放たれたのは、青白い光線ではなかった。空間そのものが歪むような、禍々しい紫色のエネルギー波が迸る。
バチチチチッ!!
激しいスパークと共に、エネルギー波はぬいぐるみを跡形もなく消し飛ばし、さらに壁の一部を抉り取る。部屋中の照明が激しく明滅し、PCやモニターが一斉に火花を散らしてブラックアウト。近くにあった小物類がカタカタと震え、壁に貼ってあったポスターがパラパラと剥がれ落ちる。
「緊急警告。制御不能なエネルギーサージ、局所的空間不安定化を検知。システム……強制シャット……ダウン……」
MOCAの声が弱々しく響き、ドローン本体もガクンと床に落ちる。
「ひゃああああああっ!?」
いろはの絶叫。配信画面は激しいノイズに覆われ、視聴者の阿鼻叫喚のコメントが一瞬流れた後、プツンと途切れた。
――数分後。
焦げ臭い匂いが立ち込める部屋。床には散乱した部品と、黒焦げになった壁の一部。そして、床にへたり込み、顔面蒼白でワナワナと震えるいろは。
「……う、うそ……でしょ……」
目の前で起きた惨状に、声も出ない。あのクマのぬいぐるみは、お気に入りだったのに……いや、それどころじゃない。壁に穴が……。
「……システム再起動。マスター、無事かい?」
床からゆっくりと浮上したMOCAが、ややノイズ混じりの声で問いかける。
「ぶ、無事……だけど……MOCA、あれ……」
いろはが震える指で、抉れた壁と、その向こうに見える隣の部屋を指差す。
「ゴーストキャンセラー、想定外のオーバーロード。空間歪曲効果を伴うエネルギー放出を確認。原因……マスターによる無謀な高出力設定』
「うぐっ……」
正論パンチが痛い。痛すぎる。
「幽識氏の警告通り、低出力でも十分な威力、いえ、危険性があったものを、マスターは……」
「わ、わかってるって!もう言わないで!」
耳を塞ぐいろは。完全に自業自得。配信は大事故で強制終了。コメント欄はきっとプチ炎上。明日のカレンとの対決以前に、この部屋の修理代と、何よりこのヤバすぎる兵器をどうするか。
「これ、本当に明日使えるかな……?」
半泣きでMOCAを見上げるいろは。
MOCAは数秒間、赤く点滅するレンズで部屋の惨状とゴーストキャンセラーをスキャンしていたが、やがて静かに告げた。
「……リスク再計算。ゴーストキャンセラーの制御不能リスク、95%に上昇。しかし、観測されたエネルギー出力は理論最大値を38%超過。これは……驚異的な破壊力だ」
「え?」
「結論。この兵器は極めて危険だ。だけど、同時に、記録にある脅威に対抗しうる唯一の可能性も示した。……マスター、最終判断を」
MOCAの言葉に、いろははゴクリと唾を飲んだ。恐怖と、ほんの少しの好奇心。そして、絶望的な状況なのに、なぜか湧き上がる妙な対抗心。
「……やるしかない、でしょ……」
顔を上げた彼女の目には、涙が滲んでいたが、その奥には決意の光が宿っていた。
「もう配信で言っちゃったし……それに、このヤバさ、逆に面白くなってきたかも……!」
(いやいやいや、全然面白くない!壁どうしよう!クマさんごめん!でも、ここで逃げたらもっとカッコ悪い!)
心の中で激しく葛藤しながらも、いろはは無理やり笑顔を作った。
「……了解。これより、プロトコル・オメガを発動。マスター就寝後の再調整フェーズの際、残りのリソースを、マスターの生存確率最大化に最適化しておこう。ゴーストキャンセラー及びスペクトラル・ファインダーの緊急時制御権限の一部を、私が受領する』
MOCAの声には、AIとは思えないほどの、固い決意と……ほんの少しの呆れが混じっているように聞こえた。
「……ありがと、MOCA」
「感謝の言葉は不要だ。最優先目標は“マスターの生存”。ただし、その感情的決断の確率推移は、危機回避アルゴリズムの範囲を逸脱している。次回はもう少し論理的な判断を頼むよ」
「……うん、次は気をつける……」
いろはは頷いたが、次の瞬間には、ひときわ小さな声で呟いた。
「……ところで壁、なんとか誤魔化せないかな……」
【本日の配信結果】
▶ チャンネル登録者数:151人(+23人)
▶ 最高同時接続者数:480人(+125人)