第4話:売られたケンカは買う!
放課後。自宅のPCデスクに向かったいろはは、昼休みに聞いた黒月カレンの「重大発表」が気になって仕方なかった。もやもやした気持ちを抱えたまま、カレンのチャンネル『黒月カレンの絶対領域』を開く。
トップページには、過去の配信アーカイブがずらりと並んでいた。サムネイルだけでも、その豪華さが伝わってくる。得体の知れない怪異と対峙し、ギリギリの攻防を繰り広げる緊迫したシーン、ファンからの熱狂的なギフトコメントが滝のように流れる画面キャプチャ、最新AR技術を駆使したライブステージ……。
「これが……トップ配信者……」
試しに一つ、再生してみる。オープニングからして、プロが作ったとしか思えない凝ったアニメーション。カレンは滑らかに動き、表情豊かに視聴者とコミュニケーションをとる。コメント欄は常に高速で流れ、その一体感たるや、自分の配信とは比べ物にならない。
再生数、チャンネル登録者数、同時接続者数……表示される数字の桁が、自分のチャンネルとは違いすぎる。思わず、深いため息が漏れた。
「はぁ……レベル違いすぎでしょ……」
「マスター、落ち込んでいる暇はないんじゃ?」
PCの横、定位置の充電スタンドにいるドローン形態のMOCAから、冷静な声が響く。表面のディスプレイには、カレンのチャンネルに関する分析データがびっしりと表示されていた。
「黒月カレン氏の配信スタイルについて分析結果を報告する。彼女の成功は、主に以下の要素によって構成されていると推測できる。第一に、最先端のAR技術や特殊効果を駆使した高品質な映像表現。第二に、周到に練られた台本と演出計画。第三に、専門スキルを持つ複数のスタッフによる分業体制。第四に、視聴者の承認欲求や帰属意識を巧みに刺激する心理誘導テクニック。これらを総合的に評価した結果、現状のマスターの装備、スキル、リソースで、カレン氏と真正面からエンターテイメント性で競った場合の勝率は、5%未満と算出される」
MOCAは淡々と分析結果を読み上げる。その間も、ディスプレイにはカレンが使用していると推定される機材のリスト、スタジオの規模、推定される月間運営予算などが、無慈悲な数字と共に表示されている。
「ご、5パー未満……。うぐぐ、分かってはいたけど、数字で見るとキッツい……」
「ただし、これはあくまで『同じ土俵で戦った場合』のシミュレーション結果だ。マスターにはマスターの戦い方があるはずだ。……おっと、始まるようだ」
MOCAが画面を切り替える。カレンのチャンネルで、カウントダウンがゼロになり、生配信が始まった。
『――やあ、我が愛すべき愚民ども!今宵も女王、黒月カレンの降臨である!』
画面いっぱいに映し出されたのは、煌びやかなスタジオセットの中央に立つカレン。背後には、最新鋭のパートナードローンが浮遊している。さらにその背後には、巨大なモニターが設置され、何かのシルエットが映し出されている。
『さて、待たせたな!本日は貴様らに、衝撃の重大発表がある。次なる我がエンターテイメントの舞台……それは!』
ドラムロールと共に、背後のモニターのシルエットが明らかになる。古びた、不気味な病院の建物だった。
『そう!あの悪名高き、霧科医療センター跡地である!なんでも、あそこには怪異が出ると専らの噂があるわ。この私が直々に乗り込み、その正体を暴き、捕獲し、最高のエンタメとして貴様らに提供してやろうではないか!』
自信満々に宣言するカレン。コメント欄は『キターーー!』『カレン様ならやれる!』『廃病院とかガチでヤバいって!』といった興奮の声で溢れかえっている。
そして、カレンはカメラに向かって、挑発するように妖しく微笑んだ。
『……あら? そういえば最近、なんだかヘンな事故配信でバズってる方もいらっしゃるみたいだけど……ふふ、まあ、いいわ。本物のエンターテイメントがどんなものか、私がよーく見せてあげる。せいぜい勉強することね』
名指しはしていない。だが、その口ぶり、タイミング、すべてが白石いろは――『バズれ!怪異チャンネル』に向けられたものであることは明らかだった。
ドクン、と心臓が大きく跳ねる。それは、武者震いに近い感覚だった。
カチン。
迷いが消え、覚悟が決まる音がした。
バンッ!!
勢いよく立ち上がり、画面の中のカレンを真っ直ぐに見据える。
「……面白いじゃない!やってやる!」
思わず口角が上がるのを止められない。
「売られたケンカは買ってやるわ!」
「マスター、相手の挑発に乗るのは……おや?これは単なる感情の高ぶりではない。目標達成に向けたモチベーションの向上を確認」MOCAの声が、少しだけ感心したように聞こえた。
「そうだよ、MOCA!これはケンカじゃない。勝負だよ!これはただの感情じゃない。私の、配信者としての意地だよ」
悔しさよりも、強い目標ができたことへの高揚感が勝る。キラキラした目で画面を見つめる。
「私には私のやり方があるはず。この『ガチ』の体験で、みんなと一緒にドキドキして、ハラハラして、最高の瞬間を作る……それが私のエンタメだから!」
MOCAは数秒間、沈黙した。そして、その電子音は、どこか覚悟を決めたような響きを帯びていた。
「……了解。マスターの決断を支持する。これより、対黒月カレン氏戦略プランへの移行を承認。フェーズ1として、ターゲット『廃病院』に関する情報収集、および対抗ガジェットの開発を提案する」
いろはの瞳に、強い光が宿る。
「見てなさいよ、黒月カレン!あなたの完璧なショー、私のありのままの『ガチ』で超えてみせる!」
宣戦布告は、高らかに放たれた。