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第5話:ガラクタ屋は知っている

「――で、ここが例の情報屋のアジト、ね」


いろははスマートデバイスのマップアプリと目の前の怪しげな店構えを交互に見比べた。時刻は既に夜。けばけばしいネオンサインが雨上がりの路面に反射し、猥雑(わいざつ)な光を放つ繁華街の、さらに奥まった路地裏。そこにその店はあった。


『コードキオスク KUKU』


古びた電子看板には、チカチカと点滅する文字。店先には用途不明のケーブルの束や、分解された機械部品が無造作に積み上げられている。どう見ても普通のガジェットショップではない。サイバーパンク映画に出てきそうな、アンダーグラウンドな雰囲気がぷんぷん漂っている。


「マスター、警戒レベルを推奨レベル3に引き上げる。内部構造、監視システムの有無、脱出経路の確保を最優先事項とする」


肩に止まった人型のMOCAが、アイカメラを忙しなく動かしながら警告を発する。その声はいつも通り冷静だが、どこか緊張感が含まれているようにも聞こえる。


「わかってるって。でも、あの廃病院の『公になってない情報』を手に入れるには、ここを頼るしかないでしょ?」


黒月カレンとの対決の舞台、霧科医療センター跡地。ネットで集められる情報だけでは、ヤラセ上等のカレンに対抗するには心許ない。特に、廃病院に隠された本当の秘密――それらを知るには、裏社会に通じた情報屋の力が必要だった。


深呼吸を一つして、いろはは錆びついたドアノブに手をかける。金属音を(きし)ませてドアが開き、天井から吊るされた古いセンサーが「ピッ」と電子音を発した。


店内に足を踏み入れると、まず鼻をついたのは半田ごてと埃の匂い。壁一面に、怪しげな電子パーツやジャンク品、改造されたドローンなどが所狭しと並べられている。薄暗い照明の中、ケーブル類がまるで生き物のように床や天井を這い回り、奥のカウンターだけが不自然に明るく照らされていた。


カウンターの中には、一人の男が座っていた。年齢は読めない。痩身で、黒いパーカーのフードを目深にかぶり、顔は影とマスクに覆われている。装着されたゴーグルレンズとバイザーマスクは、複数のセンサーと補助ユニットを備え、まるでフクロウのような冷ややかな眼差しを作り出していた。


複数のモニターに囲まれ、こめかみからは何本もの細いケーブルが伸び、後頭部のインターフェースに接続されている。まるで神経接続でもしているかのように、男は虚空をじっと見つめていた。


「……いらっしゃい。こんなガラクタ屋に何の用だい?」


男――情報屋ククは、視線はこちらに向けないまま、低く掠れた声で言った。


「あなたが情報屋のククさん?私、白石いろは。こっちは相棒のMOCA」


「知ってるよ。怪異スポットで配信をやってる女子高生と、そのAIドローン。QTubeで何度か見た」


ククは(あざけ)るような口調で言う。どうやら、こちらのことは既に知られているらしい。チャンネル登録者数もそれほど多くない、いろはの活動まで把握していることに、思わず息を呑む。


「……なんで、そんなことまで知ってるの?」


「仕事柄ね。俺の仕事は、“知っている”ことさ。君たちみたいな面白いネタを見逃すほど、目は節穴じゃない」


ククはゆっくりとこちらを向いた。フードの影から覗く目は鋭く、レンズユニットが怪しい光を放っている。値踏みするような視線の奥に、どこか楽しんでいる気配があった。


「……で、今日は何を探しに?」


「霧科医療センター跡地――あの廃病院に関する情報が欲しいの。特に、公になっていない過去の事件とか、怪異対策に使える技術について。何か知らない?」


単刀直入に切り出す。回りくどい話は苦手だ。


ククは少しの間、黙っていろはの顔を見つめていたが、やがてフン、と鼻を鳴らした。


「また厄介事に首を突っ込むのか、お嬢ちゃん。まあ、いいだろう。だが、タダで情報をくれてやるほど、俺はお人好しじゃない」


「対価が必要ってこと?」


「当然だ。金か、あるいは……面白い情報でもいい。だが、今のキミたちには、もっと手っ取り早い支払い方法がある」


ククはニヤリと笑い、カウンターのモニターの一つを指差した。そこには、複雑な幾何学模様が(うごめ)く画面が表示されている。


「そこのAI、俺が暇つぶしに作ったセキュリティシステム――まあ、ハッキングシミュレーションみたいなもんだが――これを破れるかな?制限時間は5分。クリアできたら、欲しい情報をくれてやる」


画面上の幾何学模様が、まるで生きているかのように形を変え、防御壁を構築していく。素人目にも、それがとてつもなく高度なプログラムであることが分かった。


「……マスター。挑戦を受諾する。成功確率は現時点で算出不能だけど、私の能力を示す良い機会だ」


MOCAが即座に反応した。その声には、挑戦者としての闘志のようなものが感じられる。


「よし、MOCA、やってやんなさい!」


いろはが言うと、MOCAはカウンターに近づき、ククが差し出した接続ケーブルを自らのインターフェースに接続した。


シミュレーションが開始される。MOCAの仮想アバターが、幾何学的な防御壁の迷宮へと侵入していく。画面には高速でコードが流れ、MOCAが次々とセキュリティホールを突破していく様子が映し出される。


「ほう……なかなかやるじゃないか。だが、小手先の技術だけじゃ、俺の『庭』は抜けられないぜ?」


ククは余裕の表情でキーボードを叩き始めた。リアルタイムで防御壁の構造を変え、トラップを仕掛け、MOCAの動きを妨害する。


「……解析結果、収束せず。予測経路の先回り頻度が上昇中。現アルゴリズムでは突破困難」


MOCAは淡々と分析結果を報告するが、その言葉に焦りの色はない。だが、逆にその冷静さがいろはを不安にさせた。


「ちょ、ちょっとヤバくない!?」


「どうした、超高性能AI様?その程度か?」


ククが嘲笑う。残り時間はあと1分を切っていた。


「まずい……このままじゃ……!」


いろはが固唾を飲んで見守る中、MOCAの仮想アバターが複雑なトラップに捕まり、動きを止められた。


「万事休す、か……?」ククが鼻を鳴らし、皮肉めいた口調で呟いた。


「またグルグル回ってる!こんなの迷路じゃん!」


いろはの無意識の一言が、MOCAの自己学習機能に微かな刺激をもたらした。


「……迷路構造、回遊ルーチンとして再分類。誘導型脱出アルゴリズムに切替。新ルート、確保」


MOCAの仮想アバターはトラップを逆利用し、わざと深部へ侵入。システムに過負荷をかける。瞬間、画面が激しく点滅し、防御壁の一部が崩壊した。


「なにっ!?」


ククが驚きの声を上げる。その一瞬の隙を突き、MOCAのアバターが防御壁のコアへと到達した。


『SYSTEM HACKED』


画面に勝利の文字が表示される。残り時間は、わずか3秒だった。


「……チッ。やるじゃないか、そのAI」


ククは忌々(いまいま)しげに舌打ちしたが、その口元には確かに笑みが浮かんでいた。


「約束だ。情報はくれてやる」


ククがキーボードを操作すると、MOCAの内部ストレージにデータが転送される。


『データ受信完了。内容:霧科医療センター跡地・隠し通路3Dマップ、関連非公開事件記録(断片)、「逆相関波干渉装置」設計データ、「指向性センサー」設計データ』


MOCAが受信内容を報告する。


「やった!ありがとう、ククさん」


いろはが喜ぶと、ククは再び虚空を見つめながら、低い声で呟いた。


「だが、覚えときな。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている……その情報には、相応のリスクが伴うぜ」


フードの奥で、ククの目が意味深に光ったように見えた。


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